愛と快と赤い糸





 ハロウィンはあの世とこの世の境目が無くなり、死者の霊が家族に会いに来ると信じられていた事が由来と言われている。だが最近の日本ではハロウィンは1つのお祭り感覚として捉えられていて、10月31日になると日の明るい時間から様々な衣装に身を包んだ人々が街を練り歩く。それは時間が深くなる事に増え、渋谷駅前はテレビ中継が入るほど人でごった返していた。

 道端で屯しているミニスカポリスをナンパしようとしている吸血鬼を横目に一本の細い路地に足を踏み入れる。ハロウィンの飾りつけや車のクラクションで賑やかな大通りとは違い、狭く薄暗い通路はヒールの音が反響するほど静まり返っている。

 「……ん?」
 
 ふと、気配を感じ建物の物陰に目を向けると数匹の蝿頭がこちらの様子を伺っていた。あれは……まぁ放っておいても大丈夫だろう。気にせず真っ直ぐ進んでいくと通路の突き当りに1つの扉を見つけた。扉を照らす電球は切れかけているのか点滅を繰り返し不気味な雰囲気が漂っている。
 胸に手をあて深呼吸すると持っていた白い狐のお面を付け異質な空気を醸し出す扉をくぐり抜けた。



 

 ハロウィンの夜に渋谷のBARで開かれるパーティー、そこにとある呪詛師が参加すると情報を得たのは1週間前の事。ここ最近頻発している若い女性の失踪事件、それを裏で手引きしているのがその呪詛師と噂されており実態を探るため参加者として潜入するのが今日の任務だった。
 万が一呪詛師と対峙しても交戦はせず情報を持ち帰る事を最優先するようにと上層部からも強く命じられていた。
 
 潜入した会場にはわたしと同じようにチャイナ服を身に着け狐のお面を付けた人で溢れていた。ざっと見た感じ女性の割合が多いように見える。
 それもその筈。このパーティーは婚活パーティーと称されており女性は参加費無料、男性もIT企業の社長や医者、弁護士といった"有料物件"が揃っている。今までも同様のパーティーは開かれているようで実際、過去に参加した男女が結婚した例もあるとか。
 表向きは健全な運営を謳っているが数名の女性が参加した後行方不明になっているのもまた事実。被害にあった人たちの為にも何か1つでも情報を持って帰ると強く心の中で誓った。



 『お客様、失礼いたします。』

 シャンパングラス片手に会場の隅で不審な人物がいないか観察していると、黒地に赤い化粧を施した狐面を被った男に声を掛けられた。首元から裾に向かって1匹の中国龍が刺繍されたチャイナジャケットを着た男、それはパーティーの運営陣の1人だった。

 「なにか?」
 『主様がお呼びです』
 「主様……?」

 直感的にその主様が件の呪詛師を指しているのは分かった。潜入しているのがバレた?焦りから咄嗟に腰元へ手を回すがいつもそこにあるはずの呪具は無い。主催者側の決めたドレスコードがチャイナドレスだった為、どうにも呪具を持ち込むことが出来なかったのを思い出す。交戦をしないと念を押されたのもそのことが理由にあった。
 わたしの動きに気付いた男は見た目からは想像がつかない程の強い力で手首を掴み氷の様に冷めた目で口を開く。

 『下手に動かない方がよろしいかと。大人しく言うことを聞けば貴方にも、この会場にいる皆様にも危害は加えないと仰っています』
 「……呪詛師の言う事を信用しろって言うわけ?」
 『どうするかは貴方次第です。ですが貴方1人の力でこの会場にいる方全員を守ることが出来ますか?』

 チラリと会場内に目を向ける。決して広い会場ではないがそれでも参加車は30人を優に超えている。武器もない今ここで騒ぎを起こし、この人たちを危険な目にあわせることはできない。

 「……分かりました。案内してもらえますか」
 『かしこまりました。では、こちらへどうぞ』

 急にニコリとした笑みを浮かべ手のひらで会場の一角を指しゆっくりした足取りで歩き出す。警戒しながら着いて行くと案内されたのは鳳凰が大胆に刻印された扉の前。どうぞ、と促す男の横を通り抜け金色に光る取っ手を掴み重みのある扉を押し開いた。
 扉の先は真っ暗で見えずらくゆっくりした足取りで中へ入ると背後の扉が閉められ鍵の掛かる音が響いた。

 『ようこそ』

 バチン、っと電気が付き眩しさで目が眩む。手の平で光を遮りながら瞼を開けると真っ赤な絨毯が敷き詰められた室内に大きな黒ソファーが鎮座していた。ソファーの真ん中には白生地に蓮の花が刺繍された長袍を着た男が座っていて、目元が仮面で隠されているが晒された口元は楽し気に歪み気味が悪い。

 『まさか、君が来てるとは思ってなかった。これは運命かな?』
 「なに巫山戯たこと言ってんの。しかも……わたしを知ってるの?」
 『もちろん。ミョウジナマエ。高専所属の2級術師。美人で優秀、しかもあの五条悟と夏油傑2人の特級術師を手玉に取る魔性の女……とか言われてるんだっけ?』

 『すごいねぇ』と挑発的な笑みを浮かべる男はわたし自身の術師としてより2人の恋人であると言う事を面白がっているに違いない。

 ニヤニヤしながら徐に立ち上がりこちらに近づき、思わず一歩後退すると途端に動けなくなってしまう。キリキリとした痛みが全身に走り視線を落とすと体中に赤い糸のようなものが巻き付いていた。

 『まるで、運命の糸に縛られてるみたいで綺麗だよ』
 「ふ、ざけないで……!」
 
 運命の糸?何を言ってるんだ、と睨みつけると男は恍惚の表情を浮かべていた。何とか解こうと足掻いてみるが動けば動くほど身体に糸が食い込み痛みで顔が歪む。

 「そんな事したら君の綺麗な肌が傷だらけになるよ。落ちついて」

 手が伸びると二の腕に触れ身体を締め付けていたものが一気に解ける。解放された瞬間バランスを崩し倒れそうになっている所を抱き寄せられた。

 「ちょ、っと……!離して!」
 『大人しくした方がいいって言われてるだろ?俺だって君に害を与えたいわけじゃない』

 腰を抱き顔を隠していた狐面を剥ぎ取られ、よく見せろと言わんばかりに顎を掴んで上向きにされる。漆黒の瞳と無理やり視線を合わせられハイライトを感じない闇に背中がゾクりと冷える。

 『ふぅん、確かに噂通り美人だ。あの2人も君の美貌に惚れた?それとも……』

 スッと片手が下がりチャイナドレスのスリットから差し込まれた。男の手が太腿へ触れた瞬間全身に鳥肌が立つ。
 身体を押し返して拒絶の色を見せるが無遠慮に這う熱さに吐き気がしてくる。

 『君の身体に夢中になった?まぁ、これも何かの縁だ、一度味見させてもらおうかな』
 「やめて……っ!」

 ニタリ、と笑うと強引にソファーへ押し倒され襟元を留めていたフックが外される。いくら普通の女性より鍛えていても男相手に全力で押し付けられれば敵うはずない。このままこの男に平伏すしかないのか。
 
 1つ1つ外されていくフックの音に諦めかけた時、部屋の扉が派手な音を立て飛び散った。ビックリして咄嗟に目を閉じると男の呻き声と共に何かが壁に投げつけられる音が聞こえた。

 『……っ!おい、なに、が……!』
 「悟、やりすぎるなっていつも言われてるだろう。また学長にどやされるぞ」
 「あーメンゴメンゴ。でも〇〇の一大事だからしょうがないでしょ」
 
 聞き馴染みのある声が耳に入り直後に感じた浮遊感。浮いてる?と思ったら少し硬い物に触れじんわりと伝わる温もりに目を開ける。

 「まったく……。ナマエ、大丈夫かい?怪我してない?」
 「え、あ、うん……」

 見上げた先には心配そうに顔を覗き込んでくる傑とポケットに片手を入れ男の方を見ている悟が立っていた。目隠しで表情は分からないが何となくイラついている空気は伝わってくる。

 『お、お前らなんでここにいるんだ……!』
 「あーやっぱり繋がってる奴いたんだ」
 「おかしいと思ったんだ。私も悟も緊急だからと任務に行ったら実際にいたのは低級の呪霊ばかり。いくら人手不足だからって私たちが行く様な案件ではなかったし、同じような理由でどんどん東京から離れた場所に行かされる」
 「実際、伊地知に聞いたら僕らが行ってた任務は元々別の奴が行く手配になっていたからな。大方、内部の誰かを金で買ってナマエがここに来てる間僕らが来られない様にしたんだろうね。まぁ?僕らにかかれば?あれくらいすーぐに終わっちゃうから数だけ増やしても意味ないけど」

 そうだったのか。今日は朝から2人とも顔を合わせていなかったし、わたしも任務の準備で手一杯だったからそんな事になってるなんて気付かなかった。
 悟は長い脚を伸ばし男との距離を詰め見下ろしたまま口を開いた。
 
 「……なぁ、傑。こいつ殺していい?」

 口から出た言葉には氷のような冷たさと怒りが滲み、今にも術式を発動させるんじゃないかと背中がヒヤリとする。だけど、そんな悟の暴走を止められるのは何時だって傑だった。
 
 「ダメだ。気持ちは分かるが、こいつは高専に連れて帰る。処分は例の件を聞き出したあとだ」
 「……へーへー。じゃあ大人しく着いてきてもらうよ」
 『や、やめろ!』

 大股で近寄り男の首根っこを掴むとまだ逃げようとしているのか暴れて抵抗を見せる。だけど、悟相手にそんな事しても意味は無く、大きな溜息を吐き出すとしゃがみこみゆっくり目隠しを下げた。

 「大人しく着いてこいって言ってるだろ。何回言わせるんだ」
 『ひっ……!!』
 「あと、お前さっきベタベタとナマエに触ってたけど自分のやった事分かってんの?」
 『それ、はっ、その……!』
 「悟、そんな事聞かなくても分かってる筈だ。今まで自分が行ってきた悪行もナマエが誰のものかって事も、ね」
 「ま、話は後で聞いてやるから行くよ」
 『っ、やめろ!離せ!』

 かぶりを振る男の額に悟の手が伸び「うるさいから寝てろ」と呟くとプツンと糸が切れたように倒れ込んだ。



 

 男が意識を失ったあと、ぐちゃぐちゃになった部屋から出ると人気がなくガランとしていた。片隅に折り重なった人達は恐らく呪詛師についていた人間で補助監督が1人ずつ運び出している。
 パーティーの参加者達は……と傑に聞くと「先に避難させたから大丈夫」と笑みを浮かべる。よかった、大きな被害は無さそうだ。
 
 「じゃあ、私たちは先に帰ってるから後は頼んだよ」
 「いーけど抜け駆けすんなよ」

 男を高専に連れていくと言い伊地知くんの車に乗り込んだ悟と別れ、傑に抱き上げられたままハロウィンで盛り上がる渋谷の夜空をマンタの呪霊に乗って家路についた。

 家へ戻りソファーに座り込んだ傑の膝から降りようとするとぎゅっと抱き寄せられる。

 「あの、傑?ちょっと着替えてきてもいい……?」

 気にしないようにしていたが、その……体勢が少しマズい。彼の膝を跨ぐように座らされ、しかも傑の脚が開いた状態で腰を据える状態でスリット部分からは足の付け根まで丸見えになり結構恥ずかしい。

 「ね、傑……これ着慣れてないから……」
 「どこ触られた?」
 「……え?」

 コツン、と額を合わせ見つめくる瞳。視線が逸らせずにいると手の平が背中を撫で上げた。

 「教えてくれ、アイツにどこ触られた?」
 「あ、脚……と、腕も少し……」
 「そうか、怖かっただろう。もう大丈夫だ」
 「ん……、助けに来てくれてありがとう」

 労わるように二の腕を撫でられピクっと震える手で傑の服を掴む。顎を持ち上げられ琥珀色の瞳と視線が絡むとどちらからともなく唇を重ねた。触れては離れる柔らかさに張り詰めていたものが解れていく。
 
 「ナマエはよく頑張った。呪詛師を捕まえる事が出来たし、これ以上同様の被害が増える事もない」
 「でも、2人が来てくれなかったら今ごろ……」

 想像もしたくない光景が頭に浮かび身震いする。結局あの呪詛師を捕まえたのは傑と悟が来てくれたお陰でわたし1人だったらと思うと……。

 「まぁ、私たちの許可なく君に触れた罪は重い。そこに関しては後日、悟としっかり対応・・しておくから心配も不安になる必要もないよ」

 ゆるりと笑みを浮かべ「それよりも」と呟き晒された太腿を手の平が這う。さらさらした肌触りは擽ったいのにどこか気持ちよくて唇をかみ締め飛び出そうな嬌声を抑える。

 「ここ、はやく消毒しないと」

 身体を持ち上げ座り直した傑に背中を支えられたまま大きすぎるソファーに寝かされる。あの部屋にあったものよりもっと高級な本革は優しく身体を包み込み2人分の体重がかかると更に深く沈む。

 さっきと同じようなシチュエーションなのに恐怖も嫌悪感も一切感じないのは相手が傑だからだろうか。

 「うん、……綺麗にして、ぜんぶ」

 太い首に腕を回し抱きつくと「仰せのままに」と微笑み甘い口付けを交わした。








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