
高校一年 文化祭
高校の文化祭は中学のそれとは一味も二味も違う。企画から運営まで生徒主体で行われるし演劇やダンスパフォーマンス、ミスコンなんかも催される。まさに高校生活のビッグイベントだ。
「次どこ回る?」
「私ベビカス食べたい!あっでももうすぐ吹部の演奏始まっちゃう?」
「三十分後だから間に合うでしょ」
といっても一年生は大した出し物をしない。飲食物を出せるのは三年生と一部の部活動だけだ。一、二年は展示物がメインで学校の歴史を書き連ねた掲示物を貼ったり、ちょっと凝ったところだと巨大迷路やお化け屋敷を作るといった具合。ちなみにうちのクラスは巨大パネルで写真映えスポットを作った。だから当日でもこんな感じで自由に見て回っている。
「本日十四時からミスコンやりまーす!」
「東棟二階で女装喫茶営業中〜!」
「久しぶり!中学卒業ぶりじゃない?」
「ねぇあっちも見に行こうよ!」
学校外からも多くの人が見受けられ文化祭は大いに賑わっていた。そういえばこの学校を受験しようと決め、私も去年友達と一緒に来てたっけ。自分の母校の制服を着ている女の子が目の前を横切れば思わず微笑ましい気持ちになってしまう。そこでふと視線を持ち上げれば一人の人物が目に留まった。
「じゃあ演奏始まる前に少し回ってみる?」
「なら家庭科部も寄っていい?毎年出してるシファンケーキが美味しいみたいよ!」
「あんたはどんだけ食う気なの?」
「ごめん、すぐ追い付くから先行っててもらっていい?」
「りょーかい、じゃあまた後で」
一緒にいた友達三人に声を掛け進行方向を九十度変える。
行き交う人々の真ん中でその人は微動だにせず立っている。だけど持ち前の長身に加え大きな看板を持っていたものだからいつもより目立っていた。そんな彼に背後からそっと近づき、すみませんと声を掛けつつ肩を叩いた。
「あ?……、っ?!」
「サッカー部のお店ってどこですか?」
振り返った糸師くんの御尊顔に私の人差し指が突き刺さる。よくある典型的なイタズラによくもまぁ見事に引っかかってくれたこと。そのあまりの気持ちよさににやけていれば、頭上から鋭い眼光が降り注いでいた。
「おいテメー、マジで殺すぞ」
「そんなんじゃお客さん逃げちゃうよ?ほらスマイルスマイル!」
そのまま人差し指をぐいぐいやって表情筋を持ち上げようとする。ついでに、いつでもスマイルしようねぇとんでもないことがおきてもさあ〜と歌詞付きでエールを送ってあげた。しかし私の優しさは無下にされ手は見事に叩き落とされた。
「冷やかしか?なら今すぐ消えろ、一回だけなら見逃してやる」
「ごめんごめん、本当にサッカー部の焼きそば買いに行こうとしたんだって」
サッカー部は毎年焼きそばを出店している。鉄板の上で調理された焼きそばは余計な水分が飛ばされ中々に美味しいのだ。
「職員室前のテントが店だ」
ありがとう、とお礼は言ってみたものの糸師くんの様子が変だ。この手の塩対応と不愛想はいつものことだが覇気がないというか疲れ切っているというか。そもそも出店の看板持って一人立っているのも不自然な気がする。というかこの手の人間に客引きさせるの、明らかに人前ミスでしょ。
「糸師くんはずっとここで看板持って立ってるの?」
「あぁ」
「一人で?他に部員いないの?」
「先輩がお前ひとりでいいだろって言ったからな」
もしやイジメか?糸師くんの性格上、年齢だけで人を敬うなんてことはしないだろう。加えてすでに一年生ながらレギュラーだし先輩方の反感を買っていてもおかしくはない。
「それって……」
「あの、すみませ〜ん」
お節介を掛けようとしたところで私たちの間に緩い声が割って入った。糸師くんの斜め後ろには三人組の女の子がいてそのうちの一人が声を掛けて来たらしい。その子達の制服を見るに近くの私立校の生徒であることが見てとれた。
「その看板に書いてある焼きそばってどこで買えますか?」
「……あっちのテント」
糸師くんは彼女たちの方へ振り返り職員室前のテントを指差した。なんという塩対応。文化祭ではなく店のバイトとしてやったらクレーム入れられてもおかしくはないぞ。しかし私の心配とは裏腹に彼女らの表情はパッと華やいだ。
「ありがとうございます!ところで貴方もサッカー部の人?」
「……あぁ」
「去年は見なかったから一年生?」
「実は私たちサッカー部のマネやっててね、この学校ともよく試合してるんだ」
この光景を見てなぜ先輩が糸師くんを一人にしたのか合点がいった。これに付き合うのは正直怠い。そして当然、糸師くんにも同情した。異性にモテるなんて人生薔薇色なんだろうなって思っていたけれど全く知らない人にまで絡まれるのは本意ではないよね。
「身長高いね!何センチあるの?」
「名前は?」
「この後時間あるなら案内してくれると嬉しいなぁなんて……」
彼女たちが喋る度に糸師くんのこめかみに青筋が一本ずつ刻まれていく。おそらくここに立ってからはずっとこんな感じなのだろう。そろそろマジでキレ出す五秒前どころか殺人事件すらおきそうな雰囲気である。
「あのー……」
最早自分は完全に空気状態であるが助け船くらいは出した方がいいだろうか。それは彼女らに対してなのだが。
「焼きそば」
しかし私が発言するより先に糸師くんがぽつりとそう言った。
「え?」
「焼きそば買うとき店の奴にでも聞けばいい」
それだけ言って糸師くんは彼女らに背を向けて完全無視を決め込んだ。いや、なんだこの状況は……と唖然としていたのは私だけで、そう言われた彼女たちは「じゃあそうするね!」なんて納得して笑いながら立ち去った。
「あんなこと言って大丈夫なの?」
空気から実体と化した私は目の前の糸師くんに問う。すると一つため息をついて鬱陶しそうに頭をかき始めた。
「女に絡まれたらこれで追い払えって言われてんだよ」
「後々めんどくさそうなんだけど」
「すみません、体育館ってどっちですか?」
そして息つく暇もなく別の女性に声をかけられる糸師くん。今度は大学生らしきお姉さん二人組だ。
「そこ」
「あーあれね!ありがとう!ところでキミってお兄さんとかいたりする?」
「……は?」
「なんか目元に見覚えがあるんだよね」
「しかもサッカー部なんだよね?もしかしてサッカー選手のいと——」
「さ、『佐藤』くん!」
この流れはよくない気がする。そう思ったら反射的に叫んで糸師くんの腕を引っ張ってた。
「クラスの展示物が破れちゃったみたいでさ、ちょっと来てもらっていい?『佐藤』くんくらい背が高い人じゃないと届かなくて……」
側にいた女性たちをチラリと見れば目が合って、そしてすぐに空気を読んでくれた。「呼び止めてごめんね〜」と言って体育館の方へと歩いて行く。去り際に聞こえた「やっぱ人違いだったかも」の一言には安堵した。
「おい、」
「あっごめん」
掴んでいた腕をパッと離す。さすがに馴れ馴れしくしすぎたか。それにしてもなんかすごく疲れた気がする。そして気付けば大分時間も経っていた。友達はとっくに買い物を済ませてしまっただろうか。
「お前、もう少しここにいろ」
さて、私もそろそろ行こうかとしたところお次は自分が腕を掴まれる番になっていた。ちょっとおにーさん、馴れ馴れしさのお返しはいりませんよ。
「えっなんで?」
「どうせヒマだろ」
「吹部の演奏見に行くから時間ないんだけど」
「それやるのグラウンドだろ、ここからでも聞こえる」
「そういう問題じゃないから。あとお腹空いた」
「我慢しろ」
いや、なんで私が駄々こねてるみたいになってんの。もしかして先ほど助けられたことに味をしめたか。でも糸師くんなら自分でなんとかできるよね。
「焼きそばもベビカスもフランクフルトもアイスも買いに行く予定なの!」
「後でな」
「すみません〜」
こんな状況でも声を掛けられるのがイケメンの可哀想なところ。しかし私にとって彼女たちは女神だった。糸師くんが女の子二人に構っている間にさよならバイバイしたい。
「あ?今忙しい」
「へ?……す、すみません…!」
お、おいー!キミは何をやってるんだ!お客さん逃してどうすんの。でも糸師くん目当てっぽかったからよかったのか?いやよくないって。
「なにやってんの?!」
「お前が渋ってんのが原因だろ」
「私のせい?!」
唐突に俺様系になるのは一体なんなのか。ただ、このままだとサッカー部のイメージと収益に影響を及ぼすことは確実だ。ヘタに首を突っ込んでしまった手前なんとなく負い目を感じる。ならば仕方なし、私はこれ見よがしにため息をつき全てを諦め糸師くんの隣に並んだ。
「しょうがないから付き合ってあげる。私の優しさに感謝してよね」
「やさし……は?」
は?って言いたいのはこっちなんだが。
もう帰っていいか?
◇
「おっ糸師お疲れ!おかげでこっちは盛況だぞ!」
その後、十五分ほど糸師くんに付き合いサッカー部のテントへと戻ってきた。辺りにはソースのこうばしい香りが漂い鉄板の上では山盛りの焼きそばが作られている。この盛況ぶりを見るに十分に捌き切れる量だろう。
「そっすか。看板返します」
「おーそれと悪いんだけどちょっと受付手伝ってくんね?」
私も早く列に並びたい。この分なら前の人に大量買いされない限りすぐに焼きそばを買えるだろう。
「は?」
「次の奴がまだ来なくてさ、それとやっぱイケメンがいると客入りよくて」
もう行ってもいいかな?そもそもこの後、糸師くんと回る約束もしてないしな。よし、解散…——はできずに、それどころか肩を掴まれ引き寄せられた。
「いや、コイツが腹減ってるみたいなんでもう行きます」
だから私が駄々こねてるみたいに言うんじゃないよ。ってか距離近っ。糸師くんって普段は人を寄せ付けないくせに偶にパーソナルスペースバグるよね。せめて肩を組むのは円陣組む時だけにしてほしい。私たちマブダチってわけでもないんだし。
「なんだお前、そうだったのかよ!」
借り猫のように宙を見つめたまま固まっていれば先輩の顔が華やいだ。そして「こっちはもういいからこれ持ってって二人で食べろよな!」と焼きそばを二パック手渡される。そうだったのかよってどうゆうことだってばよ。しかし目の前の焼きそばにあやかりたい一心で余計なことは言わないでおいた。
「どこで食うか」
焼きそばはビニール袋に入れ糸師くんが持ってくれている。そして当たり前の如く一緒に食べる流れである。さっきの吹部の演奏を見に行くって話聞いてなかったのかな?しかしもう始まってしまったのか青空にはトランペットの音色が響いていた。ともなれば潔く諦めた方が吉である。
「人多いよね。座れるとこ見つけるの難しそう」
「ならいつものとこだな」
「そうしよっか」
いつものとこ≠ナ通じるくらいには昼食を共にする機会も多い。だから糸師くんといることは苦ではないのだ。
「その前に自販機寄る」
「あ、私も飲み物買う!」
人混みを抜けて校舎裏の自販機へ。先にお財布を取り出した糸師くんは五百円玉を入れて水を買っていた。ラインナップはそれなりに豊富である。私は何にしようかな。
「お前は?」
「えーっと……午後ティーの無糖にしようかな」
「ン、」
私の返事に糸師くんはノータイムでボタンを押した。そして小銭と二本のペットボトルを自販機から回収する。
「ありがと。後でお金渡すね」
「いや、いい」
「え?」
「……付き合わせたから」
ぼそっと言われたその言葉を、私はしっかりと拾うことができた。糸師くんにまさかそんな自覚があったとは。しかし何よりその気持ちが嬉しかったから、ちゃんと聞こえるようにもう一度だけ、ありがとうと言った。
そして向かうは部室棟。そこの二階へと続く外階段がいつものとこ≠ナ糸師くんが腰を下ろした二段下に私が座るのがお決まりだった。
「さすがにこの辺りには人いないね」
「だな。これ、お前の分」
「ありがとう」
プラスチック容器に入った焼きそばと割り箸、そして午後ティーのペットボトルが手渡される。焼きそばはまだ温かく、冷める前に頂くことにした。
食事中もいつも通りだった。先に少し見て回ってきた私が文化祭の様子をだらだら話し、それに糸師くんが適当な相槌を打つ。途中で会話が途切れたりもしたけれど気まずくなるわけでもない。特に今日はBGMもあったので。
「あっ懐かしい!」
会話の合間に流れてきた吹奏楽部の演奏。それはノリの良いラブソング。自分が生まれる前に作られた曲というのに色んなところで流れているから歌詞もなんとなく分かる。
「誰の曲だ?」
「分かんない。でも音楽番組でもよく流れるから歌は知ってる」
気になったので調べてみればネットでも簡単にヒットした。そしてアーティスト名を調べつつ歌詞の記事にも飛び改めてその意味を知る。ノリで口ずさんでたけどこんな内容だったんだ。
「分かったか?」
「わっ…?!」
糸師くんにとっては大した興味もないと思っていたのに、声を掛けられた時には背後からスマホを覗き込まれていた。だから急に距離感バグらせてこないでよ。心臓に悪い。
「分かったよ、この人たちだって」
アーティスト名と歌詞が表示されたスマホを手渡す。ちょうど演奏も終わりが近づきラストのサビへと向かっていた。
「『あなたにとって大事な人ほど、すぐそばにいるの』」
その演奏に合わせて糸師くんが歌詞を読み上げる。その顔を下の段から覗き見ていればこちらも釣られて楽しくなってきちゃって。
「「『——響け恋の歌』」」
気付いたら最後の歌詞をハモってしまっていた。糸師くん結構歌上手いんだね。これ以上モテる要素追加してどうすんのさ。
「曲調だけじゃなくて歌詞もいいよね。さすが長年愛されてるだけ……おーい」
しかしそれも無愛想とコミュ力のなさと、そして時折垣間見れる奇行により台無しになる。糸師くんは唐突に片手で頭を支えながら真下を向いていた。
「急にご飯食べてお腹痛くなっちゃった?」
「……違ぇわタコ」
「たこ焼き食べたいの?」
「違ぇ」
こうなってしまうと大体日本語が通じないので放っておくことにする。だから糸師くんの手から自分のスマホを返してもらい、SNSを開いた。それを開いたことに理由はなくもはや癖って感じ。そして気の向くままに画面をスクロールしていったところである文章が目に止まった。
「ねぇ見て!軽音部が『Flash!!!』やるみたい!」
糸師くんを揺さぶり、友達の友達の、そのまた友達あたりから飛んできたSNSの投稿を見せる。それはうちの学校の軽音部の人のアカウントで、文化祭で演奏する予定の曲が二曲だけ記されていた。
「マジか。つーか素人にあの曲できんのかよ」
「それはそうだけど、やるって言ってるからには自信があるんでしょ」
これはぜひとも見に行きたいところ。場所は多目的ホールか。そして時間を確認すればあと十五分ほどで始まろうしていた。ホールはそこまで広くないから早急に向かわなければ。
「時間ないから急ご!」
ビニール袋にゴミを詰めて立ち上がる。そして急速に階段を下って上を見上げた。しかし糸師くんはというと未だに呑気に座ったままだった。そしてゆっくりと口を開く。
「他の奴はいいのかよ」
ここにきて友達の心配してくれるんだ。しかし先ほど連絡を取ったところ「どうせ糸師といるんでしょ?」「戻ってこなくていいから」と放り出されたので付き合ってはくれないだろう。それにこういうのは同志と見た方が盛り上がるというわけで。
「私は糸師くんと見たいんだけど」
昔から本家が好きな糸師くんと見た方が絶対楽しいに決まってる。
「…………っ」
だから早くしてとばかりにストレートに言ったのに、糸師くんは立ち上がるどころか空を見上げ出した。下向いたり上向いたり忙しい人だな。今の時間じゃ月も星も見えませんよ。
「ほら、行こ!」
結局ずっと糸師くんに付き合ってきたのだ。その分は今ここできっちり返してもらわねば。だから置いて行くこともせずに無遠慮に彼の手を掴んだ。
「なっ?!引っ張んな!」
握りしめた手、離すことなく、思いは強く、永遠を誓う——にはまだ早いけれど。
「ちゃんと走ってよ!サッカー部でしょ?!」
この小さな恋が数年後には大きな愛になっていることを、
「あ?ぬりぃ走りしてナマ言ってんな!体育三に合わせてやってんだよ!」
「はぁ?!」
私たちはまだ知らない。