十七回目のサプライズ

『サプライズ』『面白い』のキーワードで何度ネット検索をしたかも分からない。しかしヒットするのはどれも見たことあるものばかり。箱を開けたらヘビが飛び出すおもちゃは小三のとき使ったし、死角からのパイ投げも中二でやった。高一のときはくす玉の中から大量のウイスキーボンボンを降らせる仕掛けも作り、この十六年間であらゆる驚きを彼に提供してきた。これには真っ白な刀の神様もさぞ驚かれるであろう。しかしついに私のネタも尽きた。格なる上は致し方なし……

「ついにやる時が来たか、フラッシュモブを…!」
「それほんまにやったらお前の連絡先消して二度と関りもたんようにするからな」

ジュウジュウと焼けた肉を皿に移しながら私の提案を突っぱねたのは二日後に二十一歳を迎える男である。タレを絡ませたカルビと別に頼んだキムチを白米の上に乗せ豪快に頬張っている。昔から体力づくりとばかりによく食べる人だとは思っていたがその量も増えたように思える。それはやはり現役のサッカー選手だからか。一年ぶりに会って見た姿も以前よりもがっしりと大きくなっている気がした。

「照れんなって」
「そっちの肉焦げとるやないか、早よ食い」

そしてこんがり焼けた肉を遠慮なしに私の皿に乗せる。焼き肉店の長細い皿は三つのスペースに区切られているがあっという間に埋め尽くされた。しかし肉の部位ごとに分けて重ねる様に見た目に反した几帳面さが窺える。ただレモンダレの中にカルビを沈めて欲しくはなかったわ。

「旅人も食べてばっかいないでちょっとは考えてよ」
「なんで自分の誕生日に自分へのサプライズ考えなあかんねん。そもそも俺サプライズ嫌いやねんけど」

知ってる。サプライズされたら喜ばなきゃいけないってあの空気が嫌いなんでしょ。でも旅人は一度だって喜ぶフリすらしてくれないよね。物心ついた時から毎年祝い続けてるけどいつしかサプライズに点数つけるようになったし。「去年のがまだおもろかったな」とか言ってくるから小学校高学年くらいからは最早ドッキリ企画になっていた。

「と言いつつ嬉しいくせに。去年はめっちゃいいリアクションしてくれたよね、あの時の動画見る?」
「ハァ?!お前そないなモンも撮ってたんか?!」
「フランスまで行って手ぶらで帰ってくるわけないでしょう」

そして前回の誕生日には本人に会いにフランスまで行った。旅人が高校三年生のときにブルーロックという施設に行き、そこからサッカー選手として世界へと進出するまでにそう時間は掛からなかった。だからバイトでお金を貯め弾丸旅行で現在ホームとしているフランスの家まで行ったのだ。因みに住所は長年の友である氷織くんに教えてもらった。

「うわっ俺こんなビビり散らかしてたか?」
「バケモノでも見たみたいな顔してて面白かったわ」
「現になまはげの被り物してたやろ。こんなん削除や削除」
「えっやだ!スマホ返して!」

肉を焼く網のせいで向かい合った状態では簡単に手が届かない。だから立ち上げってスマホを取り返しに行ったもののすでに動画は消された後だった。

「ほんまに消しとるやん!私の血と汗の結晶を一瞬で葬りよって!お前に愛はあるんか?」
「あらへんよ」
「うぎぎぎぎ!」

ハートの寮長並みに顔を真っ赤にさせるも「なまはげのマネか?」と口角を上げながら聞いてくるのが腹立たしい。別に家のパソコンにもデータ保存してあるからいいもんね。
データ容量にわずかに空きができたスマホをバッグに戻し、冷めた肉を怒りに任せて口に放り込んだ。

「やっとらしゅうなってきたなぁ」

そんな様子を旅人は頬杖を突きながら見ていた。その顏はいつ見ても腹が立つ。

「は?私が本当になまはげになったとでもお思いかい?そのアホ面をはっ倒す覚悟は前前前世からできてんで?」
「そんなんちゃうわボケ。大学で東京来てからエセ標準語喋るようなっとったから」

エセ標準語ってなんやねん、ニュース番組の女子アナから学んだ日本語ぞ?
そりゃあ私だってこっちに来たときはフツーに慣れ親しんだ関西弁で話してたわ。でも関東の人からしたらそれがちょっと怖かったらしい。冗談で言ったことでも言葉尻が強いせいで引かれた。

それからはできるだけ標準語を話すように気を配り、偶に出てしまう「ほんまに?」が「かわいい〜!」と言われるまでにマイルドな口調に変えた。その努力もこてこての関西弁で会話をされてしまえば化けの皮は剥がれてしまう。おフランスに行ったとて旅人の言葉遣いは地元のソレのままだった。

「こっちだって色々と事情があんねん。それより旅人もサプライズ考えや、このままだとアマギフだけしかあげへんで」
「案外そうゆうとこはきっちりしとるよなぁ自分」

長年の付き合いから合理性を求める旅人にこちらが選んだ物を押し付けるのはナンセンスだということを学んだ。だからプレゼントは毎年実用的なものを渡している。それは図書カードから始まり、クオカードからギフトカードと年齢と共にその対象と金額は変わっていったもののこれはお決まりのプレゼントだった。そして旅人もまったく同じものを私の誕生日に渡してくれた。

「結局、自分が欲しいモンは自分にしか分からんのや。これが一番効率ええ」
「ならサプライズの生産性のなさにも気付けや」
「やかましい!もう食わんなら店出るで!」

タッチパネルを操作して会計画面を表示させる。そこに表示された金額のちょうど半分の値段をスマホ画面に打ち込んで送信ボタンを押した。一円単位まで割りたい人間なのでこういうときにスマホで送金できるのは有難い。

「お金送っといたから会計はよろしく。私はトイレ行ってくるから外で待ってて」
「ほんまきっちりしとるわ」

ケチだって言いたいん?こっちは旅人がフランスにいると思ったから向こうの家にサプライズとして大量の風船を送り付けた後だから今月ピンチなんだよ。昨夜連絡があったと思ったら「今年は帰省することにしたわ」って帰ってきてさ。おかげで計画は丸潰れ。だから現在進行形で頭を悩ませることになっている。

来たる八月十五日は二日後。
サプライズは考え直しである。





両親が共働きで、それにサービス業でもあったから世間でお盆休みと呼ばれる期間も私は保育園に預けられていた。先生たちは優しいけれど友達は来ていないからやっぱり退屈。「今日は何のご本読もっか?」って聞いてくれるけど私は外で遊ぶ方が好きだった。

「なぁ自分もサッカーやんの?」

年中になった夏だった。私の通っていた保育園では同じ年齢でも二クラスあったのでその時に初めて烏旅人と話をした。旅人の家は両親の他におばあちゃんとお姉さんもいたけれどその年の夏はおばあちゃんが入院していたらしく保育園に預けられていた。

「やらんよ。ただボール蹴っとっただけ」
「それがサッカーや。ヒマしとんなら相手してくれへん?」
「イヤや。お母さんが知らん人には着いてくな言うてた」
「なっ…どう見たってお前と同じ子どもやろアホ!」

第一印象はやかましい奴だな、であった。そしてそのまま押し切られてパス練習に付き合わされた。それが八月頭の出来事で、それからは雨が降っていなければ毎日サッカーをする仲になった。

旅人は四歳からサッカーをやっていたけれどその時から上手いことは素人目でも分かった。私が変なところに蹴り飛ばしても着地地点に追い付いてはボールを取ってくれて「こんなんもできるようなった!」と動画を見て覚えたであろうサッカー選手のプレーを真似てみせてくれたりもした。それには素直に感動したし手を叩いて褒めた記憶も残っている。

「ねぇちょっといい?」

そんな姿を微笑ましく思ったのか保育園の先生が旅人の誕生日を教えてくれた。
この時期、保育園に来る子は少ない。毎月、その月に生まれた子を祝う誕生会はやるけれど当日には朝の会で「お誕生日おめでとう!」とクラス全員で言うのが常だった。だから貴方が祝ってあげたら旅人くんも喜ぶよ、と先生に言われたのだ。

それならばと私は準備に取り掛かることにした。手書きだけどバースデーカードは用意したし先生たちにも協力を仰いだ。
その日もいつも通りサッカーをして、疲れたからひと休みしよ!と言って旅人をクラスまで誘導。そして教室の扉を開けた瞬間、先生たちと一緒にバースデーソングを歌った。

「あ、うん。おおきに……」

その時の反応がこれである。これには先生たちも苦笑いだった。
そして奴のこの時の反応が私の子ども心に火を点けた。

それからというもの何をすれば旅人が喜んでくれるのかリサーチし続けて毎年祝った。当日に家にまで押しかけたこともあったし、同じ府立小学校へと進学してからは夏休み期間でも彼のサッカークラブの練習場所まで足を運んだ。でも何をやっても旅人は「おおきに(微苦笑)」しか言わず、その思考は喜ばせることから驚かせることへとシフトチェンジしていった。

「旅人!」
「なんや来てた……ブッ?!」
「誕生日おめでとー!」

そして小学六年生となったこの年の八月十五日も祝いに行った。その日はサッカーの練習試合もあってか私以外にも観戦に来ている人は多くいた。そして試合は旅人のいるチームが勝利を収めていた。

「冷たっ?!なんやこれ!炭酸か?!」
「おん。今年はなビールかけをイメージしてんねん」
「せやったらせめて炭酸水にせんか?!なんでメロンソーダ選ぶねん!おかげでベタベタや!」
「色があった方が景気ええやろ」
「景気も上がらんし俺のテンションはだだ下がりや!」

最近、色気づき始めた旅人は髪型にもこだわりをみせ始めていた。その自慢のヘアスタイルも頭からメロンソーダを浴びたおかげで見事にぺしゃんこである。
ごめんごめん、と謝りながらタオルを差し出せば引っ手繰られる。あ、やばい。これ割と怒ってるかも。

「マリサも来とんのにほんま最悪や!」

その一言には頭を殴られたような衝撃があった。
マリサは同じクラスのものすごく可愛い子で、同学年の男子が全員彼女に惚れていると言っても過言ではないくらい目立つ子でもあった。そういえば彼女も今日の試合には見に来てたっけ。

その時、あー私って旅人のこと好きなんだなって自覚した。まぁそうでなければ夏休みど真ん中の学校もない日に旅人に会いに行ったりはしないのだ。

中学も同じ府立に通えたらよかったんだけど旅人はサッカーの強豪である私立校に進学した。それにはもちろん気を病んだけど一つだけ嬉しいことがあった。小学校の卒業式の日、旅人がマリサからの告白を断ったのだ。その理由は中学が別で遠距離になるからだって。

まぁ旅人らしいなって感じ。こまめに連絡とり合うのとか嫌いそうだし束縛されるのはもってのほか。勝手に生きて勝手に死にたいと思ってるタイプ。きっと私が連絡を取らなくなったら自分たちの関係もここで終わるのだろう。

だから私は年に一度、この時期にだけ連絡を取る。
それは今も烏旅人のことが好きだからである。





スマホが鳴っていることに気付き頭の近くに手を伸ばす。しかしいくら伸ばせど見つからない。というかめっちゃ体痛いな。そういえば昨夜はベッドに入った記憶がない。家に帰ってシャワーを浴びた後はずっとネットの海に潜っていたのだ。つまり私はそのまま床の上で寝落ちしたわけで、スマホはローテーブルの上にあった。

「あー……はい」
『なんや寝起きかいな』
「へ?」

びっくりしすぎて頭の中が真っ白になった。改めて画面を見ればそこには『烏旅人』の三文字が表示されている。そしてすでに昼の十二時を過ぎている現実にも愕然とした。

「寝すぎた!!」
『今は家におんのやな』
「そうだけど」

バキバキに固まった体を起き上がらせ後ろにあるベッドによじ登る。あと半日で旅人の誕生日がきてしまう。早急に案を練らなければ。

『なら二時に新宿な』
「は……?」

こちらには時間がないというのにそうは問屋が卸さない。再び頭が真っ白になった私の脳に旅人の声が響く。

『せっかく東京おんねんから買い物したいやん』
「うん。いってらっしゃい」
『アホか。自分が案内すんねん』
「はぁあ?」

しかしこちらが抗議の声を上げる前に、遅れるなと念押しされて切られた。ふざけんなこの野郎と叫びたいところではあったがふとあることに気付く。これはもしや実質デートなのでは?
私は一度大きく伸びをして、勢いよくクローゼットの中から服を引っ張り出した。。



そういや旅人って一応有名人だよね。フツーに出歩いても大丈夫なのかな。そう疑問に思いつつ待ち合わせ場所の駅前へと行けばすでに彼の姿があった。
服装は黒のパンツに白シャツとシンプルだが如何せん身長が高くて体格もいいものだから自然と目を引く。髪型は試合の時よりもワックスの量を抑えているようだが十分目立つし変装代わりのサングラスが逆に注目を集めていた。

「旅人!」
「おーようやっと来……」
「ちょっとこっち来て!」
「ハァ?」

腕を掴み商業ビルの敷地内にあるベンチが並べられたスペースまで連れて行く。そしてその一つに強制的に座らせた。

「なんやねん急に」
「いや、目立ちすぎだって。仮にも世界的なサッカー選手でしょうが」
「ゆうて日本じゃあっちの試合なんて地上波で流れへんやろ。大して気にすることでもあらへん」
「近くにいた女の子二人組、旅人のこと見ながらなんか話してたよ」
「見惚れてたんとちゃう?」

埒が明かない会話に疲れ私も旅人の隣へと腰を下ろす。横を見ればサングラスを外した旅人と目が合った。幼い頃も目鼻立ちがはっきりしていると思っていたが年齢を重ね彫の深さがやたらと色っぽく見える。背も高いしサッカー選手じゃなくてもモデルとしてやっていけそうだ。現に旅人を取材したスポーツ誌のページにも何パターンか私服のショットが掲載されていた。

「そうだね」

まぁそれはいいとしてサッカー選手の『烏旅人』とバレてしまえば大変なことになる。だから彼の個性を一つ消させてもらうことにした。

「あ?なんやメイク直すんなら化粧室行ってきや」
「違うから。これは旅人に使うの」
「俺に?」
「そのほくろを消す」

左目の下にある涙ぼくろ。これって結構特徴的だと思うんだよね。私が好きな旅人の一部でもあるがこの状況ではしかたあるまい。バッグの中から化粧ポーチを取り出してコンシーラーを手の甲に延ばす。

「そこまでする必要あるか?」
「あるよ。もう旅人は一般人じゃないんだからさ、ほらこっち向いて」
「ハイハイ……イテッ?!もっと優しくしろや!」

角度が気に入らなかったので顎を掴んで強制的に向きを変えたら文句を言われた。いきなり至近距離で見つめられたからびっくりしたんだよ。乙女心を察してくれ。

「その前に急な呼び出しにも乗ってあげた私の優しさに感謝してよ」

そして可愛くないこの口は素直な言葉を言ってくれない。

「昨日の様子ならどうせヒマやろ」
「私にはサプライズを考えるミッションがあります」
「せやったら残念やな。俺がおるから考える時間あらへんよ」

こいつ、さてはこれが狙いか。デートなんて浮かれていた自分がアホらしい。このほくろ毛抜きで剥ぎ取ってもいいかな。しかしさすがにそんなことはできないのでポーチの中からファンデーションを取り出した。

「わかった、じゃあ日付け変わるのと同時に目黒川に落ちるのはどう?」
「落とすの間違いやろ」
「はい、できた」

近くで見たらふくらみはわかるものの遠目ではぱっと見分からないであろう。その出来に自分でも満足してメイク道具をポーチの中に戻す。旅人にも手鏡を渡し出来栄えを確認してもらえば「うまいこと隠れるもんやな」と感心していた。

「中々でしょ」
「まぁ凡ではないな」
「素直に褒めてよ」

鏡を返してもらい全ての荷物をバッグの中に入れる。旅人との会話は話半分で聞いているのでいつ会話が途切れても大して気にしない。でも、このときは横からの視線に違和感を覚えた。

「え、なに?」
「女の子らしゅう服着るようになって化粧も覚えて色気づき始めたな思た」
「久しぶりに会った親戚のおじさんか」
「彼氏でもできたか?」
「セクハラか」
「おんの?」

真っ直ぐに向けられた二つのダークブルーに心臓が跳ねる。その瞳にもしかしたら……なんて期待してしまった。
もし素直にいないと言ったら私に可能性は生まれるだろうか。それか『いる』と嘘をついて旅人の出方を窺うか。いやダメだ。ワンチャンやきもち焼いてくれるかなーとか思っちゃったけどこの人に限ってそれはない。というか旅人の方こそ彼女いるでしょ。

「おんのやったら今頃その男とデートしとるわ!早よあんたの買い物行くで!」

一瞬でも夢見た妄想を吹き飛ばすように立ち上がる。そしたら後ろで低い声を出して喉で笑っていた。うわっやっぱりバカにしてる。



案内しろと言う割に旅人の足取りは確かなものだった。しかし今の時代、ネットで検索してしまえばすぐに地図情報まで取得できる。また外国人観光客向けに案内表示も増えたので余程の方向音痴でもない限り道に迷うことはなかった。

「なぁどっちがええと思う?」

その代わり買い物には度々意見を求められた。生憎、メンズ向けの商品には疎いのでそういうの聞かれても困るんだけど。ましてやアクセサリーなんてセンスが問われる。

「私はこっちかな」

二種のブレスレットが見せられ、シンプルな方を指差す。それは旅人が付けていた腕時計とよく合っていた。そしたら「ほなこれで」と簡単に決めてしまった。

「もっと考えて決めなくていいの?」
「こうゆうのは直感でええねん。会計してくるからその辺見とき」

さすが年俸で家を建てれるくらい稼いでる人の懐事情は温かい。こういうブランド店だって私一人だったら入るのだって気後れしちゃう。しかしだからこそこの機会に商品を物色する。このネックレスとか可愛いな、まぁお値段は可愛くないけど。

「待たせたな」
「ううん、次はどこ行く?」
「このビルの六階やな」
「そこ庶民フロアだけどいいの?」
「おちょくっとんのか?」

その後も旅人の買い物は続いた。でも全ての店で何かを買ったわけではない。自分が本当に欲しいと思う物は値段関係なく買うけれど、それ以外には手を出さないってかんじ。因みに最近した一番高い買い物はベッド一式だったらしい。だからさぞ他の物にもこだわりがあるのかと思いきや食器系はすべて二ユーロショップで揃えたと言っていた。本当にお金の使い方が極端だ。

「疲れたな。少し休むか?」
「さんせーい」

それなりに歩くことは予想していたのでヒールが低い靴を選んだがそれでも数時間も歩き回ればさすがにバテる。しかし皆考えることは同じなのかカフェはどこも混みあっていた。世間のお盆休みに加え、この時期は外国からの観光客も多いので仕方のないことだ。

「しゃあないな、飲み物買ってくるから自分はここで待っとき」
「えっ旅人じゃ目立つし私が行くよ」
「どんだけ心配すんねん。今日も一度だって声掛けられてへんやろ」

コーヒーショップが並ぶ大通り、幸いにも店の前の木陰のベンチが空いていたのでそこに陣取った。そして私の横にショップバッグをどさりと置く。

「じゃあお願い。私は……」
「あの看板のやつでええやろ」

期間限定と書かれたその冷たい飲み物は確かに私がお願いしようとしていたものだった。勘がいいなと感心しつつ、頼んだ!と声を掛けて見送る。しかし数歩進んだところで戻ってきて横に置いていたショップバッグの一つを膝の上に乗せられた。一番大きくてショップのロゴがでかでか描かれてるやつ。いや、邪魔なんだが。

「は?」
「それ一番高いやつさかい盗まれへんように持っとき」

確かにメンズショップで買った服も中々なお値段だったと思うけどこんな大きいものわざわざ取ってかないって。これならまだアクセサリーの方が盗まれる可能性は高いと思う。でも本人が言うなら仕方あるまい。そのままの状態でぼーっと旅人の帰りを待つ。

そして数分後、旅人が二つの飲み物を持って店から出てきた。しかしベンチに辿り着く前に一組の家族に呼び止められていた。三人とも混じり気のない綺麗な金髪をしていて一目で外国の方だと分かる。日本語以外の言語でなにやら会話をしていて、六歳くらいの男の子が父親に背中を押されて必死に何かを伝えていた。

「すまん、待たせたな」
「ありがと」

ドリンクを受け取れば、旅人は隣に置いてあったショップバッグと私の膝の上に置いてあったものも直に地面に置いた。あれだけ念押しして持たせておいた割にその扱いは雑である。

「さっきの人たちって知り合い?」

すっかり人ごみに消えてしまった家族連れを思い出す。別れ際の彼らは随分と嬉しそうな顔をしていた。

「ちゃうわ。フランスからの旅行者でな、俺って気付かれてもうた」
「男の子すごく喜んでたね」
「俺のプレー見てサッカー始めたんやと。親にも感謝されたわ」
「すっかりスターだ」
「そんな褒めんといて」

やっぱりそうか。ってゆうか旅人はフランス語も話せるんだ。前に聞いた時は翻訳機に頼ってるって言ってたのに。でも地頭は悪くないからもしかしたら向こうで生活するうちに自然と覚えてしまったのかもしれない。

「もう十分買い物は出来たよね。私はそろそろ帰る」
「は?晩飯は?付き合ってもうろうた礼に何でも奢るで」

そろそろ潮時かぁ、なんて満ちたこともないのに思う。

「さっきバイト先から一人来れなくなったって連絡きて行くことになった」
「それほんまか?」
「ほんまほんま。だからもう行くわ」

半分以上残っているドリンクと共に立ち上がる。そろそろ私も現実を見よう。今日のデートが最後の思い出ってことにすればいい。もう十分いい夢は見させてもらった。だからこれでお終いってことで。

「なぁ、明日もヒマしとるんやろ。俺の誕生日やし」

せいぜい連絡を取るのだってこの時期だけ。私から連絡を絶ってしまえばこの関係もすぐに終わる。

「サプライズ嫌いなのによく欲しがるね」
「祝われたくないとは言ってへんやろ」
「なら期待しといて。今日は帰る」

空はまだ明るいが時間的には皆が家へと帰る時間。その流れに乗って家へと向かう駅のホームへと足を進める。

「連絡待っとるからな」

その声は聞こえなかったことにした。





こうなってくるともはや自分との戦いだよね。これですっぱり諦められると思ったのに十年以上片想いした結果の未練といったら自分でも引くほどだった。帰りの電車の中での自己嫌悪。氷織くんに話を聞いてもらおうにも時差があるので気軽に電話もできず、気付いたら枕を濡らしてふて寝してた。

「夏は付き合い悪いのに珍しいじゃん」

そして私は今、大学の友達を誘ってカラオケに来ていた。あのまま家に一人でいたら気が滅入ると思ったからだ。

「もう私の夏は終わったから問題ないの」
「まぁこの曲のラインナップを見る限り察するわ」

履歴に並ぶのは失恋ソングばかり。こちらが何も語らずとも私の心境は十分彼女に伝わった事だろう。そして無理に話を促すこともなくマイクを手に取った。

「よし、今日は歌い倒そ!いくらでも付き合う!」
「いいの?」
「うん!っていうか他にも誘う?バイト終わりなら来れるって言ってた子もいたよ」
「ぜひぜひ!」

彼女が自分のスマホを手に取ったのを見て私もバッグの中を探す。しかしディスプレイを表示させたところで旅人からメッセージが来ていたことに気付く。だから慌ててその画面を伏せてスマホの電源を落した。

「どうしたの?」
「ごめん、スマホの充電切れてた」
「近くのコンビニにバッテリースタンドあるけど行ってくる?」
「ううん、大丈夫」

他の友達への連絡は彼女にお願いしひたすらに曲を入れて歌いまくった。時計もない部屋では時間間隔も狂うし途中からアルコールの飲み放も付けたからこの場はカオスと化した。
それでも喉が潰れるまで歌えば少しは気も晴れやかになったように思える。少しずつだけど前に進んでいけそうな気がした。

「ちょっと一人で帰れる?送ろうか?」

オールでもいいよ!とは言われたがさすがに友達をこれ以上付き合わせるわけにも行かず店を出た。カラオケに入ってから約十二時間は経過していたが終電には十分間に合う時間である。

「大丈夫だって!今日は本当にありがとうね!」

駅の改札で友達と別れてホームへと降りる。しかし自分の家の最寄り駅についてもまだ日付は変わっていなかった。毎年この日はあっという間に過ぎてしまっていたのに今日はやたらと長く感じる。せめて明日になるまでは友達にいてもらったほうがよかったかもしれない。

「おい、いつまで本日の主役待たせんねん」

歩きなれた駅から一人暮らしの家までの道。その自分のアパートの前に人影を見つけた。街灯の逆光ですぐに判別はつかなかったけれどこの地で関西弁を使う人間は早々いない。

「なんで旅人がいるの?」
「自分が連絡も寄こさん上にスマホの電源切ってインターホン押しも出てこうへんからやろ」
「というか家の場所教えたっけ?」
「氷織から聞いた」

勝手に教えないでよと思いつつ、自分にも前科があるので人のことを責められない。
旅人とは三メートルほど距離を開けたまま私は口を開いた。

「誕生日おめでと。今年はね『祝わないこと』がサプライズだったんだ」

どうだった?とへらりと笑って聞いてみる。でも旅人の場合はこのサプライズこそ望んでいたことだったかもしれない。

「そうか」
「あ、でもアマギフは買い忘れたから後日送るね」

そしてお決まりのプレゼントも手元にない。ただ昨日の買い物の様子を見るにそれももういらなそうだよね。お金で買えるものは自分で手に入れるだろうし。

「だからもう帰って」

これで本当にお終い。

「まだ俺の用事が終わってへんから帰らへんよ」

だと思ったのに。

「え?」

目を丸くした私を見て旅人は口角を上げて白い歯を見せた。

「ほんまはな、仕返しに来た」

そしてこちらに背を向けて腰を曲げた。その足元にあるものは影になっていてよく見えない。だからそれが何かを確かめるように私の足も自然と前に動き出した。

「なにそれ?」
「まずサメやろ」
「は……いや、ちょっと待ってデカい!」
「仕返し言うとるやろ、早よ受け取れや」
「ぶっ?!」

抱き枕にちょうどいいサイズであるサメのぬいぐるみが押し付けられる。確かに抱き心地は悪くないがいきなりこんなものを押し付けられても困る。

「それとこっちはグラスでこれはハンドクリームやろ、あとは……」

そして次から次へと人様の腕に物を押し付けてくる。しかしよくよく見ればそのほとんどは昨日二人で見て回ったお店のものだった。このケーキ屋のマカロンも美味しそうだなって見てたものだし、いま手に持たされたデパコスのリップだって私がいつも使っている店のものだ。でも旅人にそれを話した記憶はない。

「ほんでこれが最後。色までは分からへんかったから似合いそうなん選んだ」

サメ一匹と十五個の物を持たされて、さらにもう一つ小さな紙袋を差し出された。そこには旅人がブレスレットを買った店と同じブランドのロゴが描かれている。まさか……と思っていれば旅人が中から箱を取り出してその中身を見せてくれた。

「え、うそ」

私が可愛いなって思ってたネックレス、しかも色まで当たっていた。

「あ?気に入らへんなら自分で捨てや」
「ちがう、そうじゃなくって……というかなにこれ?全部私に?」
「せやな」
「今日は八月十五日で旅人の誕生日だよ?それなのに私が貰うのはおかしいっていうか」
「別にサプライズなんやからいつやったってええやろ。毎年の仕返しや」

だからって私のやっているものとは内容が違い過ぎる。それにこんな高価なもの受け取れるわけないって。

「えっと、いくら包めばいいの?」
「ハァ?」
「アマギフ」

だから嬉しいよりも困惑の気持ちが勝ってしまう。

「誕プレが金券て。毎年思っとったけど形で残るモンがええわ」
「じゃあ何がいい?でもあんまり高いものはすぐには用意できないよ」
「彼女」
「…………は?」

ちょっと意味が分からない。

「で、その相手は自分がええ」
「……は?」
「割と勝算高いと思って告白してんねんけど」
「は?」
「やから自分に」
「??」
「ちょおとりあえず日本語話してもろてええか?」

貴方こそ日本語を話してください。あれ、おかしいな。旅人の言語が理解できない。御影コーポレーション印の通訳イヤホンだったら意味も分かったのかな。しかし生憎この場にそんなものはないし、あったとしても今の私に理解できる形での通訳処理は不可能であろう。

「マメに連絡とれる人間でもないし遠距離は無理やと思ってた」

だからこそ旅人がゆっくり話してくれた。順を追って、私が不安に思っていることを消すようにひとつずつ。

「でも久しぶりに会うても自分は自分やし、俺に媚び売ったり特別扱いもしいひんやろ」

まぁ身バレの心配されるんはちょいウザかったけど、と本心もみせてくる。そこでようやく旅人の言葉がすっと頭の中に入ってきた。そしてようやく理解する。

「本当に私でいいの?」

多分この時の私は、泣いたような困ったような表情をして。

「フランスまで会いに来るこないな非凡、惚れへん方がおかしいやろ」

でも口元だけは下手に笑っていたと思う。

「俺の彼女になってほしい」
「うん……!」

毎年会いに行っては呆れさせていた旅人の誕生日。
しかし十七回目の今日、ようやく彼を喜ばすことができた。