水曜日は3番シアターで

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毎週水曜、私は必ずこの映画館を訪れる。少し街はずれにあるその映画館は、駅前にある新しくできた映画館とは違って古くて小さくて映画の上映本数も少ない。しかしこの映画館に通うのには訳がある。それは、毎週水曜日は古い恋愛ものの映画を格安の値段で上映してくれるのだ。邦画も、洋画も、偶にモノクロ映画やサイレント映画が上映されるときもある。

友達に言ったらそんなもの見て楽しいの?とよく言われるが、ここ10年余りの恋愛映画を見つくしてしまった私にとってはこれが逆に刺激的で楽しい。それにどちらかと言えば、今の計算しつくされた映画よりは、多少“ベタ”な展開の恋愛ものの方が共感しやすくて私は好きなのだ。

何時ものようにチケットを買い、時間になるまで待合室で待とうと部屋に入ると、椅子に座って本を読んでいる一人の人物が目に入った。先週も見かけた、長髪長身の眼鏡をかけた男の人。制服からみるに、あの有名進学校である氷帝学園の生徒だ。この時間帯に上映されるのは私が見ようとしている恋愛ものの映画だけ。先週も私と同じ映画を見ていたが、それを男の人が見るのはすごく意外であった。
こんな古びた映画館でお客さんも数える程度、ましてや学生なんて私と彼しかいないのだから、一度見ただけでも十分記憶に残っていた。


「3番シアターにて16時10分から上映の———」

ノイズかかったアナウンスが上映時間を告げ、待合室にいた僅かなお客さんがぽつぽつとシアタールームへと向かって行く。ここのシアタールーム自体も古いため、入出口は1ヶ所のみ、しかも手動でドアを開けないといけない作りになっているため僅かなお客であっても入り口は込み合う。
ある程度ドア付近が空いたころを見計らって自分も入ろうかと思い、ドアの取っ手を握った際、ちょうど同じく取っ手を掴んだ人と手が触れてしまった。

「あっ……」
「おっと」

相手も驚いたのか、同時にとっさに手を離す。こんな映画みたいな展開、本当にあるんだなと思いながらその人の顔を見ると、先ほどまで私が見ていた氷帝の学生であった。
遠くからでは分からなかったが、近くで見たらとても綺麗な顔立ちをしている。てっきり私と同じ中学生かと思っていたが、もしかしたら高校生かもしれない。

「すみません」
「俺の方こそすまんかったなぁ。先入りぃや」

彼はドアを押し開け、まるでエスコートするかのように私のために道を開けた。女子校通いの私にとって、そんな経験は生まれて初めての事だった。というか、男性からこんなことをされる女の子が世の中にどれくらいいるのだろうか。

「あ、ありがとうございます」
「どうぞ。お嬢さん」

恥ずかしながらも早足で中へ入れば、後ろからそんな言葉を掛けられてしまった。共学に通う男子学生は紳士の振舞いを習う授業でも受けているんじゃないかと思うくらい、スムーズに発せられたその言葉で私の頭は爆発寸前だ。

いつもなら少し後ろの席に座るのに、気付けばかなり前の方まで来てしまっていた。戻って彼と鉢合わせするのも気まずかった私は近くの席へと腰を下ろす。それと同時に、低いブザー音とともに部屋がだんだんと暗くなっていった。

機械も古いのか、いつものように暗くなってすぐにスクリーンに映像が映しだされるわけではない。そんな暗闇の中、共学ではあれが当たり前なんだと自分に言い聞かせ、映画が始まるまでには何とか平常心を取り戻していった。

上映時間が70分ほどであった映画が終わり、部屋に明るさが戻る。今日は30年前のイギリス映画が上映された。内容は身分違いの男女の恋模様を描く、ラブストーリーの鉄板ネタの内容だったけれど、すれ違いのシーンなんかはその切なさに涙してしまった。

ハンカチでまだ濡れている眼のふちを拭きながら席を立つと、ちょうど真後ろに座っていた先ほどの学生と目が合ってしまった。こんなに近くに座っていたなんて思いもよらなかった。席を探すために後戻りしなくてよかったと心の底から思う。

「お嬢さん、えらい泣き虫やな」

彼はそんな私の様子を見て、笑っていた。それは決して馬鹿にするようなものではなく、子供がドジをしてお母さんに怒られているのを見て笑っているような感じのものだった。

「そんなことはないですよ!」
「本当か?あ、そういえばさっきこれ落としたで」

彼はポケットから映画の半券を取り出した。上映前に制服のポケットに入れたはずだと思い、自分のポケットを確認するもそれはなかった。そうか、さっきドアの前でおそらく落としたのだろう。

「私のですね。ありがとうございます」

私は鞄からノートを出し、次はなくさないようにと彼から受け取った半券をそこへと挟んだ。

「もしかして今まで見た映画の感想まとめてるんか?」

私がノートを開いたときに見えたであろう、その中身を見て彼は少し驚いたように声を上げた。
私はノートに今まで見た映画の感想をその半券と共にノートに記録している。だから何というわけではないが、日ごろ恋愛映画を見ても語り合う友達がいないためこのノートに書き溜めているのだ。そんなことを言えば、彼は納得したように私の顔を見た。

「その気持ちわかるわぁ。俺も身近に恋愛もの好きおらへんから語りたくても語れへんくて…」

男の人が恋愛映画を見るとはかなり意外ではあったがわざわざこんな寂れた映画館に来るくらいだ。きっと彼もかなりの恋愛映画好きなのだろう。でも、さっき近くで見て分かったのだが、彼はかなりのイケメンだ。彼女くらいいるのだろうからその人と一緒に見に行けばいいのにと思ってしまう。

「お嬢さん、このあと暇か?もしよかったらお茶でもしいひんか?」

涙はすっかり乾いてしまったというにも関わらず、私は手に持っていたハンカチで再度目をこすった。初対面でこの人は正気なのだろうか。優しそうに見えて実は怖い人とか?でも恋愛映画好きに悪い人はいないという自論もある。それに、なによりも先ほど見た映画の感想を語りたいという気持ちが大きかった。

「い、行きましょう!」
「ほな決まりやな」

すたすたと出口へと向かう彼の後をついていく。
こんな出会いから始まる恋愛映画が頭の中でいくつか浮かんでくる。さすがに私だっていささか現実とフィクションの分別くらいはついている。でも少しだけこんな出会いも運命なのかもと思ってしまう自分がいる。


映画館を出てすぐ横の喫茶店に入る。肌寒を感じる9月下旬。こんな日はホットココアだと思い私はそれを注文し、彼はホットコーヒーを注文した。
眼鏡を曇らせながらコーヒーを飲む彼はとても絵になる。店内の女の子の視線が自然と彼に集まっているのが分かるほどだ。私も注文したホットココアを一口飲んだ。

「そういえば自己紹介がまだやったなぁ。俺は氷帝学園中等部3年の忍足侑士や」
「え!私と同い年なんですか?」

両手で持ち上げていたカップを落としそうになるくらい驚いた私を見て、彼は苦笑いを浮かべている。高校生だとか言わなくて本当に良かった。

「すみません…」
「よく言われるから気にせんといて。お嬢さんは隣町の女子校の生徒さんやろ?可愛いからすぐに分かったわぁ」
「あぁ。うちの学校、制服が可愛いで有名ですもんね」

私は自分の制服を見る。赤チェックのスカートにそれと同じリボン、上着は紺のブレザーとどこかのアイドルを彷彿させるデザイン。私もこの制服目当てで入学したのだが、入試倍率がものすごくて必死に勉強して入ったことは今となっては良い思い出である。

「いや、制服じゃなくてお嬢さんのことを言ったんやけど……」
「共学の学生さんは女の子に優しいですね」

先ほど、自分に言い聞かせていた言葉を思い出す。女子校にいたせいで男子への距離感が鈍っているのだ。だからこれくらいはきっと普通の事なのだ。
そんな私の言葉に、おもろい奴やなぁと言われたところを見るとやはり今の返しで合っていたのだと思う。

「さっきの映画やけど、お嬢さんはどこにそんなに感動してたんや」
「えっと、男の人が女の人を乗せた列車を必死に追いかけるところかな。絶対追いつけないのに愛してるって叫びながら走るシーンは本当に感動して…」
「せやねん!そのあとそれに気付いた女性がハンカチにキスマーク付けて列車から落としたのも良かったなぁ」
「ですよね!それで————」

今日見た映画の話から始まり、今まで見た作品の中でどれが好きだったかとか、恋愛小説や少女漫画の話まで…私たちのおしゃべりは尽きることがなかった。
こんなにも深く話せる人に出会えたのは初めての事で、気付けばお互いの飲み物はすっかり冷め切ってしまっていた。

「もうこんな時間…」
「すっかり話し込んでしまったなぁ」

帰りの電車もあるし、あまり帰りが遅いと家族が心配する。名残惜しい気持ちと共に二人で席を立った。外に出るととっぷりと日が暮れ、風が落ち葉を舞い上がらせていた。

「今日はありがとう」
「こっちこそ付き合ってくれてありがとうな」

お互い帰りは別の方向だということで、喫茶店でお別れを告げる。

「来週もお嬢さんは映画見に来るんか?」
「うん」
「じゃあまた来週な」
「また来週」

自然と出てきたその言葉と共に、私は笑顔で彼に手を振った。

今日、たった一日話しただけで恋に落ちたなんて言ったら笑われるだろうか。
それでも彼と会う水曜日だけは映画のヒロインのような気持ちで過ごしていきたいと思った。





その後、水曜日は毎週彼と映画館で会うようになった。気付けば季節は12月で、出会って2か月とは思えないくらい仲良くなっている気がする。
隣に座って映画を見て、そのあとは喫茶店でおしゃべりをする。私が今までの映画の感想を書き溜めたノートを彼に見せることもあった。それを見て、私が好きそうなジャンルの恋愛小説を彼から借りることもあった。

「これ、ありがとう」

映画館の待合室にて、私は鞄から本を取り出し忍足君に渡した。先週彼に借りていた本なのだが、これも私の好みの本ですぐに読み終えてしまった。

「早かったなぁ。面白かったか?」
「うん!主人公がすごく健気で……今までで一番主人公に感情移入できたかも」
「それはよかった。俺が恋愛ものを好きになったキッカケの本やったから」
「そうなの?」
「せやな。そういえばお嬢さんは何がキッカケやったんや?」
「タイトルは忘れちゃったんだけど、クリスマスの日に出会った二人が一日で恋に落ちるって映画を見てからかな」
「ちょっとありえへん内容がお嬢さん好きそうやな」
「うん。それでね、その年のクリスマスはサンタさんに恋に落ちる相手が欲しいってお願いしたの」
「自分おもろいなぁ」

こいうときのちょっと押し殺したように笑う声が私は好きだった。だから自分の失敗談も平気で彼に話せてしまう。

「でも結局それは叶わなくて、代わりにその映画の俳優さんのブロマイドが靴下の中に入ってた」
「いくらサンタさんでもそれは叶えられへんな」
「恋に落ちる相手はもらうものじゃないしね」
「でも今年はもらえるかもしれへんで」
「え?」


「3番シアターにて16時10分から上映の———」

ノイズかかったアナウンスが上映時間を告げ、会話が途切れる。
彼は私が続きを促す前に、すぐに席を立ちシアターのドアを押し開けに行ってしまった。そしていつものように私への道を作る。

「どうぞ、お嬢さん」

その言葉に促され、中へと入るが、今日は私たち以外の客はいなく、貸し切り状態。そんな映画館の真ん中の席に二人で並んで座る。

「ねぇ、さっきのって……」
「ほらほら、もうすぐ始まるから静かにしときぃや」

私の問いかけも虚しく、彼は私に笑顔を向ける。この笑顔も大好きなはずなのに素直に喜べない自分がいる。じっと彼の顔を見ていても笑顔ではぐらかされる。
そのうちにブザーが鳴り館内は暗くなる。その時、不意に耳元に吐息がかかった。

「俺がお嬢さんにちゃんとプレゼントしたる」
「えっ…」

まだスクリーンには映像が映し出されず、部屋は暗い。彼の顔は見えなかったが、声色からからかっているわけではないことは分かった。

「クリスマス、期待しとってな」

あんな事を言ったのにも関わらず、映画を見終わった後も彼はいつも通りの振舞いだった。
しかし私はというと、彼の言葉がずっと耳にこびり付いて、その日の映画の内容は全く頭に入ってこなかった。その後の喫茶店での話も今となっては何を話していたのか覚えていない。

再来週の水曜日はクリスマス。
昔みた映画を思い出す。あのヒロインのように、今年は私が成れると期待していいのだろうか。





「なんか最近可愛くなった?」

授業終わりの水曜日。いつも通り素早く荷物をまとめていたら友達にそんなことを言われてしまった。

「なにそれ」
「だって最近、肌のツヤがよくない?っていうか幸せオーラみたいのが出てる気がする。もしかして彼氏ができたとか?」
「え!?いや、そんなわけないよ!」

私は友達に忍足君とのことは一言も話していない。ましてやこの間の告白じみたセリフもだ。それは気恥ずかしいというのももちろんだが、みんなその手の話にとても飢えているからだ。

女子校といえどもみんな彼氏が欲しいわけで、中には実際に彼氏がいる子もいる。そんな子がいると分かれば、どこに行ったとか何をもらったのかとか、彼氏がかっこいいかどうかなど色々な噂が学校中を駆け巡るのだ。

「ふーん。でも彼氏作るなら共学の男は気を付けた方がいいよ」
「どういうこと?」

からかうように話していた友達が急に真顔になる。そして彼女は私の耳元へと口を寄せ、小声で話し出した。

「今教室の入り口にいる子、氷帝の人と付き合ってたみたいなんだけど相手にずっと浮気されてたんだって」
「それ本当?」
「もう別れたみたいだけど。女子校のうちらなんか校内で出会いないから絶好の浮気相手だからね」
「……」
「そういえば急いでたんだよね。呼び止めてごめん」
「大丈夫だよ。私そろそろ行くね」

持ち上げた鞄がやけに重く感じる。
毎週水曜日は、映画はもちろんだけれど、自分に会いに来てくれているんじゃないかという気持ちも少なからずあった。だって毎回楽しく話もするし、本も貸してくれるのだから私の事好きでいてくれるのかなと少しは期待していた。そして先週のあの言葉、期待なんてするなという方が無理だ。

でもいざ考えてみると、あんなイケメンで優しい彼に彼女がいないなんて方がおかしい。
先ほどの彼女の話も相まって、嫌な考えが自分の頭の中に広がっていく。でも彼に限ってそんなことはないと気持ちを奮い立たせ教室を後にした。

映画館が町はずれにあるとはいえ、クリスマスを間近に控えたこの時期は人が多く行き交っていた。時間を確認すれば16時05分とギリギリの時間だ。
横断歩道で信号を待っていると、映画館の前で立っている彼の姿があった。いつもなら待合室にいるのだから、もしかして私が来ないことを心配してくれているのではないかと期待が生まれる。しかしその期待もすぐに打ち砕かれた。

彼の目線の先には赤髪のショートヘアの子がいた。全身こそ見えないが、その小柄で可愛らしい子と何やら話している。そして、ごく自然な感じでその子の髪を撫でていた。

「やっぱり彼女いるんじゃん……」

弱々しく呟いたその声も人ごみによってかき消される。せめてクリスマス前に気付けてよかった。
自分で妄想して、舞い上がってバカみたい。現実とフィクションの見分けなんて私が一番できていなかったのだ。
運命も、恋に落ちる瞬間も、映画と現実では全く違う。





今まで一度も示したことのない名前がスマホのディスプレに浮かぶ。“忍足侑士”と示されたその着信に私は出ることができなかった。しかし10コールほど鳴ってもそれが鳴りやむことはない。もちろんこのまま無視することもできたのだが、罪悪感もあり私は通話のボタンを押した。

「もしもし」
「あ、俺やけど今大丈夫か?」
「うん……」
「今日は来てへんかったから心配してたんやけど、なんかあったんか?」

私を素直に心配してくれる彼の声。そして優しい言葉に心が痛む。

「ごめん。急に用事ができちゃって……」
「本当かいな?お嬢さんに会えるん楽しみに…」
「忍足君」

このまま一緒にいて苦しくなるくらいなら距離を置いた方がいい。これから水曜日に映画を見る相手は私じゃなくて今日一緒にいたショートヘアの彼女だ。その様子を間近で見られるほど私の心は強くない。だってそれを見るだけで息ができなくなるくらい、彼の事が好きになってしまっていたのだから。

「私、もう映画館一緒に行けないや」
「は?どういうことや?」

喉が燃えそうなほどに熱くなる。せめて彼の私に対する最後の印象が最悪なものにはならないよう、努めて明るい声を出す。

「彼女がいるのに、私なんか相手にしちゃダメだって!クリスマスも近いから勘違いされたら困るでしょ」
「ちょお待って!何のことかさっぱりなんやけど……」
「彼女を大切にね」

これ以上彼の声を聞くことすら苦しくなって電話を切る。そしてすぐに電源を切ってスマホを布団の上に投げ捨てた。

失恋したヒロインはどうやって立ち直ってたんだっけ。確か映画では一晩泣いて、苦しんで…でも最後には大好きな人がヒロインを抱きしめてくれるんだ。
その大好きな人はいなくなってしまったけれど、せめて涙だけは我慢しないで私は枕に顔を押し付けて声を出さずに泣いた。





一日経っても、やはり私の気持ちは沈んでいた。昨日一日泣いて、全てを断ち切れたつもりでいたのに、私の心はそれに追いついていなかった。学校に来たものの、私の顔色はかなり悪かったのか即保健室に直行させられる羽目になった。
午前の授業を保健室で丸々サボって、昼休みとなったころ友達が私の荷物を持って保健室まで来てくれた。

「体調どう?」
「ちょっと良くなったかも…」
「でも先生が今日はもう帰りなって。荷物持ってきたよ」
「うん。ありがとう…」

荷物を受け取り帰りがけに職員室の担任のところに寄って昇降口に向かう。
しかし昼休みにしてはやたら昇降口周辺が騒がしかった。確かに昼休みに外で遊んだりご飯を食べたりする生徒もいるのだが、季節は冬。晴れているとはいえこんな寒い中、外で過ごそうという者はそうはいない。

「なんか校門のところにイケメンがいるみたいよ!」
「マジ?!どんな人?」
「背が高くて眼鏡のイケメンだって!氷帝の人みたい」
「ごめん、ちょっと通して!」

近くに居た女の子たちの話を聞き、すぐに靴を履き替え校門へと駆け出した。
昨日から沈んでいた気持ちが一瞬にして奮い立ち、息が上がることも考えず全力で走る。

最後に一度だけ、期待してもいいのかな。

スマホを耳に当て、校門前で立っていると背の高い男の人。それは私が思い描いてたとおりの人物であった。

「忍足君!」
「良かった。やっと会えたわ」

私と目が合えば、優しい笑顔でそう言われた。私がその笑顔に弱いことを知ってるのに、このタイミングでほほ笑むのはずるい。

私が校門に着いたとき、足音から私の後ろから多くの女の子が付いてきているのが分かった。きっと私が一番最初に駆け出した野次馬だと思われたのだろう。

「お嬢さん。場所かえるで」

彼は私の手を取り走り出す。今まで近くに居たつもりでいたのに、今日ほど彼を近くに感じたことはなかった。

しばらく走り、近くの公園へと入る。そこはテニスコートやサッカーコートもあるような大きな公園。そこの人気が少ない場所に来たところで私たちは立ち止まった。

「あの…」
「自分、これはどうゆうことや」

彼は私の方に向き直り、自分のスマホを目の前に突き出した。その画面には私への着信履歴と、送信されたメッセージが何件も表示されていた。そういえば昨日彼との電話を切った後、電源を切ってスマホをベッドに放り投げたままだった。しかもそのスマホも家に置きっぱなしだ。

「それは…」
「お嬢さんも同じ気持ちやと思ってたんやけど、俺の勘違いだったんかな……」
「私だって…!」

震える手を握りしめ、声を絞り出す。昨日散々泣いて、乾いていたと思っていた涙が頬を伝ったのが分かった。

「映画を見るなら私じゃなくて彼女と一緒に行けばいいじゃない」
「はぁ?なんのこっちゃ」
「だって昨日見たんだから。忍足君がショートヘアの子と…」
「あっ!侑士こんなところにいた!」

その場の空気に似つかわしくない声が、空から降ってきた。私たちが話していたところに飛び跳ねて割って入ってきたその子は紛れもなく昨日の赤いショートヘアの子であった。
けれどその声と服装、また顔立ちから私はその子に違和感を覚える。

「男の子…」
「今日は授業が午前までだから午後はテニスするって約束してただろーが!…ん?この子だれだ?」

呆気にとられていた私とその男の子の顔を見比べて、忍足君は全てを理解したように笑った。

「なんやそういう事かいな」
「どういうことだよ侑士!っていうかなんで女の子泣かせてんだよ!」
「取り込み中や。岳人、ちょっとあっち行ってな」

彼は手で追い払うような仕草を見せて、その子を遠くへ移動させた。
流した涙も乾き、何も言えなくなってしまう。全ては私の早とちりだったのだ。

「誤解は解けたかいな。お嬢さん」
「あの、私……ごめんなさい」
「でも、これでお嬢さんの気持ちに確信がもてたわ」
「え?」

状況を飲み込んで放心状態だった私の頭に優しく彼の手が触れられる。

「本当はクリスマスの時にムード作って言いたかったんやけど、しょうがないわ。お嬢さんの事が好きや」
「本当…?」
「最初から好きじゃなかったら声なんて掛けへんし、本も貸さへんわ。俺、軽そうに見られるけど嘘は言わへんで」
「私もね、忍足君の事が好き。一緒にいてあんなにも楽しいと思えるのは忍足君だけだよ」

もう涙なんか出なかった。その代わりに、久しぶりに心から笑うことができた気がする。

「侑士!早くしろよ!」

一度はこの場を追い出された彼が、テニスラケットを振りながら忍足君の事を呼んでいた。先約があったのだからしょうがない。

「岳人の奴、まだいたんか」
「彼のところ行っていいよ」
「クリスマスは予定空けといてえな。言うて水曜日やけど」
「うん」

最後に名残おしそうに一瞬だけ抱きしめられる。私の顔が赤くなることを予想してやったのだろうけど、その期待に添えるかの如くすぐに顔が熱くなる。
そしていつものように押し殺した声で笑った。そんな彼の背中を押して送り出す。


クリスマスプレゼントは何にしようか。
映画のヒロインたちが何人か頭に浮かぶ。みんな手編みのものをプレゼントしていた気がするけど、さすがにそれはないかなと苦笑しながら私は彼の背中を見つめていた。

無理に真似る必要などないのだ。だってこの映画のヒロインは私なのだから。


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