ちっこい猫を構ってたらおっきい猫に襲われた

今まで動物は普通に好きなくらいだったけれど、彼との出会いで私は変わった。


「ペケJは今日も可愛い!!」

真っ黒な毛並みに金色の瞳。尻尾を揺らし外の景色を眺めていた彼を見て歓喜の声を上げた。そんな私にも最早見慣れたのか、くわっと欠伸を一つして彼はトコトコ歩いてくる。
近寄ってきてくれたことは初めてで、おっかなびっくり手を差し出してみる。そしたらするりと顎を乗せてくれた。

「千冬、ちょっと見て!ペケJが私のところに来てくれた!!」
「ハイハイ。分かったって」

私が叫べば千冬はお盆片手に部屋に戻ってきた。二つのグラスには麦茶が入れられ、私が持ってきたクッキーもお皿に出されている。しかし、私はその視線もすぐにペケJへと戻し顎を撫でまわす仕事へと精を出した。

「可愛いすぎる……ねぇ写真撮ってよ」
「それ撮ってどうすんだよ」

彼氏である千冬の家に訪れたのは今日で五回目である。彼が飼っている黒猫のペケJには初めこそ警戒されたが回数を重ねる毎に仲良くなっていった。
そうして今では猫特有の気紛れさに、しかし時折みせる甘え仕草にすっかり虜となっている。

「待受にする」
「くだらねぇ」

ガチャンとやや乱暴に机の上に盆が置かれた。
ペケJがびっくりするでしょ、と怒れば「猫はこんなんでビビらねぇよ」と一蹴される。そんな千冬をジトリと睨めば気不味そうにクッキーを口に放り込んでいた。

「ん!これ美味いわ」
「本当?前はチョコだったから今回は抹茶に挑戦してみたの」

しかしその表情もすぐに笑顔へと変わっていた。
猫は気まぐれであるが、千冬も大概そんな きらい、、、があると思う。だからなのかどことなく猫っぽい。まぁ千冬が猫であるペケJに似たのか、それともペケJが千冬に似たかは分からないけれど。

「ニャア」
「いやお前は食えねぇって」

ご主人が美味しそうに食べていたのが気になったのだろうか。ペケJは私の手を離れて千冬の方へと歩いて行った。前脚で千冬の膝をカリカリ撫でてアピールしている。可愛すぎる。

「あっそういえばペケJ用にもクッキー作ってきたんだった。あげてもいい?」

私はバックの中から透明な袋に入れてきたクッキーを取り出した。白色のそれはすりおろしたにんじんと、煮干パウダーで作った物である。猫が食べても大丈夫なものを調べて作ったのだ。

「別にいいけど……」
「やった!ペケJおいで〜」

クッキーを掌に出して呼んでみる。ペケJは不思議に思いながらもまたこちらへトコトコと歩いて来てクッキーを見つめた。
ドキドキしながら見守っているとペロッと舐め味を確かめられる。そのまま食べて食べてと祈っていると二、三度舐めてからパクリと口に入れてくれた。

「食べた!食べたよ千冬!」

その後も様子を見ていたら吐き出すことなく飲み込んでくれた。ペロリと口周り舐め満足そうな顔をしている。嬉しくなって頭を撫でてやるとそのまま擦り寄ってきた。今日はデレが多過ぎてこちらもいつも以上に顔がにやけてしまう。

「ねぇ次こそ写真撮ってよ!」

もう一個、猫用クッキーを取り出すとペケJは私の手元に視線を移した。この様子だと二つ目も食べてくれそうである。

「オマエはこっちのクッキー食わねぇの」

さっきから何度も写真をお願いしてるのに千冬にはことごとく無視される。現に今だって椅子の上で立膝をし、そこでボリボリとクッキーを食べていた。

「私はいいよ」
「何でだよ」
「それよりも今はペケJ」

千冬が無視するなら私だってそれなりの対応を取ってやる。そう思いそっけない返事をした。私にはペケJがいるからいいもんね。
目の前のに視線を戻せばお行儀よくお座りして私を見ていた。ペケJは“待て”もできてえらいね〜なんてわざとらしく大声で言ってやる。そうしてクッキーを与えてやれば今度は舐めることなく直ぐに口に入れて食べてくれた。嬉しい。

「ちーふーゆー」
「チッ」

次こそ写真だと思いもう一度不機嫌な方の彼を呼ぶ。
千冬が立ち上がったのでようやく写真を撮ってくれる気になったのかと思い携帯を差し出す。しかしその手は無視され、さらに距離が詰められた。

「え……むぐっ?!」
「オマエも食えっての」

当然の如く私の頼みは無視され、そのまま口にクッキーを突っ込まれた。びっくりして口から出そうになるも、唇に親指を押し当てられたので飲み込むしかない。じっと見つめてくる彼に抗議することもできず数秒かけて噛み砕き何とか胃に収めた。

「美味いだろ」
「まぁ美味しかったけど…」
「じゃあもう一つ食わせてやる」
「いや、もういいって」

断ったのにもう一つ口元にクッキーが運ばれる。そっちは千冬の為に作ってきたんだから全部食べてくれていいのに。というか今日ずっと不機嫌じゃない?ご機嫌なペケJとは正反対だ。

「なんか今日の千冬変じゃない?」
「別にいつも通りだろ」
「機嫌悪いじゃん」
「うるさい」
「だからクッキーはもういい……あっ」

にゃあっ!という声と共に黒い影が私達の間に現れる。
千冬が私に食べさせようとしたクッキー、それをペケJが奪い取ったのだ。あれには砂糖や卵なども含まれている。猫が食べてはいけないと思い、私は慌ててペケJを捕まえた。

「それは食べちゃダメ!」
「ペケJ貸して」

千冬が私の腕の中からペケJを抱き上げてクッキーを吐かせた。歯形はついていたが食べはしなかったらしい。それに安心していたら千冬はそのままペケJを部屋の外へと放り出してしまった。

「えっなんで?」

そして部屋の戸を閉められる。
こちらに振り返った千冬はいよいよ不機嫌な顔をしていて私は僅かに肩を震わせた。

「オマエさぁ」
「ご、ごめん…人間の物食べさせちゃって……」

ペケJが甘えてくれるからつい調子に乗ってしまった。
もう一度謝ってみるが千冬の機嫌はまだ悪い。
ゆっくりと歩いてきた彼は私の目の前にしゃがんでぴったりと視線を合わせた。

「最近アイツに構いすぎじゃね?」
「え?」

思っていた言葉とは違うものが投げかけられフリーズする。
馬鹿みたいにぽかんと口を開けて固まっていたら、顔を近づけられた。その真っ直ぐな蒼の瞳に吸い込まれそうになる。
そしてその時、私は今日初めて千冬の顔をまともに見たことに気が付いた。

「オレの家に来てもペケJしか見てねぇし」

千冬が前のめりになったので座ったまま後退する。

「クッキーだって猫用ついでにオレの分作ったんだろ」

四つん這いになった彼はそのまま私との距離を詰める。

「待受だってオレとのツーショなのに変えようとしやがって」

視線は逸らせぬまま追いつめられるように私は後ろへと下がっていく。

「なぁ、」

トン——と背中に硬いものが当たり、ついに逃げられなくなった。
視界の端にチェックの布団カバーが見え、ベッドにぶつかったのだと理解する。

「オレとペケJ、どっちが好きなの?」

千冬の手が伸びてきて私の髪を撫でる。そしてそれが頬に移り優しく撫でられた。
私が猫になったみたい、と思っていたらその手は顎へと移動する。しかし、猫が喜ぶようにごろごろ擦られるわけでもなくそのまま上へと持ち上げられた。

「彼氏のオレと猫のペケJ、どっちが好きなの?」

上を向かされ、視界が千冬で埋め尽くされた。

「ち、千冬です」
「だよな」

ようやく表情を緩めてくれたことに安心していれば顔が近付けられキスされた。
唇が離れていったと思ったらまた近付けられ、ちゅっちゅっと小さなリップ音と共に何度も繰り返された。

「え、あ…」

どう応えていいのか分からず目を瞑って行為を受け入れていれば、脇の下に手を入れられて猫のように持ち上げられた。そしてそのまま布団の上へと寝かされる。
ベッドが軋み、目の前が薄暗くなる。頭の両脇を囲うように手が置かれ逃げ場がなくなったことを悟った。

「ちょっと、待って、…」
「こっちはオマエを部屋に招いてから四回もお預けさせられてんだよ」

千冬を猫みたいと言ったのはどこのどいつだっけ。

「ちふ、ゆ」
「悪いけど、オレは“待て”とかできないから」


私の彼氏はそんな可愛い生き物じゃない。

そう気付いたときには、ぱっくりと食べられていた。