《小話》千切side


*こちらはシリーズからは切り離し投稿しています。そのためページ送りなし。



千切豹馬はとんでもないものを目撃した。
だから興奮気味の姉を宥め「明日は買い物行こ!」という誘いにも秒で頷き早々に話を切り上げ、潔世一の元へと駆けて行った。しかしこれは潔に何かがあって声を掛けに行ったのではない。潔が先ほどまで話していた人物に興味があったからだった。

「潔!」
「どした千切、もうお姉さんと話さなくていいのか?」
「あぁ。つーか今の子誰?」

彼女が消えていった先に目を向けるがその姿は見えない。それは廊下の角を曲がったからではなく一人の男の背中が邪魔をしていたからである。しかし手だけは見え、声だけは知れた。「またね!」と男の体の横から手を伸ばして潔に別れの挨拶をしていたからだ。
潔はその声に「おう!」と答えてから彼女の名前を教えてくれた。でも俺が聞きたいのはそこじゃない。

「あれ凛だよな。アイツの妹ってわけでもなさそうだしもしかして……」
「凛の彼女だよ。結構長いこと付き合ってるみたいなんだよなぁ」
「は?マジ?」
「マジ」

糸師凛に彼女がいるだと……?
この瞬間、千切は背後に宇宙を背負った。

確かに見た目は男から見てもかっこよく女ウケしそうな顔だとは思っていた。でもアイツに人を好きになるという感性が備わっているのかは信じがたい。
ブルーロック時代にもアイツと親しい人間なんざいなかった。潔とはそれなりに話をしているところを見たことはあるが仲良しこよしの関係でないことは誰がみても明白だった。潔は何も感じていないかもしれないが凛は今にも殺りそうな目をしていたからだ。そんな凛に彼女って……マジか。

「結構長いって、いつから」
「んー俺が知る限りでは日本代表戦あたりでは付き合ってたと思うけど」
「日本代表戦ってもう三年以上前じゃね?!」
「だな。ほらあの試合後に二週間のオフがあったろ?そん時、凪と蜂楽で鎌倉行ったときに二人と会ったんだよね」
「なんで教えてくんねぇんだよ!」
「いやぁブルーロックに戻った後すぐ海外チームとの練習が始まってバタバタしてたからさ。つーか報告するほど重要なコトだった?」

潔ののほほんとした空気に千切は自分が冷静ではなくなっていたことを悟る。
別に千切は特別恋バナが好きというわけではない。しかし、あんなむさ苦しい集団にいてサッカー漬けの日々を送っていた人間に彼女がいた≠ニいう事実にちょっとイラついたのだ。そして単純に面白い話だとも思った。

「おーふたりさん♪こんなところに集まってどったの?」
「うおっ」
「うげ?!おい蜂楽苦しいって!」
「にゃははゴメンゴメン!」

千切と潔の間に割って入って来たのは現在、スペインチームで目覚ましい活躍をみせる蜂楽廻である。
蜂楽は強引に二人の肩に回した腕を解き軽快に自慢の脚を地面に着けた。くりくりとした大きな目が千切と潔を交互に見たので、潔が今までの内容を掻い摘んで説明した。

「あー!あの二人も長いよね。今日も凛ちゃんは呼んだのかな?」
「さっきまでいたぞ。ただ、俺と話してたら凛が強制的に連れてっちまったけど」
「潔と話してて嫉妬したってこと?凛ちゃんって結構独占欲強いよねー」

半信半疑の千切ではあったが蜂楽の言葉を聞き、本当に彼女がいるんだと納得した。先ほども、二人の会話までは聞き取れなかったが凛の方から声を掛けに行ったところは見て取れた。マジでその子のこと好きなんだな。

「あっ凛ちゃん!彼女も来てたの?」

蜂楽が手を振った先、千切と潔が振り返ればそこには仏頂面の凛がいた。久しぶりに彼女に会えたというのにその顔は特段嬉しそうでもない。

「あぁ。それとこれお前にだとよ」

そう言って凛は手に持っていた紙袋を蜂楽に押し付けた。日本で名の知れたデパートのロゴが描かれている。その中身を見ながら蜂楽は「あーこれ気になってたんだよね!」とはしゃいでいた。

「……チッ」

その舌打ちを聞いて千切は思った。
コイツ独占欲強ぇな、と。そしてめんどくせぇな、と。

一体、凛の彼女は何が良くてこんな男と付き合っているのか。確かに顔はいいが愛想はなく、性格も大分捻くれている。もし三日間、凛かチンパンジーのどちらかと共同生活をしろといわれたら千切は迷わずチンパンジーを選ぶ。だって言葉は通じなくともチンパンジーの方が素直だもの。
しかし、どちらを選んだとて千切もかなりマイペースな性格なので凛と生活をしてもストレスが堪らないことは敢えてここに記しておく。

「なぁ凛、」
「あ?」

そしてマイペースな千切は凛の機嫌を窺うことなく、早々に立ち去ろうとしたその背に声を掛ける。
こちらに向けられた双眼のターコイズブルーと目が合った。その色に何故だか既視感を覚えた。

「彼女のどこが好きなの?」
「おい千切!」
「だって気になんじゃん」
「俺も俺も!凛ちゃんどうなの?」

ナイス蜂楽、ファインプレーだ。
焦る潔をほっといて好奇心旺盛の二人は答えを待つ。凛は瞬きせずにグッと眉間に力を込めていた。
それは決して怒っているわけではなく、ちょっと照れ臭かったからだ。しかし現在彼女のいない三人にそれが悟られることはなかった。

「全部」

そう言い残して足早に立ち去ってしまった。半ば投げやりとも取れる台詞。でもこの場にいた三人は驚いた。てっきり「テメーらには関係ねぇ」と一蹴されると思っていたから。
だから、案外ちゃんと彼女のことが好きなんだなぁと親心のようにほっこりした。生意気ではあるが一個下ではあるので、一ミリだけ弟のように可愛く思えたのだ。ほんの一ミリだけだけど。

「へぇー凛の意外な一面見れたわ」
「まぁ彼女の方がいい子だからな」
「んっこれおいし!二人も食べる?」
「おっじゃあ一つもーらい」
「おい!今食ったら夕飯食えなくなるぞ!」

メイド馬狼よろしくオカン潔を余所に貰ったお菓子を食べる二人。それをもそもそ食べながら、あっそうだと千切は喉の奥の小骨が取れる感覚で思い出した。
彼女の目元もきれいなターコイズブルーをしていたな、と。