推しの許嫁になれたけど正ヒロイン()が現れたので婚約解消を申し出た
誰しもが自分の人生の主人公——そんなのただの綺麗ごとだ。そりゃあ両親が可愛がってくれた小学校低学年くらいまではこの世の中心が自分と疑わなかったけれど、徐々に周りが見えてくれば社会での自分の立ち位置も見えてくる。
テストの点数がいい子が学級委員長に。面白いことを言える子がクラスの中心に。
カリスマ性のある人に皆が付いていき、人付き合いが苦手な人間が裏方に回る。
それが世の理であり年を重ねるにつれ自分のキャラにあったポジションに収まるのだ。確かに自分の人生の主導権こそあれど主人公≠ニ言い切るのは些か高慢なのではないだろうか。
そう考えたら現実に主人公≠ネんていないのかもしれない。
でもさぁ…こうも全てのステータスが高いと「私が主人公!」って言いきっても過言ではないと思うんだよね。
「おい、見ろよ!ミョウジさんがいるぜ!」
「ほんとだ!さすが白宝の女神…!朝から心洗われるわぁ」
「ナマエさまは本っ当に美しいわ!」
「それだけじゃなくて成績優秀で皆にも優しくて非の打ちどころがないお方よね」
朝、校門をくぐれば遠巻きに学生たちの会話が聞こえてくる。その内容ににやけそうになるも完璧な私≠演じたい私はぐっと我慢する。そんな私に「ナマエさまおはようございます!」と声を掛けてきた男子生徒が一人。それに対して私は完璧な笑みを作ってから振り返った。
「おはようございます、高橋さん」
「な、なぜ俺の名前を…!?」
「この前、絵画コンクールで賞を取っていたでしょう?あの絵とても素敵でした」
「俺の顔と名前を一致させただけでなくあんな小さな賞のコトまで知ってくださるなんて…!」
「それと私の名前に『さま』は付けなくて結構ですよ。同じ高校に通う学友ではありませんか」
「なんて慈悲深い方なんだ…!一生着いていきますナマエ聖下!」
なんか様付けよりも位が上がったな。そして彼もまた私の信者になってしまったか……まぁしょうがない。これも持って生まれた者の宿命なのだから。
その場に溶けた信者その一〇八(※高橋だったもの)は近くにいた友人らに回収され校舎へと消えていった。
「おはようナマエ」
皆が皆、私に好意の目を向け恭しく接する中、凛とした声がその場に響く。もうすでに何度も名前を呼ばれてはいるがいつまで経ってもこの感覚には慣れない。だってまさか推しに自分の名前を呼ばれる日が来るとは思わないじゃん!
「おはよう、玲王!」
「今日は髪の毛まとめてんだな」
「うん。少し暖かくなってきたからイメチェンしようかと思って」
「めっちゃ可愛い、似合ってるぜ」
はぁ〜〜〜!!もう好き!はい好き!全部好き!!!
可愛いも綺麗も親の声より聴いた単語だがやはり推しからの破壊力は半端ない。
「玲王さまとナマエさまは相変わらずお似合いね!」
「あれ?あんた玲王さまのこと『好き!結婚したい!』って言ってなかったっけ?」
「確かに言ったけど親公認のカップルに勝てるわけないでしょ」
「あー許嫁だっけ?ほんとラブストーリーの主人公みたいな二人よね」
みたいな、じゃなくて事実そうなの。
このお話はヒロインの私と私の王子様である御影玲王が結婚するまでの物語なんだから。
◇
昔から漫画やアニメ、特にゲームが好きだった。
中流家庭の家に生まれ、身長も服のサイズも平均値。勉強も努力して中の上と言ったところで新体力テストの結果も驚くほどに平均ぴったり。自分を現す四字熟語は何かと聞かれれば『平々凡々』と秒で答えられるほどの普通の人間だった。
そんな私だけどゲームの中でなら主人公になれた。魔王を倒す勇者にも、チャンピオンを目指すポケモントレーナーにも、唯一無二の力を持つお姫様にも、出会う男を次々と惚れさす学園のマドンナにも、人外種に溺愛される没落令嬢にも…——え?後半はジャンルが偏りすぎてるって?最終的にハマったのが乙女ゲーだったんだ、許せ。
「ねぇ今めっちゃ面白い作品があるんだけど読んでみない?」
今日も今日とて画面越しのイケメンに恋をして数多の男を指先一つで狂わせてきた私に、友人がまたも漫画を布教してきた。
彼女は私のような乙女ゲーム作品ではなくアニメや漫画作品の男相手に恋をするようなタイプだった。とても想像力(※妄想力、夢女力とも言う)が豊かな子だったから彼女にとっては決められたルートを辿るゲームよりはそちらの方が性になっていたのだろう。
「またジャンプ作品?」
「ううん、今回はマガジン!」
初恋は土井先生であり、そこから緋の眼の彼と共にハンターになり、最強夢主からの零番隊の存在で心を折られ、真選組一番隊隊長の姉の存在に心を病み、祓魔塾生となり悪魔の塾長とお近づきになるために奮闘し、音駒のマネージャーになったかと思えばヒーローになるため雄英に入学したり——と様々な経験をしてきた彼女が勧める面白い作品とは。
「青い監獄=H」
「ブルーロックって作品なんだけどね、ものすごく面白いからぜひ読んでほしい!」
これまでにも彼女に作品を布教されたことはあった。それらは全て読んだし純粋に面白いと思った。でも彼女と同じくらいの熱量にまでハマることはできなかった。それはやはり私に刺さるキャラがいなかったからだろう。私はそれこそ王道中の王道である優男に惚れがちであったが特に少年誌作品にそんなキャラはいない。いたとしても裏表が合ったり敵キャラであったりと最後の一歩が踏み込めなかったりした。
「いるじゃん!王子様が…!!」
しかし数巻読んだ私は今までの考えを一新した。少年誌にも王子様いるじゃん!!
惚れた相手は御影玲王。総資産七千億円越えの御影コーポレーションの御曹司であり容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能という高スペック。しかしそれを鼻にかけることもなく気さくでコミュニケーション能力にも長けている。しかし何でも手に入り何にでもなれた彼が高校一年の夏、プロサッカー選手になる決意をする。
「ねぇやばい。好きな人ができた」
「推しではなく好きな人って言うあたりガチだね」
確かに彼はサッカーセンスも持ち合わせていたがそれでも越えられない壁があった。一次セレクションでの負けに二次セレクションでの友との別れ。その涙と執着が私の心に更なるクソデカ感情を植え付け気づいたら深い沼に沈んでいた。
「この手の作品にハマったの初めてだから知らなかったけど色んなところからグッズ出てるんだね?!」
「そうだよ。あとコラボとかも豊富でさーってことで今週カラオケ行かない?」
「い゛く゛!!」
季節によるグッズ展開やコラボカフェはもちろんのこと、カラオケに回転ずし、餃子屋や眼鏡店とのコラボまでブルーロックは至る所で書き下ろしの新ビジュを発表していた。それが更なる後押しとなり私の部屋は紫一色になったし痛バも三つは作った。
「初めてのブリーチということですが色は何色になさいますか?」
「紫で!」
そして髪もついに玲王カラーに染めた。御影玲王の概念コーデをするにはやはりこの髪色は必須だと思ったからだ。
初めてのブリーチだったから真紫とまでにはならなかったが個人的には満足な仕上がりとなった。これで来週のエピ凪の上映にも堂々と参列できるであろう。前売り十枚買ったけどこれで足りるか——
キキィィィ…——!!
「は?」
ドン、と鈍い音がしたと思ったら全身の感覚がなくなって視界にはドローンの空中映像のようなものが映っていた。どうやら信号待ちをしていた私のところに乗用車が突っ込んだらしい。
「誰か救急車!」
「いや、もうダメだろ……」
うわっ私の人生ってこんなにもあっけなく終わるんだ。どうせこの事故だって明日の朝のニュースで取り上げられる程度ですぐに世間から忘れられるんだろうな。まぁしょうがないか。この世界において私はせいぜいモブキャラみたいなもんだし。それなら来世ではもう少しいい人生を送ってみたいなぁ。
——と思っていたら超絶ハイスペックキャラとして転生してました。
「じぃや、明日着ていく服なんだけどこっちとこっち、どっちがいいと思う?」
両親は私立大学とその附属病院を経営する家系であり私はそこの三人兄妹の長女として生まれた。遅くにできた娘とあり、それはもう言葉通り蝶よ花よと散々可愛がられて育てられた。
「そうですねぇどちらもお嬢さまにとてもよくお似合いかとは思いますが、ここは夏らしくブルーホワイトのワンピースの方が季節感を感じられてよろしいかと」
しかしそれでも私が我儘娘に育たなかったのは前世からの記憶を受け継いでいたからだろう。好待遇のこの状況に記憶持ちの私は「もしや悪役令嬢として生まれ変わった?!」と思いバッドエンド回避のため謙虚に生きようと決意したのだ。
「確かにそうね。さすがじぃやだわ、いつも良いアドバイスをありがとう」
「このじぃやに対し実に勿体なきお言葉。ナマエお嬢さまのお役に立てて何よりでございます」
忙しい両親に変わり生まれた時からずっと私の面倒を見てくれているじぃやにも感謝の言葉を欠かさない。他にも言葉遣いや礼儀作法、学業、お稽古事にも励み結果を出した。これに関しては今世の頭がかなりいいのか二、三回繰り返すだけでスッと身に付きそこまでの苦労はなかった。
「玲王さまのお誕生日を祝うのも今年で十回目になりますか」
移動中の車内にて運転をしているじぃやがぽつりと言った。今日、八月十二日は玲王の誕生日である。前世ではこの日にパーティールームを借りて特性のケーキとシャンパンタワーでお祝いをしていたが同じ世界線にいる今では本人に直接会って毎年プレゼントを渡している。
「そうね。父と一緒に行ったパーティーで出会ってからになるからもう十年になるわね」
初めこそ「どの乙ゲーに転生したんだ?!」と思っていたがそうではないと気づいたのは六歳のとき。各界の著名人が集まるパーティーにて御影玲王と出会った瞬間、ここがブル―ロックの世界であると確信した。
「ホッホッホッあの時お嬢さまがいきなり倒れられたのでじぃやも旦那さまも大変驚きました」
そして前世のガチ恋相手を目の当たりにした瞬間、私はひっくり返った。幼少期の玲王のビジュアルは知っていたが実物はそれ以上の可愛さとあどけなさがあり尊すぎて失神した。そしてまだこの頃はおねしょしてたんだなぁと下世話なことを思い出しては自らの加虐心をくすぐりひとりに悶えてた。
「もう!その話はしないでよ!」
「失礼いたしました。しかしそれがあって玲王さまとの交流が生まれたのですから不思議な運命を感じます」
後日、自分に非があったのではないかと玲王がわざわざ私のところへ会いに来てくれたのだ。元よりうちの父と玲王の父は顔見知り程度であったがこの出来事を機に意気投合し友人へ。そして彼らは酒を酌み交わしながら冗談半分でこう言ったのだ。
『ウチの娘もキミの息子になら任せられる!』
『キミの娘こそ我が息子のフィアンセに相応しい!』
精々酔っ払いどもの口約束。母親二人は呆れていたし父が『お前たちは今日から許嫁な!』という言葉にもほぅっておきなさいと散々言われた。でも私は、しめた!!って思った。親公認のカップルなんて最高じゃん。そしてゆくゆくは御影ナマエ……これで真の御影玲王の女になれる!!
「そうね。あっ私が本当に御影家に嫁いでもじぃやは付いてきてね、絶対よ」
「随分と気の早い話ですなぁ」
「じぃや知ってる?日本では十八歳で結婚ができるのよ」
「ええ。このじぃや、残りの生涯をお嬢さまに捧げる覚悟にございますのでどこまでも付いていきます」
そんな話をしていれば車は目的地へと到着した。玲王の誕生日を祝うため私が最高のお祝いプランを用意したのだ。親同士の約束があれど玲王に好きになってもらわないことには先がない。
「足元にお気を付けくださいませ、ナマエお嬢さま」
「ありがとう。そうだじぃや、例の話は進めてくれてる?」
「はい、抜かりなく。しかし旦那さまとお兄さま方にはまだお話しておりません」
「あの人たちへは私から言うから大丈夫。引き続きよろしくね」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
でも私には絶対の自信があった。だってこの物語のヒロインは私だもの。
ヒロインの行きつく際はハッピーエンドって決まってるんだから。
「今日は……つーか毎年ありがとな」
「私こそ毎年玲王の誕生日を祝わせてくれてありがとう」
無事に今年の誕生日イベントを終え今は東京タワーのメインデッキにいる。いやスカイツリーじゃないんかい!っと突っ込みたくなったが玲王たっての希望だったので着いてきた。ただやはり今はスカイツリーの方が人気なのか人は少なく窓の外から見える夜景だけが目の前に広がっていた。
「ほんとお前って謙虚ってゆーか律儀だよなぁ」
「そう?というか玲王が何したら驚いてくれるかなぁとか喜んでくれるかなって考えるのが好きなんだよね」
「そっか」
照れくさそうに笑う玲王に、ついに私に落ちたか?!と食い気味に迫りそうになるがお嬢さま≠フ私はそれをぐっと堪える。すると玲王は一度まつ毛を伏せてからスッとガラス窓の外へと目を向けた。
「実はさ、俺やりたいコトができたんだ」
何の脈絡もなく切り出された言葉。でも私には玲王が言わんとしていることがわかった。
「なに?」
「サッカーで頂点を目指したい」
今年の夏に行われたサッカーワールドカップ決勝——この試合こそが玲王の人生のターニングポイントでありエゴイストとしての御影玲王の始まり。
「玲王はサッカー選手になるの?」
「ああ。でもただのサッカー選手じゃねぇ、W杯で金杯を勝ち取るストライカーになりたい」
すべてにおいて恵まれていて大抵のモノは労せず手に入れることのできた玲王がようやく自分から欲しいと思えるモノを見つけた。世界が熱狂する勝利と栄光の、唯一無二の金杯。
「……ってこんな話、急に聞かされても困る——」
「いいと思う!私は玲王のこと応援するよ!!」
「お、おお……」
ついにきた!これ前日譚の小説でやったところだ!!私としてもこの日のためにじぃやに動いてもらい念入りな準備をしてきた。だって乙ゲー風に言うならこれは好感度上げのビッグイベントなんだから。
「玲王のことだからW杯優勝までのプランも考えてあるのかしら?」
当然ながら玲王の両親はこのことに猛反対している。だからこそ私だけは絶対的な玲王の味方でいることで好感度がアホみたいに稼げるってわけ。「俺を支えてくれるのはやっぱりナマエだけだよな」と思わせることで将来的に支え合う夫婦像を玲王の中に植え付ける。そしたらもう結婚確定。
「おう。まずは身体づくりのために栄養士とかフィジカルコーチを用意して一流のやってるコトをマネしていこうかと」
「なら医療技術者と栄養士は私の方で手配させてくれない?玲王が望むなら明日にでも向かわせるわ」
そして私は一ミリも隙を見せない。玲王が考えた『御影レオW杯優勝計画』のメンバーに女性スタッフもいる。作中で美女ナース≠ニいう単語を見た瞬間、発狂した前世の私はいた。少しでも私たちの障害になりそうな敵は先に潰しておく。
「マジで応援してくれんの?」
「当り前じゃない!だって私たちは将来を約束した仲でしょう?」
「そう、だったな……ありがとなナマエ」
玲王の大きな瞳が僅かに潤む。あーもー抱きしめてあげたいっ!と思いつつもこの場ではあまりにもはしたなすぎるので我慢。しかしこれで準備は整った。これからはこの私がヒロインらしく健気で献身的に支えてあげるからね。
◇
『御影レオW杯優勝計画』は原作通りに滞りなく進んでいった。そして私と玲王との関係性も上々。さすがに毎日付きっきりでいることはできなかったけれど週末は玲王のトレーニングを見学させてもらったりもした。その日の成果やこれからの課題を話す玲王は生き生きとしていて私も俄然応援に熱が入った。
そして私は私でこの間に白宝サッカー部を少しは使えるようにできないかと考えた。しかしそこにテコ入れするのも玲王自身の成長に繋がると気づき下手に手を出さないことにした。
季節は巡り春、私たちは高校二年生になった——
「おはようナマエちゃん!クラス分けの表もう見た?」
「おはよう。ううん、今から見に行くところ」
「じゃあ一緒に行こ!」
新学期と言えばクラス分け。一年のときは玲王と別のクラスになってしまったが二年ではぜひとも同じクラスになりたい。玲王がサッカーに取り組み始めてからは会える機会も減っていたのでせめて学校の中くらいではそばにいたい。あと同じ空気を吸いたい。
「えーっと私の名前はー……あった!ナマエちゃんと同じクラスだ!」
「本当ね。また一年よろしくね」
「うん!他に知ってる子いるかな?」
自分のクラスの枠の中で御影玲王の名前を血眼になって探しているとある四文字の名前が目に留まった。……うそでしょ。なんでよりによってこっちなのよ。
「凪誠士郎……!」
「ナマエちゃんどうかした?」
「えっ?……いいえ、なんでもないわ。ここにずっといるのも邪魔になるしそろそろ行きましょ」
「そうだよね。教室行こっか」
友人と共に二年の教室へと足を向ける。しかし彼女と談笑する中でも私の腹の底は凪誠士郎への嫉妬心で煮えくり返っていた。
御影玲王を語るうえで凪誠士郎という人物は超重要人物であろう。それはまた逆も然り。
玲王が見つけた才能の原石であり紛うことなき天才。そして玲王から友達でも相棒でもなく宝物≠ニいう唯一無二の称号をもらった男。御影玲王ガチ恋勢の私からしたらとにかくこの男の存在が憎くて仕方がなかった。
もちろんキャラクターとしては魅力があると思うし彼の成長を見るのは青い監獄<tァンとしては面白い。でも、だ。玲王との辛みが多すぎて私としては気が気じゃない。本編は言わずもがな、出されるグッズも大抵が玲王と凪で対になってるきた。
アクスタのポーズも二人を並べると寄りかかっているように見えたり衣装も似たデザインや一部が色違いであったりする。終いには玲王の誕生花がクロユリな件に関して。その花言葉が呪い∞復習∞愛≠ニ知った瞬間、「凪誠士郎のことじゃねぇか!」と盛大なツッコミを入れたのは私だけではないはずだ。
そして厄介なことにこの二人の矢印が、玲王→→(∞) →→ ←←凪であることだ。玲王の方が凪への依存が高すぎてこちらが割って入るには非常に難しい。
このどこにもぶつけられない思いを青い監獄≠勧めてくれた友人に話したところ「分かる。私の推しも出会うすべての人間に激重感情向けられるから……」と一緒に涙を流してくれた。彼女の推しは潔世一だった。
しかし今世で私は彼らと同じ世界線にいる。ならば無理にでも割り込む隙はある。というか切り裂いてでも入り込む。原作を捻じ曲げる気はさらさらないがせめて玲王の執着が少しでもなくなるよう手を回しておかなければ。
「凪くん起きて。次移動教室だよ」
授業が開始され私は早速行動に移した。まずは単純に凪誠士郎との接点を作る。そうすることで玲王が凪を見つけたそのあとでも私の入る隙間を作っておくのだ。
「んあ?……ふぁ〜あれ?女神サマじゃん」
「私の名前はミョウジなのだけど……」
「えーでもみんな女神って呼んでんじゃん。次移動教室なら女神サマの力で俺をワープさせてよ」
マジで完全にゲーム脳だな……そう呆れつつも私のことはそれなりに分かるらしい。ならば話が早い。今世の私は頭脳明晰、容姿端麗、おまけに海のように広い慈しみの心を持ったハイスペック美少女。老若男女問わずこの魅力は通じるはずだ。そう、例えその相手がこの凪誠士郎であったとしても。
「ごめんね、私にそこまでの力はないの。でも代わりに荷物は持つから一緒に行きましょ」
「おい万年寝太郎!なにナマエさまに荷物持たせようとしてんだよ!!」
しかしここで予想だにしない出来事が起きた。私たちのことを遠巻きに見ていたクラスメイトが私と凪の間に割り込んできたのだ。と思えば、また一人二人と人数が増えていく。
「そもそもお前が話していい相手じゃねぇんだよ!」
「いや、話しかけてきたのはそっちだし」
「言い訳すんじゃねぇ!テメー如きが視界に入れていい相手でもないんだよ!」
なんだこいつら。親衛隊か?いや私の信者たちだったわ。くそっまさかここにきて彼らが敵側に回るとは思わなかった。
「みんなやめてよ。私はただクラスメイトとして彼と仲良くなりたいだけで……」
「もーナマエちゃん優しすぎ!こんな奴ほっときなよ」
「そうそう!それにコイツと喋ったら呪われるって言われてるし!」
「早くしないと授業始まっちゃうよ。行こ!」
予想以上に凪誠士郎って嫌われてたんだな。いや、もしかして私のせいか?学校の人気者である私が話しかけたせいで彼を悪目立ちさせてしまったのかもしれない。となるとまた別の方向から攻める手立てを考えないとだな……
そして結局、そのあとの授業に凪誠士郎は現れなかった。
「ナマエ聞いてくれ!ようやく俺は共にW杯を目指す天才を見つけた!!」
高二になって早数週間、ついに玲王と凪誠士郎が出会ってしまった。
「へぇ〜……そうだったんだ」
「おう!凪誠士郎っていうナマエと同じクラスの奴!まさかこんな身近にいるとは思わなかったぜ」
その間の私はというと何もできずにただただいつも通りの生活を送っていた。朝、校門をくぐれば左右から飛んでくる挨拶を笑顔で返し、クラス内では常に誰かが隣にいる。昼休みも誰かしらに昼食に誘われるから一人になれないし、ようやく追っ手を巻いたと思ったら教師に捕まり私の優秀ぶりを褒められるという無意味なループを繰り返す。放課後は大抵習い事が詰まっているから居残りもできないし、もはや詰んでいた。
「もう凪くんはサッカー部に引き入れたの?」
「いいや今から!昼休みにアイツがいつもいる屋上行って口説き落とすつもり」
「そっか。玲王ならきっと上手く説得できるよ。私にできることがあれば言ってね」
「わかった!ありがとな!」
はぁ〜このままじゃまんま原作通りに進むじゃん。いやそれでいいんだけど玲王が凪に執着していく様を目の前で見せつけられるのがキツイ。こっちは前世からの同担拒否を貫いているのでマジでメンタルにくる。
それから彼らは原作違わず白宝高校のダブルエースとして結果を残していった。それと同時に玲王は凪のサッカー技術にどんどん魅了されていった。でも確かに、私もこの目で彼のトラップからの華麗なシュートを見て感動した。人を引き付けるには十分すぎるくらいのセンスは天才と言わざるを得ない。しかしそれとこれとは話が別だ。
「これよかったらサッカー部の皆さんでどうぞ」
「わっいつもありがとうございますミョウジさん!ほらお前らお礼言え!」
「「「ありがとうございまーす!!!」」」
そして土曜日の今日、現場視察のためにサッカー部に差し入れを持ってきていた。放課後のサッカー部の動向についてはじぃやから報告を受けているがやはり自分の目で見るのが早い。例えそれが地獄の底を覗く行為だとしても。
「いつもありがとなナマエ」
グラウンドの端で差し入れに群がる部員を横目で見ていると玲王もコートの方から戻ってきた——凪をおんぶして。くそっ私ですらおんぶしてもらったことないのに! 何ヒロイン気どりしてんだよ!!
「私が好きでやってることだから気にしないで。それよりも凪くんは大丈夫?」
「いつものコトだよ。ほら凪起きろー」
いつものコト、ね。同棲中のカップルかよ。マジで羨ましいな。ってか玲王ってやっぱり世話好きだよね。となると私のキャラ設定もちょっとミスったかなぁ。優秀なお嬢サマキャラよりもちょっと抜けててどんくさい方が構ってもらえたかも……でも加減を間違えるとめんどくさいだけの女になるから難しい。
「んぇ……あ、ナマエじゃん。また来たんだ」
それとなんでコイツは私の名前を呼び捨てにすんのかな。それは家族以外だと玲王だけの特権のはずなんだけど。しかし今の私のキャラ的にも文句は言えずとりあえず微笑んでおいた。
「こんにちは。凪くんは調子でも悪いの?」
「うん。足折れて細胞死んで心臓止まって動けなくなったからレオリムジンに運んでもらってる」
そのリムジン言い値で買うから私に譲れや。代わりにうちのロールスロイスあげるから。
「ったく大げさなんだから」
「だってマジだし。体もダルいしさぁ……、へくしっ」
なんだそのあざとい女子のくしゃみは。やばいな、凪誠士郎の行動が一々癪に障る。もはや私ってただの凪誠士郎アンチと化してない?そういうわけじゃなかったんだけどマジで凪誠士郎との付き合い方が分からない。世の御影玲王推しの人ってどういうメンタルで凪のこと見てんだろ。まぁ同担拒否の私とは一生交わらない世界線にいるからこれからも知ることはできないが。
「おい凪、お前マジで風邪ひいてんじゃね?大丈夫か」
合コンでやったら確実に女性陣からヘイトを買うであろうあざとくしゃみを玲王は本気で心配し顔を真っ青にさせた。いや、ただ汗が冷えただけでしょ。だがしかし甲斐甲斐しく介抱しようとしその場にばぁやまでも召喚させようとした。くそっこれ以上見てられっか!
「熱はなさそうだケド今すぐにばぁやを……」
「玲王、凪くんのことは私に任せてもらえないかな?」
玲王の右手をおでこから引き離すようにして座り込んでいる凪をこちらに抱き寄せた。
「え、でも……」
「玲王はまだこれから練習があるでしょう?それに私の家は病院よ、私自身にもそれなりの知識があるし任せてもらえないかな」
「確かにナマエが見てくれるなら安心だケド本当にいいのか?」
「ええ」
「なら頼む。凪のコトしっかり見てやってくれ」
電話でじぃやを呼び出せば一分もかからずに姿を現した。さっき見てみたけど本当に熱はなさそうだし重く見積もっても脱水症状くらいであろう。ならば行先は病院ではなく家だ。
「おーこのシートめっちゃふかふか。さすが女神サマもいい車乗ってんね」
現に人の車でめちゃくちゃリラックスしてるし。あー今すぐこの場に捨てていきたい。
「どうもありがとうございましたー」
車を十分も走らせれば凪の家に到着した。学校が借り上げたアパートということでどこにでもある平凡な造りであった。どことなく前世で私が一人暮らしをしていた家に似ている。
「あなたの部屋はどこ?着いてくわ」
「えっここでいいよ」
凪と共に車を降りじぃやには一度戻ってもらうようにお願いした。そして凪を促し部屋の前まで案内させた。
「もしかしてウチに入る気?」
「当然よ。あなたをお風呂に入らせて食事をさせて寝かしつけるまでが私の仕事なんだから」
私だってそこまでしたくないわ。でも玲王に任された以上、ここで本当に風邪をひかれても困るし送り届けただけではあまりに体裁が悪い。それなりに世話をしたという事実を作らないと。
「別にそこまでせんでも」
その言葉を聞いた瞬間、ついに私の凪誠士郎へのヘイトが爆発した。その勢いすさまじく、気づけば今まで創り上げた自分のキャラを忘れ凪の胸ぐらを掴んでいた。
「ここであんたを一人にしたら私が玲王に無責任な人間だと思われるでしょうが。いいから早く家入れな」
「ええー……なんかキャラ違いすぎるんですケド」
「お黙り」
凪誠士郎相手に本性が知れたところで問題ない。凪自身、誰かに言いふらしたりはしなさそうだしそうしたとしても誰が信じるだろうか。だから私は家に上がり込んですぐに凪を浴室へと突っ込み、食事を作るためにキッチン周りの物色を始めた。
「あがったー」
レンチンのごはんとツナ缶、冷凍のミックスベジタブルを発見できたのでそれで炒飯を作った。あとは乾燥ワカメで簡単なスープも。今世で自炊は一切したことがないが前世の記憶のおかげか簡単なものは作れた。
「じゃあこっち来て……ってなんで服着てないの?!」
風呂上がりの凪にさっさと食わせてしまおう。しかし腰にバスタオルを巻いただけの姿を見て危うくスープを入れたお椀をひっくり返すところだった。
「早々に浴室に追いやったのそっちじゃん」
「脱衣所に着替えくらい置いときなさいよ!」
「クローゼットにまとめて置いてんの」
「あーもー濡れた足で歩くな!」
とはいえクローゼットの中身まで勝手に漁る趣味はないので濡れた床を拭きながら文句を垂れる。
それにしてもマジで腹筋われてたな。あの緩い顔とのギャップも相まってかなり驚いた。体も厚みがあったしスポーツマンの身体ってかんじ。それと同時にあの巨体を悠々とおんぶできる玲王かっこよすぎる。
「いい湯だった」
「あっそ。じゃあ早くこれ食べて」
「ナマエが作ったの?」
「文句あるの?」
「イイエ」
ローテーブルに食事を並べ着替えを終えた凪に座るよう促す。そして箸とスプーンを渡した。
凪は「いただきます」とぽつりと言ってスプーンを炒飯に差し入れる。そしてもそもそと食べながら「美味しい」と溢した。
「料理できるんだね」
「このくらい誰にでも作れるわよ」
「少なくとも俺はできないよ」
謙虚というかこういうところは可愛げがあるな。だから玲王も凪には甘くなるんだろうなぁ……なんか急に自分が惨めに思えてきたな。何か別のことを考えよう。そうだ、この凪の部屋だけど意外と綺麗だった。もっとゴミとか袋に入ったまま部屋に放置されてるかと思ってたけどゴミ袋どころか無駄なものが一切ない。それと必要なものが手の届く範囲にある部屋の狭さが心地よい。今の部屋も気に入ってはいるがやはり根っこが庶民なのかこのくらいのほうが落ち着く。
「ごちそうさまでした」
大学行ったらこのくらいの部屋のアパートで独り暮らしさせてもらえないかなぁと妄想を膨らませていたところで凪は用意されたものを完食していた。それはもう米粒一つ、スープ一滴も残さない見事な食べっぷりだった。
「お粗末様でした。というか食欲もあるし本当に元気じゃない」
「練習でバテてただけかも」
「だと思った!ほんっと玲王は心配性なんだから!」
私もこのくらい玲王に気にかけてもらいたいわ。しかしそれを言ったら本当にただの八つ当たりになるので心の中でぐっと堪えておいた。
「なら私はその食器洗ったら帰るわ」
「そんなコトまでしてくれんの?」
「片付けくらいやるわよ」
流しに食器を運んで行けばその後ろを凪がついてきた。濡れたままだった髪も今ではすっかり渇き歩く度にぴょこぴょこと揺れていた。
「なんか印象変わったかも」
「でしょうね」
「でも俺、今のナマエのが好きかも」
「は?」
スポンジを水で濡らしそこに洗剤を垂らし泡立てる。凪は私の横に突っ立ったまま皿洗いの様子を眺めていた。
「いっつもにこにこしてるケド誰にもキョーミありませんって顔してたから今の方が分かりやすくていいと思う」
「誰にもじゃなくて玲王以外に興味がないだけ」
「レオのコト好きなの?」
「好きよ。親同士が決めた許嫁なの」
「じゃあ将来結婚するんだ?」
「その予定」
「ほえー」
それ言うの許されてるのさくらちゃんだけだからな。
その後も何が楽しいのかは分からないがやたらと玲王との思い出話を聞いたり個人的なことを質問されたりもした。なにこれマウントの取り合いか?いいだろう、受けて立とうじゃないの。
◇
お昼休みのチャイムが鳴り皆が我先に教室を後にする。今日はお弁当を持ってきたのでそこまで焦る必要はない。だからのんびりと四限で使った教科書を片付けているとフッと机に影が落ちた。
「ねぇ、」
「……っ、びっくりした。どうしたの?」
「この間はありがとう」
午前中もフルで熟睡を決め込んでいた凪に話しかけられたかと思ったら唐突にお礼を言われた。おそらく二日前の家でのことだろう。
「そんな今さら改まって言わなくても」
「レオに話したらちゃんとお礼言っとけって言われて」
「ちょっと待って。玲王に私が料理作ったことも話したの?」
「うん、炒飯とワカメスープ作ってもらったって話した」
「はぁ?!あんなの料理のうちに入んないんだから勝手に言わないでよ!」
「えっと……ナマエちゃんどうしたの?」
やばい。後ろを見れば私にお昼を食べようと声を掛けに来た友人が固まっていた。幸いにもクラスに残っている人は多くない。しかしこの場で声を荒げてしまうなんて。
「な、なんでもないわ…!」
「ちょっと寝太郎、あんたがナマエちゃんに変なこと言ったんじゃないの?」
「俺は別にこの前ごはん作って——」
「あーっそうだ、今日は玲王と凪くんと三人でお昼を食べる約束をしてたわね!」
「え?」
こうなれば逃げるが勝ち。私は自分のお弁当と凪の腕を引っ掴んで彼女たちに笑顔を向けた。
「約束を忘れかけてた私に凪くんが声を掛けてくれたの。だから私たち行くわね、それじゃあ!」
やや強引ではあるがなんとかその場からの脱出に成功した。
そして向かった先は学生なら皆が憧れる場所、屋上である。
「初めて来たけど中々にいいわね」
普通ならば事故防止で施錠されているはずなのになんと鍵はかかっていなかった。加えて私たち以外誰もいない。こういう細かいところも原作どおりってことか。
「巻き添え食らった」
「それはこっちのセリフ」
凪はぽりぽりと頭をかきながら壁に寄り掛かるようにして胡坐をかいてその場に座った。その手にはちゃっかりビニール袋が握られている。彼もまた昼食をちゃんと持ってきたらしい。
「私もここで食べていい?」
「別にいいケド」
「ありがと」
いつも私の周りには誰かがいるから正直偶に息苦しいと感じるときがある。それに自分というキャラをずっと演じていないといけないし。だから屋上という開放的な空間も相まってここで静かに食べたい気分になったのだ。
「ねぇ、もしかしてお昼ってそれ?」
「うん」
「菓子パンだけ?」
「うん」
一人分のスペースを開けて隣に座る。そして凪が袋から取り出したものを見て驚愕した。焼きそばパンとメロンパン。大した食生活を送っていないことは分かっていたがサッカーを始めたこの時期でも同じだったのか。
「今日も部活はあるんでしょう?栄養バランスも偏ってるしぶっ倒れるわよ」
「言うてもこれしか持ってきてないし」
「……私のお弁当と交換する?」
なんだか可哀そうに思えてきたので自分の弁当の蓋を開けて中身を見せる。元高級ホテル料理長だったうちのシェフがつくったものだ。味だけでなく栄養バランスも考えられている。
「おお〜いいの?」
「うん。焼きそばパン食べてみたかったし」
「じゃあ交換で」
今世では一切食べてこなかった焼きそばパンは中々に背徳感が強い。でもこれがまたいい。炭水化物×炭水化物というとんだ爆弾だが濃い目のソースと柔らかなパンの触感が癖になる。
「そーゆーのも食べるんだ」
弁当を食べつつ凪が感心したように私のことを見ていた。やはり意外だったのか。しかし凪の前で今さらキャラ作りをするつもりもないのでありのままを話した。
「食べる機会がないだけで嫌いじゃないわよ。これも美味しいし」
「へぇ〜他になんか食べたいものとかある?」
凪から会話を振ってくるとは。別に会話をしたくないわけではないのでパンを食べながら考える。すると意外とたくさんのものが思い浮かんできた。
「イカ焼きに手持ちクレープに焼き芋でしょ。ファミレスのドリアにコンビニのから揚げとーあと駄菓子とか?」
「庶民的だ」
「食べさせてもらえなかったから憧れるの」
食べるもので自分の身体は作られるってことで親には高級なものしか与えられてこなかった。だから菓子パンもスナック菓子も基本禁止。ファミレスもこの学校に通うお嬢さま方は付き合ってくれない。前世では買い食いとかも当たり前にしてたんだけどな。
「じゃあコンビニのから揚げからいってみる?」
「え?」
いつの間にかお弁当は全て平らげられていた。しかし私にはまだメロンパンも残っている。だからこそ手持ち無沙汰になった凪はじーっと私の顔を見ながら話を続けた。
「高くもないし珍しくもないんだからいつでも食べに行けんじゃん。だからまずはお手頃なコンビニから」
「一人じゃ行きにくいの」
「なに言ってんの。俺も行くに決まってんじゃん」
「なんで?」
「面白そうだから」
馬鹿にしてんのかな。でも凪は私のこんな話を聞いても笑わない。驚きこそすれそれ以外の反応はしない。
「レオじゃ付き合ってくんないでしょ。なら俺が代わりになるよ」
挙句、こんなことまで言われてしまえばもう頷くしかないじゃん。それにここまで私をその気にさせたんならちゃんと責任とってもらわないと困る。
「じゃあアメリカンドッグもいい?」
「いいよ」
「肉まんとあんまんも?」
「いいケドそんなに食べられないでしょ」
「そっか……」
「別に何度だって行けばいいじゃん。付き合うからさ」
「ほんと?やった!」
思わず素で笑えば凪はわずかに目を見開いて驚かれた。やばっ歯に焼きそばパンの青のりでも付いてたかな。あとでちゃんとガム噛んどこ。
そしてその日の放課後、部活終わりに凪は本当にコンビニに付き合ってくれた。
◇
季節は巡り秋になり十一月となった。そしてついに彼らの下へ人生を変える一通の手紙が届いた。日本フットボール連盟からのブルーロックへの招待状だ。
「あーそれ俺んとこにも来た」
「凪も?!……じゃあ一緒に見ようぜ」
そのことは私は玲王から直接聞いたわけではない。玲王と凪がその手紙をグラウンドで見ることを知っていたから先回りして物陰からじっと見守っていたのだ。
「ついにこの日が来ちゃったかぁ」
構内の茂みに身を隠し双眼鏡で二人の様子を観察する。会話は聞こえずともこのシーンのセリフは暗記しているので問題なかった。
そしてこの先二人は一次選考、二次選考をクリアし適性試験で世界のレベルを知りU-20日本代表戦で実力を示す——すべて原作通りだ。
日本フットボール連盟からの手紙を手に玲王は闘志を燃やしつつも大喜びしていた。そして当然のように凪と肩を組みW杯優勝という夢を熱く語っている。その光景を見ても私はもう何も思わなかった。
これもすべて私が凪誠士郎の人の良さってやつに気づいたからであろうか。凪と一緒に出掛ける機会も増え、そこに時々玲王も顔を出すようになりこの半年間はとても楽しい日々を過ごすことができた。その時間はきっと凪がいなければ成り立たなかったしそう感じなかったと思う。私はとっくに二人の関係を認めることができていた。
「ナマエ聞いてくれ!実は今日、日本フットボール連盟ってとこから手紙が来たんだ!」
だから玲王からブルーロックに行くことの報告を受けた時も私は冷静だったし、改めて「凪とW杯優勝を目指す!」と宣言された時も純粋に応援してるという言葉を言えた。
「あのね、玲王。私からもひとついいかな」
「なんだ?」
そうなれば私ができることはもうこれだけしかない。
「私たち婚約解消しよっか」
何か書面が残っているわけでも私たちから直接そんな約束をしたわけでもない。ただ親同士はかなり乗り気だったから何もしないままいたら本当に玲王と結婚できていたと思う。
「なんだよ急に……」
「だって玲王はこれからW杯の金杯を手に入れるためにサッカーに集中するのでしょう?そうなったときに私の存在が玲王の夢の邪魔になりたくないもの」
今も玲王のことは大好きだけどそれよりも、いちファンとして彼を応援したい気持ちの方が強かった。
「そうか、ありがとう……親父たちには俺から言っとくよ」
「ううん、私から伝えとくよ。だって玲王、今ただでさえお父さんとの仲が悪いでしょう?」
「ははっ確かにな」
揶揄うように言えば玲王はやっと緊張の糸をほどいて笑ってくれた。最後くらい良い女でいたいからこれくらいのことはさせてほしい。
「あと最後に一つだけいいかな」
「? おう」
「玲王は私のこと好きだった?」
でも私の恋を終わりにするためにこれだけは教えてほしい。
玲王は真っすぐと私を見て、そして柔らかく微笑んだ。
「ああ、お前とは互いを高め合うコトができる良いパートナーになれると思った。俺にはもったいないくらい完璧な女性だったよ。今までありがとう」
そして最後に固い握手を交わし玲王とは別れた。
…………何が今までありがとうだ馬鹿野郎!!!
玲王に振られた翌日、私の心は大荒れだった。初めは悲しい気持ちが勝っていたものの思い出したら段々と腹が立ってきたのだ。故に今朝の登校は送迎を断って一人で行くことを許可してもらった。車に乗ったらじぃやに愚痴をぶちまけると思ったので一人小言を言いながら無心で歩いていた。
「くそっ最後まで優しくしやがって……!」
最後のセリフだってさぁめちゃくちゃかっこよかったけど冷静に考えると答えになってなかったよね。玲王はたぶん恋愛的な意味で私を好きじゃなかった。思えば私の誕生日を除いて出掛けるときは毎回私が誘ってたしキスはおろか手も繋いだことなかったし本当にただの友達だった。今まで夢見てたのは私だけだった。せっかく超絶ハイスペックキャラとして転生を果たしてもこの物語のヒロインは私じゃなかった。これなら生まれ変わった意味はおろかもう生きてる価値も——
キキィィィ…——!!
「は?」
えっなんで車?急に歩道に突っ込んできたんだけど。これがデジャヴってやつ?恐怖なのか何なのかわからないけど足も動かないし、もしかしてまた私車にひかれて死ぬんかな。
「危ない!!」
「……っ」
腕を勢いよく引っ張られたと思ったら体が浮いた。そしてそのまま重力に従うように地面に倒れこむ。しかし体は不思議と痛くない。それは私を助けた人が下敷きになって私の身体を守ってくれたからであろう。
「おい車が突っ込んできたぞ!」
「怪我人はいないか?!」
「運転手に意識はある!誰か引っ張り出すの手伝ってくれ!」
「マジ紙一重……」
普通乗用車は電柱にぶつかり停止した。倒れこんだまま周囲の様子を確認してみたがどうやら巻き込まれた人はいないようだった。
「大丈夫?」
「……凪くん」
放心状態の私を抱えるようにして凪くんは上体を起こす。彼にはしては少し早口で本当に心配してくれていることが窺えた。
「怪我とかない?とっさに腕引っ張っちゃったから痛かったらごめ……」
「やっぱりお前が主人公だったのかよ凪誠士郎〜!!」
「は?」
私の両目からぼろっと涙が零れ落ちる。これは痛くて泣いているわけでも前世の死に方を思い出してナイーブになったからでもない。単純に本物の主人公を前にして自分の立場がよーく分かったからだった。
「思えば凪も主人公だもん!これもうエピ凪の世界線じゃん!そしたら私はもうヒロインでも何でもないじゃんよぉぉお!」
どんなに勉強できても美人に生まれても意味なかった。もう初めから展開は決まってたんだ。この物語は凪誠士郎中心で回っているのだ。私はここでもただのモブキャラ。
「えっと、とりあえず場所移動しよっか」
凪は私にドン引きしながらも立ち上がって再び私の手を引いた。
事故現場からそう遠くない公園にて。もうとっくに授業が始まっている時間帯で私たちはベンチで並んで座っていた。そしてようやく落ち着きをとりもどした私はスンっと鼻をすすって眼の淵に残った涙を拭った。
「もう大丈夫そ?」
「うん」
はぁ、とクソデカため息をその場に落とし俯く。せっかく助けられた命だがもう生きる気力がない。グッズの新情報だけで舞い上がってた前世の私って相当な幸せ者だったんだな。
「さっき主人公がどうとかヒロインが何とかとか色々言ってたケドあれってどーゆー意味?」
凪は恐る恐るといった様子でそんなことを聞いてくる。私はその質問に青くどこまでも続く空を見上げながら答えた。
「凪くんは天才肌で何でもできて人を魅了する力があるからまるで漫画の主人公みたいだなって思ったの」
事実そうだし。この世界に青い監獄≠熈エピソード凪≠烽ネいけれどこれから彼らの活躍はBLTVで全世界に配信される。それこそ新時代のヒーローのように取りだたされるのだ。こうなってしまえば、彼はまごうことなき主人公だ。
「それを言うならナマエもじゃん。イイところのお嬢さまで周りから好かれておまけにレオっていう婚約者までいる」
「私は全然違うよ。それに玲王とはもう婚約解消しちゃったし」
自分の口から乾いた笑いが零れ落ちる。もう吹っ切れたと思ったのに心の中には未だぽっかりと穴が開いていた。
「……それ、ほんと?」
「うん。しかも聞いてよ、玲王ってば私のこと全然好きじゃなかったんだよ?ずっと友達としか見てくれてなかったの。ほんと笑っちゃうよね」
いつかこの穴が埋まる日は来るのだろうか。玲王のことを思い続けて前世から数えれば二十年は経っている。もう恋をすることすら二度と叶わない気がするけど一生独身でもそれなりに楽しくやっていけるだろうか。
「ねぇ、」
「なに?……っ」
膝の上に重ねて置いていた手に大きな手が被さった。そして私の手を包み込むように強く握られる。少し硬くて暖かいそれは凪誠士郎の手だった。
「俺が主人公ならさナマエがヒロインになってよ」
「え……なっ、はい?!」
何言ってんのこの人?!顔は無表情のまま、しかし大きな瞳を真っすぐに私へと向けてそう言った。生憎、いま凪が考えていることはまったくもって分からない。でも冗談を言っているのではないとは理解できた。
「明日から玲王と一緒に行っちゃうケド結果残して帰ってくるから。そしたら俺は正真正銘の主人公でナマエもヒロインになれるでしょ」
「いや、えっと、そういう意味じゃ……」
「その時はちゃんと告白させて。今しちゃうと行きたくなくなっちゃうからさ」
この余裕っぷりはマジでなに?!そして自分の告白が成功すると信じて疑わないこの自信はどこから来てるの?!これが主人公力ってやつ?!もうモブの私にはついていけない。
「凪くん、とりあえず話を……」
「そろそろ学校行こっか」
「うぇえ?」
私の気持ちなどお構いなし手を引いて歩き出してしまう。しかもその繋ぎ方は恋人繋ぎときた。なんだこのエゴイストは。もしかしてこのお話ってここから始まったりする…?
どうやらこの話はヒロインの私と主人公である凪誠士郎が結婚するまでの物語らしい。