小さな花火と夏の思い出

8月最後の夏祭り、そこで打ち上げられる花火を二人きりで見ることができれば結ばれる。

そんな都市伝説じみた話がこの時期になると女の子の間で噂になる。
そもそも二人きりで夏祭りに行く時点でその人たちは結ばれている、なんて現実じみた事を言う子もいる。

でもその噂は、私みたいな人間の背中を押すには十分なほどの威力を発揮している。



「今年こそ侑士とふたりで花火見に行くんだから!」
「それ聞くの今年で三回目なんだけど」

5限目の体育はサウナと化した体育館で女子はバレーボール。初めこそ真面目にやっていたが、運動部でもない私はすぐにバテて同じくぐったりとしている友人と体育館の端でおしゃべりに花を咲かせていた。女の子とは不思議なもので、どんなに暑くても体力がなくても口だけは疲れを知らないのだ。
でも彼女はというと私の気合が入った宣言など華麗にスルーしてタオルでパタパタと微力な風を顔面へと送っていた。

「中学最後の夏なんだよ!」
「忍足君もあんたもそのまま高等部に上がるんだから何にも変わらないじゃん」
「でも、中学最後の夏だし……今年こそ一緒に行くの!」

確かに、氷帝学園は幼・小・中・高・大学まである学園である。よっぽどのことがない限り、そのままエスカレーター式にみんな進学する。当然私もそうなのだが、告白というものは何かキッカケがないとできるものではない。侑士とは女子の中では一番仲がいい自信はあるのだが、恋愛対象としては見てもらえていないとも思う。だからあの噂に乗っかって今年こそ告白をするのだ。

「っていうか小学校のときから仲いいなら今までチャンスなんてたくさんあったでしょ?」
「小学校の時はクラス皆で行ったからふたりじゃなかったんだよ…」

忍足侑士は小学5年生の時、私のクラスに引っ越してきた。その時となりの席だった私は、侑士の関西弁が珍しくて必要に話しかけまくっていた。これは後から知ったのだが、彼はこの時が6回目の転校だったらしく友達を作る気なんかなかったらしい。そして自分に話しかけまくっていた私はかなりうざかったのだと。

でも、そんな私に便乗するようにクラスのみんなも彼と話すようになり友達はどんどん増えていった。6年生ではクラスが離れ、中学1年で再び同じクラスになったとき、「あんたのおかげで氷帝学園が好きになった」との言葉と共にお礼を言われた。

私の心に変化が起きたのはまさにその時。氷帝学園という単語をすっ飛ばして「あんたが好きになった」と脳内で再生するようになった。これがまさに恋に落ちた瞬間だった。

「中学1、2年も同じクラスだったのに何してたの?」
「1年の時はテニス部の人たちと行くって断られて、2年の時は何故か公園で花火した」
「夏祭り自体行かなかったの?」
「人ごみ嫌いって言われた」
「じゃあ今年も無理じゃない」

多少暑さが和らいだのか、彼女は立ち上がりうーんと伸びをした。私はというとその一言のせいで先ほどまでの気合もなくなった。
そのままふらふらと外を眺めに行く友人の後を追う。体育館には運動場に面した壁側にも外に出るための扉があり、そこからはサッカーをしている男子の姿が見えた。サウナ化した体育館よりは直射日光が降り注ぐ運動場の方が幾分暑さはマシかもしれない。外から流れ込む空気が火照った頬を冷ます。

「夏休み中にもっと一緒に遊んだりしたら?」

さっき散々私に厳しめのことを言ったのに、今度は励ますようにアドバイスをする。私の友人は飴と鞭の使い分けが上手い。

「あっちはテニス部で私は吹奏楽部。お互い夏は忙しいんだよ」
「じゃあ8月最後の夏祭りくらいしか機会ないんだね」
「そういうことです」

去年はふたりで過ごすことはできたが、夏祭りに行くことはできなかった。当日、駅で待ち合わせし、浴衣まで来ていったのに夏祭り会場とは反対方向の公園に連れていかれたときは殴ってやろうかと思った。毎年夏祭りには行っていたのに今さら人ごみが嫌いとか言い出して、「花火が見たかったの!」って私が怒ったらコンビニで買ったであろう花火を渡された。それじゃ意味ないんだよ。まぁ侑士とふたりで過ごせただけで楽しかったけど。

「なんやそんなところで。二人してサボりかいな」

私が過去の思い出に浸っていれば、ゆるい関西弁と共に声が掛けられる。長身で老け顔の彼が体操着を着るとコスプレですか?とついツッコミをいれたくなる。彼もかなり気にしているようだから流石に言えないけど。

「休んでただけだよ。侑士こそサボりでしょ」
「俺はなぁ、可愛い女の子から癒しをもらいにきたんや」
「可愛い女の子なら目の前にいるでしょ」
「俺の前には茹でダコのような女しかいないんやけど」
「ちょっと!それってどういう意味……」

私が侑士に食って掛かろうとした瞬間、後ろから体操服を引っ張られる。それは存在を忘れかけていた私の友人で、目で何かを私に伝えていた。なるほど、今夏祭りの約束をしろってことね。

「どうしたんや?」
「ねぇ侑士。今年こそは夏祭り……」
「あ、忍足じゃん!こんなとこで何してるの?」
「私達とも話そうよ!」

意気込んだ瞬間に、彼を見つけた他の女の子たちが私たちの間に割り込んできた。その勢いに圧倒されてよろけた私を友人が支えてくれた。すでに私の居場所はそこにはなくて彼女たちの制汗剤の甘い香りが充満していた。

「どうやらライバルは多いみたいね」
「侑士モテるから…」

彼は割り込んできた女の子たちに、にこにこと優しく接している。私に対する対応とはえらい違いだ。体育だというのに汗もかいておらず、制汗剤まで漂わせている彼女たちは侑士に会うために念入りに準備してきたのだろう。そう考えると、とてもいじらしいとも思うしそれなりの対応をしないと煩そうだなとも思う。
ライバルが多いと実感させられ、ひっそりとため息をついて私は友人と共にその場を後にした。



夏休みに入ったからといって、3年である私たちに休みなどない。林間学校に姉妹校研修旅行、部活に受験勉強だってある。内部進学といえども当然落ちることもあるのだから油断はできない。夏休み中もほぼ毎日学校に来るのだから、誘うチャンスなんていくらでもある。そう思っていたのに気付けば時間ばかりが過ぎていった。

そんな夏休み中の、とある一日。今日は吹奏楽部のコンクールが近いとのことで丸一日部活だった。コンクールの課題曲、自由曲の練習はもちろん、野球部の応援曲の練習もしなければならない。午前は基礎練習にパート練、午後からはそれらの合奏練習と予定がびっしり埋まっている。
午前の練習を終えて、友達と食事を取っていれば急に食堂が騒がしくなった。入り口を見れば男子生徒が多くいる。あれほどの男子生徒が所属している部活と言えば氷帝でただ一つだ。

「男子テニス部かな?」
「本当だ。食堂に来るなんて珍しいね」
「ちょっと待って。あれって跡部様じゃない?!」

ひとりの女子生徒の発言により、食堂にいた人間の注目が一人の人物に集約される。生徒会長にして、男子テニス部部長にして、わが学園のキングである跡部景吾。生徒や教員からの信頼も厚く、ルックスも完璧。この学園ではテレビドラマの若手俳優よりも人気である。
でも私が先に目に付いたのは、跡部景吾の隣に立つ人物だ。どこにいてもすぐ分かる長髪長身の侑士の姿。
もしかしてこれは夏祭りに誘うチャンスなのではないだろうか。女の子達の視線は全て跡部景吾へと注がれている。よって今は侑士に邪魔者が寄り付かない。

最後の一口を無理やり口の中に押し込んで、食器を片付ける。そして侑士がいるところへ一直線に向かった。

「あ、先輩!」

もう少しだ、と思ったところで部活の後輩に呼び止められる。間が悪いなぁ、と思いつつも呼び止めてきたのは同じパートの一つ年下の後輩でパートリーダーである私が無視をするわけにもいかない。

「どうしたの?」
「課題曲二章目の入りに自信がなくて…。合奏前に俺と一緒に合わせてもらえませんか?」

合奏前って、今からやらないと時間がないじゃないか。侑士の方を見ると、いつの間にか女の子たちに囲まれていた。跡部景吾の方が注目はされるが、話しやすさの点で考えれば侑士の方が上であったことが思い出される。
どちらにしろこれでは話しかけることは無理だと諦め、後輩に向き直る。

「わかった。時間ないから急ごうか」
「ありがとうございます!」

今年こそは、と思うほど空回りしている気がする。下手したら誘う事すらできないのではないかという不安もよぎる。
後輩に気を遣わせないよう、先輩らしい笑顔を顔に張り付けて食堂を後にした。



「今日の練習は終わり」
「「ありがとうございました!」」

先生の号令とともに、みんな緊張の糸が切れたように話し出す。午後は休憩があったもののぶっ続けでの合奏練習となると体力よりも精神力がすり減る気がする。楽譜を見直し、今日注意されたところを確認している私とは違い、隣にいた部活仲間は片付けもそこそこにスマホを確認していた。同じパートで一番注意を受けていたのは彼女なのに、鼻歌なんかうたって随分とご機嫌である。

「いいことでもあった?」
「わかる?今日は彼氏と一緒に帰れそうなの」

そう話す彼女は本当に幸せそうだった。私も彼氏の事を想ってこんな顔をしてみたいものだ。あれ、そういえばこの子の彼氏ってテニス部の人だった気がする。

「テニス部ってもうすぐ部活終わるの?」
「うん。まぁ彼は準レギュラーでもないから早いってだけだけど」

吹奏楽部がいる音楽室とテニスコートはかなり離れているためお互いの情報など分かったものではない。たまに校門でテニス部の人を見かけることがあっても、正確に終わる時間など分からない。でも有力な彼女からの情報。正レギュラーである彼ならもう少し待っていれば会えるかもしれない。

その日は念入りに楽器を磨いて後片付けをした。夕日が空を赤く染めるくらいの時間に音楽室を出て、校門近くで侑士が来るのを待つ。待っていたのがバレるのは恥ずかしいから、“偶然”を装って声を掛けられるよう頭の中で何回もシミュレーションをする。声を掛けて、じゃあ一緒に帰ろうかって流れに持っていく。そういえば夏祭りの季節だねって言って、今年こそ花火見に行こうよ!もちろん花火大会の方の!って念を押せば今年こそはいけるはず。

「先輩!」

元気よく私を呼んだ声の主は、昼に練習に付き合った後輩の子。その成果もあってか合奏練習では怒られることなく無事にやり遂げることができた。先輩の私としてはその後輩の成長を素直に喜ぶことができた。

「どうしたの?」
「先輩に聞きたいことがあって」

音楽室から走って来たのか、息を切らしている。いつもは整えられている髪の毛もそのせいでぼさぼさ。またコンクール曲のことに関してなのだろうか。それとも野球部の応援曲の方?ファンファーレ系はいつものクラシックとは違うから難しかったりするんだよね。

「夏祭り、一緒に行きませんか?」

この子が私に話しかけてくるときは大抵は音楽関係の事で、まさか夏祭りという単語が彼の口から出てくるなんて思いもしなかった。

「え…?」

あと数分でこの日の予定は埋まるのだ。私の頭の中の計画では、だけど。でも、侑士を上手く誘える自信もなくて口ごもる。
というかそもそも何でこの子は私に声を掛けてくれたのだろうか。確か部内の2年生女子が彼の事を夏祭りに誘っていた気がするけど。あぁそうか、きっと先輩想いの彼のことだから彼氏もいない私をみんなと行くお祭りに誘ってくれているんだな。私の学年は割と彼氏持ちが多い。去年、それをネタにして「友達もいないから一緒に夏祭り行こうよ」と侑士を誘った気がする。

「2年生の子たちと行くんだよね?私はいいよ」
「行きませんよ!だって俺は先輩とふたりで行きたいんですから」

彼の頬が赤いのは、きっと走ってきたせいでも夕日のせいでもない。一つ年下の、弟のように思っていた後輩がやけに男らしく見えた。今まで一度も告白なんかされたことなくて、侑士以外の男なんか微塵も興味なかったのに、心臓が波打つように速くなる。

「こんなところで何しとんのや」

そんな私たちの甘酸っぱい雰囲気がぶち壊された。あの男の関西弁。いや、ぶち壊すというには優しすぎる声色だったけれど、どこか刺々しくて、膨らんだ風船を針で刺したときみたいな、そんな感じ。

「侑士…」
「先輩、俺本気ですから考えといてくださいね」

侑士の視線を避けるように彼はその場から去っていった。目の前には侑士がいるのに、さっき何度もシミュレーションした言葉は喉から出てこなくて、寧ろ後輩の言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。

「モテモテやなぁ、先輩は」

いつものからかうような感じではなくどこか刺々しく発せられたその言葉。何なの、その言い方は。自分の方こそ女の子に囲まれていつもにこにこしているのに。

「遂に私にもモテ期がきたかも」
「なにアホなこと言うとんねん」
「女に不自由してない侑士には分からないでしょ」
「なんやて」

ヤバイ、これはさすがに言い過ぎた。でも時はすでに遅くて、私の口からは次々と言葉がこぼれ落ちていく。

「さっきだって食堂で女の子に囲まれてたじゃない」
「それはまぁ…跡部も居ったんやから仕方ないやろ」
「私といるときより楽しそうだったね」
「あんなぁ、何ムキになっとるんや」
「今年も夏祭りには行ってくれないんでしょ」
「なんでその話になるねん」
「もういい!」

ただの八つ当たりで、悪いのは確実に私。でもその言葉の数々を自分で留める術なんて分からなくて、その場から逃げだした。後ろから彼のため息が聞こえる。でも追いかけてきてはくれないんだね。そんなの当然の事なんだけど。もはや夏祭りどころではない。彼女以前に、友達という肩書きもなくなってしまう気がした。





男子テニス部は全国大会ベスト8、吹奏楽部は関東大会止まりという結果にて私たちの夏は終わった。笑って、泣いて、後輩たちに来年への夢を託し3年生は引退。3年間取り組んだ部活動も、終わってしまえば随分と呆気ない。

でもまだこの夏を終えてしまうのは少し早い。この夏さいごの夏祭りがあるのだから。


「お母さん、下駄ってどこにある?」
「靴箱の上の方にあると思うわよ」

椅子に乗って覗き込めば、靴箱の上の奥の方に下駄が仕舞われていた。浴衣の袖を汚さないように慎重にそれを取り出してそれ確認する。一年振りに引っ張り出したせいか埃っぽい匂いはするが、鼻緒部分は色あせていない。随分とむかしに買ってもらったのに、履いてみれば去年同様サイズは丁度よくて安心する反面、成長していない自分に悲しくなる。

床に置いていた巾着の中でスマホが震え確認すれば、後輩からの連絡が、「駅周辺は混んでいるので気を付けて来てください」だって。

侑士とはあの日から案の定気まずくなった。強制参加のため、テニス部の全国大会には見に行ったけど話はしていない。一応メールで「3年間お疲れ様」って送ったら「おーきに。おまえもな」という言葉しか返ってこなかった。

侑士の事と、後輩からの誘いをクラスの友達に相談したら、3年間良い夏の思い出がひとつもないなら後輩と楽しんだら?とアドバイスされた。友達に言われたからというわけでもないがそれもそうだなと思い、夏祭りには後輩と行くことにした。

浴衣を着て身なりを整えている自分もいるのだから、これがきっと一番の夏の思い出となるだろう。

下駄の音を軽やかに鳴らし、待ち合わせ場所の駅へと向かう。家族連れや浴衣を着たカップル、そして今日結ばれるであろう初々しい男女の姿、みんな楽しそうで幸せそうだ。

駅周辺は、やはり夏祭りに行く人でかなり込み合っていた。駅で、という漠然とした待ち合わせ場所で彼を見つけるなんてとても無理そうで、私はスマホを取り出して電話帳を開く。部活フォルダの中にある彼の電話番号をタップしてワンコール鳴ったところで、後ろから腕を掴まれた。

「おまえ、何しとんのや」
「侑士?」

周りの騒音が聞こえなくなるくらいびっくりして、でもスマホ越しに後輩の声が聞こえてすぐに現実へと戻される。人ごみ嫌いって言ってたのになんでいるのだろうか。それよりもなんで私に声を掛けてくれたの?

「すまんけど、君の先輩かりてくわ」

私の手からスマホを取り上げ、そう言って通話終了ボタンを押されてしまった。そしてそのスマホは私に返ってくることはなく、侑士のポケットに自然に収められて、掴まれた腕をそのまま引っ張られ人ごみから連れ出された。

「ちょっと、どういう事?」

そんな私の声が彼の耳に届いていないわけがないのに、何も言わずに人の流れとは反対の方向へと彼は進んでいく。慣れない下駄で転ばないように着いていくのが必死で、どこに向かっているかなんて分からなかった。


「着いたで」

今日初めて私に向けられた一言がそれで、ようやく立ち止まったと思ったらそこは去年の夏祭りの日に連れてかれた公園だった。そもそも人があまり来ないような小さな公園で、しかも夏祭りの日と来ればそこに人なんかいるわけがない。

「なんでここに…」
「おまえが花火花火うるさいからやろ」

彼は私にずっと持っていたビニール袋を押し付ける。中身を確認すれば、コンビニでも売っているような花火セットがいくつも入れられていた。私が驚いている間に、侑士は事前に用意しておいたであろう水が入ったバケツを目の前に置いた。

「今からそれやるで」
「意味わかんないんだけど」

私の手に握られたビニール袋の中から、花火の入った袋を開け、数本私に渡してくる。自分はというと同じく取り出した花火にさっそくライターで火をつけている。
そこまでまだ暗くもない公園に黄色、緑、赤と次々と移り変わる花火が綺麗に火花を散らした。自分の花火をそれに近づければパチパチという音と共に金色の火花が地面を照らした。

「えらくめかしこんで行くつもりやったんね」

燃え尽きた自分の花火をバケツに捨てて、新しい花火に今度は私から火種をもらって火をつけた。その際に一瞬だけ私を見てそんなことを呟いた。

「中学最後の夏祭りだもん」

今度は私の花火が消える。それを捨てて新しい花火に火をもらう。そんなことをお互いに繰り返しながらポツリポツリと会話をする。
花火は艶やかな色を放ち、空に上がっては一瞬ではじけ飛ぶ打ち上げ花火よりも優しい光をしていた。

「誰かさんが誘ってくれへんから俺は虚しい今日を過ごすところやったわ」
「誘っても一緒に行ってくれないじゃん」

火花のパチパチという音にかき消されたのではないかと思うくらいの消え入りそうな声。

「人ごみ嫌いやし」
「私は行きたかったのに」
「こんな可愛い女、他の男に見せたないやん」

絶妙なタイミングで、お互いの手に持っていた花火が消えた。気付けば日は暮れていて、公園の心もとない外灯がうっすらと彼の顔を照らしていた。その言葉を頭で繰り返し唱えながら、燃え尽きた花火をじっと見ている彼の横顔を見つめた。

「そんな見んなや」
「だって、今のって…」

彼は小さくため息をついて、でもそれは疲れたとかそういうのじゃなくて、覚悟を決めた表れのようなもので。今度は私と目を合わせて口が開かれる。

「去年、誘われて嬉しかった。例えぼっちのおまえに付き合わされたとしても」

そういえば去年の誘い文句はそれだったな、と心が痛む。

「でも待ち合わせ場所でお前に会って、あぁこれはあかんて。こんな可愛い女、他の男に見せたなくなるやん」
「ほんと?」
「だからここまで連れてきた。去年も、今年も。俺、おまえのこと好きやねん。気付いたんは去年やけど、たぶん一番最初に話しかけてくれたときから好きやったんよ」

花火はとっくに消えているのに、辺りには黄色や緑や赤の火花が飛び散っているように思えた。キラキラ周りが輝いているようで、視界がぼやける。

「涙拭きぃや。可愛い顔が台無しやで」
「だって、私も侑士のこと好きで……打ち上げ花火みながら告白しようと思ってたから」
「大きな花火やなくても、俺はおまえと見れればなんだってええんやで」


あの噂は書き換えた方がいいかもしれない。
夏祭りに抜け駆けしたふたりが結ばれるんだって。
こうやって都市伝説というものが生まれるんだなぁと思いながら、最高の思い出が私の夏を締めくくった。




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