高校一年 体育祭


秋に行う高校もあるらしいがこの学校では五月に体育祭が開催される。サッカーという種目がない以上、何の競技に選抜されようが興味はない。そのため気付いたら借り物競争と学年選抜に出ることになっていた。

「大抵のものは揃っているからな!」
「何のお題が来ても大丈夫なはず!」
「気合入れて行ってこい!」

体育祭当日、クラスの奴らにそう言われて送り出される。その足元にはテニスボールや野球のバッド、それからヒゲの付いたパーティーグッズの眼鏡やダース・ベイダーのマスク、ウサ耳のカチューシャにメイド服まで……絶対に使わない物が多すぎる。この競技、想像よりもめんどくせぇかもしんねぇ。

「お題がカチューシャだったらさ、糸師くんはあれ付けるの?」

ため息交じりに待機場所まで向かっていれば小さな影が隣から顔出す。そうだコイツもこの種目に出るんだった。つーか、そのウゼェ顔やめろ。

「付けるワケねーだろ」
「絶対に可愛いのに」

そう言って右手を頭に添えてぴょこぴょこと指を揃えて曲げてみせる。片手なのが惜しいくらいだった。もしそのお題が出たらお前はゼッテェ付けろよ。俺は死んでも付けねぇケド。

「あんまバカなコト言ってるとコケるぞ」
「何もない所で転ばないよ」
「体育の成績悪いだろ」
「成績関係ないし!それに三はあるし!」

待機場所に着けば色と組みごとに生徒が整列させられていた。一度のレースに紅組、白組が各三名ずつ参加しそれが計四回行われる。彼女は一レース目で俺は最終レースだった。

「位置について、用意…——」

パァンッと天高く空砲が鳴り響く。コースは至って単純でトラックではなくグラウンドの真ん中のスペースで行われ、直線で五十メートル走りお題の書かれた紙を拾うというもの。そこに書かれている物を持って審判役を務める教師の下へと走る。

『各自お題のところまで辿り着きました!』
『ここからがレースの見所です!』

放送部による実況解説に周囲の声援も大きくなる。待機列から体をずらして彼女を目で追えばちょうど紙を手に取ったところだった。それを確認し、次いで周囲を見回している。それから目当ての物が見つかったのか、タタッと彼女は走り出した。しかし向かうのは自分のクラスではない同じ白組の応援席。

「は?」

なんか話し込んでんなと見ていれば、その場から出てきたのは一人の男。アイツはその男に両手を合わせて「ごめん!」と言っているようで、男の方は笑いながら首を横に振っていた。
いや、誰だよソイツ。なんでクラスに行かねぇでソイツ連れてくんだよ。つーか借り物のお題に人間なんてあんのか?

「一位ゴールは白組です!」

教師に合格をもらい二人が一緒にゴールする。どうやらお題は読み上げないらしい。これでは何が理由であの男を選んだのかが分からない。

「チッ」
「……っ、なんか後ろの奴キレてんだけど…!」
「振り返んな、ほっとけ!」

結局お題が何のか分からぬうちに自分の番となる。さすが最終レースというわけかグラウンドのボルテージは上がり、走者も足に自信のありそうな奴らばかりだった。

「スタート!!」

合図とともに駆け出して一番に躍り出る。こんなくだらねぇレースさっさと終わらせてやるという気持ちでお題の書かれた紙を拾う。アイツの紙に書かれていた内容は置いておいて、他の奴らの様子を見るにやはり帽子や眼鏡といった身近にあるものが大半だった。また、何も借りずにそのままゴールできるものもあるようでそれが引ければ話が早い。

「…………は?」

紙に書かれたお題を読み、思考が停止した。意味が理解できずもう一度脳内で復唱する——『好きな人』、紙には確かにそう書いてあった。

「糸師の奴どうしたんだ?」
「動かねぇな」
「ここにない物だったとか?」

誰だこのクソみてぇなお題を作った奴は。ゼッテェ面白がってるだろ。ただ、幸いなコトにお題は読み上げられない。教師に見られるのは癪だがここで足踏みして後でクラスの奴らにせっつかれた方が厄介だ。

「アイツどこ行く気だ?」
「なんかゴールの方向かってね?」

クラス席とは反対方向へと走り出す。ゴールの向こう側には競技を終えた生徒が順位ごとに整列をしている。そこの『1』の旗の前で足を止めた。

「来い」
「はい?」

アイツに向かってそう言えばアホ面で返される。何となくこの状況で察しろよ。だが俺の苛立ちが増す前に言わんとしていたことが伝わったらしい。「あぁ!」と叫んでその顏が華やぐ。そして隣にいた男の肩を叩いた。いや、なんでだよ。

「剛田くん出番だって!」
「えっ俺?!」

ソイツはお題として連れて来られた男子生徒だった。どうやら自分のクラスに帰るタイミングを失いこの場にいるらしい。

「私と同じお題なんじゃないかな」
「マジか!まぁ俺でいいなら付き合うけど」
「チッ!早くしろ!」
「えっ私?!」

お前しかいねぇだろうが!
このままでは埒が明かないと判断し腕を掴んで連れ出した。そのまま審判役の教師のところまで連れて行く。そしてアイツに見られないようにお題の書かれた紙を素早く渡した。

「お題は何だったの?」
「うっせぇお前は黙ってろ」
「連れて来られたからには聞く権利があると思いまーす」
「『借り物』である今のお前に人権はねぇ」
「今ここでフランス革命起こそうか?」
「あ?ここは日本だぞ、頭大丈夫か」
「そういう意味じゃない!」
「フッ…いいぞお前ら、合格!」

教師には笑われたがお題は達成することができ、三着ではあるが無事にゴールすることができた。





体育祭の日は原則として委員会も部活動も禁止されており、すぐに帰るように言われている。だからHRが終わった瞬間に教室を出たのにアイツにまんまと掴まった。

「で、結局お題って何だったの?」

早歩きで巻こうとしても小走りに着いてくる。互いに電車通学のため学校からの最寄り駅も同じ。

「お前こそ何だったんだよ」

諦めて歩く速度を落せば隣に並んだ。そしてアイツはこちらの気など知らないように「あー」とフツーに応えてきた。

「坊主頭の人」
「坊主?」
「うん。ほら、うちのクラスに坊主の人いないでしょ?だからめちゃくちゃ焦ってさ。だけど同じ中学だった剛田くんの存在を思い出して声を掛けたってわけ」

生憎クラスメイトの顔も名前もまともに覚えていないため確信が待てないが、そうだった気がしなくもない。それに今は野球部=坊主頭というわけでもないため該当する生徒も少ないのだろう。その剛田という男も柔道部だと言っていた。

「なんだよそれ」
「ほんと借り物競争なんだから物にしてほしいよね」

どっと全身の力が抜けたような感覚。分かってしまえばそれは想像以上にくだらなくて、イラついていた自分がバカみたい思えた。

「それで糸師くんのお題は何だったの?」
「……お前と似たようなもんだ」
「今の間はなに?」

頑なにお題を言わない俺に嫌気が差したのか自分で当てると言い出す。女子、白組の生徒、種目で一位を取った人……など候補を上げていく。しかし全ての回答に首を横に振っていれば、アイツも疲れたのか「これで最後」と言いながらこちらに憐みの目を向けてきた。

「友達」
「ちげーわ。そんでその顏やめろ」
「なんか可哀そうに思えてきちゃって……っていうか違うんだ」

そもそもトモダチは作らないんじゃなくて要らねぇんだよ。
つーか、お前のコトなんか一度もトモダチと思ったコトねぇわタコ。