
糸師くんは霊感があるらしい
横須賀線を使えば鎌倉から東京まで乗り換えなしで行けるのは便利なことだと思う。交通費も往復二千円以内という点も、さすがに毎週はきついが偶になら出してもいいかなと思える金額。だから夏の暑さも落ち着いた土曜、友人と秋服を求めに東京まで行ってきた。
「たくさん服買えてよかったね」
「さすが東京だよね〜それにセールもやってたし得したわ!」
互いにショップバッグを肩に掛け本日の収穫を喜び合う。ブラウスにジップニット、チェック柄のスカートにツイードショートパンツ等、今から戦利品を着るのが楽しみである。
「今度は年末に行ってみない?その時ならもっと大体的にセールやってそうだし」
「賛成!そしたらコスメとかも見たいなぁ今日いけなかった新大久保の方も行きたいんだよね」
「あっ新大久保行くならこの店行きたい!」
「どれー?って食べ物じゃん!」
帰りの電車内でも話は尽きず約一時間の乗車もあっという間だった。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。じゃあまた学校でね!」
「うん、ばいばい」
この先に家がある友人とは車内で別れ一人駅のホームへと降り立つ。向こうで夕飯を食べてきたのもあって地元の駅に着く頃にはあたりは暗くなっていた。しかしそこまで遅い時間というわけでもなく、週末だからか今から遊びに行くような人の姿も多く見られた。
「もしもしお父さん?」
最寄駅から家までは歩いて帰れる距離。でも荷物も多いから父親という名の車をこの場に召喚することにした。母はともかく父ならば可愛い娘の我儘を聞いてくれると思い、迎えに来てくれない?と電話をする。しかし答えはまさかの「ノー」だった。
「えっなんで?!」
『お酒飲んじゃったから運転できないんだよ、ごめんな』
「じゃあお母さんは?」
『母さんは父さん以上に飲んでるぞ』
電話越しに『エイヒレ焙ったら食べるー?』と楽しそうな母親の声が聞こえてきた。今日は弟も友人の家に泊まりに行って留守にしてるから二人で仲良くやっているのだろう。つまり、迎えは来ない。
「わかった。じゃあ自力で帰るね」
『気を付けろよ』
「はーい」
通話を切り、ショップバッグを肩に掛け直す。が、やたらと肩が重い。まさか重い荷物のせいで肩が外れたのか?いやいやそんなわけな——
「おい、」
「わぁ?!」
ショップバッグの紐に手を掛けたのと同時に背後から声を掛けられ驚く。反射的に振り返ればそこには同じクラスの糸師くんがいた。そして彼の右手が不自然に上がっていることからその手が私の肩に乗っていたのだと理解した。
「びっくりしたぁ驚かさないでよ」
「あ?呼んでんのにお前が無視するからだろーが」
「そうだったの?電話してて気づかなかった、ごめんね」
練習帰りなのか糸師くんはジャージ姿で大きなエナメルバッグを斜め掛けしていた。土曜であってもこんな時間まで練習だなんて本当にストイックだな。高校生という貴重な時間をサッカーにだけ割けるその姿には素直に尊敬できる。
「どっか出掛けてたのか?」
「うん、友達と東京行ってきたんだ。それでたくさん服買ってきた!」
ショップバッグのロゴを見せびらかしてみるがやはり知らないのか一瞥しただけ。しかし、どういうわけか私の姿だけは頭の先からつま先まで物珍しそうに見ていた。
「えっなに?」
「いや、別に」
「今すごく見てたじゃん。もしかして服ダサいとか思ったりした?」
「あ?思ってねーよ」
どうだか。そういえば糸師くんってどんな服着るんだろ。まぁこれだけ顔も整ってて背も高いならなんだって着こなせるんだろうな。髪と瞳の色的にブルベっぽいから基本寒色系の服を選べば間違いはなさそう。
「糸師くんは普段どこで服買うの?」
「スポーツ用品店」
「それってサッカーする時に着るやつじゃん……そうじゃなくて私服だよ私服」
「そこらへん」
会話下手くそか。相変わらず話のキャッチボールができていない。サッカープレイヤーだから野球は専門外ってことね。
「まぁいいや。じゃあ私は帰るからまた学校でね」
さて、迎えも来ないし浮腫んだ足を動かして帰りますか。
駅の外に出てどちら側から帰るか考える。このまま大通りに沿って帰るのが安牌だが信号が多く、また脇道には飲屋街があるため酔っ払いも多い。もう一つの道はこのまま線路沿いに歩いて裏道から帰るルート。街灯が少なく心許ないがこちらの方が信号も少ないため早く家に帰れる。
「おい、」
ちょっと怖いけど時短を優先するか。そう思い右に曲がって歩いて行こうとすれば分かりやすく肩を掴まれた。本日二回目、且つ前回から僅か三分にも満たないデジャヴにはもはや驚くこともなかった。
「なに?」
「お前こっちが家なのかよ」
「こっちというか方角的にはあそこらへん」
正確な家の場所を口頭で伝えたとて糸師くんには分からないと判断し右斜め前を指差す。すると何故だか怖い顔して睨まれた。
「なら大通りから帰ればいいだろ」
「そうしたいんだけど前に酔っ払いに絡まれたことあるから嫌なんだよね」
その時は夏休みと言うこともあり夜遅くまで友人とカラオケに行っていたのだ。そして家を目指して歩いていたら同じく夏休みであろう酔っ払いの大学生に絡まれた。
「何もされなかっただろうな?」
「走って逃げたから大丈夫」
「お前足遅ぇだろ」
「酔っ払い相手になら巻けるし。というか遅くはないからね」
呼び止められてまで小言いわれたくないんだけど。だからこそいい加減帰ろうと街灯のない道へと一歩踏み出せば今度は腕を掴まれた。
「えっちょっとなに?!」
「そっちから帰んな、危ねぇから」
「暗いから?でもまだ八時前だし大丈夫だって」
「そうじゃねぇ」
そう言って暗闇を睨みつける貴方の方が危なく見えるんですけど。確かに街灯は少ないけど線路沿いだから時折通る電車のライトはあるわけで、アパートも建っているからそこまで危ないとも感じないんだけどな。
「じゃあ何がそんなに危ないの?」
「いる≠ゥら」
「いる……?」
「ヤベー感じがすんだよ」
それって幽霊とかそういう類のものなんじゃ……私自身まったく視えないのでその感覚は分からないがいる≠ニ言われてしまえばそれなりに意識はする。そうなると一気に怖くなってきた。
「一応聞くけど冗談じゃないよね?」
「いま冗談言ってどうすんだよ」
「もしかして糸師くんって視える人?」
「あ?視えるワケねーだろ」
視えないけど第六感は冴えてるってことかな。笑い飛ばしたいところではあるが冗談でも嘘でもない手前リアクションに困る。そして一人青ざめていれば糸師くんはさらに言葉を続けた。
「そういや前に怨霊二百体憑いてるって言われたコトあったな」
それマジで笑えないやつじゃん。でも否定できないや、マジで憑いてそうだから。
「へぇ……」
改めて糸師くんを見てみるが二百体の重みを感じさせないほどに本人はケロっとしていた。ここまでくるとメンタルが強いを通り越してイカれてるなと思う。
「やっぱり大通りから帰ることにするよ」
事の真意はさておき気持ち的にも暗い道を通って帰る勇気はなくなった。そのため糸師くんの助言通り大通りへと進路変更することにした。
「なら送る」
「…………なぜ?」
「危ねぇから」
いやいや糸師くんの言う危ない≠回避して大通りから帰るんだから危なくないじゃん。というか糸師くんの方が今や私の中で危険人物になったからね。そこらへんの霊より怨霊二百体憑けた人間のが脅威だわ。
「悪いからいいよ、練習帰りで疲れてるでしょ」
「んな柔じゃねーよ。行くぞ」
やんわりお断りしてみたのだが一人(+二百体)の意志は固く勝手に歩き出してしまう。となればもう追いかけるしかないので諦めて着いて行った。
「ありがと。……あのさ、お祓いとか行かなくて大丈夫なの?」
そして恐る恐る気になったことを聞いてみる。誰に言われたかは分からないが憑いてると言われた以上、除霊もできるのではないかと思ったからだ。
「実際いるかどうかも分かんねぇのに祓うもなにもねーだろ」
「でもさ気持ち的にお祓いした方が安心できない?」
「それこそ気持ち次第だろ」
糸師くんに私の感性が理解できるはずもなく一蹴されてしまった。なんかこのままだと私の方に乗り移られて体調壊す気がしてきた……
「送ってくれるの、この道抜けたところまでで大丈夫だから」
「そうか」
とりあえず家入る前に塩撒いとこ。
一人と二百体に送られながらそう決意した。