【続】推しの嫁になったけど解釈違いが辛すぎたので国外逃亡してやった

こういうところは前世でも今世でも初めてなので妙にそわそわしてしまう。


「じゃあアタシと八戒はあっちで打ち合わせしてるから好きにしてて」
「分かった」

春千夜の元を去り一週間が経った。私は現在、今世で『柚葉』に成り代わった友人と共に海外の撮影スタジオにいた。『柚葉』は原作通り弟である八戒のマネージャーをしており私もそれに付き添う形で生活をしている。今後についてはノープランだがまぁゆっくり考えよう。

それにしても海外のモデルさんって奇抜だよなぁ。服装は勿論だけど腕全体に刺青があったりピアスをたくさん付けてたり。でも一番は髪かな。あっちの人は髪色がピンクだし他にもオレンジやブルーの人もいて完全にお花畑だ。女性の刈り上げというのも初めて見たし、一メートルはありそうなドレッドヘアは手入れが大変そう。

………おや?ピンクとな?

もう一度お花畑集団へと視線を向ける。
しかし、マイ○ロディの姿は見当たらない。

うん、きっと見間違いだよね。というかピンク髪の人とか案外多いんじゃないかな?そうじゃなきゃプリ◯ュアも一年毎に代替わりしてないって。だから例えピンク髪で翡翠色の瞳であってもそれは三途春千夜のそっくりさんであって三途春千夜本人では、

「やっと見つけた」


———と思っていた時期が私にもありました。


「なっ、んで…」

振り返ればそこには奴がいた。
顔を引き攣らせた私とは裏腹に頬を緩ませ柔く笑っている。でも目のハイライトは消えているというヤンデレ特有の症状が出ていた。

「突然いなくなって心配したんですよ!貴方はすぐに貧血を起こすんですから一人で遠くへは行かないようにと僕はあれほど言ったじゃないですか!体調は大丈夫ですか?怪我などはしていませんか?」

大丈夫だよ。春千夜に掴まれてるとこ以外は。とても優しい言葉に聞こえるが私の腕を掴む春千夜の手には血管が浮き出ている。いや、ほんとマジで痛い。

「本当に無事でよかったです貴方がいないこの一週間は生きた心地がしませんでしたから。僕がどれほど心配して寂しい思いをしていたか分かりますか?でもアレには手を出しませんでしたよだって貴方があの時とても優しい言葉をくれたから僕も向き合わなきゃって前向きになれたんですだからこそ今の僕には貴方が…——」

あとオタク特有の早口やめてくれないかな。思わず前世の自分を思い出しちゃったよ。そしてまた解釈違いを見つけてしまい私は悲しいです。『三途春千夜』のそっくりさんから(私の瞳に)映す価値なしまで降格かな。

「さっきからどうして僕を見てくれないんですか?」

逃走ルート思案しながら目を彷徨わせていれば顔を両側から挟まれ上を向かされた。そして至近距離で目が合ってしまえばその顔面の破壊力に腰砕けになった。

「はぅッ…!」
「ほら!やっぱり僕がいないと貴方はダメなんです!」

すぐさま春千夜の手が腰に添えられ抱き止められる。だがお礼は言わないからな。どちらかといえばお前がいるからダメなんだよと声を大にして言いたい。でも今は呼吸をするので精一杯だ。この顔面SSRにはいつまで経っても慣れやしない。でもここで諦めたら試合終了だ。

「あのっ、はるちゃ」
「なんですか?」
「はぅッ…!!」

こやつ、全力で殺しにきたな?潤んだ瞳の上目遣い。自分が最も可愛く見える角度を心得てやがる。そしてその加工なしの美しさに私は案の定ぶっ倒れた。

「本当に困った人ですね。じっとしててください」

春千夜は片膝をついて私を姫抱きにして抱え上げた。そしていつの間にかギャラリーまで集まっていたのか拍手と口笛までもが飛んでくる。薄目を開けて確認すればその歓声の中央を堂々と歩いていた。春千夜の顔の良さもあり廊下がまるでランウェイのようである。

周りも「Oh!」「実にマーベラス!」「It suits you!」「推しと幸せになれよ!」と盛り上がっていた。というか最後の友人だよね?私のこと秒で切り捨てたな。そして狩人さんは早いところツイステッドな世界にお帰りください。

「はるちゃん、ちょっと待って!」

春千夜に抱えられたまま後部座席に乗せられたところで声を上げる。運転手は別にいるが、車は動き出していないので逃げるチャンスはまだあった。

「どうしましたか?」
「机の上の物、見たでしょ?」

あの家に置いてきた指輪と離婚届。怖いくらいに触れてこないその話題に自ら飛び込んでいった。

「えぇ」
「じゃあなんで…」
「貴方の気持ちは十分伝わりましたよ」

春千夜は私を安心させるように髪をすく。

「指輪が気に入らなかったんですよね?あれは二人で選ぶ時間がなく僕の好みで選んだものでしたから」
「いや、ちがっ」
「離婚届も僕ともう一度結婚したいから別れようって意味ですよね。思えば新婚旅行も行っていませんでしたから」
「だから、」
「新婚気分を味わいたいなら最初からそう言ってくれればよかったのに。素直じゃない人ですね」
「まっ」
「ボスに許可を頂いて休みも貰ってきました。このままハネムーンに行きましょうか」

なんという都合のいい考え方なのでしょうか。こんなポジティブシンキングなキャラなんてお◯松さん以来じゃない?ニートでないだけまだマシだが職よりも先に正常な感性を身につけてほしかったわ。

「h、」
「指輪も新しいのを買った方がいいですね」

春千夜!と怒鳴りつけてやるつもりが先手を取られ英語の発音になる。そして左手を取られ何もついていない薬指を撫でられた。それがどうにもこそばゆくて何も言えずに固まっていれば次の瞬間私の指が口の中へと入っていき…

「い゛っ?!」

ッアーーーー!ヤンデレきたぁぁああ!
指の付け根に激痛が走った。

いやぁこのシチュエーションもね、好きよ。でも実際にやられるとめちゃくちゃ怖いから。しかもやっているのはこの春千夜。解釈違いのままマイキーというリードをなくした奴はただの駄犬だ。バッドボーイ。

「今はこれでいいでしょう。新しいものは一緒に選びましょうね」

あとね、なんでさっきから私の首を撫でてるのかな?指輪は指に着けるから“指輪”というのであって、首に着ける輪っかは“首輪”って言うんだよ。

だが幸いにも春千夜が仕事で呼び戻されたため日本への強制送還ということでこの件は収まった。





これ以上の事態が進めば“#R-18G”タグを追加せねばならなくなる。その展開は何としてでも避けなければ。とりあえず身を守ることが先決。ということで私は「やられる前にやる」という行動に出ることにした。死にたいより殺したい精神でいかなければ私の中の私が死ぬ。



「おはよう。もう起きる時間だよ」

遮光カーテンを開ければ太陽の光がベッドルームにめいっぱい差し込んだ。

「ん……」

彼の長い睫毛が震え、その隙間から翡翠の瞳が覗く。真っ白なシーツに包まれ太陽の光を受ける彼は天使のように美しい。私は未だに夢と現実の狭間にいる彼の元へと近づいて、その額に口づけを落した。

「ふふっ」

彼は柔らかく笑い、そして徐に私へと手を伸ばす。何かと思いその指先に触れれば想像よりも強い力で引っ張られた。思わずバランスを崩しベッドに倒れ込む。しかし起き上がろうにも体に巻き付いた腕のせいで何度もベッドへ引き戻される。シーツに埋もれながらもがいていればすぐ近くで先ほどと同じ笑い声が聞こえてきた。

「どうしたの?」
「僕は世界一の幸せ者です。毎朝、貴方という愛おしい奥さんからの口づけで起こしてもらえるんですから」
「私も幸せだよ、はるちゃん」
「それなら両想いですね」

嬉しそうに頬ずりをしてくる彼の髪を撫でる。でもいつまでもここにいるわけにはいかない。だからこそもう一度起きるように促してみたが巻き付く腕が強まるばかり。そして結局、寝室を出たのはそれから三十分後だった。

「今日は帰りが遅くなりますから先に休んでいてください」
「分かった。気を付けてね」
「はい」

いってきますの口づけを彼から貰う。仕事に行ってくれる気になってよかったと安堵したものの、彼はその場から一歩も動かない。不思議に思い声を掛ければ彼は一度伏せた睫毛を持ち上げ私を見た。

「今日は仕事に行きたくないです。貴方とずっと一緒にいたい」

小さな子供のような我儘。こうなってしまうと彼は本当に仕事に行かなくなってしまうので困ったものである。でもこの場合の対処法は知っている。

「私もだよ。でもね、はるちゃんがいないと皆が困っちゃうからお仕事いこ?」
「それは…」
「私も今夜は起きて待ってるからお仕事行ってきて」
「そんな…!貴方は先に休んでいてください!」
「いいの。だって旦那様の帰りはちゃんと出迎えたいから」

そしていってらっしゃいの口づけを、今度は私から彼の頬に落とした。すると顔が髪と同じ色に染まる。どうやら仕事に行く気になったらしい。そんな彼の背中を見送り私は玄関の扉を閉めた。


そしてその三秒後、私はその場に崩れ落ちた。


「うッ、お゛え゛ッ…!!きっっつい!!」

浮かび上がった鳥肌を落ち着かせるよう腕と首筋を擦る。ああああッ!もうむり!やってられっか!!

夢女という肩書を私は舐めていたかもしれない。こんなことを毎日毎日やって春千夜からの重すぎる愛を一身に受けるという板ばさみ状態。最近では自分で自分を殺しにいっているようなものである。

「冷水だ。冷水を頭から浴びよう…そしてエスプレッソを三杯くらい一気飲みしたい」

でもお陰で監禁ルートは避けることが出来た。日中であれば外にも出られるし春千夜から渡されたスマホであれば友人とも連絡は取れる(ただし盗聴はされる)。まぁ当然ながらGPSは付けられたし何なら家にも監視カメラを付けられたので自由があるかと聞かれれば微妙ではあるが最悪の事態は免れた。でもこの生活を続けていたところで私の未来はない。さてどうしたものか…


——と思っていた時期が私にもありました。


「はるちゃん?重くないの?」
「そんなことないですよ。寧ろ軽すぎて心配になります」

帰宅し入浴を済ませると春千夜は必ず私を膝の上に乗せ後ろから抱きしめてくる。そうして首筋に顔を埋めては匂いを嗅いだり舐めたりしてくるので反応に困る。一度、本当にやめて欲しくて私の代わりとなる人形をコ○トコで買ってきたのだが翌日には見るも無残な姿になっていた。それを問いただせば、「人形が欲しいなら言ってくださいよ。貴方のレプリカ人形なら五体程別宅の方で保管していますから」ってな感じでサイコパスの模範解答のような答えしか返ってこなくて震えた。ここまでくると解釈云々ではなく普通に身の危険を感じる。というか、なんでこんなにヤンデレルートの分岐が多いんだよ。元より『綺麗な春千夜』と『ヤクに浸かった春千夜』の二択であればヤク中ルートで全てが解決してたんだからな。

「ねぇ電話鳴ってない?」

服の隙間から侵入してこようとする手と攻防戦を繰り広げていたところで春千夜のスマホが鳴った。

「ほっとけばいいですよ」

と春千夜は言うが切れては鳴るの繰り返しだ。そしてそれが五回ほど繰り返されればいよいよ出るしかないと思ったらしい。春千夜は舌打ちをしてリビングを出ていった。

………おや?舌打ちとな?

自室へと入っていった春千夜を追いかけ私はドアにぴったりと耳をつけた。

「ア゛ァ?その組織は……まだ…連れてけ……魚の餌…も分かんねぇのかぁ?!」

途切れ途切れでしか聞き取れないが明らかに今までの春千夜と様子が違う。そして私の中に一筋の光が差し込んだ。これはついに——

「すみません、トラブルがあったようで少し出ます」

春千夜の電話が切れた瞬間、マッハで先ほどまで座っていた場所に戻った。私は眉を八の字に下げながら、わかったと頷く。盗み聞きした内容通り今からトラブル対応に出るらしい。服を着替えた春千夜は慌ただしく家を出ていった。


そしてその瞬間、私は天を仰いでコロンビアポーズを決めた。


キターーー!解釈一致の『三途春千夜』だ!やっぱりこの世界線でも私の推しは存在する!!つまりあの姿は私の前だけの猫かぶりの姿ってわけだ。きっとお仕事中は元気にスクラップしているはず。

そうとなれば早速行動だ。





「気をつけてね」
「ありがとうございます」
「ねぇはるちゃん」

いつも通りの見送り。
でも私はここで早速仕掛けた。

私に手招きをされた春千夜はやや身を屈める。その彼の肩に手を置いて私は自分からキスをした。しかも頬ではなく口に。春千夜は案の定フリーズ状態。その隙に私はジャケットのポケットへと手を伸ばした。

「へ……?」
「偶には私からしようかなって」

伏し目がちにそう言って盗った物を自分のポケットへと隠した。これで第一ミッションクリアだ。あとは少し時間を置けばいい。だがその前に盗んだことがバレぬうちに春千夜にはさっさと出て行ってもらわなければ。

「じゃあいってらっ…グハァッ?!」

とっとと行ってこいとばかりに追い出そうとした瞬間、あばらが悲鳴を上げるほどの力で抱きしめられた。おい待て、ここにゴリラがいるんですけど。見た目は天使、腕力はゴリラ、その名はハグッとプリ○ュアってか?うわっつまんな。酸欠気味でいつも以上に頭が回らないや。

「ちょ、まっ…死、…ッ」

いよいよ意識が飛びそうになったところで抱え上げられる。またソファにでも運んでくれるのかなぁと思っていればリビングより手前にある部屋の扉が開いた。おい待て。そこは寝室だ。

「え?あの、仕事は…」
「三十分」

いや、ワンラウンドの時間とか聞いてないから。え?というかマジでそういう流れ?うそ?!やばい!ダメだって!あーっ!お客様!!困ります!!あーーっ!!!


——三十分後——


「では僕はいってきますから貴方はゆっくり休んでくださいね」
「ウン…イッテラッシャイ」

ふぅ。朝からお熱いことで(白目)。
さて、春千夜の本番は終わったが私の本番はここからである。正直運要素も強いがこれ以外に方法は浮かばなかった。そして約一時間後。遂にその時は来た。

「っ、もしもし?」
『は?オマエだれ?』

春千夜のスマホに掛かってきた電話を光の速さで取った。そう、私が盗んだのはスマホだった。

「春千夜の妻になります。主人がスマホを忘れていったようで…」
『へぇ…アイツ、マジで結婚してたのかよ』

初めて聞く声である。しかし前世持ちの私に死角はない。これはおそらく灰谷蘭だ。私の中の及◯徹がそう言っている。

「あの、私が届けるので主人が何処にいるか教えて頂けませんか?」

まぁ電話の相手のことは置いておいて、ここからが本題だ。私の立てた計画は忘れ物を届けに行くという程でお仕事中の春千夜に会いに行くというものだ。浅はかな計画ではあるがこれで合法的に推しの姿が拝めるはず!

『んー…ならオレが連れてくわ。今から言う場所まで出て来れるか?』

おや?もしかして灰谷蘭ともエンカウントできるかんじ?これはとんだおこぼれである。私の中の灰谷蘭は正直二次創作で植え付けられたイメージが強い。例えば煙草を吸うとかセフレが多くいるとかだ。原作ではそんな描写はなかったけれど、もはや集団幻覚でこのように解釈している人は多いんじゃないかな。まぁつまり一言で表すなら『危ないおにーさん』である。

「すみません、灰谷さんですか?」

指定された場所に行けばお高そうな車が止まっていた。その運転席に座るのは窓ガラス越しでも分かる甘いマスクと目を引く髪を持つ男。一目で灰谷蘭だと分かった。

「おーアンタが三途の嫁?」
「はい。主人がいつもお世話になっています」

努めて礼儀正しく挨拶をすれば柔く微笑まれる。意外にも愛想はいいらしい。そうして助手席に乗るよう促された。

「失礼します」

車に乗り込めば香水と僅かな煙草の香りが鼻を掠めた。ひゅーこれは解釈一致だわ。さすが梵天内での抱かれたい男No.2である(当社マーケティング結果より)。

灰谷蘭の運転によりゆっくりと車が発進する。どうやら春千夜はここから車で三十分ほどの場所にいるらしい。何か話題提供した方がいいのかと頭を悩ませていれば灰谷蘭の方が先に口を開いた。

「アンタはなんでアイツと結婚したの?」

んん?私達の結婚ってそもそもうちと梵天の繋がりを強化するためではなかったのか?しかし話を聞くにそういうわけではないらしい。しかも梵天内では が春千夜にベタ惚れというデマまで出回っているらしい。誰がこんな話を…と思ったが一連の自分の猫かぶり行動の結果だと気付き死にたくなった。そして聞くに堪えられなくなったので今度は自分から話題を振った。

「灰谷さんは旦那と仲が良いのですか?」
「そ。ちょー仲良し♡」

絶対うそでしょ。君らの不仲説って割と最近明るみに出たよね。でもこの嫌味ったらしい受け答えもある意味満点回答である。

さて、そんな会話をしていれば目的地に着いたらしい。てっきりアジト的な場所かと思いきや大きな倉庫であった。

「ここですか?」
「あぁ。行くぞ」

促され一緒になって倉庫へと足を踏み入れる。どうやらここは資材置き場の倉庫らしい。建築用資材が多く積み重なっていて埃っぽい。そして中は意外にも広くて逸れたら迷子になりそうだった。先を行く灰谷蘭に遅れを取らぬよう着いて行く。

「さっさと吐けっつってんだろーがよぉ!!」

広い倉庫に銃声と大声が木霊した。これはもしや…

「おい、危ねぇぞ」

灰谷蘭の呼びかけを無視して音のした方へと走る。そうして近くにあった資材の影に隠れてそちらへと顔を覗かせた。

「も、もぅ…やめっ…ガハッ」
「テメェがボスの居場所答えたらよぉすぐに楽にしてやるよ」
「だから知らな、ッア"ア"!!」
「まだ弾はあるからなぁ」

そこには一人の男に拷問をする春千夜の姿があった。そして直ぐそばには血溜まりに転がる死体が三体。もしやあれをやったのも春千夜?

「うそ…」
「あーあ見ちゃった。アンタには刺激が強かったかぁ?」

解 釈 一 致

キター!!これは完全勝利S!!やはり実在してたんだ!ごめんね、春千夜。今まで解釈違いだとか失礼なこと言って。この世界でもちゃんと元気にスクラップしているではないか!まさか推しを生で拝める日が来るとはね。転生してよかった!!

「次は右眼なぁ」
「ギャァアア!!」

しかも殺さない程度に的確に体を痛め付けている。どこぞの緑の弟さんのようにグッジョイと声を掛けたいくらいの絶妙な銃の腕だ。

「はわわわわ」
「アンタ、あんなの見て平気なわけ?」
「やっぱ返り血似合うわー今がシャッターチャンスか?いや、それよりもこの目に焼き付けて」
「おい」
「え?…あぁ、うちの実家も割とあんな感じだったので大丈夫です」

実家がヤのつく自由業をしていればそれなりの耐性はついている。でもここで役に立ったのはやはり前世の記憶であろう。バイオ◯ザードはリベレーションズも履修済み、そして東◯喰種を鑑賞しながら食事をしていた私に恐れるものはない。

「オ"レ"はッ、…下っ端…だから……なに、もッ」
「チッ使えねぇなぁ!!」

一発の銃声音が鳴り響き耳に痛いくらいの静寂が訪れる。血濡れの姿で死体の真ん中に立つその男は確かに『三途春千夜』であった。

「あっおい」

二度目の灰谷蘭の呼び掛けを無視して私は物陰から飛び出した。砂利を踏む音に気付いたのかすぐさま春千夜がこちらを向く。

「あ?まだドブ鼠が残って……は?」
「春千夜!」

血溜まりに足を濡らし死体を飛び越え私は春千夜に駆けて行く。しかし、いつもの三割り増しでよく見えたその姿に必要以上に近づくことも憚られた。オタクは大概うるさいが推しを前にした瞬間、謙虚になるのだ。

「なぜ貴方がここに…」
「あ…あぅ、…あぁ…」

そしてオタクは推しを前にした瞬間、語彙力を失う。初めてアイドルの握手会に参加した人の気持ちが今痛いほどよく分かった。

「オレが連れてきたんだよ」
「はぁ?!なんでテメェも一緒にいんだよ!!」

はい、「テメェ」頂きました。
春千夜は後ろにいる灰谷蘭に言っているのだろうが自己投影型の夢女でもある私は容易に脳内変換できた。私は推しに罵られた。今はただ一言、ありがとうの言葉を君に伝えたい。

「はぅッ…!」
「大丈夫か?」

だがしかし、当然の如く目眩を起こし体がふらつく。そこでつい側にいた灰谷蘭に手を伸ばしてしまった。おっといつも春千夜が近くにいるからつい間違えてしまった。早く離れなければ灰谷蘭強火担の夢女に背後狙われるわ。

「えっ…?」

私の間抜けな声に重なって発泡音と同時に頭上を風が切った。

初めは何が起きたか全く分からなかった。しかし、視線を前へと向ければ春千夜が銃口をこちらに向けていて。そして瞳孔をかっぴらいて明らかに"ヤバイ奴"の顔をしていた。

「こっわー」
「さっさとその薄汚ねぇ手退けろ」
「オレじゃなくてコイツが離れねぇんだって」
「あっいや、すみません!」

さすがにこれ以上迷惑は掛けられない。そう思い慌てて距離を取ればタイミングよく倉庫内にスマホのバイブ音が反響した。どうやら灰谷蘭のスマホらしい。そしてその内容を聞くに呼び出されたようだった。

「じゃあオレは行くから後はお好きにどーぞ」
「連れてきて頂きありがとうございました」
「二度とそのツラ見せんじゃねぇ!」
「あっそうだアンタ」
「はい?」

顔を上げたらすぐ目の前にいて驚く。うわっ灰谷蘭デカいなぁなんて思っていれば目の前に影が落ちた。

ちゅ、

視界が暗くなったのは灰谷蘭が屈んだから。そして気付いたときには目の端に口づけが落とされた後だった。あらやだ素敵。さっすが灰谷蘭。これは夢女も大興奮ですわ。貴方が私の推しであればどれほどよかったで———

「死ねクソがァ!!」
「もう弾切れだろ?しっかり弾数数えとけよ」

最早展開が早すぎて一人置いてきぼりなのだが、また春千夜がこちらに向けて発砲したらしい。しかし灰谷蘭の言葉通り春千夜の銃は弾切れで特に何も起こらなかった。その後は二人の罵り合いが数分繰り広げられたが再び灰谷蘭のスマホが鳴ったことにより終焉を迎えた。

「すごかった…」

去っていった男の背中を見て、無意識にその言葉が零れ落ちた。いやぁそれにしても灰谷蘭めっちゃいい仕事してくれたな。来世ではちゃんと君にも貢ぐようにするからね。キリッと眉の蘭ちゃん三つは買うわ。

「おい」
「えっな、なに?!」

心の中で灰谷蘭に激励を述べていれば突如腕が掴まれた。

「テメェどういうつもりだぁ?」
「は…?」
「オレ以外の男と喋ってオレ以外の男に見とれてオレ以外の男に触れてなに顔にやけさせてんだよ。しかも『すごかった』だ?アイツと一発決めたとか抜かさねぇよなぁ?」

解 釈 完 全 一 致

これぞ私が夢にまで見た展開である。そうだよ、これだよこれ!まごうことなき解釈一致の『三途春千夜』である。そして、そんな推しを前にしたオタクの次の言動は遥か古の前世より決まっていた。

「もう死んでもいい」

パタ———
そこで私は意識を失った。





やっと『三途春千夜』の姿を拝むことが出来た。
東リベの世界に転生したと気付いたときは驚いたし、パーティー会場で推しの姿を見たときは震えた。しかし推しと結婚できたものの解釈違いに頭を抱えるという日々が続き私のSAN値は削られていった。でもそれも今日で終わりだ。もう毎朝、冷水を浴びエスプレッソをがぶ飲みする必要もなくなる。それにこれは春千夜にとってもいいことなんじゃないかな。だって結局はずっと私の前で猫かぶりしてたってことだし。明日から素の姿で接してくれて大丈夫だからね。さぁ…夢と推しと!東京卍リベンジャーズの世界へ!レッツゴー!


———と思っていた時期が私にもありました。


「おはよう。もう起きる時間だよ」

遮光カーテンを開ければ太陽の光がベッドルームにめいっぱい差し込んだ。

「ん……」

彼の長い睫毛が震え、その隙間から翡翠の瞳が覗く。その眠たげな顔にいつも通りおはようの口づけをして彼を起こした。でもやっぱり中々布団からは出てくれなくて。ぎゅうぎゅう抱き着いてくる彼を宥めては仕事に行くよう促した。

「今日は帰りが遅くなりますから先に休んでいてください」
「分かった。気を付けてね」
「はい」
「あっちょっと待ってはるちゃん」

いつもならここで彼からいってきますの口づけを貰う。でも私はそれを遮って声を上げた。彼の顔が一瞬強張る。でも瞬きの間に口元を緩ませ落ち着いた声色で私に問い掛けた。

「どうかしましたか?」
「今日は外に出ていいかな…?」

彼は同じ表情のまま私をじっと見つめる。その時間は一秒足らずだったかもしれないし、一分だったのかもしれない。結局どれほどの時間、静寂が続いていたのかは分からない。でも彼が次の言葉を発するまで私は息すらも止めていた。

「そうですねぇ…」
「わ、私ちゃんとはるちゃんの言いつけ守ったよね?この一ヵ月間、家から出なかったし宅配業者の人とも話してないよ。はるちゃんが帰ってくるまで起きてたしお風呂だって毎日一緒に入ったよね?だから、」
「ふふっそんなに一生懸命話さなくても分かりますよ。では今日は出掛けていいです。ただし日が暮れる前には帰ってくること。分かりましたね?」
「うん!」

彼の手が伸びてきて優しく頭を撫でられる。そしてそのまま頭を引き寄せられてキスをした。彼の唇が離れた瞬間に頬が緩んだのはキスされたのが嬉しかったのか、それとも久しぶりの外出が嬉しかったのか。その答えは私にも分からない。

「随分と嬉しそうですね。それは久しぶりに外に出られるからですか?」
「え…あ、うん。そうかも…?」

だからこそ彼からの質問の答えも曖昧になってしまう。しかし次に続く言い訳を述べようとした瞬間、添えられたままだった手が再度私の頭を引き寄せた。あっという間に距離が縮まり彼の息が後れ毛を揺らす。そして痛いくらいに抱きしめられてしまえば私は思考を停止せざるを得なかった。

「今夜はオマエが好きなオレで抱いてやるからよぉちゃあんと帰って来いよ?」

毒を含んだ甘い言葉。

私はもう一度頷いて彼のことを送りだした。