あの日の約束を
二〇一九年 春頃——
どんよりとした雲が空を灰色に染め、波の音が耳につく。
「………聞いてない…」
「うおーっ」
「…マジで聞いてない」
何故ここを選んだんだ。
「"外"なんて聞いてない……」
「海だーっ寒っっ」
はしゃぐ金田一を横目に、俺はあいつとの約束を思い出していた。
二〇一八年 十一月——
地元仙台で行われたシュヴァイデンアドラーズ対ムスビイブラックジャッカルの試合。
その試合観戦後、今では有名バレーボール選手になった影山に呼び止められた。
「また一緒にバレーをやろう」
お前は来年から海外だろ。日本代表になれってか?こっちは春から銀行勤めだっつーの。
「おっさんになってからでも、じいさんになってからでもいい」
中学の時とは違うあいつの真っすぐな目を見て、俺と金田一は頷いた。
———で、その約束が思いのほか早くに実現し今こうして海にまで来ていた。ってかなんで外??
「悪りぃ、待たせた」
「ごめんね。私が遅れちゃって…」
遅れてきた影山の隣には懐かしい顔があった。といっても先日のアドラーズ戦でも会ったから特段久しぶりと言うわけではない。でも俺の記憶としては同じクラスであった中学三年の時の記憶が強いから懐かしく思えた。
「俺等もちょうど着いたところだ。ってか影山は兎も角お前もよく来たな」
「せっかくだし予定ずらして早めに帰国したんだ。空港からここまで直接来た」
「マジか!?」
金田一と彼女の会話を聞きながら本当によく来たなと感心する。いや、もちろん嬉しいのだが彼女は二年ほど海外に留学していたのだ。大学も休学しているからまだ学生ではあるが多忙なはず。その合間を縫ってまで来るとは。まぁ影山も忙しそうだがこいつに至っては何も心配していない。
「ってかなんで外なんだ?バレーボールといえば室内だろ」
「場所がなかった。まぁ偶にはいいだろ。砂の方が怪我もしねぇし」
「寒いわ……」
「国見テンション低いぞ!動けば温かくなんだから問題なし!」
このままじゃ悴んでまともにボールも触れないわ。でも俺以外は皆めちゃくちゃやる気である。もちろん彼女も。影山に至ってはすでに上着を脱いでいる。
まぁここまできたら腹をくくるかと思いストレッチをして二対二の組み合わせで試合をしていく。外だと風にボールが流されやすい。それとコートに自分ともう一人しかいないから六人の時と運動量が違う。こりゃサボれそうにないわ。
一時間ほど経つと影山以外の全員の息が上がっていた。高校の時ほどではないが大学でも多少はバレーボールをやっていた。それに関しては俺以外の三人にも言えること。でもさすがに現役のプロとアマチュアでは雲泥の差がある。
「ちょっ……休憩、いったん休憩しよう!」
「あぁ。じゃあ十分な」
「短過ぎィ!!」
「飛雄、もう少し時間ちょうだい。あと飲み物買ってきてもいい?」
「俺も買い行きたい!!」
「じゃあ金田一、俺の分も頼む」
「国見は少しは動け!!」
「めんどい」
「よし、じゃあじゃんけんで負けた奴二人が買いに行こうぜ!お前らもいいか?」
「あぁ」
「私もそれでいいよ」
「えー……」
「じゃあいくぞ——」
と一番意気込んでいた金田一が負けて、影山と二人で買い出しに行った。以前は随分としがらみがあったものだが今は驚くくらい普通だ。その光景を地べたに座りながら見ていれば隣で人が座る気配がした。
「ビーチバレーは初めてやったけど楽しいね。すごく疲れたけど」
女子なら砂だらけになるのは嫌だろうと思っていたのに、思いの外明るく笑った彼女を見て本当にバレーが好きなんだと思った。中学で同じクラスになったのは一度だけ。特に親しかったわけでもないがこういう形で接点を持つなんて昔では考えられないことだった。まぁそれはある意味、影山にも言えることだけど。
あ、そういえば彼女に会ったら聞きたいことがあったんだった。
「外はマジで想定外だったけどね。ってか向こうで岩泉さんに会ったんだって?」
その話を後から聞いた時は驚いた。
中学且つ高校の先輩である岩泉さんはスポーツ系の大学に在学中、アスレティックトレーナーになるための勉強として渡来した。そしてある日突然「この子、中学の時お前らの学年にいなかった?」と酔っ払ったツーショット写真と共に連絡が来たのだ。
詳しく聞くと岩泉さんが弟子入りした空井さんの親友に弟子入りしていたのが彼女で四人で食事をしたらしい。で、蓋を開けてみれば知り合いだったというわけだ。
「そうそう!本当びっくりしちゃった。それに岩泉先輩が私のこと知ってるとは思わなかったしね」
素で言った言葉なのだろうけれど、それは全くの勘違い。
当時、北川第一の男バレの中で彼女はちょっとした有名人だったのだ。
バレーが上手いのは言わずもがな。それに加えて"オーサマ"が唯一表情を緩めて話す女子ということで一目を置かれていた。二人で帰るところも見たことがあった。影山って笑うんだなとその時初めて知ったほどにあいつも心を許しているようだった。
余談だが、恋人に振られたばかりの及川さんがその光景を妬ましく見ていたこともあった。それくらい仲が良さそうだった。
影山が孤立して悪い噂が流れても彼女は何一つ変わらなかったように思える。ただ、卒業近くになると二人でいるところを見る機会は途端と減った。その理由は今も分からないけれど、まぁこうしてまたバレーをしてるんだし相変わらずの仲なのだろう。
「あー……まぁね。大学卒業後はどっかのチームに所属するの?」
「上手くいけばね。アスレティックトレーナーも狭き門だし色々と周りの人にも相談してみるつもり」
そういえば高校は稲荷崎でマネージャーをしていたか。アドラーズ戦のときもブラックジャッカルの宮侑に彼女は絡まれていた。あ、それと佐久早と話をしていたのも印象深かった。ファンに対しては塩対応で有名なあの男が選手以外と話をするなんて。まぁ右手には消毒スプレーを構えてはいたが…
「悪りぃ遅くなった」
「やっぱ海は寒いわ!」
彼女とは互いの近況と中学時代の思い出なんかを話していれば、いつの間にか二人が戻ってきていた。気付けば三十分ほど時間が経っている。まさかこんなにも会話が弾むとは。もしかしたらもっと前から仲良くなれてたのかも。いや、逆に今だからこそ仲良くなれたのかもしれない。
「お疲れ様。二人ともありがとう」
影山と金田一の手元を見る。飲み物を買ってくると思ったのだが、やたらとデカイ袋を抱えて戻ってきた二人に嫌な予感がした。
「何買ってきたの?」
「飲み物」
「それと肉まん、あんまん、ピザまん、アメリカンドッグ、フライドチキン、唐揚げクン、メロンパン、チョコパン——」
「食い物多すぎでしょ」
「まだバレーすんだから食わねえと保たないだろ?」
いや、あと何試合する気だよ。その量は間食じゃなくて食事だ。
「お前は紅茶とあんまんな」
「ありがとう。よく分かったね」
「当然だろ」
しかもお前ら完全に二人の世界入ってるじゃん。
このリア充に付き合わされる俺らの身にもなってくれ。
「国見は肉まんとお汁粉な!」
「肉まんとお茶でいい」
方や俺の幼馴染はこんなだし。
「次はどうすっか」
「私まだ国見君と一回しか組めてない」
「じゃあ俺が影山とかー。おい、こっちは現役から離れてんだから緩めのトス頼むな」
「………………………おう」
「間が長ぇっ!」
「でもさっき飛雄のトスでいいスパイク打ててたじゃない」
中学時代は決して考えられなかった光景がいま目の前にある。
金田一がいて、彼女がいて、そして影山がいて、四人でバレーやって駄弁って笑い合う日が来るなんて。
俺たち全員が学生の頃のようにバレー一筋でやっているわけじゃない。それぞれの道を歩き出してバレーをする時間は短くなった。でも距離感は昔よりも近い。
何故なら根本を辿れば皆一つのところに行き着くのだと気付いたからだ。
「ただのバレー馬鹿」
ぽつりといった一言に三人が俺の方を振り返った。しかし波の音で言葉までは聞き取れなかったのかきょとんとしていた。
「なんか言ったか?」
「別に。ねぇ、ファーストタッチは頼んだからね。俺はトス上げに専念するから」
「えぇ…私じゃ身長も足りないし威力も弱いよ?」
「コントロールは金田一よりあるから大丈夫」
「何だって?!いや、でも事実……!」
「国見はサボりたいだけじゃないのか…?」
外だし寒いし海風はあるしでマジで最悪。
でもこのメンツが揃った今日は絶好のバレー日和だ。
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