吉田、悪魔を飼う。

前に伸びる銀の鎖は簡単に引き千切れるがそれを持つ男が厄介だった。日本人の割に体格は良いが目は虚ろ、左頬には口の端から繋がる縫合の痕があり常に酒の臭いを漂わせている。だから油断した。

「どうだ?久しぶりのシャバの空気は」
「元居た場所に返してよ!」
「あ?またあの地下牢に戻りてぇのかよ」
「違う!郷に返せって言ってるの!」

ここから約九千キロ離れた山脈が私の故郷。そこで動物や人間の血を飲みながら悠々自適に暮らしていた私の下にこの男がやって来た。そして「お前の力を借りたい」という申し出を秒で断ったところ首の骨を折られ日本まで連れて来られたのである。

「一ヵ月もいたのに物好きな奴だな」
「私の話聞いてる?!そうじゃないって言ってるでしょ!」
「おっなんだもう来てたのか」
「聞け!」

両手首を拘束する手錠から伸びた鎖を引っ張るがカシャカシャ音が鳴るだけで抵抗の『て』の字にもならなかった。本気を出せば簡単に壊せるが地下から出るときに「これ壊したらお前の肺一つ潰すからな」と言われたのでやらない。脅しではなく本当に潰されることはこの身をもって知っているので。

「お久しぶりです」
「こっちの生活には慣れたか?」
「お陰様で大分落ち着きましたよ」

切れかけの街灯の前で男が足を止める。その下にいたのは若い黒髪の男だった。今宵の空と同じ色をした瞳は不気味でどことなくきな臭さがある。

「そうか。じゃあコイツの世話も頼みたいんだが。おい、」
「ちょっと引っ張んないでよ!」

縫合男の後ろに隠れ様子を伺っていれば不意に鎖が引かれ街灯の下に引っ張り出された。突然現れた私に目の前の男は僅かに瞳を揺らす。そして私と縫合男を交互に見ながら自身の顎に右手を添えた。

「いつからそういう趣味になったんです?」
「馬鹿言え。こんな乳臭せぇガキに興味ねぇよ」

そもそも人間でもねぇしな、と頭をわしわし撫で回しながら言ってのける。エリス教の聖典にも綴られている私という存在に何たる無礼な行いであろうか。手は繋がれているが足は自由が利く。だから思い切り踵で脛を蹴り飛ばそうとすれば避けられた挙句、喉にぶすりとナイフが刺された。

「かはっ……あ゛、ぅッ」
「懲りねぇ奴だな」

呼吸が出来ずに地面へと崩れ落ちる。前かがみになり首元を抑えていれば目の前に輸血パックが落とされた。暴れて怪我を負わされる度にこのような形で血を与えられる。生き血よりは味気ないが回復するために仕方なく口に含んだ。

「魔人ですか?」
「いや悪魔だ。ヨーロッパの山奥で見つけてな、その辺りで信仰されているエリス教の悪魔だ」
「見る限り強くはなさそうですね」
「その宗教自体マイナーで年々信者も減ってるから力も弱まってんだ。ただ能力は使えそうなんで捕まえて来た」
「相変わらずですねアンタは」

輸血一気を決めている私を余所に二人は頭上で悠長に会話をしている。マイナーだとか弱いだとか言われ腹は立つが事実であるため言い返せないのが悔しい。

「でだ、お前学校始まるまで暇だろ。コイツの面倒見てくれ」
「悪魔と一緒に暮らすのなんて嫌ですよ」
「部屋用意してやる時に言ったろ、家具家電悪魔付きだって」
「それは初耳ですね」
「私抜きで進めるな!」

傷がふさがりようやく出るようになった声を張り上げた。二人の間に割って入り縫合男を睨みつける。そうすれば「あ?」と言われたのでまた刺されるかと身構えればそんなことはされなかった。ただそのすぐ傍で「小物感がすごい」と言葉のナイフをブッ刺してきた奴はいたが。

「じゃあお前にも選ばせてやる。地下牢で俺とマンツーマントレーニングすんのとコイツと一緒にシャバで暮らすのどっちがいい?」

トレーニングと言う名の拷問を思い出し背筋がゾッとする。いや、あの時の私には手錠もなかったので動けはしたのだが圧倒的な実力差を前に何度も何度も殺されかけたのだ。あの日々に戻るだなんてそれこそ死んでも御免。

「こ、この人間と住む…!」
「だとよ」
「だとよって」
「暴れたら骨でも折りゃあ大人しくなる。じゃあ後は任せた」

そう言って手錠を繋ぐ鎖を男に渡し縫合男は闇夜の中へと消えていく。はぁ、と小さなため息が聞こえたので振り返れば「困った」の文字が書かれた男の顔が。でも縫合男を追いかけて私を返す気はないらしい。

「俺は吉田、よろしく」

そして幾分か友好的。やはりこちらを選んで正解だった。縫合男は無理だったがこの男からなら逃げられるかもしれない。だからにっこり笑って愛想よく挨拶をした。

「よろしく」
「じゃあ行こうか」

私に背を向けた今がチャンス。武器のストックは持っている。
手錠を壊し体内に隠していた槍を取り出す。そしてその切っ先を男の背中に向けた。





何故コーヒーというものはあんなにも不味いのだろうか。ヤギの糞を水で溶かしたような味しかしない。そう伝えれば「そんなもの飲んで暮らしてたの?」と目を丸くされた。いや、物の例えだから。なんで人間のアナタの方が言葉を知らないのよ。

「うへぇよくそんなもの毎朝飲めるね」
「美味しいよ」
「一生理解できない」
「悪魔に『一生』なんて概念があるんだね」

感心したように頷いて自身のカップを傾ける。その態度にまたうへぇとなりながらジャムの瓶へと手を伸ばした。そしたら「スプーン使ってよ」とこれまたう゛ぇッとなる言葉が飛んでくる。瓶に指突っ込んだのは一回だけなのになんでその後もずっと言ってくるかな。

「俺は洗濯物干してくるからお皿は洗っといてね」
「うへぇ」
「返事は?」

時刻は朝の七時というのにそれに似合わぬ瞳の色をこちらに向けた。私よりも悪魔っぽいその雰囲気に思わず飲まれる。そして重い口を開き喉から声を絞り出した。

「……はい」
「よし。洗剤は数滴でいいからね、一本分使わないこと」
「はいはい」
「コップから洗って皿は重ねないで立てて並べて。洗い終わったらシンクの周りは布巾で綺麗にしておくこと」
「はいはいはい」
「昨日みたいにやりたくないからって食器全部割らないでよ」
「はいはいはいはい」
「皿一枚割るごとに指一本折るからね」
「分かったから早く行け!」

人間とは何故こうも細かくねちねちと言ってくる生物なのだろうか。そもそも自然豊かな広大な土地が郷の私からしたら初めてのことだらけだった。皿もスプーンも洗濯機も、ボタン一つで火が点く機械なんてものもここにきて初めて知った。

「できた」
「うん、今日はちゃんとできたね。これからも皿洗いはキミの仕事だから」
「うへぇ」
「………………」
「……ハイ」
「頼んだよ」

それらのことをこの人間に教えられながら生活すること早三日。もう逃げることは諦めた。



初めて背後を狙ったあの夜は槍を出してからの記憶がない。そして気付けばアパートの一室で眠っていた。それからは何度隙を狙おうとも上手くは行かず気絶させられるか体の一部を損傷させられるかのどちらかだった。絶対に倍返ししてやる。しかしそんな気が二度と起きないような出来事があった。

「ガッ、ァ…?!」
「あっやりすぎた」

鳩尾に裏突きをモロに喰らってしまったのだ。多少の傷なら自己治癒力で何とかなるが内臓破裂に加え肋骨が肺に刺さり呼吸すらままならない。だからといって死ぬことはないのだが痛いことには変わらない。だから輸血パックをくれと、恥を忍んで頼んだのだ。

「そんなもの持ってないけど」

どうやら私はあの時の選択を間違えたらしい。縫合男の場合は怪我を負わされてもすぐに血をくれたがこの男にそんな慈悲はなかった。結局、輸血パックが届くまでの半日の間、私は言葉通りに藻掻き苦しんだ。血が簡単に手に入らないと分かった今ではこちらとしても無茶ができない。だから渋々男の言うことを聞くことにした。



「今日は出掛けるよ」

——とまぁこんな具合に目的を失いリビングの机で項垂れていた私に声が掛けられた。そんなことを言われたのは初めてで少し驚く。というよりも今まで外出しているとき大抵私は気を失っていたのでその機会がなかったと言った方が正しいのかもしれない。

「どこに?」
「山」
「行く!」
「ただし俺の言うことはちゃんと聞いてね」

場所を聞いて私は跳ね上がった。その山とはおそらく故郷のことではないがずっと家にいるよりはマシ。だから初めてまともな二つ返事をして男の後に着いて行った。





車という動く箱に乗り移動すること約二時間。確かに来たのは山であったが汚過ぎてびっくりした。湿った土の中に腐敗した落ち葉がヘドロのように溜まっている。そして不法投棄されたゴミの数に故郷の面影は何一つ感じえなかった。

「なんだお前もこの任務だったのかよ」
「あー吉田君だっけか?女連れとかデビルハンター舐めてるでしょ」

そんな汚い山の奥地に廃墟が一つ。その入り口に隣にいる男よりは年上で縫合男よりは若そうな二人組の男がいた。一人はカナブンの屁でも嗅いだような嫌な表情をし、片や黄ばんだ歯を見せながら哂う。

「どうも。あとこれは一時的に預かってる悪魔です」
「悪魔だぁ?悪魔狩るのに悪魔使うのかよ!」
「笑えるな!ソイツ殺したら吉田君から報酬出んの?」
「出ませんよ」

なんだこの生ゴミは。日本の山はただのゴミ溜めらしい。真っ青な牧草も野を駆けるウサギも季節の花すら咲かないこの場所になんの美しさもない。ならゴミの一つや二つ増えたところでさして問題なかろう。

「ダメだよ」

武器を取り出そうとしたところで手を押さえつけられた。手錠はされていないので自由は利く。それに力は本当に弱く簡単に振り払えるほどだった。しかしそれはせずに隣に立つ男を見上げる。

「なんで?」

男は何も答えなかった。一番この場で怒るべき人間が何故怒らないのか。私には全く理解が出来ない。そうして見つめ合っていれば盛大な舌打ちが二つ飛んできた。とりあえず舌を抜くかと動き出そうとすれば今度は手首を引っ張られた。だから、なんで?

「こっちは二人で十分だ。テメェらはそこでアオカンでもしてな」
「悪魔でできんのかよ」
「あの容姿なら見抜きでいけんだろ」
「確かに!じゃあ俺も後で使わせてもらお」

下品な笑い声と共に二人は建物の中へと消えていく。その様子を黙って見ていれば隣で小さなため息をつかれた。男の表情はここに来てから何一つ変わっておらず考えていることはよく分からない。だからこそ観察するようにその横顔をじっと見つめていれば手首を離され「行くよ」と短く指示された。

「二人でいいって言ってた」
「そういうわけにはいかないよ。ここの悪魔退治が今日の仕事なんだから」
「アオカンは?」
「しない。あとその言葉二度と使わないで」

なんで?と聞き返せば「なんでも」と答えられる。言葉も人間のことも本当によく分からない。あとこの人説明少なすぎ。だけど指示に従わないとまた殺されかけられないので大人しく後を着いて行った。



元は病院だったらしい。そこで数件の悪魔の目撃情報がありデビルハンターの男が派遣されたとのこと。

「じゃあさっきの二人もデビルハンターなんだ」
「そうだよ」
「嫌な人間だったね」

窓ガラスが割られた廊下を歩いていく。建物の中には蔦が侵入し自生したドクダミなんかも見られる。匂いはきついが外からは鳥のさえずりが聞こえ私の気分は少しだけよくなった。

「年下の俺が気に入らないみたい」
「年下は嫌われるものなの?」
「うーん、年下で俺の方が稼いでいるのが気に入らないってところかな」
「人間社会って大変だね。悪魔でよかった」

しみじみそう頷いていれば、フッと何故か笑われた。今の会話のどこに笑う要素があったのだろうか。なんで笑ったの?と聞けば「別に」と言われる。それ答えになってないから。

「うわああああ!!!」

どこからか聞こえた叫び声の後、足元がぐらついた。床が抜け落ちることが分かり窓枠へと飛び移れば一瞬にして二階の廊下が抜け落ちる。あっそういえば男の存在忘れてた。もしかして下に落ちた?それなら逃げられるかもしれない、と僅かに期待したが男は蛸の脚に乗り崩落から逃げ延びていた。残念。

『また餌がきた!今日は大漁ねェ!!』
「こんな強ぇなんて聞いてねぇぞ!」
「う、腕!俺の腕がぁ…!!」

眼下を見れば毛むくじゃらのデカブツが雄叫びを上げている。その毛の下からは人間の腕が無数に生えており、一つの目玉と大きな口がついていた。そしてその傍らには先ほど男達がいる。

「あれ殺すのが仕事?」
「そう。だけどもう少し様子を見ようか」
「た、助けてくれ!誰か!!」
「なんか言ってるよ」
「二人で十分って言ったのはあっちだから気にしなくていいよ」

男は薄く笑って蛸脚の上で器用に自身の脚を組む。さっきと言ってること違わない?でもそれもそうか納得し、人間社会の事を少しでも学ぼうと窓枠にお尻を乗せて足をぷらぷらさせた。

しばらくの間ドブネズミの逃げ惑う姿を見ていたところで私はあることを思い出す。そういえば武器のストックがなくなりかけてたっけ。日本に連れて来られてからは消耗するばかりで補充は出来ていなかったのだ。そして改めて下を見れば死にかけのネズミが二匹。

「あの人間って死んじゃう?」
「一人は意識飛んでるみたいだしもう一人も腕二本なくなってるからきっと死ぬだろうね」
「じゃあいいよね」
「え?」

窓枠から飛び降りたのと同時に最後の武器を取り出す。自身の身長よりも長い槍を振り回し悪魔の毛や腕を切り裂いて地面に着地した。

『なァに??』
「お前はアイツの…!なぁ助けてくれ!たのっ……ガハッ?!」
「よいしょっと」

顏は五月蝿い口ごとサクッと切り飛ばして体の方に右手を当てる。そして今使っている物と同じ槍を精製した。

『アンタ悪魔??』
「そうだよ」

遺体は蹴り飛ばしてもう一人の男の下へと歩いていく。そちらは既に絶命していた。お陰様で手間も省け嬉しい限りであるが顔は口の奥を貫いて捨てておく。そしてこちらは先ほどよりも短めの槍を精製した。

『もしかしてアタシの餌横取りする気ィ??』
「そんなことしないよ。もう用は済んだからあとはあげる」

いつもなら遺体の血は余すことなく頂くのだけれど今回はやめておいた。こちらにだって好みはある。

『あらそォ??』
「墨」

あっでもこの悪魔も結局殺すんだっけ。そう気付いた時には目の前が黒煙に包まれていた。そして間髪入れずに『アッ、がァッ?!』と悪魔の苦しむ声が聞こえてくる。きっとあの男の仕業なのだろう。事が収まるまで瓦礫の影で待つことにした。



「終わった?」

視界が晴れたと同時にひょっこりと顔を出す。そうすれば男は大きな悪魔の上に乗ってブチブチと体の繊維を切りながら体を割いていた。まさかそんな恐ろしい趣味があるなんて。いつか自分もされるのではないかとその行動に恐怖した。

「そこにいたんだ、ちょっとこっちに来てくれない」
「はいっ!」
「?」

いつになく大きな返事をし急いで悪魔の上へとよじ登っていく。そうして男の隣に並び割かれた体の中を覗いた。……なんか変な感じがする。

「この中に銃の悪魔の肉片があるはずなんだ。取ってきてもらっていい?」
「えっ汚れるから嫌」
「こんな狭いとこ俺じゃ入れないんだよね」
「じゃあもう少し入口を広げてあげる」
「取ってきて」
「……ハイ」

物凄く嫌だが私もこうはなりたくない。足を延ばしまだ温かい肉壁に手を付きながら呼吸を止めて下りていく。そして直感でアタリを付け肉塊の中に手を突っ込む。うへぇとなりながら腕をかき回してようやく見つけた肉片は小指の先ほどの小さなものだった。

「う゛へぇええ」
「ありがとう」

男の掌にそれを投げ捨て全身を見れば見事に真っ赤に染まっていた。しかも生臭い。早く帰ってお風呂に入りたい。こう見えても故郷にいた頃は暇さえあれば湖で水浴びするほどには綺麗好きなのだ。

「もう帰れる?」
「うん。外で車を待たせてるから行こうか」
「いつ家に着く?」
「来たときと同じ時間かかるから二時間後くらいかな」
「うぅ……」

辺りにある瓦礫に腕を擦りつけ血を拭う努力をする。せめて井戸や湧き水でもあればよかったのだがそんなもの探さずともないことは明らかだった。

「人の心臓と引き換えに武器を作ることができるんだっけ」

この廃墟から車の場所までは五分ほど山道を下らなければならない。せめて他が汚れないようにと真っ赤に染まった腕を前に突き出しながら歩いていれば隣から話しかけられた。

「そうだよ」
「でも死んだ人間からじゃないと作れない」
「うん、縫合男には『天使の悪魔の劣化版』って言われた」

これは失礼極まりないことだが「天使」という誰しもが知っている対象に私は勝てっこない。エリス教というのはあの地域でのみ信仰され恐れ崇められていたものだ。そして近年では地域を離れ都心部へと出ていく若者も増え、信者は減り力も随分衰えてしまった。

「なるほどね。だから悪魔に食べられる前に殺して武器にしたと」
「ダメだった?」
「いや、無事に任務は果たせたしおまけに銃の悪魔の肉片も回収できた。良い働きだったよ」

男の言わんとしていることが分からずじっと見つめる。そしたら「褒めてるんだよ」と説明された。そこでようやく褒められていたのかと理解する。しかし嬉しいと喜ぶべきなのか、それとも上から目線で言われたのを怒るべきなのかよく分からなくて結局私は見つめることしかできなかった。

「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

交わる視線は男の方から外された。だから私も前に向き直って、なに?と聞き返す。木々の隙間からは私達を運んできた車の頭が見えた。

「二つ目の武器を作った男、もう死んでたのに何故頭を潰したの?」

あの距離からでも分かったのか、と感心しつつやっぱりこの男には勝てないなと思った。元より嘘をつく気もなかったが正直に、それがエリス教の教えだからと説明した。

「頭を潰すことが?」
「違うよ、正確には潰したのは顔。死者を弔う時は悪い所を潰すのが習わしなの」

もし足の不自由な人だったら足を叩き潰し、肺の病気で亡くなった人がいれば肺を潰す。そうすると来世ではそれが治って生まれ変わることができる。それが我が教の死者の弔い方である。

「顔が悪いって随分と酷い言い方をするね」

口元に手を添え鼻で笑う。その顔は悪魔だ、と内心思いつつも顔に出さぬよう首を横に振った。言葉不足であったので改めて説明し直す。

「あの人たちの悪い所は口だよ。口を潰したの」

男は何も思わなかったようであるが、あの時言われたのは確かに侮辱の言葉だったのだ。

「あの時怒ってたの?」

怒っていたのかは自分でもよく分からない。でも制裁は加えてやろうと本能がそう言ったのだ。だからやるべくしてやったこと。ただ直ぐに手を出さなかったのは「言うことはちゃんと聞くこと」と予め言われていたからだ。

「そっか。ありがとう」
「なんでお礼を言うの?」
「言いたくなったから」

そんな会話をしていれば車まで辿り着いてしまった。そして運転してきた人に二人のデビルハンターは悪魔により死傷したと伝えこの任務は終了となった。

さて、これでようやく帰れる。そこで来たときと同じように車に乗り込もうとすれば何故か後部座席裏の荷物置き場に押し込められた。一体なぜ?

「シートが汚れるとまずいからこっちに乗ってね」

悪魔の私よりも悪魔的な一言を言い放った男には血も涙もないだろうか。こんな狭くて硬い所に長時間乗っていられるか。そう文句を言えば見事に気絶させられたので帰りはあっという間だった。違う、そうじゃない。





テレビというものは本当にすごい。屋内にいながらも色々な景色を見ることができ、そして私に人間社会の日本においての文化を学ばせた。だから家にいるときは大抵テレビを見て過ごしていた。

「また見てるの?」

今日も今日とて朝から暇を持て余した私はテレビに齧りついていた。ソファの上で膝を抱えながら見るのが最近のスタイル。前に鼻が画面にくっつくほどの距離で見ていたら注意されたのでこの場所が定位置となった。

「うん。これどこにあるの?」

お昼のニュース番組に映し出された映像を指差す。緑の山々に囲まれた大きな湖は故郷を思い出させた。日本の山はゴミ溜めとしか思っていなかったがこのような綺麗な場所もあるらしい。

「摩周湖だから北海道だね」
「そこって遠い?」
「遠いよ」
「車に乗って何時間かかる?」
「車じゃなくて飛行機に乗らないといけないよ」
「そっかぁ」

空を移動しないといけない場所なのか、ならば諦めるしかない。そうして再びテレビへと視線を移すとトーク番組に変わっていた。これはうるさいから嫌い。リモコンを操作して動物の映像が流れたのでそのチャンネルにして再び画面を眺めた。

「出掛けたいの?」

冷蔵庫の開け閉めする音から今からお昼ご飯の準備をすることが分かる。キッチンからリビングが見えるからこのような形で会話をする機会も増えた。だからいつも通り視線は変えないまま口を開く。

「出掛けたいというよりは帰りたい」
「故郷に?」
「うん」

テレビの中では遊牧民とヒツジの映像が流れ背景には広大な大地が広がっている。緑は少ないものの雰囲気としては私のいた場所に似ていた。そういえばベラは元気だろうか。毎朝湖に訪れる彼女に私は木の実をあげていた。

「そっか」
「そっちこそ出掛けたくならないの?」

ジュウジュウとした焼ける音と香ばしい匂いがリビングにも充満する。そろそろ私も動く頃かと、重い腰を上げてキッチンへと向かう。そうして戸棚から二枚の皿を取り出した。

「どういう意味?」
「ここ最近ずっと勉強してるから」

学校という場所にもうじき通うことになるからその為の勉強をしているらしい。だから男はデビルハンターの仕事をせずに部屋に閉じこもっていた。

「やってることは勉強だけじゃないけどね」
「ふぅん」

今日のお昼は炒飯らしい。それとスープも用意されていた。だから急いでお椀も二つ用意する。「気が利くようになったね」と言われたので、他に何かないの?と欲張れば椎茸の具をたくさん入れられた。これ嫌いって言ったよね。

「ナメクジみたいで無理!」
「好き嫌いは良くないよ」

お椀に浮かぶ茶色いブツをもう一つの方へと集約させる。それを戻されることはなかったので安心して手を合わせ食べ始めた。ネギだけとなったスープもふわふわの卵が絡んだ炒飯も美味しい。

「気分転換もいいかもしれないね」

食事を終え皿洗いをしていたところでそう言われる。それじゃあ、と泡の付いたスポンジを渡せばそういうことではなかったらしい。つまりは今から出掛けようとのこと。それなら最初からそう言ってよ。

「行きたいところある?」
「嵐山、奥入瀬渓流、八方池!」
「県外はさすがに難しいかなぁ」
「どこも懸崖じゃないよ!」
「けんがい……あーなるほど。キミと話す方が勉強するより疲れそう」

頭を抱え出した様子に、出掛けたいのか出掛けたくないのかよく分からない。でもやっぱり出掛けることにしたらしい。とりあえず近所を散歩しようということで準備をする。でも特に持ち物もないのですぐに玄関に向かおうとした。

「待って」
「ぐぇっ」

後から襟を掴まれ首元が絞まる。そして強制的に振り向かされ向かい合う形になった。不躾な視線が足先から頭のてっぺんへと伝うように送られる。なんだ?と思っていれば男は一度部屋に引っ込み、戻って来たと思ったら上着を差し出された。

「これ着て」
「なんで?」
「キミの姿は目立つんだよ」
「今まではそんなこと言わなかったのに」
「それは行く場所に一般人がいなかったから。寧ろ今から行く場所には普通の人しかいない」

そういえばデビルハンターの仕事以外で外出するのは今日が初めてかもしれない。でも悪魔と言えども私の体は人間と同じ肉付きで身長だって許容範囲内。それに角が生えているわけでもなければ目が三つあるわけでもない。だからこんな物を着る必要はないというのに渋っていたら強制的に着せられた。そしてフードまでも被せられる。

「暑い大きい動きづらい!」
「それくらい我慢して。でないと連れて行けないよ」
「う゛ー」
「あと俺から離れないこと」
「う゛ー」
「返事は?」
「……ハイ」

気分はすでにお出掛けモードであるので今更やっぱりなしで、なんてことにはしたくない。だからダボ付いた袖をまくりながら玄関のドアに手をかけた。





辺りをきょろきょろ見回しながら男の後を着いて行く。
電柱、縁石、信号、踏切、真っ赤な箱はポストという。それから交番、学校、図書館、ガソリンスタンド、コンビニといった建物の名前を教えてもらった。でもコンビニという名には疑問を持った。だって縫合男はここを「俺にとってのガソスタ」と言っていたから。

「煙草とお酒が買える場所をそう呼ぶんだって」
「あの人何言ってんの?」
「そこに女も揃うとオアシスになるみたい」
「言われたこと全部鵜呑みにしたらダメだよ」

あれこれ教えてもらいながら歩いていくとアーチ状の柱が建てられた大きな通りに行きついた。ここ知ってる、遊園地って言うんでしょ?そう自信満々に答えれば小さく笑って「商店街だよ」と教えられた。いろんなお店が並んでて何でも手に入る場所らしい。

「本屋に薬屋、果物屋に魚屋、精肉店に……」
「肉?!ねぇ血は?人間の血は売ってる?!」
「残念、それは売ってないかな」
「えー!何でも手に入るって言ったのに!」
「俺は『大抵』何でも手に入るって言ったよ」
「この一口両舌!雲壌月鼈!」
「おや、随分と難しい言葉を知ってるね」
「テレビで覚えた!」
「へぇすごい。まぁ使い方は微妙に間違ってるけど」

他に何か面白い物はないかと右に左へと視線を動かす。それにしても人が多いな。日本に連れて来られてから一番多く人を見たかもしれない。 

「……!」

東からの風に乗り甘い香りが鼻に抜ける。その瞬間、駆け出した。久しく嗅いでいなかった清香で豊潤な唯一無二の香り。その味を想像するだけで涎が出る。それは鶏でも豚でも牛でもない、人間の血の匂いだった。

「うぅ…ひっく、いたいよぉ」
「はぁ、はっ……血、」
「だれ…?」

商店街から外れた脇道に蹲る一人の少女。歳は四、五歳といったところか。その子の右膝からは真っ赤な血が溢れ出ていた。ポストよりも赤くイチゴジャムよりも艶めいている。それを見て生唾を飲み込んだ。

「血、血、血、はっ……ッ」

浅い呼吸を繰り返しながら少女の目の前にしゃがみ、その膝の血を舐めとろうとしてフードが邪魔なことに気付く。だから首元を緩めそのフードを取っ払った。
髪が宙を舞い、瞳が日の光を反射する。そして口から溢れた涎が唇を濡らした。そうして少女の足へと手を伸ばそうとしたとき涙に濡れた大きな瞳と目が合った。

「わぁきれい!おねえちゃんは天使なの?」
「は?……ぐッ」
「ねぇ何してるの?」

フードを強い力で引かれ後ろへと倒れ込む。そして仰向けになった私の顔を覗き込んだのは真っ暗闇の瞳だった。その顔には一切の感情が乗せられておらず背筋が凍る。本気で死を覚悟した。

「ち、違う!」
「何が違うの?」
「やめて!おねえちゃんをイジメないで!」

ずっと泣いていた少女が立ち上がり男の脚にしがみつく。それに驚いたのかフードを掴んでいた手は離された。そして男はその場に片膝をつき少女と同じ目線になる。

「足は大丈夫?」
「いたいけど……それよりおねえちゃんをイジメちゃダメ!」
「その怪我はこのお姉さんにされたんじゃないの?」
「ちがうよ!このおねえちゃんは私を助けようとしてくれたの!ね?」

滴り落ちる柘榴の実のような血液。飲みたい飲みたい飲みたい。人間の血。久しく口にしていない生きた人間の血。美味しそう。喉が渇いた。その衝動を加速させる様にドクドクと心臓が波打つ。今すぐ殺して全部飲みたい。悪魔の本能がそう叫んでいた。でも、

「そ、う……痛そうだった、から」

——生唾を飲み込み搾り出した言葉がそれだった。





痛いのは嫌い。殴られるのも骨を折られるのも切られるのも痛いから嫌い。でも沈黙すら痛いだなんて知らなかった。

「…………」
「…………」

男は一切の言葉を発さずに正座をした私をソファの上から見下ろしていた。
この沈黙が痛かった。

怪我をした少女は男が手当をしその子の母親に引き渡した。その後は無言のまま帰路につき、無言のままリビングのソファに腰を下ろし、無言のまま私を見た。そして何を言われずとも圧に負けた私が男の前に正座をし今に至る。

「……ごめんなさい」
「はぁ」

無言に堪え兼ね口を開く。そしたらため息をつかれ部屋の空気がより一層重くなった。これは悪手であったかと後悔しまた無言を貫く。しかし次にこの沈黙を破ったのは男の方だった。

「俺から離れないでって言ったよね?」
「……ごめんなさい」
「フードも外すし」
「ごめんなさい」
「ねぇ、」

俯いたままの顔をそっと上げる。男は脚を組み重心をソファの背に預けていた。そして片腕を肘掛けの上に立て頬杖をしている。その姿は悪魔を通り越して魔王様と言い表せるほどの貫禄があった。

「なんであの子を殺さなかったの?」
「え…?」
「血を飲みたかったんでしょ」

悪魔は人の恐怖により生まれ本能的に人間を嫌っている。だから殺して食べるのだ。でも私がその本能に忠実でないのには明確な理由がある。

「無作為に人を襲うのはエリス教の教えに反するから」
「キミの存在の基となる宗教の話?」
「そう」

エリス教の聖典には 不和と争いをなくすこと女神エリスの否定において綴られている。その一つに殺生についての項目もある。それによれば多くの幸福と利益を得られる場合にのみ行使される唯一の選択肢だと記されている。

「あの子を殺しても私しか得をしない」

一見善人のようにも受け取れるが裏を返せば利益が得られるのであればいくらでも人を殺していいということになる。実際に信者たちはその一説を盾に他所の国から罪人を受け入れては殺して臓器を売り払った。それ故、エリス教自体が恐れられるようになり私は生み出された。

「なるほど、キミの言うことは理解できた。でもそれも要はキミ次第だろう?こんな人の多い場所にいてこれからも殺人衝動を抑えられる根拠にはならない」
「うっ…それは……」

血だけなら家畜の血でも問題ない。でもやはり人間の血は別格なのだ。以前はそれこそ臓器の亡くなった遺体から血を飲んでいたが日本ではそうもいかない。あの輸血パックでさえ大怪我をしない限り与えられないのであろう。

「しょうがないな」

男は組んでいた脚を床に下ろし自身の袖をまくった。その下から覗いたのは筋張った腕。男はソファに座ったまま前かがみになりその腕を私の目と鼻の先まで近づけた。

「これで我慢して」
「血をくれるの……?」
「うん、また今回みたいなことがあったら嫌だしね。ただし飲み過ぎないこと」

両手で腕に手を添える。見た目通りの硬さがあり思ったよりも重量があった。噛む場所を決めるため指先を這わせる。しかし腕の内側も肘の内側も同じような質感であり、ある事に気付いてしまった。

「さっきから何してるの?」
「腕切断したらダメだよね?」
「当たり前でしょ」

おそらく皮膚が厚くて歯が刺さらない。いつもは死体から血を貰っているのであまり考えたことがなかったが特別犬歯が鋭いわけでもないのでこれでは血管まで到達しない。となると皮膚が柔らかい所を探さなければ。

「ねぇ何してるの?」
「首ならいけるかなと」

ソファに乗り上げ男を間近で観察すること三十秒。おそらくここならいけるだろうと狙いを定め膝の上に跨った。そうして首に腕を回して至近距離で見つめ合う。

「噛み跡が目立ちそうだなぁ」
「それってダメなこと?」
「俺への風評被害が増す」
「そっか、よかったね」

邪魔な黒髪を払いのけ首筋に顔を埋める。そして狙いを定めた場所をひと舐めし、歯を皮膚へと突き立てた。口の中でじんわりと甘みが広がる。雑味がなくて臭くない、ずっと欲していた人間の血。

「ねぇ、」

我慢できたとて一度口にしてしまえば欲は増していく。だから回す腕に力を込めてつい夢中になって飲んでしまった。しかしそんな夢の時間も背後から襟を引っ張られ首が締まったところで終了を迎えた。

「ぐえっ?!」
「はい、もうおしまい」
「嫌だ!もっと!」
「ダーメ」

噛まれたところを撫でながら出血の具合を確認している。皮膚に開いた小さな穴二つからは血が滲んでいた。それを見てさすがに飲み過ぎたと反省しテーブルからティッシュを取ってきて押し当てた。

「本当に気が利くようになったね」
「ヒロフミに死なれたら困るから」

せっかく血をくれる人間が現れたというのにそう簡単に死んでもらっては困る。それに死なれてしまえばここでの生活も失ってしまう。最悪の場合、犯人扱いさせられて縫合男に殺されるかもしれない。
そんなことを想像しながらティッシュを押し当てていればじっとこちらを見つめる視線に気が付いた。

「なに?」
「急に距離を詰められたなと」
「血を飲んでる時よりは近くないよ」
「そういう意味じゃないんだけどな」
「じゃあどういう意味?」

もっと分かりやすく言ってよね。いっつも意味あり気に言ってくる。日本語はおろか今までだって人と話したこと自体少ないのだ。

「初めて名前呼ばれたからさ」
「ねぇ知ってる?この世には私に名前を呼ばれるべき人間とそうでない人間がいるんだよ」
「うん、知らないかな」

こんなに分かりやすく言ってるのになんで意味が分からないの?青い鳥のベラもぴちぴち鳴いて理解を示してくれたというのに。しょうがないから懇切丁寧に教えてあげよう。

「必要たるものには見失わないように名前で呼ぶんだよ」
「へぇ急にそれっぽいこと言ってきたね。それもエリスの教えなの?」
「うーん…というよりは私の意思かな」

悪魔は死んでも輪廻転生を繰り返しまた悪魔として蘇る。しかしその場合、転生前とは別の存在になるためその後の記憶はほぼ失う。それでも僅かな望みにかけて名を呼び記憶に刻みつけておきたいのだ。私という悪魔への恐怖心が薄れている今世ではきっと消える日も近い。

「じゃあ俺はキミにとって特別な人間ということだね」
「まぁそういうことになるかな。だからまた血をくれる?」
「偶にならいいよ。その代わり今日から風呂掃除もキミの仕事ね」
「うへぇ……」
「聞き分けの悪い子にはあげられないな」
「う゛ー分かった」

渋々頷けば勝ち誇ったような顔で頭を撫でられる。崇高な悪魔であってもこの魔王様には勝てっこない。そう分かった瞬間だった。





無秩序に建物が並び車の排気ガスは息苦しい。でも郊外に出れば多少は景色も変わるらしい。スーパーからの帰り道に「ちょっと寄り道しようか」と言ってヒロフミが連れてきてくれた。

「草がいっぱい生えてる!あと川もある!」

こういう場所を土手というらしい。さすがに郷ほどの美しさはないけれど久しぶりに見た人工物ではないものに嬉しくなった。それに紫や黄色の見慣れない花なども咲いている。それを見て燻ぶってた好奇心が疼き出す。

「ぐえっ」
「ダメ」
「なんで?!」

しかし駆け出そうとした瞬間に後ろから服を掴まれた。そのお陰で首が絞まり間抜けな声が飛び出す。

「川の近くには背が高い草が生えてるでしょ。あの中に入られたら面倒だから」
「少しくらい良いじゃない!」

私をそうさせたのはもちろんヒロフミで右手に持ったビニール袋を私の目の前まで持ち上げた。

「せっかく買ったアイスが溶けるけどいいの?」
「この卑怯者!」
「はいはい」

アイスを人質に取られてしまってはしょうがない。今にも駆け出したくなる気持ちを抑え真っすぐに歩きだす。目に染みるほどの夕日に目を細めつつフードを被り直せば向かいからイヌと初老の男が歩いてきた。イヌは時折足を止めて草の匂いを嗅いでいるが、男は手に持つリードを引くわけでもなくその様子を見守っていた。

「イヌの方がまだ自由がありそう」
「じゃあ同じように首輪とリード付ける?」
「嫌に決まってるでしょ!」
「そう?案外似合うと思うんだけどなぁ」

片手を顎に添えながら考える仕草をする。これは困った。魔王様の言うことには本当に付けられるかもしれない。だから知識を絞りに絞って考える。そして見つけた最適解で早速行動に移した。

「これでよし!」

フードを引っ張った手を、今度は私が引っ張った。そして掌をぎゅっと握る。私の手の大きさでは覆い掴むことはできなかったけれどこれで十分であろう。ヒロフミは一切の抵抗を見せずにされるがままだった。

「どういうつもり?」
「これなら少なくとも後ろからは引っ張れないでしょ?」
「でもこれだとキミは遠くへ行けないよ」

別に私は遠くに行きたいわけじゃないんだけどな。まさかヒロフミは私が逃げ出すことでも考えているのだろうか。生憎私は先を考えられないほど馬鹿ではないし今となっては逃げだしたいほどの理由もない。

「ヒロフミは色々と考えすぎだと思う」
「それは総じてキミのせいなんだけど」

言っても通じないのであればやはり行動するほかない。私は一人の人間を脳裏に思い描き真っ赤な太陽を指差した。

「分かった、じゃあ夕日に向かって走ろう!」
「さては今はドラマにハマってるね」

知っているなら話は早い。人間とは夕日に向かって走ると大抵のことはどうでもよくなるらしい。このことは桜中学校の教員が教えてくれた。

「行こう!」

引っ張られる側から引っ張る側に。
大きく一歩を踏み出せば同じ歩幅で追い付いてくる。

そのまま家まで一直線で、アパートの前でようやく足を止めた。後ろを振り返り、楽しかったかと聞けば「疲れた」と返される。息一つ乱してないくせに人間ってやっぱり体力ないんだな。

「キミといるのが疲れるんだよ」

なんで?と聞けば「教えない」と薄く笑って魔王様の表情をされてしまった。だからこちらも、うへぇと嫌な表情をしてみせれば「褒めてるんだよ」といいようにはぐらかされる。でも初めて食べたアイスが美味しかったのでもうどうだってよくなった。





部屋に無機質な音が鳴り響く。こんな夜中に一体誰だとリビングから玄関扉を睨みつける。そしたらもう一度同じように鳴らされた。生憎ヒロフミは風呂に入っており気がついていない。ならば自分がいくしかないと鍵を回して扉を開けた。

「ヒッ?!」

しかし扉が開けきるよりも早く、その隙間からナイフが差し込まれた。それを間一髪で除け後ろに飛ぶ。そしてゆっくりと開かれた扉の先には忌々しい縫合男がいた。

「前よりもちったぁ動けるようになったな」
「急に何?!というか何故来た?!」
「そりゃあお前らの様子見に来たに決まってんだろ」

いい迷惑だ、今すぐ帰れと言いたかったがそれを言って骨を折られるのも嫌なので黙り込む。

「何騒いでるの?」
「あっヒロフ…、ぎゃー!!」

何故上になにも来ていないんだ。突然裸族になるのは止めて欲しい。日本よりも産業が進んでいない郷の人間でさえ織った衣を体に巻き付けてたんだけど。

「よぉ」
「どうも。連絡もなしに珍しいですね、急ぎの案件ですか?」
「違ぇよ。そういや引っ越し祝い渡してなかったと思ってな」

そういって縫合男からビニール袋が渡される。しかしそれを受け取り中を見たヒロフミは直ぐに袋を突き返した。

「酒しか入ってないんですけど」
「祝いの品に酒意外なんかあるか?」
「アンタ馬鹿ですか?こっちは未成年ですよ」

そのやり取りをヒロフミの背に隠れながら見ていればフッと視線が私へと移る。あっなんか嫌な予感がする。そしてその予想は的中した。

「まぁいいや。本来の目的はコイツだ、少し借りてくぞ」
「やだ。お風呂入った後だから行きたくない」
「ならもう一回は入れるぞ、よかったな」
「嫌だ!」

どうやら公安の悪魔退治の任務に駆り出されるらしい。「お前の働き次第ではすぐ終わる」なんて言われたがそういう問題じゃない。事あるごとに骨を折られまくったせいでこの男自体が怖いのだ。そう騒ぎ立てる私の頭にぽん、と手が乗せられる。

「行ってきな」
「えー……」
「帰ってくるまで起きててあげるから」
「じゃあ血くれる?」
「少しだけね」
「うー……分かった」

ヒロフミにそう促され渋々承諾した。
行きたくないという思考を頭の隅に追いやって着替えるために部屋に戻る。そしてもう一度玄関に戻ると何やら二人で話していた。でも私が顔を出すとそれもすぐに切り上げられた。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

外に出れば遠くでサイレンの音が鳴り響いている。耳をつんざくようなこの音が、私は嫌いだ。





テレビの砂嵐音は胎内で聞く母親の血流と似た音らしい。だから人間の赤ちゃんに聞かせると安心して眠りにつくのだとか。

「こんなところで寝ないでよ」

しかし私にその効果はなかった。それもそうだ。なんせ私は人の胎内からではなく人の恐怖より生まれた悪魔なのだから。

「寝てないよ」
「寝れないの?」
「うん」

僅かに開いたカーテンから差し込む光は眠らぬ街のビルの灯り。月明かりよりも眩しいそれはまっすぐ伸びてローテーブルの脚まで届いていた。リビングに顔を出したヒロフミはテレビの電源を切りテーブルに突っ伏していた私のもとへとやってくる。

「昨夜の任務で何かあった?」

隣に座り、そう訊ねながら頭を優しく撫でる。自分の腕を枕にした私はされるがままそれを受け入れた。

「食べられたぁ……」

その時の出来事を思い出しながらぽつりと呟く。縫合男に連れて行かれたのは街の中の小さな教会。そこにいた悪魔に飲み込まれた。それだけなら別にいい。ただその腹の中が問題だったのだ。ずっと讃美歌が流れ続けるという異質の空間、内側から核を壊すことで悪魔を殺すことはできたが今もまだ頭の中ではソプラノが流れ続けている。

「讃美歌が苦手だなんて悪魔っぽいね」

そう笑いつつも撫でる手は止まらない。その行為に安心していれば少しだけ瞼が重くなるのを感じた。今の私に必要だったものはテレビではなくヒロフミだったらしい。

「ねぇずっとそうしてて」
「どうして?」
「もう少しで眠れそうだから」
「それだと俺が寝れないんだけど」

パッと手が離れてしまったので、逃がすまいと掴んで自分の頭の上に戻した。しかしまたも離れていったので今度は腰にしがみついて腹に頭を擦りつけた。あっこれでもなんとか寝れそう。しかし当然のことながら後ろ首を掴まれ引き離された。

「ぐぇっ」
「とりあえず一度離れてもらっていい?」
「ヒロフミのいけず〜」
「そんな言葉どこで覚えたの?」
「日曜夕方六時のアニメ」

今度はアニメか、と独り言ち、手を離してもらう。ようやく寝れると思ったのにな、と項垂れていれば体がふわりと浮いて驚いた。顔を上げればすぐ目の前にヒロフミの顔があり抱え上げられたことが分かる。

「しょうがないから一緒に寝てあげる」
「なんで?」
「偶には自分で考えな」

初めて入ったヒロフミの部屋は机とベッドと本棚くらいしかなかった。私が使っている物よりも少しだけ広いベッドの上に下ろされる。そして「詰めて」と言われたので壁際に寄って横になれば隣にヒロフミが並んだ。

「枕はいる?」

そう聞かれたのでひとつ頷けば、頭の下に腕が滑り込まされた。そこでちょうどいい高さの場所を探しゆっくりと目を閉じる。すん、と鼻から息を吸い込めば太陽の匂いに混じってヒロフミの匂いがした。

大きな手が頭を撫でる。それが心地よくて擦り寄ればおでこに喉ぼとけがぶつかった。触れた場所からぬくもりが伝わりトクトクと脈打つ音を肌で感じる。

何故こんなにも安心できるのだろうか。
答を求めずにまどろんだ意識の中で考える——そうか、血が通っているからか。

血は飲むためだけのものではない。
それはどうやら暖かくて、気持ちがいいものらしい。





その日もいつも通りの時間に起きて、いつも通りに割り当てられた家事をして、いつも通りに任務へ行って、いつも通りにお風呂に入った。そして今からテレビの向こう側の人間と共にヒトシ君人形獲得のためにクイズに挑もうと意気込んでいればテレビの電源を消されてしまった。

「あー!!なんで消すの?!」
「ちょっと話があるんだけど」
「今日はアルプス特集なのに!」
「大事な話」

有無を言わせぬその様子にヒトシ君人形の獲得は諦めた。私が黙ったことを確認してヒロフミはカーペットの上に胡坐をかいて座る。それを見て私もソファから降りた。

「さっき連絡があってね、キミは正式に公安所属の悪魔になった」
「うん?」
「明日の朝一に迎えが来るから」
「ヒロフミは?」
「俺は行かないよ。キミとはこれでお別れだ」
「ふぅんそっか。分かった」

ということはまたあの地下牢行きなのだろうか。それは嫌だなぁ。でもこの前縫合男に会ったときにはもう骨も折られなかったしな。前よりも扱いはマシになっているはず……多分。

もう話は終わりかとテレビを付け直そうとするが、荷造りしといたら?と言われたので大人しく従った。



「何?どうしたの」
「血を飲みに来た」

自分の荷物をまとめ終りヒロフミの部屋を訊ねた。公安所属の悪魔になれば輸血パックは手に入りやすくなるだろうが逆に生き血は二度と飲めなくなるかもしれない。だから最後の晩餐を頂きに来たのだ。

「そうなんだ、でもタダで飲ませるわけにはいかないな」
「じゃあ肩もみしてあげる」
「そこまで凝ってないかな」
「頭皮マッサージは?」
「それも別に」
「なら足つぼ」
「選択肢偏り過ぎてない?」

だってこれくらいしかできないもの。他に何かできないかと考えても出てきたのはハンドマッサージくらいだった。それを伝えれば「もう充分貰ったからいいよ」と笑われた。何かをあげたつもりもないが飲めるんならなんでもいいや。

「では頂きます」

ヒロフミにはベッドに座って貰い、そこに跨るようにして向かい合わせになった。スウェットから覗く首筋に歯を立てればプツリと刺さって血液が口の中へと流れ込んでくる。目を瞑りゆっくりと味わって飲んでいく。そしておおよそコップ一杯分の血を飲んだところで犬歯を抜いた。

「ご馳走様でした!」
「あ゛ー……」
「ヒロフミ?どうし、…っぎゃー!?」

脱力した体に手を添えるが支え切ることが出来ずに二人してベッドに倒れこんだ。目の前には白さが増した顔があり心配になり頬を撫でる。

「短時間でこの量はきっつ」
「えっ死んじゃう?!」
「死にはしないけど水が欲しいかな」
「分かった!」

キッチンでコップに水を入れ直ぐに部屋に戻った。そうして渡せばあっという間に飲み干してしまう。こうも飲み過ぎてしまえば見返りに何をさせられるか分からない。だから部屋の電気を消しヒロフミの事をベッドに押し倒した。

「なにこれ?どういう状況?」

掛布団を引き上げて自分も一緒に中に入る。そうしてこの前されたように腕の中にヒロフミを収めた。

「今日は一緒に寝てあげる」
「なんで?」
「血を飲ませてくれたから」

そっと頭を撫でれば意外にも柔らかな髪で少し驚く。力加減も分からずに表面だけをなぞる様に手を動かしていたら「離して」と腕の中から声が聞こえた。言われた通りに頭から手を離して緩めればそこから顔が飛び出してくる。

「こっちの方が落ち着くかな」

そしてあっという間に立場は逆転して私が腕の中に閉じ込められてしまった。これでは意味がないような…でも私もこの方が落ち着くから特に何も言わなかった。

「あのさ、」

うつらうつらとし始めたところで体を僅かに揺らされた。目元を擦り、なに?と返事をすれば布団の中で抱き寄せられる。胸元に顔が埋まりヒロフミの顔が見えない。それは嫌だったから藻掻いて無理やり抜け出した。

「なに?」
「……今から話すことは寝言だと思ってくれればいいんだけど」
「寝言?ヒロフミは目を開けたまま眠るの?実は魚の魔人だったりする」
「うん、少し黙ろうか」

口の前で線を引き、お口チャック。静かにするときはこうするのだと歌のお姉さんが言っていた。そうして私が黙ったのを見てヒロフミは小さく笑う。頭も撫でてくれたのでこれであっていたらしい。さすがは歌のお姉さん。

「キミはこれから死ぬまで公安の悪魔としてデビルハンターの仕事を手伝うことになる。稀にデビルハンターの契約相手として囲われる悪魔もいるけど、まぁ当然自由なんてものはない」

寝言だと言っていたのにその瞳は確かに私を捉えていた。

「この国を出ることはできないだろうけど北海道くらいなら逃げられるかもしれないね」

そこは日本で一番緑の多い場所らしい。

「俺はもう寝るけど今日は疲れてるからきっとどんな物音がしても目覚めないと思う」

再び抱き寄せられ私の視界は遮断された。

「おやすみ」

すぐに小さな寝息が聞こえてくる。腕の中から顔を出せば肩から布団が落ちていたので引っ張って被せてやる。そして眠っていることを確認してベッドの中から抜け出した。

リビングのカーテンを引き窓を開けてベランダへと出る。月がない夜では輝く星は見えないけれど地上には目に痛いくらいの光が広がっていた。これなら迷わず行けるだろうか。後ろを振り返るも人の気配はない。

私は窓を開け放ったまま光の海へと飛び降りた。





見よう見まねでやってみたが案外それなりの物が出来たと思う。これも三分クッキングを視聴し続けたおかげなのだろうか。まぁ食料調達まで含めると三分どころから三百三十三分くらいの時間は要しているが。

「……なんでいるの?」
「あっヒロフミ!おはよう!」

食パンが焼けたタイミングでヒロフミがキッチンに姿を現した。寝癖がついたままの頭をガリガリと掻く姿は随分とらしくない。まだ寝ぼけているヒロフミには先にリビングで待っててもらい最後の仕上げに取り掛かった。

「朝ご飯作ってみた!」

そして完成したものを机の上に並べる。サラダ、スープ、目玉焼き、トースト、そしてヒロフミにはコーヒーも。これは私の今までのお礼だ。

「この葉っぱの山は何?」
「土手で摘んできた」
「芋虫が付いてるんだけど」
「新鮮な証拠だね」
「ついでにナメクジもいる」
「椎茸食べれるなら食べられるよ」

その他、ザリガニのスープに殻入りの目玉焼き、トーストはこんがり炭火焼きで本日のコーヒーはヤギの糞より濃いめに入れた。一品ごとに丁寧な小言をくれたがサラダとスープには口を付けてもらえなかった。

「本当によかったの?」

冷蔵庫に寄りかかりながらヒロフミが言う。それは質問と呼ぶには独り言に近く、諭すと表現するには穏やかな声色だった。

「何が?」

お皿に付いた泡を洗い流し重ならないよう立てて並べる。始めこそ、割るな重ねるなで怒られていたがそれもすっかりなくなった。

「……分かった」



時計も見れば迎えまであと三十分を切っていた。でも荷物はまとめてあるので焦ることはない。だからテレビでも見て待とうとソファに腰を下ろしたところでヒロフミもやって来た。

「どうしたの?」
「俺からの餞別を贈ろうと思ってね」

何が貰えるのかとわくわくしていれば目を閉じるように言われた。いち早く何か知りたいのに!そう文句を言ったものの無言で見下ろされてしまえば何も言えない。結局、ハイとだけ小さく応えて目を閉じた。

体が沈み込んだことで隣の座ったのが分かった。そうして右耳に髪の毛が掛けられる。指先が耳の後ろに触れ、こそばゆくなって笑えば息を吹きかけられた。ぎゃっとなって目を開けそうになるも「まだダメ」と目元を覆われたのでまた固く閉じて体も硬直させた。

「ここでいいかな」
「うん?……い゛っ〜〜〜たい!!」

右耳に刺すような痛みが走った。突然の衝撃にびっくりして立ち上がるが襟首を掴まれ引き戻される。しかしその場所はソファではなくヒロフミの上だった。

「やっぱり塞がるのも早いね、このまま付けちゃえばいいか」
「えっ何を?!というか私の耳付いてる?!」
「ちゃんと付いてるよ。あと穴の位置分からなくなるから動かないで」

骨を折られるよりも状況が分からない分怖かったりする。あと耳なんて普段痛みを感じる場所でもないから過剰に反応してしまった。

「はいできた。しかももう塞がってるね」

もういいよ、と言われたので恐る恐る右の耳朶を触ってみる。固いものが指先に当たり、その形状を確かめるようになぞってみた。そしてもう片方の手でヒロフミの左耳にも触れてみる。

「同じやつ?」
「そう、まぁ要するに首輪かな」
「首?耳に付けるから耳輪じゃないの?」
「ピアスって言うんだよ」
「嘘つき!」
「嘘じゃないさ。これは目印みたいなものだから」

そう言って頭を撫でたヒロフミの首筋には私の歯型が残っていた。じゃあこれも目印になるのかな。でも私はもう血の味も匂いも名前も覚えたから印が消えても見つけだせる自信があった。





「準備できたかぁ?」
「はーい」

荷物はここへ来たときと同じくボストンバック一つのみ。それを持って玄関で待つ縫合男のもとへと向かう。しかしこうも準備したのに忘れ物をしたことに気付きヒロフミの部屋へと立ち寄った。目的の物を手に取って急いで玄関へと向かう。しかし靴を履く前に行く手を阻む黒い影に呼び止められてしまった。

「それ俺のパーカーなんだけど」
「だって今は昼間だしこれ着ないと外に出ちゃダメなんでしょ?そう言ったのはヒロフミだよ」
「確かにそうだけどキミはもう帰ってこないでしょ」
「じゃあ頂戴」
「はぁ……分かった、いいよ」

いつも通りに羽織ってファスナーを閉める。足元が見えなくなるのでフードはまだ被らないまま靴を履いた。そうして玄関口にいた縫合男を見上げれば無機質な瞳とかち合う。そして「ふぅん、」と感嘆のようなため息のような声を漏らしてヒロフミへと視線を投げた。

「お前公安に来る気はねぇか?バディにはコイツを付ける」
「ぎゃあ?!」

頭を鷲掴みにされそのまま回転させられる。そしてわしゃわしゃと髪がかき混ぜられながら目の前のヒロフミを見れば口を堅く結んでいた。そして私を捉えた真っ黒な瞳を揺らしてゆっくりと口を開く。

「俺は行きませんよ」
「そうか」

縫合男はそれ以上何を言うわけでもなく「行くぞ」と言って私の頭から手を離した。そしてジャケットから取り出した片手サイズの酒瓶からひと口煽って歩きだす。

「ほら、キミももう行きな」
「わっ…!」

その場から動きだせずにいた私に、ヒロフミはパーカーのフードを被せた。周りの景色が遮断されフードの中から覗き見えるのはヒロフミだけになってしまった。笑顔と呼ぶには程遠い薄い笑みを向けられ、あぁヒロフミらしいなって思った。だから私も笑って目の前の五つのピアスを見ながら自分の耳を指さした。

「私の事ちゃんと見つけてね」

悪魔は悪魔として輪廻転生を繰り返す。
そのとき私の記憶はないけれど引き継がれるものはある。

「いい子にしてたらね」

約束契約は絶対だ。

「分かった!」

後は一切振り返らずに、私はその場を後にした。