宝くじが当たったので私と離婚してください!

あ、やべ。やっちまった。


墨の入った硯が宙を舞い、衣紋掛けに吊るしてあった羽織に黒いシミを作る。幸い書き上がったばかりの物は無事ではあるがこの状況は非常にまずい。

「いま帰ったで」

私の気持ちなどお構いなしに計ったかのようなタイミングで玄関から男の声がした。
目の前のシミかそれとも出迎えを優先すべきか頭の中で天秤にかける。そういえばこの羽織ゼロ五つは付いていた値段だったっけ。それなら染み抜きが優先だ。

玄関からは「帰ったで!」と同じセリフがキレ気味に聞こえてきた。因みに三回目。こっちも部屋の中から「おかえりなさい!」と三回ほど叫んだが未だに「帰ったで!」を連呼している。お前は帰ったでbotか。自分の家なんだから早よ上がれや。

染み抜きと帰ったでbotを同時進行で相手にしていたらbotの方がドタドタと音を立ててこちらへ向かってくる。やべぇ、このシミ全然落ちねぇ!

「帰ったで!!」
「おかえりなさい!!」
「俺が帰ってきたらすぐ玄関まで出迎えろ言うたやん!使えん嫁やな!」
「痛いっ!」

ぺしっと平手打ちで頭を叩かれる。このクソ男が!!
しかしまぁ声に出してみたもののそこまで痛くはない。というか慣れてしまったという方が正しいのかもしれない。私もいよいよDV耐性が着いてしまったか。悲しいのやら嬉し……くはないが。

「出迎え三歩、見送り七歩ができひん女は背中刺されて死んだらええ」
「それ向き合ってる状態ですよね?だったら刺されるのは正面なのでは?」
「一々揚げ足取らんでええ!」
「痛いっっ!」

再び頭を叩かれる。マジでクソ男である。
「すんません」と適当に謝ったらまた叩かれそうになったので、頭を深く下げてそれを華麗にかわしてやる。上手く出し抜いてやったわ。

「チッ!で、自分は大事な旦那様の出迎えもせずに何やっとんねん」
「羽織に墨をぶちまけました」
「ハァ!?ほんま自分アホやな」
「すみません」
「それしばらく着いひんからクリーニングに出しとけばええ」
「分かりました。では明日出してきます」
「あ?なんで今から行かへんのや」
「夕方から見たいドラマの再放送があるんですよ」
「旦那様のお召し物とドラマの再放送どっちが大事やねん」
「ドラマの再放送ですね———っ!!??」

こいつ本気で殴ったな!!
頭割れるわボケェッッ!!!

声も出ないほどの痛みに頭を押さえる。
マジでこれ警察案件だからな!今までの証拠かき集めていつか絶対に訴えてやる。「次会うときは法廷でな!」という捨て台詞と共にこの家出てってやるからな!

「自分みたいな女この俺じゃなきゃ嫁にすら貰ってくれへんで」
「ハイハイ。あっそういえば旦那サマ宛てに荷物が届いてましたよ。ご実家から」

まだ頭は痛いが部屋の端に置いておいた段ボールを運び、カッターを使い箱を開けた。
中身を取り出すといつも通り数冊のアルバムが収められている。今回は三冊か。前より少なくなってるな。

「全部処分や」
「え!?中も見ないんですか?ほら、この人とか可愛いですよ」
「興味あらへん」
「もしかして美人系の人がタイプですか?この人とかおっぱいも大きくて良くないですか?」

届いた冊子には美しい装いの女性の写真が収められている。言わずもがなお見合い写真である。三人とも可愛らしくもありお美しい。きっと家柄も確かなのだろう。
こういう人が目の前の男にはふさわしいのではないかと思う。しかし、中身はクソなので私はおススメしないが。

「喧し!それよりなんで自分の嫁に女勧められなあかんのや!」
「いや、私達仮面夫婦的な関係じゃないですか」

そう、目の前にいる旦那サマ———禪院直哉と私は籍こそ入れてはいるが“夫婦”と呼ぶにはあまりにも残念な関係なのである。



禪院先輩は私の高専時代の先輩である。
私は一般家庭出身で中学のころ母親が亡くなったことをキッカケに呪霊が視えるようになった。いきなり訳が分からぬ化け物が見え途方に暮れていた私を、運よく呪術高専の人が見つけてくれて京都にある学校へと入学するに至った。
しかし入学早々、何故かひとつ上の禪院先輩に目を着けられたのである。

初めは廊下ですれ違った際に「自分一年なん?へぇ…可愛がっとるさかい、よろしゅうな」と言われそれを境に悪質な可愛がりを受けることになった。

まず、実践訓練の授業で骨を三本折られた。高専はひと学年での人数が少ないため一つ上の先輩方と合同授業になることが多い。すると決まって禪院先輩は私を指名した。一応後輩なので断ることが出来ずに受けると案の定コテンパンにやられる。

「安心しいや。自分は女の子やねんから、顔と胎は傷つけへんようにするからな」
「先輩って顔はそこそこなのに性格はマジでクソ野郎ですね」

しかし私とて受け身でいる程か弱い女でもなかったので口だけは達者に言い返した。それでさらに絡まれるようになり、授業のみならず任務でも同行させられるようになった。

その後は骨を折られた腹いせに私の術式で先輩の髪の色を一日中ピンクにしてみたり、任務で呪霊の領域に閉じ込められ放置されそうになった翌日には先輩をトイレの個室に閉じ込めた。
そんなこんなでセクハラ、パワハラ、モラハラの三拍子にもめげず禪院先輩に可愛がられた三年間が終わった。

「自分弱っちいからなぁ。就職先なかったら俺のとこで面倒見たるから連絡しいや」
「先輩が呪霊にやられて寝たきりになったらオムツくらいは変えてあげるんで連絡してくれてもいいですよ」

先輩の卒業式に、私は腕の骨を折られた。

高専での生活も四年目になり、進路を決める時期になった。といってもここでは呪術師になるか補助監督になるかのほぼ二択だ。そうなると私は断然後者であった。四年生の時点で階級は三級。故にひとりで任務に行けないものだから禪院先輩に駆り出されていた節もある。ぶっちゃけ命も惜しいので私の進路は迷うことなく補助監督になることで決まった。でも禪院先輩には二度と会いたくないので東京校で働かせてもらえるよう手続きを進めた。

卒業間近となったある日、私は父の訃報を聞かされた。
死んだことに悲しみはなく、寧ろ嬉しかった。ギャンブル好きのアル中男だ。家庭を支えるために必死に働いた母が過労死で亡くなったのもこいつのせい。死因も酔った勢いで川に落ちて溺死したらしい、ざまぁ。

しかし、父の死と同時に借金があったことが発覚する。何となくそんな気はしていたのだが、どうやら闇金から金を借りていたらしくその額はとんでもないことになっていた。
呪術師ならまだしも補助監督の給料は公務員と同程度である。しかも闇金の場合は金利がえげつないため普通に返済しては追い付かない。

「話は聞いたわ。困っとるんやって?」

ここで一生会いたくないと思っていた男の登場である。
禪院先輩は借金を肩代わりする条件として、私に嫁になってほしいと言ってきた。私にとっては反吐がでる条件の上に、先輩にとってもメリットがなさそうな話である。しかし先輩曰く、禪院家の次期当主としての見合い話が後を絶たずそれを断るためにお飾りの妻が欲しいらしい。

一晩じっくり考えて私が出した結論は、“禪院先輩の嫁になる”だった。

「まぁ飽きたら捨てたるさかい俺のこと楽しませてな。あ、別に借金のことは気にせんでええよ。あんなはした金これからどうとでもなるしな。こんな優しい旦那様がおって自分はほんま幸せ者やなぁ」

婚姻届に自分の名前を記入し、〇.一秒で殺意が沸いた。

だがしかし、結婚したからとて見合い話はなくならない。何故なら禪院家は内縁の妻はいくらでも欲しいからである。呪力を持つ子供が産まれればいいので実に御三家らしい言い分だ。

だから先輩に好きな人が見つかれば内縁の妻とは言わず私と別れてその人と結婚してほしいのである。それかとっとと私をいびることに飽きて捨ててくれ。私は自由に生きたいのだ。
因みにいつでも行動に移せるよう、箪笥の中には記入済みの離婚届を入れている。



「法律上、俺の妻はお前や。何度も言わすな」
「分かりましたよ」
「あとこれなんや?何で墨で字なんか書いとんのや」
「次の週末、邦楽演奏会があるんです。その時に使う曲目を書いて欲しいと頼まれまして。まぁバイトですね」

借金は肩代わりしてもらったが今後自分で使う金までこいつに借りるのは癪だ。そのため私は小遣い稼ぎにこういうバイトをしている。本当なら補助監督とかせめてスーパーのレジ打ちでもいいので効率よく稼ぎたいのだがそれを先輩は許してくれなかった。

曰く、先輩がいう“妻”とは家で夫の帰りを待つ女のことらしい。そのほか「旦那様」と呼ぶことなど、“妻”の定義がある。いまいち理解はできないが、それを守ることも条件に入っていたのでしょうがなく従っている。

「金なら必要分渡す言うとるやろ」
「これ以上貸しを作りたくないです」
「別にええのに……」
「え?なんか言いました?そういえば、今日の夕飯は家で食べます?」
「おん。そのために早う帰ってきたんやから存分に労うてくれてええんやで」
「………はぁ」
「喜べや」
「ワーウレシイ」
「愛嬌も振りまけへんのか」
「旦那サマに振りまくほどの愛嬌は元より持ち合わせておりませんので。そうだ、今日は美味しそうな金目鯛が手に入ったんですよ。腕によりをかけて作りますね」
「後半繕ったつもりでも前半の言葉しっかり覚えとるからな。でもお前の作る飯は美味いからな、今日のところは大目に見たる」
「ドーモ。あっ再放送が始まっちゃう!」

慌ててテレビへ向かうとちょうど昨日のダイジェストが流れたところだった。
前回は包丁を持った妻が不倫をした夫を許すことができず浮気現場に乗り込むところで終わったのだ。

「こんな作り話のどこが面白いんや」
「現実とはかけ離れてるから面白いんですよ」
「ふぅん。まぁ暇やから俺も見たるわ」

全くもって誘ってもいないのだが先輩は私の隣に座り出した。
マジかこいつ、と思いつつも楽しみにしていたドラマなのでテレビに集中する。

「この女、どうして心中しようとするんや?相手の女殺せばええやろ」
「浮気相手を殺しても男が相手を代えてまた浮気する場合もあるでしょう?それなら死んで一緒になりたいんですよ」
「意味分からへんな」
「女心が分からない旦那サマには一生理解できないでしょうね」
「あ?」

しかし早々に喧嘩開始のゴングが鳴ったので結局まともにドラマは見れなかった。
くそっ!私の数少ない楽しみを消しやがって。二度とあいつと一緒にテレビなんか見るか!
まぁ先輩とは中々の死闘を繰り広げたわけだが夕飯の金目鯛は美味しかった。





時間大丈夫なんですか?と聞いたら「今日は休み言うたやろ」と朝からキレられた。まぁ叩かれなかっただけ良しとしよう。

「すみません」
「ほんま覚えの悪い嫁やわ。——せや、今日の自分の予定は?」
「午前中はスーパーのタイムセールに行って、午後は公園の鯉に餌をやりに行く予定です」
「今日は買い物に行きたいねん。自分、荷物持ちな」

絶妙に会話が噛み合っていない。というかそれなら私の予定を聞くんじゃねぇと声を大にして言いたかった。

「早よ着替え」
「え?この格好じゃダメですか?」
「俺と外歩くんにジーンズとパーカー姿の女が何処におるん?」
「ここにいます」
「またお前は……嫁がそんなやと俺の品位が下がんねん。この前買うてやった服着てき」
「はぁい」

頼んでもないのに恩着せがましく買ってきたワンピースのことか。着ていくところもないので見事に箪笥の肥やしになっていた。

身支度をし一緒に外へ出て、私は玄関口で立ち止まる。
先輩が歩き出しても私は動かない。その様子に気付いたのか先輩は振り返った。

「何やっとんねん」
「見送り七歩って言ってたじゃないですか」
「一緒に出掛けるなら必要あらへんわ!早よこっちまで来んか!」
「はぃい??」
「それ絶対聞こえとるやろ!!」

物凄い形相で戻ってきた先輩に腕を掴まれ引き摺られた。わざとちんたら歩いていると「早よ歩け」と小言を言われる。「三歩下がって歩かないと背中刺されるので嫌です」と言えば「日中は刺さへんわ!」と怒られる。じゃあ夜なら殺されるのかよと思いつつ、しょうがないので隣に並んだ。

先輩の買い物とはスーツだったらしい。大手百貨店にある老舗の紳士服店に連れて行かれた。
時折なぜか意見を求められたので適当に相槌を打ちながら応えていく。最終的にめんどくさくなったので「旦那サマは(顔だけは)かっこいいので全部似合いますよ」と言ったら静かになった。何だったんだ、あれは。

「結局、家に送ってもらうんですか?」
「裾上げがあったからな」
「旦那サマの脚は標準より短かったというわけですね」
「阿保か!ああいうのは元が長めに作られとんねん!」

叩かれるのかと目を瞑り衝撃に備えたが何も起こらない。まぁ、外ではさすがにやらないか。
しかし、目を開けるとやはり叩こうとしたのか行き場をなくした先輩の手が見えた。根っからのDV男だなこいつ。

「荷物持ち必要なかったですね」
「この後も用事あんねん。行くで」

先輩の手が腰に添えられ、びっくりして引こうとしたそのまま軽くホールドされた。こんなところ普段自分でも触らないからくすぐったい。という距離が近い、やめろ。

「どこ行くんですか?」
「自分の服も仕立てるで。次の政界との食事会は嫁も同伴や」

御三家ともなると呪術界のみならず社会的な繋がりも大切になってくる。何回か連れて行かれた社交会は苦手だ。美味しそうな食事もあるが愛想笑いが精一杯でまともに食べれたもんじゃない。

「またですか……というか服なら前回のときに買って貰ったものがあります」
「禪院家時期当主と呼ばれる俺の嫁がいつも同じ服着とったらみっともないやろ」

その服はまだ一回しか着てないんですけど。しかも親戚との食事会の時の一回だから気にしなくていいと思う。

というか、こいつの手が私の腰から全くもって離れないんだが!
先程から腕を掴んで引き離そうと試みるが、どんどん力が強まっている気がする。
あ、やめろ!アバラが折れる!

腰に添えられた手は最後まで離れずに女性ものの服屋まで連れていかれた。その後は奴が見繕った幾つものワンピースを着させられファッションショーのごとく歩かされる始末。
これ先輩が見て楽しいんか?もうどれでもいいから早く買って帰ろうよ。
試着室と先輩の前を何度も往復させられ、結局三着も購入した。

「今から飯行くからそっちの服に着替え」
「これじゃダメなんですか?」
「旦那様の言うことは素直に聞けや」

そして買ったぱかりのワンピースに着替えることになった。
じゃあジーンズとパーカーでよかったじゃん、とボソリと言ったところで睨まれる。また色々言われるのも面倒なので急いで試着室へ逃げ込みカーテンを閉めてやった。

私の着ていた服と買った服は店に頼んで家へと送ってもらうことになった。私が連れて来られたら意味とは()

「どこにご飯行くんですか?」
「隣のホテルに入っとる中華店や」
「あっ北京ダックはありますかね?公園でアヒルを見かけるようになってからずっと食べたいなって思ってて」
「は…?お、まえマジか。情いうもんはないんか?」
「旦那サマから情を語られる日が来るとは思いませんでした」
「俺もお前がそんな軽薄な女だとは思わへんかったわ」

いや、お前には軽薄な態度しか取っていないんだが??
その後は北京ダックを食べ、なぜか映画にまで連れて行かれた。そして人気店のケーキを買って帰るというイベントまでが発生。
こいつには休日に遊ぶ友達も趣味もないのだろうか。
少し可哀想に思えたので今日の先輩の話にはそこそこの相槌を打ちつつ会話をしてあげた。





先日の社交会で着て行ったワンピースとスーツをクリーニング屋から引き取ってきた。

社交会はめちゃくちゃ疲れた。堅苦しい場も嫌だし、先輩の嫁だと紹介されるのも気に食わない。それとああゆう場で一人になるのも嫌だから自然と先輩の事を頼ってしまう自分も腹立たしい。それに気付いた奴が「そんな怯えんでええからな。俺を頼ってなぁ」と猫撫で声で言うものだから殺意も湧く。

服を各々のクローゼットへと仕舞ったところでスマホがメッセージの通知音を告げた。
相手は先輩だ。『急な任務で一週間ほど家を空ける』と書かれている。やった!これで暫くは奴の顔を見なくて済む!

了解の意味を込めて「り」と送れば直ぐに既読が付き、秒で電話が掛かってきた。

「もしもし」
『おい、旦那様が今から危険な場所に長期間行く言うてんのに何やねんあの返事は』

暇人かよ。
電話掛けてくるならメッセージで送るな。
早く電話を切りたいので「すみませんでしたー」と謝っておく。せめてもの反抗で語尾は三秒ほど伸ばしてみた。

『ったく……あんな、俺がおらへんからって変なとこ行ったり誰か来ても家の鍵開けたらあかんからな』
「子供じゃないんですから」
『あと毎日電話するから三コール以内に出るんやで』
「え、普通に鬱陶しいんでやめてください」
『これも妻の仕事や。分かったんなら、お気を付けて行ってらっしゃいませの一言くらい言えや』
「旦那サマが怪我で寝たきりになりましたらオムツは変えて差し上げますのでお気を付けて行ってらっしゃいませ」

言い切った瞬間、通話終了ボタンをタップする。目の前で会話をしていたが骨を折られるほどの案件ではあるが、電話越しならば何も恐れることはない。
そこでふとディスプレイに表示された今日の日付を見て、私は慌てて自分の部屋へと向かった。

まさかこんな大切な日を忘れていたなんて。
引き出しから例のものを取り出して私は再度スマホを操作する。また先輩からの着信があったが秒で通話終了をタップした。

本日は宝くじの当選発表日である。実は小遣いを貯めてこういう物を買っていたりする。
こんなところが父親に似てしまったと思うこともあるが、あいつは馬で私はくじだからセーフだ。それにお金と言うよりは夢を買っているわけで、三百円でも当たれば嬉しい。

スマホで当選番号ページまで辿り着き、パラパラと番号を確認していく。未だに当たりくじはなし。まぁ十枚ほどしか買ってないからこんなものだろう。

しかし、最後の一枚を確認したところで私の手からスマホが滑り落ちた。
そこには一等の当選番号と全く同じ数字が印刷されているではないか。何度見ても一桁も違わずに同じである。

一瞬にして億単位のお金が私に舞い込んできた。
びっくりして、でも次の瞬間には飛び上がるほど喜んだ。そして本人証と印鑑を持ちすぐさま銀行へとダッシュした。

実際にお金が振り込まれるのは一週間ほどかかるらしい。
そしてその間に、私は今後について考えることにした。

まずこのお金があれば先輩に肩代わりしてもらった借金は確実に返せる。何なら今までの金利を上乗せしたとしても余裕である。

ということはつまりは離婚できるのでは?

先輩との間には縛りを結んでいるが、借金が返済できればその縛り自体もなかったことに出来る。

先輩が不在である今がチャンスだ。
私は一週間のうちに身の回りの整理をし、籍を抜いた後の保険の手続きや市役所への提出書類を調べて下準備を行った。一番大切な離婚届はすでに準備してあるので問題ない。

毎日かかってくる電話には、すごい・さすが・かっこいいの三種の台詞で対応した。先輩より語彙力豊富なbotになれたのも私の機嫌が良かったからだ。

この家を出たらどこへ行こうか。沖縄とか北海道とか。なんなら海外もありかもしれない。



そして当選分のお金が振り込まれた翌日に先輩は帰ってきた。


「帰ったで」
「おかえりなさい!」

鍵を開ける音が聞こえるや否や私は猛ダッシュで玄関へ迎えに行った。
こんなにもこいつの帰りが待ち遠しかったことはない。

「今日はちゃんと出迎え出来たな。なんや、俺がおらんで寂しかったか?」
「別に。それより旦那サマに渡したいものがあります」

先輩の手から荷物を受け取り奥の部屋へと運び込む。いつもは渋々運んでいるがこれで最後だと思い優しくしてやった。

「どうしたん?………なんやこれ」

私の異常行動にやや驚きつつも先輩は後についてきた。
そして机の上に置いてあるアタッシュケースを凝視した。
やはり大金と言えばアタッシュケースだろう。こういうところは無駄にこだわり、昨日急いで購入してきた。
「パンパカパーン!」とやっすい効果音を自分で発しながら蓋を開ける。

「この金は…?」
「宝くじで一等が当たりました!だから先輩に肩代わりしてもらっていたお金を返します」
「は?なんやそれ」
「借金がなくなれば縛りもなくなりますよね?ってことでこちらの記入もお願いします」

私の分の項目が埋められた離婚届を取り出す。
これで私は晴れて自由の身!そして心機一転の第一歩となる場所にはハワイを選んだ。ベタかもしれないがそこで一先ず今までのストレスを発散しに行きたい。青い海に白い砂浜にはロマンがある。そしてパンケーキもステーキもたらふく食べてやる予定だ。

「……け…………ぁ…」
「ん?いま何て言いました?」

おもむろに伸びてきた手が紙を掴む。そして———

ビリィイィィ!!と離婚届が目の前で盛大に破かれた。

「ふざけんな!このアマァ!!!」
「ハァ!?何するんですかこのクソ男!!!」

今まさに第三次世界大戦の火蓋が切って落とされた。

「なに勝手に決めとんねん!誰の許可取って結婚解消しようとしてんねん!俺は絶対に離婚せえへんからな!!」
「意味わかんないんですけど!?お金を返せば縛り自体の効力もなくなる。そしたら結婚の話も無に出来ますよね!!」

私は再び離婚届を机に叩きつけた。
こんなこともあろうかともう一枚予備を作っておいたのだ。

「私たちの結婚は制約と契約の上に成り立っていました。もう解消してください」

先輩は下を向いて荒く呼吸をしている。
これはガチギレモードか?さすがに呪術使って暴れだしたら勝てないかもしれない。でも先輩が私に執着する理由ももうなさそうなのでこれで解決するだろう。
……しかし、先輩の様子がどうもおかしい。

「制約と契約、確かにな。でも金を返したところで“縛り”である制約はなくなっても“契約”の方はまだ残っとるで」

先輩は空間に手を当ててそこから一枚の紙を取り出す。本来なら呪具などを取り出すために使ったりするのだが、奴は四次元ポケット並みの便利な使い方をしているらしい。

「これ、婚姻届の下に置いて写しで署名もろうた書類や。ここには生涯俺と共にいることを約束させる文が書かれてる。そしてお前は同意もしとる」

確かに小さな字でそこには色々なことが書いてある。
というか写しで目も通していない書類の署名を取るなんて普通に犯罪ではないか!
マジでクソofクソな男。

「本人の意思がない署名なんて無効に決まってます!」
「どうなんやろうなぁ。さっきの言葉取り消すなら許してやらんこともないけど、拒否したら出るとこ出たってええからな」
「誰が取り消すか!私と離婚してください!!」

私は決して折れない。
今まで幾度となく骨は折られたが、自分の意志まで折られるわけにはいかない。

先輩はようやく顔を上げた。
そして顔を真っ赤にしながら私を指さしこう言った。


「次会うときは法廷でな!」


お前が言うんかい!!