推しの妹になったけどシスコン愛が重すぎたので留学という名で逃げてやった
真っ暗な闇の中。しかしとても温かくて随分と居心地が良い。だがここにはいつまでもいられないらしい。周囲の壁の収縮により、細いトンネルを抜け光ある場所へと押し出された。
「えっ今世のママン美しすぎひん?転生親ガチャSSRきたな」
この世に生を受け僅か三十秒。
野暮ったい瞼を気合いで持ち上げ、産声よりも先に私は先程の言葉を口にした。
◇
さて、こんなかんじで生誕した私ではあるがベイビー社から派遣されたエージェントというわけではない。ごく普通の転生者である。まぁこの事態を冷静に受け取れたのは私が前世で元気にオタ活をしていたからだろう。
漫画、アニメ、ゲームにハマり、NLも腐も百合も何でも食した。地雷というものも特になく、男でも女でもとにかく顔の良いCPに萌えるという雑食系の女だった。
さて、私の話はこの辺にしておいてまずはここがどの作品の世界なのか知りたい。え?二次元前提で話をするなって?いや、ここは確かに何かの作品の世界なのだ。私の第六感がそう言っている。
それならばと早速行動に移したいところではあるが見た目は赤ちゃん頭脳は大人なチグハグ状態では何もできないので五年ほどはそれらしく振る舞っていた。
そしてある程度一人での行動が許されるようになってからは片っ端からこの世界のことを調べ始めた。とりあえず異世界系でないことは明らかだったので現代寄りの日本が舞台の作品に絞って探した。この時、ヒントとなるのはやはり作中の学校名であろう。
まずは中学。並中、椚ヶ丘、帝光中、友枝中…——ない。
では高校。開盟学園、遠月学園、音駒高校…——ない。
それならばオカルト要素の強い作品。空座第一高、十字学園、呪術高専…——ない。
もしやゲームの方か?星月学園、早乙女学園、はばたき学園…——ない。
それからも心当たりのある学校名を探してみるが何にも引っかからない。まぁ帝丹小と希望ヶ峰学園はなかったので地獄の世界線でないことは確認できた。
ダメだ。見つからない。私の第六感は立海大の神の子にイップスされたのだろうか。
そう、諦めかけた時だった。
「ねぇ、ママに好きな人ができたって言ったら怒る?」
私が小学校から帰って来ると母が唐突にそう言った。この世界の私に父はいなかった。どうやら私は夜のお仕事をしている母がワンナイトをきめた男との間にできた子供らしい。それでも母は私を産み、大切に育ててくれた。
「怒らないけどその人はママを幸せにできる?」
だから母には感謝している。でもこの人はちょっと不用心というかほわほわしているところがあるから心配だ。事実、生後三十秒で流暢な言葉を発した私に「えっこの子超賢い!!」なんて絶賛したくらいなのだから。
「私の心配をしてくれるの?貴方は本当に良い子ね!でも大丈夫よ、私も貴方のこともちゃんと愛してくれる人よ!」
「そっか。じゃあいいよ」
「ふふっじゃあ早速お引越しね!」
「いや、まだ会ってもいないんだが?」
そうしてあれよあれよという間に荷造りをし、六本木のタワマンへと引越しをすることになった。なんでも父となる人はここに住んでいるらしい。随分とお金持ちだなぁと思いながら諸々のセキュリティを突破しエレベーターに乗り込んだ。
「そうだ、貴方に兄弟もできるのよ」
「そうなの?」
「ええ、お兄ちゃんが二人もできるの。楽しみね」
そういうのは先に言ってくれよママン。それにしても兄二人か…これも何かの伏線だったりするのだろうか。でもそんな作品上げ出したらきりがないしなぁ。まぁせめて顔が良いなら私の妄想の餌食くらいにはなってくれ。
長く乗っていたエレベーターがようやく止まる。
そして私はついに彼らに出会ってしまった。
南棟の最上階、北側廊下つきあたり。
扉を開けるとそこは———
「灰谷蘭と灰谷竜胆!?」
ホスト部ではなく灰谷家でした。
どうやらここは東京卍リベンジャーズの世界らしい。
◇
もちろん東リベは知っている。イケメン好きの私からしたらそれは神の作品だった。原作は心から愛したし、アニメもリアタイで鑑賞した。ただあくまでそこで描かれるのは主人公を中心とした話である。だから他の魅力あるキャラを掘り下げるため私は二次創作の世界にも足を踏み入れた。
どのキャラもCPも好きだったけれど梵天軸の現代が描かれてからは創作界隈は荒れたように思える。それはもちろんいい意味でだ。マイキーは白髪の病弱キャラになったし、ココは銀髪美人になったし、春千夜はイカレ野郎になったし、そこ鶴蝶もいたのは個人的に嬉しかった。
そして私は梵天軸で完全に灰谷兄弟に落ちた。
元々かっこいいとは思っていたし、半分ずつの刺青という要素も好きだった。竜胆が蘭に対して「兄ちゃん」と呼んだときはぶっちゃけ私の中の腐った部分が刺激された。そしていよいよ彼らが大人になって「あっ好き…(語彙力低下)」という具合になった。
だから当然、灰谷兄弟の妹ポジは旨いと思った。え?本当は恋人ポジの方がいいと思ってんだろ、だって?いいや、それはない。確かに私は夢も好んだが自己投影型の夢女ではないのだ。夢も腐も、読むときは第三者の神様視点で物語を見守るタイプ。だから寧ろ妹視点の方が都合が良かった。さぁ、それでは存分にこのCPを拝ませて頂こうではないか。どんとこい、灰谷兄弟。
だがしかし———
「この苺オマエにやるよ」
「え、いいよ…というかクリームが付いちゃ、」
「おい、オレもういらねぇからやる」
「モガッ?!」
灰谷家での生活も二週間経った。私はこの家の壁になる!と意気込んでいたのに何故か蘭と竜胆に構われる日々が続いていた。現に母が買ってきてくれたケーキを食べていたら竜胆が私の頬に苺を押し付けてくるし蘭には口の中にフォークを突っ込まれた。
「まぁみんな仲がいいわねぇ」
私達を見てにこにこ笑う両親の目は腐っているのだろうか。一見すれば仲良しだが見方を変えれば
「私はいいよ。お兄ちゃん達で食べて」
「あ、また間違えた」
「いだっ」
ペチリと蘭におでこを叩かれる。この辺りの暴力性は原作通りな気がしなくもないが、その後におでこを優しく摩られるのでもはや何がしたいか分からない。
「オレのことを兄ちゃんって呼んでいいのは竜胆だけなの」
「じゃあ、らんちゃん…?」
「せいかーい♡」
「オレは?オレは?」
「りんちゃん?」
「そう!」
ただ一つ言えることは確かにこの二人の兄弟仲は良いってことだ。現に私が『兄』と呼べば蘭は怒るし、竜胆のことも『兄』と呼んだら膨れっ面をされた。つまりはオレ達の仲に割り込んでくるなということなのだろう。だからといって自分たちの名前をちゃん付けで呼ばせる意図は分からない。
「この後は兄ちゃんと風呂入ろうなぁ」
「あっずるい!」
「えっと…私は大丈夫だかららんちゃんはりんちゃんと入ってあげて」
「アァ?」
「そうじゃねぇし!」
だからこそ、こちらが空気を読んで譲ってやれば何故かキレられる。だから何がしたいんだよ君たちは。その手の需要はリーチ兄弟で事足りてるから寄せて来なくていい。
というか灰谷兄弟って双子なん?これに関してはファンの中で様々な解釈がなされているが未だに謎である。かく言う私も一緒に住んではいるが学校は別のところに通っているためよく分からない。まぁ、ある日突然ねんどろいどのキャラ説明文で弟であると明かされたバレー双子の片割れもいるわけなので気長に待つとしよう。
◇
さて、この家での生活も大分慣れた。そして両親も私たち兄弟仲が上手くいっていると思ったらしく父親の転勤を機に二人で海外まで行ってしまった。普通、未成年者だけを残していなくなるっておかしいからな?でもだからこそ原作のカリスマ兄弟が生まれたとも考えられるので黙って見送った。
だがこれを機に彼ら私に過保護になった。
「迎えに来たぞ」
「……何でいるの?しかもバイクって」
小学校の校門を出たところで単車に乗った竜胆に出迎えられた。マジでやめて頂きたい。ほら、不審者だと思って刺又持った体育教師がこっちに走って来てるから。
「オマエこの前拉致られそうになったろ?だから念のため」
原作通り、灰谷兄弟は六本木で名を馳せ始めた。だからなのか、最近では妹である私が二人の弱みとして目を付けられる。しかし私に何かあれば二人がすぐに駆けつけてくれるので今のところ大事には至っていない。因みにその相手はどんちゃんも大満足のフルボッコだドン!にされる。
「ありがとう。でもさすがにバイクは…」
「センコー来るから早くしろ。ほらメット」
こんな日々が続きCP云々で浮かれるどころではなくなってしまった。奴らのせいで見ず知らずの不良にも絡まれるし友達もできやしない。あくまで神目線で灰谷兄弟を見ていたいのだからどうか私を巻き込まないでくれ。
「なんでコンビニ?」
「ちょっと待ってろ」
今日もこのまま家にドナドナされるのかと思っていれば竜胆がバイクを止めた。私は一人駐車場で待つ。それにしても小学生と単車の組み合わせってヤバいよね。マジでこの世界に警察って存在してるの?ナオトくん以外の警察関係者の顔が思い出せないわ。
「待たせたな。この新作が出てたから買ってきた」
そういや灰谷兄弟以外のキャラに会ってないなぁと考えていたところで竜胆が帰って来た。そして目の前に差し出されたのは私が最近好んで食べていたアイスである。カリスマと呼ばれるだけあって流行に敏感なのかこの兄弟たちはこぞって私に新しいものを与えてくれる。これは普通に嬉しい。だから私は年相応に顔をほころばせた。
「うん、好き!ありがとう!」
「ウッ…!」
あれから年月も経ったので例の可愛がりはなくなったのだが、何故だか最近では発作を起こされるようになった。しかも竜胆だけでなく蘭もよく起こす。いつだったか蘭が私の髪を自分と同じ様に三つ編みに結ってくれて、それが素直に嬉しかったから「らんちゃんとお揃いだ!」ってはしゃいだときには心臓抑えてぶっ倒れられた。
「りんちゃん大丈夫?」
「おう…」
「アイス食べる?私の食べかけだけど」
「食べかけ…もしかして間接キ……ウッ!」
「りんちゃん?!」
いつお前は栽○マンと死闘を繰り広げたんだ?ヤ○チャ並みに地面に倒れ込んだ竜胆を冷ややかな目で見下ろす。というか間接キスくらいで倒れるとか童貞かよ。いや、さすがにこの時は童貞か。だったらせめてケツの穴を(※自主規制
いつまでこんな生活が続くのだろうか。
私は無視してどうか二人でいちゃこらしてくれー…
◇
バイクでのお迎えは相変わらずだし、発作も度々起こされるので私の悩みは尽きない。でもやはり同じ家で過ごしていればそれなりに良いものを拝める機会もある。
「もー兄ちゃん自分で乾かせよ」
「めんどくせぇ」
お風呂から上がりリビングに行くとソファに座る蘭の髪を竜胆が立って乾かしていた。うむ。良きかな良きかな。これはスチルとして撮っておきたいレベルである。そうだよ、私が見たかったのはこういう画だよ。携帯すら手元にないのが悔やまれるわ。
「あっ戻ってきた。兄ちゃんいなくても一人で風呂入れたかぁ?」
せめて脳裏に焼き付けておくとばかりにかっぴらいていた目を元に戻す。中身はこんなでもさすがに二人に「コイツ気持ち悪いな」とは思われたくないので。
「入れるよ。子供扱いしないで」
「じゃあ兄ちゃんが髪乾かしてやるからこっち来な」
「だが断る」
しかし、言いたいことは割とはっきり言うようになった。こっちが拒否しなければマジで自分たちのペースで振り回してくるからな。まぁ言ったところで半分も聞き入れてはくれないが。
「竜胆」
「ハイハイ」
そして今日もそうだった。空気になって二人の姿を拝みたかったのに竜胆が私のことを捕まえにやってきた。すぐに逃げようとするも奴の反射神経に勝てるわけもなく蘭の元へと強制連行させられた。
「自分でやるから!」
「竜胆、コイツの髪先に乾かした方がよくね?」
「タオルドライしてからの方がいいと思う」
蘭の目の前の床に座らされタオルで髪を拭かれる。夢女ならこの展開も胸熱だが私はあくまで客観視したい派なのだ。マジで勘弁してくれ。しかもこの体勢じゃあお前らのことが見えないんだよ。
「らんちゃん、体の向き変えたい」
「どうせまた逃げるつもりだろ」
「逃げないよ。だってらんちゃんからは絶対逃げられないもん」
「よぉく分かってんじゃん」
髪を拭く手を止めてもらい体の向きを百八十度回転させる。視線を上げればそこには蘭が、そして蘭の髪を乾かす竜胆の顔が良く見えた。
はい、絶景。
いいか、春千夜。頂点から見下ろすだけが景色じゃないんだよ。下から仰ぎ見る景色もまた奥が深い。そもそもあの子のスカートの中が見たけりゃしゃがんで覗き込むしかないんだよ。その理論と同じだ。
「なに?随分とご機嫌じゃん」
蘭に頬っぺたを突かれる。そして蘭の髪を乾かし終わった竜胆もドライヤーを切り私を見た。
「だってここからだと、らんちゃんとりんちゃんの顔がよく見えるから」
いつもは髪型や服装に目がいきがちだけどオフスタイルで改めて見るとこの兄弟は本当によく似ている。二人の顔を見比べては差分を探すのが面白いわー…ってなんでいきなり真顔になるんだよ。さっきまでの笑顔はどこいった。
「じゃあ今日は兄ちゃんと一緒に寝ような」
「は?なんで?」
「また兄ちゃんばっかり!オレとでもいいだろ?」
「うん。じゃあ二人で寝たらいいんじゃないかな」
「竜胆じゃなくてオマエに言ってんだけど」
「だが断る」
「オレもオマエに言ってんだけど」
「だが断る」
「じゃあ三人で寝るか」
「だが断る!」
「あっそれいい!」
「だが断る!!」
相も変わらず私の声は届かない。…いや待てよ。一緒の布団に入れば二人仲良く眠る姿が見られるのでは?これこそ妹ポジでないと見られない世界。さぁ誘え私を兄弟愛の楽園へ——!!
「あっ兄ちゃんばっかずるい!オマエもそっち向くなよ!」
「コイツは竜胆よりオレの方がいいってさ。な?」
ふざけんな。何が楽しくてこの兄弟に挟まれて眠らなあかんのや。
目の前に横たわる蘭に頭をよすよすされ、後ろからは竜胆に抱き着かれ只々苦しい。ってか竜胆、関節技決めてない?絞まってるから。寝ているベッドが狭いというわけでもないのだからもう少し距離を取ってほしい。因みにいま私達は両親の寝室にいる。子供は置いて行ってもいいからこのクイーンベッドだけは持って行ってほしかったわ。
「苦しい…」
「おい竜胆放してやれよ」
「なんでオレばっかり!」
「りんちゃん放して」
「チッ」
拘束を緩めてもらいようやく自由を得られる。しかし状況自体は変わらない。ただ私はまだ諦めていなかった。この二人の横並びの寝顔をどうにかして見たい。
「ねぇりんちゃん。場所とっかえっこしよ」
「なんで?兄ちゃん嫌なの?」
「ア"?」
どこからかドスの効いた声が聞こえてきた気がしなくもないが完全無視して頭をフル回転させる。そこで一つの策を思いついた。但しそれは同時に自らの自尊心を傷つける行為でもあった。でもこんなところで諦めたくない。前世の年齢を忘れろ自分。私は羞恥をかなぐり捨て最も自分が可愛く見える角度で瞳を潤ませ竜胆を見た。
「だって私が端っこにいけば、らんちゃんとりんちゃんをぎゅってできるでしょ?」
オ"ッエーーー!!
うぇえぇぇぇ自分気持ちわるっ!私の中のGTGがうっかり顔を出してしまったではないか。しかし妹ポジという名の兄特攻の特殊技を使わない手はないのだ。まぁ反動ダメージは大きかったが…だがしかし、これが最適解のはず!!
「「うっ……!!」」
ん?これはどっちだ?あ○やに求めるのはキュートでもセクシーでもどちらでもいいけれど今の私は位置返しか求めていない。
「らんちゃん、りんちゃん?…グェッ」
前後から体が絞めつけられた。ちょ、マジでやめろ。本当に死ぬ。君らは自分達の力を甘く見過ぎてない?きっとこういう輩がゲーセンのワニ○ニパニックを壊すんだな。私の地元のワニは二匹頭部を破壊されてたわ。
「息できなっ…グェッ」
「兄ちゃんがぎゅってしてやるからな」
「オレもしてやるから安心して寝ろよ」
その夜は二人が『お兄ちゃん』をしてくれて私は安らかに眠りの世界へと誘われた。
いや、違くね?
◇
そんなこんなで私も小学五年生になった。
そして私は気付いてしまった。えっ今世めっちゃ美人やん。
ある意味、親ガチャSSRを引き当てた時から分かってはいたが蘭と竜胆の顔が良すぎたためすっかり失念していた。姿見に映った私は可愛いよりは美人系の見た目。年齢は足りていないが制服を身に纏えばどこそこ坂のアイドルのようだ。だからつい調子に乗って美容室ではそんな感じの髪型にしてもらったし服装も真似てみたよね。
「らんちゃん、りんちゃん!」
だから大変身してやった姿を見せようと二人の元へと向かった。この頃になると灰谷兄弟は六本木のカリスマ兄弟と呼ばれるようになっており家にいることも少なくなっていたので自分から会いに行った。
「ん?なんでオマエ…——」
「こんなところで珍し——」
顔を合わせるのは久しぶりだ。だからこそ私はこの兄弟が変貌を遂げた私を見てどのような反応をするのか想像ができていなかったのだ。
「髪型とか変え、グェッ」
タイムセールに駆け込む主婦並の勢いで突進してきた二人に捕まった。というかもはやダンプカーだ。そういえば前世の私もこんな感じで死んだんだっけ。嫌なことを思い出させるんじゃない。そうして目を回している隙に竜胆が着ていたジャケットを私に羽織らせた。
「なっ何事?!」
「着ろ。顔を隠せ肌を見せるな」
「そんな無茶な…」
「とりあえずスカートの丈は伸ばせ」
「らんちゃんはいつからオカンになったの?」
「明日からはこの眼鏡かけろよな」
「りんちゃんが渡してきた瓶底眼鏡は場地さんの特権だから嫌かな」
「は?場地って誰?」
「友達は虎か猫かで荒れてたけど私はトリオで愛してた」
「オレと兄ちゃん以外に愛してるって言うなよ」
「二人にも言ったことないよ」
「いつも寝る前に言ってんじゃねぇか」
「朝一で愛してるっつうよなぁ?」
「あれ?もしかして存在しない記憶を植え付けられてる…?」
この人達はおクスリやってないよね?妄言だが狂言だか分からない会話は聞き流すに限る。最終的に「明日からは一日三回は愛してるって言えよ?」と謎の圧力をかけられたがこちらも不屈の精神で「だが断る」と言い切った。
前世も今世も腐ってはいるものの私だって恋がしたい。それにこの見た目なら絶対にモテるよね。よーし、これからは男どもを掌の上で転がしちゃうぞっ!
「なんでいるの…?」
初彼氏との初デート。気合を入れて待ち合わせ場所に向かえば灰谷兄弟が私の彼氏をころころ(※グロ)してました。
「おー遅かったなぁ」
竜胆に声を掛けられ慌てて三人の元へ向かう。蘭も私に気付いたのか汚れた警棒を彼氏(だった肉の塊)の服で拭いて立ち上がった。
「え、は?いやなんでいるの?っていうかこの状況は…」
「害虫駆除♡」
「私の彼氏なんだけど!」
「なら害虫だろ」
全く悪びれもせず平然と話す二人。今までは私だけが我慢していれば丸く収まっていたが周囲の人間にまで危害を加えるようになってしまった。これはさすがにマズい。
「じゃあ行くか」
「どこに?」
「決まってんだろ。オレと兄ちゃんとオマエでデート」
「なんで?!」
「そのために来たんだろ?」
「その相手が今まさにらんちゃんの下にいるんだけど!」
「は?何言ってんの?ここにオレら以外の人間いる?」
こっわ。
結局、強制連行させられ三人で出掛ける羽目になった。このままでは将来的に私の自由はなくなるであろう。…というか今まで私はただの妹キャラとしてこの世に生を受けたと思ったがもしや溺愛キャラとして存在しているのでは?灰谷兄弟はてっきりブラコンかと思いきや、もしやシスコンであった可能性も…今までの言動を振り返ってしまえば私の中ですぐに答えは出た。
逃げよう。
◇
逃げることについてはすでに私の中でプランが出来上がっている。
そしてついにその時は来た。灰谷兄弟の年少入りである。
二人がいなくなった今がチャンスだ。この隙に私は海外で生活している両親の元まで飛んでいった。そしてそのまま私は留学という名で長いこと海外に居座った。
さて、月日の流れは早いもので日本を離れて十年あまりが経過した。
私は現在、海外で順風満帆な日々を過ごしている。
中学、高校は日本人学校に通い、その後は現地の大学を卒業した。そしてそこで身に付けた語学を生かし今は翻訳家をしている。でもそれだけではまだ食べていくことも難しいので観光客向けに通訳の仕事なんかもしていた。
「あっDM届いてる!日本人からだ」
フリーで働いているので通訳の仕事はSNSで募集をかけたりしている。この時、容姿が良いことが大変役に立った。時折、自撮りを上げればそれがバズり依頼も増える。人を見た目で判断するなというけれど結局人は見た目が100%だったわ。
DMを確認すれば確かに通訳の仕事だが日本に来て一ヵ月ほど専属で働いて欲しいというものだった。うーん…日本かぁ……
蘭と竜胆から逃げる為に海外まで来たわけだがあれ以来ずっと会ってもいないし連絡も取っていなかった。親伝手に年少を出たことは聞いたがその後どうしているかは不明である。
「どうしよっかなぁ……って二百万も貰えるの?!」
下にスクロールしていき、最後に記載された報酬額を見て目を疑った。しかも宿を含めた滞在費や交通費も全額向こう持ちらしい。もしや危ない仕事なのか…?でも私はその金額に目が眩んで仕事を受けることにした。
あれから時間も経ってるしあの兄弟も私のことなんて忘れてるでしょ。だから例え場所が東京の六本木だとしても私がSNSで顔出しの自撮りを上げていてもアカウント名が本名でもプロフに年齢と経歴を書いていたとしても今さら探し出してまで会おうとしないって!
この考えが破滅へのフラグでした。
「お姉さん一人?」
せっかくだから、と私は早めに日本へと帰国した。十年も経てば随分と様変わりしていたが私としてはようやく記憶に追いついたって感じ。でもやはり故郷というのは懐かしくもあり街をぶらつき観光なんかもして、ちょうど夕飯を食べに店に入った時だった。
「そうですよ」
カウンターに座っていれば一人の男に声を掛けられた。まだ時差ぼけから抜け出せていない私が食事を取ろうと選んだ場所はバーだった。だって深夜にお一人様で入れる店ってこのくらいしか思い付かなかったから。
「隣いい?今夜はアンタを口説きたい気分なんだけど」
ワオ!愛なんて知らないひとりぼっちの
「へぇ。仕事で日本に帰って来たんだ」
「はい。もう十年ぶりくらいですね」
「なんで今まで帰ってこなかったんだ?」
「あー…ちょっと兄達から逃げていて」
お酒も入り、すっかりほろ酔い気分の私はべらべらと身の上話をしてしまった。今思えばこの人の雰囲気にどこか懐かしさを覚えていたのかもしれない。
「まぁ向こうも私の事なんて忘れてると思いますけどね」
「は?オレは一分一秒たりともオマエを忘れたことねぇけど」
その“懐かしさ”がどこから来るものなのか、それに気付いたときにはすでに遅かった。
やべぇ!!
「なに?もう帰っちゃうの?」
立ち上がろうとした瞬間、肩に重みを感じ椅子へと強制的に座らされる。突然の出来事にどこぞのマサラ人と間違えて電気ネズミが乗って来たのかと思った。あいつ地味に六キロもあるからな。
だがしかし、どう考えたってそんな可愛いモンスターはここにはいない。油の切れたブリキ人形の如く首だけで振り返れば案の定、奴がいた。
「久しぶり♡」
あの日見た花達の名前を私は一生知りたくなかった。
なんでお前らがいるんだよぉぉおお!!
ここだって私が偶然入った店で…って違ったわ。仕事を依頼してくれた人がおすすめのバーですよって教えてくれたから来たんだった。ん?待てよ、ということは———
「写真よりやっぱ実物の方が美人だよな」
「あっオレもそう思った」
依頼主はお前らか!ほんとバカだわ私!もっと早く気付くべきだった!
今すぐ走って逃げたいが竜胆が私の手を掴んで離さないし、蘭は蘭で私の腰に腕を回していた。そして先ほどまでいたバーテンダーも客もいなくなっている。おそらくここは梵天所有の店なのだろう。
「仕事の依頼はキャンセルでお願いします!」
「んなことできるかよ」
「久しぶりに会ったのに冷てぇな」
十年以上、連絡を遮断していたのもあって今捕まったら何されるか分かったもんじゃない。
「私帰る!」
「ならオレらと同じ家だろ」
「いや、違うから!らんちゃん手離して!」
「引っ越しはしたけどオマエの部屋も用意してあるから安心しろよ」
「りんちゃんもそういう問題じゃないの!」
「まだ反抗期か?オマエは兄ちゃんたちがいないとダメだからなぁ」
「違う!」
嫌よ嫌よも好きのうちってか?ごめんなさい。本当に無理です。だって君らが私に向けてる感情が重すぎるもの。私だってもういい大人だ。そろそろ妹離れをしてほしい。それにそもそも——
「私たち血は繋がってないじゃない!!」
彼らは『灰谷兄弟』であり、『灰谷三兄妹』ではないのだ。
原作が進行している間、私は海外にいて彼らとは関りを持たなかった。ここが梵天軸の世界として今後どのように進展していくかは分からないが原作キャラでもない私は関わるべきではないだろう。
「本当の妹でもないんだからもう構わないで。それに私は一人でも生きていけるんだから!」
こちらとら人生二週目なんだよ。今の年齢の倍は生きているのだ。だから二人の顔を見てはっきりと言ってやる。もうこれで私の気持ちは分かってくれたはず。
「確かにオレらとオマエに血の繋がりはねぇ」
竜胆が静かに言った。そうだ、それでいい。あとは蘭が納得してくれればそれで終わりだ。
「親が違うしな。でも、そもそもオレらは一度だってオマエを妹として見ちゃいねぇよ」
「は?」
私と同じ意味のことを言っているはずなのに、どうしてその瞳の奥は濁っているのだろう。
「よし、じゃあ帰るか。竜胆は荷物持て」
「りょーかい」
「ちょっと!私は行くなんて一言も…モガッ?!」
言い切る前に蘭に口を塞がれる。
そして一度顔を見合わせた二人は同じ表情で私に言った。
「「だが断る」」
それ私のセリフだから!!