正しい言い訳





 「ねぇ、そろそろ僕の部屋に行こう?……もう我慢出来そうにないんだけど」
 「何言ってるんだ、今日は私の番じゃないか。……ナマエも私がいいよね?」
 
 自分より身体の大きい2人に挟まれ耳元で囁かれる低音に肩が跳ね上がる。無骨な人差し指が顎を掬い上げると傑の薄い唇が降ってきて隙間を埋めるようにピッタリ張り付く。子供同士のような触れ合うだけの口付けを繰り返すと、はむっと上下の唇で甘噛みされ鼻から抜ける吐息が甘い。
 きつく目を閉じ口付けを受け入れていたら右の肩をグイッと押されリップ音と共に唇が離れた。と思ったら直ぐに悟の唇で塞がれ熱い舌が隙間をなぞってこじ開けてくる。
 ぬろりと軟体動物の様に滑り込んできたそれは口内を我が物のように自在に移動し舌先を吸い上げた。悟の手によって両耳を塞がれ頭の中には水音が響く。
 
 解れていく意識の中、裾から侵入してきた傑の手のひらの熱さに頭がクラっとする。



 彼等に出会った時、こうなる未来が訪れるなんて誰が予想しただろうか。







 私と彼等――五条悟と夏油傑は高専で出会った。
 
 御三家の一つ、五条家に無下限呪術と六眼を持ち合わせて生まれた悟と、一般家庭の出身ながら取り込んだ呪霊を操れる呪霊操術を持った傑、そして自分だけでなく他人の怪我も治せる反転術式を持った硝子。
 
 漫画の主人公並にハイレベルすぎるこの3人がわたしの同級生だった。
 
 あの頃は皆でバカ笑いしたり、喧嘩してる悟と傑を梢子と安全圏から眺めたり。誰かが暴れすぎた時は膝を付き合わせて4人仲良く夜蛾先生に説教されたり、呪術師という普通ではない環境に身を置きながらそれなりに青い春を過ごしていたと思う。

 悟と傑は仲のいい男友達。出会った頃からずっとそう思っていた。

 そんな関係が変わったのはわたし達が2年の時。
 記録的猛暑を観測していた8月の下旬頃、わたしは2人と"仲のいい友達"では無くなった。
 
 きっかけは当時付き合っていた彼氏の浮気現場を目撃してしまい1人泣いていた所、連絡もなく部屋に突撃してきた2人に見られてしまったのだ。
 
 普段なら悟とかが「ぶっさいくな顔して何泣いてんだよ」とか言って揄ってきそうなのに、何かを察したのかその日は何も言わずポツポツと口から溢れる元彼への未練をただ黙って聞いてくれた。

 自分の気持ちを話し終えても2人は無言のままだった。硝子や歌姫先輩に話すならまだしも男子にしたらどう反応していいか分からないよね、と思って顔を上げると切なげで、でもどこかほっとしてるような傑と明らかに苛立ちを見せてる悟がいた。

 2人の反応に戸惑っていると傑が伸ばした腕にぎゅっと抱きしめられる。Tシャツ越しに感じる彼の胸板が想像以上に逞しくてドキッと胸が鳴った。

 「すぐ、……!?」
 「そんな男、すぐに別れた方がいい」
 「そーだな、つかそいつ今どこにいんの?絞めてきていい?」
 「えっ!?」
 「悟、それはダメだ。相手は手の施しようが無い猿だが、ナマエが1度は好きになった相手だ。私が話を付けてくるから任せてくれ」
 「お前出てった方がそいつの命無いんじゃね?」
 「いや、あの……」
 「話してて埒が明かないなら仕方ないだろう。死なない程度には留めておくよ」
 「ほら!傑くんこえ〜」

 わたしを他所目に勝手に進む話に困ってるとチラリと視線を落とした悟にぽんっと頭を撫でられる。

 「……んな顔すんなって。オマエならこんなの冗談だって分かってるだろ?」
 「そうだよ、私たちもそこまで暇じゃないからね。だからさっさと忘れるんだ、そいつの事は」

 へらっとした笑みを浮かべる悟に髪の毛をくしゃくしゃに撫でられ、傑の腕には更に力が入る。
 
 外は30度を優に超える真夏日。人肌恋しい季節でも無いのにじんわりと伝わる傑の体温は生温かくて心地いい。でもそれだけじゃ好きな人に裏切られ1人になってしまった寂しさを満たすには物足りなくて。
 そう思ったら考えるより先に身体が動いていた。

 「じゃあ……」
 「「??」」
 
 宙ぶらりんになっていた片腕を傑の広い背中に伸ばし、もう片方は長い指をした悟の手を取り2人を交互に見つめる。

 「じゃあ……2人が、忘れさせてくれる?」
 
 きっと、ショックでどうかしてたんだと思う。

 じゃなきゃ男友達相手に元彼にすらした事ない上目遣いで見つめたり、男友達相手にそんな風に縋るわけ無いから。
 
 「……いいよ、忘れさせてあげよう全部」
 「俺らで上書きしてやる」

 2人は視線を合わせると口角を上げて笑う。傑の手が後頭部を支えゆっくり重なっていく唇の柔らかさに目を伏せた。





 


 カーテンから差し込む光の眩しさに目を覚ます。キングサイズのベッドは既にもぬけの殻で、手を伸ばすとまだほんのりと残る温もりに2人とも起きて間もないのが分かる。
 
「何時だろ……っい……!」

 時間を確認しようとスマホに手を伸ばすと腰に走る鈍い痛みに目が潤む。こればかりは何度身体を重ねても慣れそうにない。と言うか3人ともアラサーなんだからそろそろ加減を知って欲しい。
 
 昨日は結局何がなんでも譲らないという悟のワガママに傑が折れて3人仲良く1番大きいベッドで夜を過ごす事になった。
 ぶっちゃけどちらか1人だけでも1晩過ごすのに体力が要るのに2人ともなると後半はぐてぐでのヘロヘロで正にされるがままな状態。

 もちろん翌日はベッドの上で1日を過ごす羽目になるから休みは潰れる。
 
 たまには3人でデートにでも行きたいが、なんせ2人は全国を駆け回る特級呪術師。わたし以上に休みは少ないし今日だって傑が朝から任務が入ってると言ってた。

 「任務があるならちゃんと寝たらいいのに……」
 「それとこれとは別だからね」

 背後から聞こえた声に驚きの声をあげると既に出かける準備をした傑がベッドに腰掛けくすくすと笑っていた。

 「ビ、ックリしたぁ……」
 「すまないね、出る前に顔だけ見ようと思って」
 「もう行くの?」
 「あぁ、少し帰りが遅くなるかもしれないから今日は先に寝ててくれ」

 ――もちろん、私のベッドでね。

 傑はベッドに乗り上げ私の顔の横に手を付くと唇が触れそうな距離まで顔を寄せる。その近さに顔が熱を持ち、恥ずかしさに目線を逸らして頷くと唇が触れる。

 「いつまで経ってもそうやって恥じらいを見せてくれるのは嬉しいね。初めてナマエを抱いた日も恥ずかしそうに顔を赤く染めて可愛い声もたくさんあげて……」
 「わ、わかったから!今日は傑の部屋で待ってるから!」
 「ふふっ、いい子だ。じゃあ行ってくる、留守番頼んだよ」

 満足気に笑うと傑は軽い足取りで寝室を出ていった。明後日はわたしも仕事だから今夜は流石に何も無い、はずだ。

 「……ん?」

 傑を見送ったあとも起き上がる気力が湧かず溜まっていたLIMEに目を通していると、甘い香りが鼻腔を擽りスン、と鼻を鳴らす。と、同時にぎゅるるっとお腹の虫が悲鳴をあげた。

 「……お腹空いた」

 ベッドに手をついて上半身を起こすと肩まで掛けていたシーツが滑り落ち自分の太ももに視線が移る。日焼けとは無縁な脚に昨晩、骨の髄まで愛されたシルシが大小問わず幾つも残っていた。

 それは腹部から胸の膨らみまで続いて、きっと人から見える所にもしっかり残してるんだろうなぁ、と考えながらベッドの下に手を伸ばす。
 散らばる服の中から適当に取り上げた白いTシャツに腕を通すと、ふわりと漂う香りに碧眼白髪の姿が頭に浮かぶ。
 
「あ、これ悟のか」
 
 悟が寝巻きに使ってるTシャツは彼が着ると少し緩いくらいなのに、わたしが着ると随分と大きい。改めて感じる体格差に我ながらいつも頑張って受け止めてるよな、と自画自賛する。
 着替えは自分の部屋に行けばあるが、それより腹ごしらえだ。さっきからお腹もぐーぐーと元気に鳴いているし。
 
 ベッドから降りリビングに行くとスウェットのパンツだけを身に着けキッチンに立っている悟の後ろ姿を見つけぎゅっと抱きついた。

 「おはよう、悟」
 「おはよう、寝坊助さん。まだ寝ててもいいのに」
 「そうしようと思ったんだけど、いい匂いしてきて……。ホットケーキ作ってたの?」
 「そう、あとトッピングしたら完成だけど……ナマエはホイップクリームどうする?増し増し?」
 「うーん……普通でいいかなぁ。その代わりフルーツ増し増しで!」
 「はーい、じゃあ先に顔洗っておいで。……あ、やっぱちょっと待って」

 悟から離れ洗面所に行こうとすると手首を捕まれそのまま彼の胸に抱きしめられる。頬に手が添えられ顔を上向きに固定されるとお手入れ不要なぷるんとした唇が降ってきた。
 
 「んッ……っ、ふ」

 触れるだけの口付けが次第に深みを増していき、爽やかな朝には似合わない唾液の絡む音がキッチンに響く。唇ごと食べられそうな口付けが止まらず、堪らず彼の背中を叩き漸く唇が離れた。

 「ははっ、顔真っ赤。かわいーねー」
 「誰の、せいで……!」
 「だってまだおはようのちゅーしてなかったでしょ?それに……」

 意味深に笑みを深めると背中に回っていた手をスっと下ろしTシャツの上から臀部を撫でられる。
 まだ昨晩の余韻が残る身体にはその悪戯な手も疼きを呼び起こすには充分で、思わず声を洩らすとヒョイっと抱き上げられそのままズンズンと歩きだす。
 
 廊下の向かって左側、悟の寝室に入ると肌触りのいいシルクのシーツに寝かされ起き上がる間もなく組み敷かれた。

 「えっとー……悟くん?」
 「んー?なあに?」
 「なーんで悟くんのお部屋に連れてこられたのかな?」
 「それ聞く?分かってるくせに〜。わざわざノーブラで僕の服着てくっついてきてさー。そんなの誘ってるとしか思えないでしょ」

 脚をツーっと撫でる指先に内腿が震える。ヤバい、このままだと始まってしまう。何とか悟の気を逸らさないと……。

 「さ、悟?ホットケーキは?食べないの?温かい方が美味しいと思うんだけどなぁ〜?」
 「ん?あー……それもそうか」

 「確かに」と頷く彼にほっとしたのもつかの間、サイドテーブルから黒色の箱を取り出し中身をベッド上に出す。見慣れてしまったパッケージにぴくり、と頬が引き攣りちらりと悟を見上げると満面の笑みでのしかかって来た。
 
 「え、ちょ、さ、と……!」
 「じゃあ、ホットケーキは後で温め直して一緒に食べようか♡」

 語尾にハートマークを付けウィンクまでサービスしてくれた悟はペロリと下唇を舐め首筋に顔を埋めた。








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