四度目は自分で何とかしますので勇気をお借しくださいな

生徒手帳に入れられた、一枚の絆創膏。
ピンク色の地にウサギの絵が描かれている。
私のお守り。
でも、これをくれた人に私はまだお礼を言えずにいる。



どの学年にも、そしてどの学校にも“ナンバーワン”と呼ばれる人間はいる。
クラスで一番面白い子、学年一の秀才、校内で一番足が速い人、唯一無二の美少女、そして学校一のイケメン。
そのカテゴリーでくくると、白石蔵ノ介は四天宝寺一のイケメンである。
そして彼が、一年前に私に絆創膏をくれた人物だ。

「今年も一緒のクラスやね!離れんでよかったわぁ」

新しいクラスとなり、四天宝寺で過ごす二度目の春がやってきた。
窓際前から三番目という素晴らしい特等席から新学期を迎えられることに喜びを感じる。そして一年の時に仲が良かった子とも同じクラス。
特等席で窓の外の景色に目を向けていた私にその子が話しかけに来てくれて、今年も思い出いっぱい作ろうね、と話していた時だった。

クラスの空気が変わったことに気付いた。
それは女の子たちの小さな悲鳴と、彼から放たれるオーラ的なもののせいだ。

「同じクラス…?」
「やっば!白石君と同じクラスとかうちらめっちゃ付いてるやん!一年間目の保養に苦しまずに済むわぁ」

女の子の小さな声にはさして気にも留めず、男友達と一緒に自分の席を探している。
彼の席は一番後ろの真ん中の、いわゆる大将席で、「俺がここに座ってもおもろい事言える自信あらへんなぁ」とその整った眉と優しい目じりを下げて笑っていた。

きっと白石君はあの日の事も、私の事も覚えていない。
でも、私は彼にすごく感謝しているのだ。

本当はすぐにでもお礼が言いたかった。でも彼の名前とクラスを知ったのはそれから三ヵ月も後の事で、しかもその時には“四天宝寺一のイケメン”という肩書きまで背負っていた彼に私が声を掛ける勇気もなかった。

これは神様がくれたチャンスだ。
この一年間、なんとか話すキッカケを作ってあの時のお礼を言うのだ。

こうして私の“白石君へ感謝の言葉を述べるプロジェクト”が始動したのだ。





二年生は基本忙しい。
学年行事でも委員会活動でも部活動でも、中間管理職を任され雑務に追われる。
後輩の指導に、先輩達への気配り、先生方にはいいように使われる。だから、二年の時に入る委員会は、みな細心の注意をして選ぶのだ。

私は一年の時は保健委員だった。昼休みの当番に、ガーゼや消毒液の補充、毎週の保健だよりの発行と仕事が多い部類に入る委員会だった。そのため不人気委員会のワースト一、二位を争う。

だからやっぱり委員会決めのときは中々決まらなくて、黒板の前に立っているクラス委員長がため息を付いた。
そして椅子に深く腰を下ろしている担任は「これ決まるまで帰れんでー」と発言しながら私たちの春休みの課題に赤ペンを走らせている。
クラス委員長の彼女と目が合い、小さく口を動かされる。声を聞かなくても何と言っているかはすぐに分かり、私はゆっくりと手を上げた。

「私、保健委員やります」

クラス委員の子は私が一年の時に保健委員だったことを知っている。だからこそのお願いだったんだと思う。
委員で部活時間が少なくなることは否めないが、仕事自体は辛くなかった。誰もいないならやってもいいだろう。

クラスの皆、とくに女の子たちが安堵する息が聞こえた。
保健委員は男女一名ずつ。後は男子の誰かが手を上げるだけである。

これはまた時間がかかりそうだなぁ、と思ってたら「はい」という声が後ろの席から聞こえてきた。
その声は一番後ろの真ん中の、いわゆる大将席からで、振り返った私の瞳には顔立ちが整った白石君の顔が飛び込んできた。

「男子の保健委員、俺やります」

その時、女の子達の小さな悲鳴、いや、嘆きが聞こえたのは言うまでもない。「そんなら私がやればよかった」なんて言っている声も聞こえた。
でも担任はこれですべての委員が決まったことに満足したのか、委員会名と生徒名が書かれた名簿を持ってさっさと教室を出て行ってしまった。

これで今日のHRも終わりのため教室が一気に騒がしくなる。

きっとこれは神様がくれた二度目のチャンスだ。
でもこんな早い、ガッツリとした展開までは望んでいなかったんだけどな。

「あの、」

これからの展開をどう繋げていこうかプランを練っていたら、不意に後ろから声が掛けられた。先ほどと同じ声色で自分の名前を呼ばれて慌てて振り返る。

「し、白石君」
「これから同じ委員よろしゅうな」
「こちらこそ、よろしくね」

その完璧な笑顔が私に向けられて、頭がくらくらしてきた。

「保健委員やったことないから迷惑かけるかもしれへんけどちゃんとやるから」
「私、去年も保健委員やったから仕事は分かるし難しいことはないから大丈夫だよ。頑張ろうね」

早口にならないように注意して、目が泳がないように注意して、なんとかその言葉を吐き切った。
明日の委員会でもよろしゅう、と最後にそう言い残して彼は荷物を持って教室を出て行った。

白石君と話すことがこんなに緊張することだとは思わなかった。
これはお礼を言うまでも道のりも長そうだ。





彼と初めての委員会に緊張して、昨日はよく眠れなかった。

トイレの洗面台で顔を洗い、頭をすっきりさせる。
ハンカチで顔を拭いて、ポケットにしまわれた生徒手帳を取り出して中を開いた。
表紙裏の透明のポケットに入れられたウサギの絵が描かれた絆創膏を見る。

あの日、白石君は二枚の絆創膏を私にくれた。
一枚はこれで、もう一枚のヒヨコが描かれた黄色の絆創膏を私の手の甲に張ってくれた。
ほんの少しだけ思い出に浸って、その絆創膏に元気をもらい私は委員会が行われる教室へと急いだ。

「保健委員はやっぱり大変やなぁ」
「仕事量は多いけど慣れたら大丈夫やから」

委員会が終わり自分達のクラスへと足を向ける。
今日渡されたプリントを見ながら白石君がそんなことを言った。プリントには保健委員の仕事と、行事ごとにおける役割分担などが書かれている。
一年生は入学したて、三年生はインターハイと受験のため仕事量が考慮されているせいか、二年生の仕事がやはり一番多い。

プリントを見ながら唸っている白石君を盗み見る。
そういえば、どうして彼は保健委員に手を上げたのだろうか。決まらなければくじ引きで決めるという選択肢もあったのだ。
しかも白石君は全国大会常連のテニス部員で、レギュラーで、しかもすでに部長らしい。それなら益々この委員には入らないべきだったのではないだろうか。

「白石君はどうして保健委員になってくれたん?」
「え?」

プリントから私に視線を移して目が合った。相変わらず見惚れてしまうほどかっこいいが、先ほどの思い出を振り返ったせいか落ち着いて彼の顔を見ていられる。
でもその視線もすぐに逸らされて宙を描くように視線を彷徨わせる。

「え〜っと、それはなぁ……」
「テニス部で、しかも部長ならこの委員会は大変やろうなって思って」

宙を彷徨わせていた視線が動きを止め、花壇に咲いたスズランを見て口を開いた。

「俺、毒草に興味あんねん。で、保健室に毒草の本があったから読めるかと思て…。こんな理由ですまへんな」
「毒草かぁ。あんまり知らないけど、毒のあるものって綺麗なものが多いイメージあるわ」
「せやねん!あのスズランも実は毒があるんやで」

先ほど視線を止めた花を指さしてそう言った。あの可愛らしい花に毒があることを初めて知った。

「意外やわ。小さいのに毒持ちなんて、中々にできた子やね」
「“できた子”て、自分の子供かいな」

スズランに感動していた私は、気付けばそんなことを口走っていた。そしたら白石君が綺麗な声で笑ったので、びっくりして彼を見上げれば私に笑顔を向けていた。

先ほどまで平常だった心臓がうるさく音を立てる。
不意打ちはあかんよ、白石君。

「スズランちゃんの他にも、できた子はおらへんの?」
「せやなぁ、トリカブトちゃんも中々にできた子やで」



その日、私は初めて“白石蔵ノ介”という人間を知った。
白石君は、外見だけなくて中身もやっぱり素敵な人で、モテるのもよく分かった。それに彼には男の友達も多くいる。
きっと彼の性格とか、話し方とか、周りの人への気配りとか、そういうのを全て合わせての“イケメン”なのだ。

廊下で肩を並べて歩く私達。
それを見ていたスズランちゃんが優しく笑ってその香りを風に乗せた。





昼休みは保健室で備品の在庫確認が主な仕事だ。怪我人が来れば軽傷なものなら手当をしたり、貧血の人が来たらベッドを貸したりはするがそんなことは滅多にない。

今日は運がいい事に、発注した備品を先生が揃えて確認したばかりでやることもなく、暖かな日差し麗らかに白石君とふたりでゆったりとした時間を過ごしている。

「この本すごいわぁ。俺の知らん花も載っとるわ」

保健室の小さな本棚に仕舞われていた分厚めの図鑑を開いて白石君は目を輝かせている。私は絆創膏の話題をどのタイミングで出そうかヤキモキしていたのだが、結局いい案も思い浮かばず白石君の図鑑に目を向けることにした。

「どの子がそうなの?」
「この“ジギタリス”って花や。昔はハーブとして医薬品の原料にもなってたんやって」

彼の綺麗な指先を辿っていけば、小さな釣鐘型の花の写真が載せられていた。その花もスズラン同様可愛らしくて、綺麗な花には棘じゃなくて毒もあるのだと思い知らされる。

「ジギタリスちゃんは薬にもなれる天才な子なんやね」
「実際に居たら委員長タイプやな」
「せやね」

こんなくだらない会話にも、白石君は私に笑顔を向けてくれる。それが嬉しくて、今更ながら二度目のチャンスをくれた神様にお礼を言った。
彼と一緒の保健委員にさせてくれてありがとうって。

図鑑を見ながら話していればいつの間にかお昼休みは終わろうとしていて、白石君は持ってきていたプリント類が入っていたファイルから一枚の栞を取り出した。

「目印にこれ挟んどこ」

その栞はオレンジ色の地に水玉模様の絵柄が描かれていた。
毎年行われる春の新刊フェアで配られている限定の栞だったと思う。今年は水色の水玉で、毎年集めているから間違いない。

白石君も文庫本を読むんだなって思ってそれを見ていたら、なかなか本を閉じずにいる。
それを不思議に思い視線を上げれば、こちらを見ていた白石君とばっちり目が合ってしまった。

不意の出来事になぜか私よりも白石君が慌てだして、本を閉じずにいた栞が床に落ちた。

「栞落ちたよ」
「え?あ、すまへん。ぼーっとしてしもうて…」

私が拾い上げた栞を受け取ろうとした彼の手が止まる。

「どうしたん?」
「あの、この栞わからへんか?」
「えっと、春に文庫本買うともらえる栞だよね」
「いや、そうやのうて……」

オレンジの栞が風で揺れる。
彼の言葉の続きを聞けぬまま、5限目の予鈴が話の終わりを告げた。

「栞拾ってくれてありがとう。はよ戻ろか」

私の手から栞を抜き取り、彼は図鑑の間にそれを収めた。
そのときの彼に笑顔は一つもなくて、私の心には何故かぽっかりと穴が開いたような気がした。
いや、心というよりは記憶に穴が開いているようなそんな感じだ。

何か忘れていることがある気がする。

「次の授業、遅れるで」

保健室のドアの前に立つ白石君は、先ほどのことなど気にもしないような優しい笑顔になっていた。
その笑顔をぽっかりと開いた穴に詰め込んでみたけれど、塞がれたような気はしなかった。





私達は友達と呼べるくらいの間柄には成れたと思う。
朝会えば挨拶をするし、委員会以外でも昨日のお笑い番組おもろかったね、という会話もするようになった。
白石君からしてみれば、そんな会話をする友達なんて山ほどいるわけで、私だけが決して特別なんかではない。
それでも一年前の私からしてみれば大きな進歩である。

今日は放課後に、保健だよりを作ろうと白石君と約束をしている。
少しだけ部活に顔出してから戻ってくるわ、と言った彼を待つ間、私はひとりきりの教室で生徒手帳を開いた。

あの日から大切に仕舞われている絆創膏。
仲も良くなってきたし、そろそろこの話題を出してもいいかもしれない。

一年前の春。
登校日初日の朝、私は校門付近のブロック塀のせり出した部分に手をひっかけて怪我をした。まだ保健室の場所も分からなくて、でも早くクラスに行かないと友達を作り損ねるんじゃないかと内心焦っていた。

そんなとき彼は声を掛けてくれて、ヒヨコが描かれた黄色の絆創膏を私の手の甲に張り、そして予備にもう一枚この絆創膏をくれたのだ。
わたしがお礼を言えば、「妹からもらったから気にせんといて」という言葉と、「これで友達作るキッカケにしいや」、という言葉をもらった。

現にその絆創膏を珍しがって話しかけてくれる子もいて、私は無事に友達を作ることができた。
あの日から、もう一枚の絆創膏は私のお守りだ。



教室のドアが開いて白石君が姿を現す。

「待たせてもうてすまへんかったな」
「そんなことあらへんよ。部活の方は大丈夫?」
「あぁ。問題なさそうやったわ」

本来なら彼の席ではない、私の横の席に椅子を引いて座った。
きっと白石君が隣だったらこの席は特等席から、プレミアムシートくらいまで価値が高騰していたかもしれない。

「始めよか」
「せやね」

二人で話し合ってお知らせの欄や、季節の変わり目の体調管理の話題をまとめていく。
日が暮れる頃には大方出来上がって、あとはペンで清書をすれば完成だ。

「あとは私が家でやっとくよ」
「ホンマか?でもそれはさすがに大変やろ」
「なぞるだけやから大丈夫。後は任せといて」
「じゃあ次は俺がやるわ。今回は頼んだで」

テニス部の彼の負担を少しでも減らしたかったのに、彼は逆にそう気遣われるのを嫌がった。これが彼の優しさな事を知ってから、私は無理強いはしないようにした。
机の上のペンを片付けようとした時、何かが落ちる音がした。私が周囲を見回してそれを見つける前に、白石君は椅子から立ち上がってそれを拾ってくれた。

「生徒手帳、落ちてるで」

そういえば、先ほどまで見ていた生徒手帳は机の上の端に置いたままだった。それが腕に当たり落ちたのだろう。
しかし、私にそれを返さずに、開かれた生徒手帳に彼は視線を落としている。

「白石君?」
「この絆創膏……」

その生徒手帳にはもちろん、あの絆創膏が収められている。

これは神様が起こした三度目のチャンスなのではないだろうか。
白石君はあの絆創膏をじっと見つめている。もしかしたら思い出してくれたかもしれない。一年前の、あの時のお礼を今こそ伝えるべきなのだ。

「あの、その絆創膏は——」
「これ友香里が好きでよく使うてたわ。懐かしいなぁ」



私は何を期待していたのだろう。
お礼を言って、あの時すでに会ってたんねって話をして、もっと仲良くなれると、何時からそう夢見ていたのだろうか。
私の中で彼は特別だった。
最近では一歩近づくと、もっと近づきたいと思って、一つ知ればもっと知りたくなっていった。
だから私も、彼の中の特別になりたかった。

「そうなんや…」
「自分もこのキャラ好きなん?」
「あ、あのっ」

ペンも筆入れに入れずにそのままバックの中に詰め込んで、私は荷物を持って立ち上がる。

「お笑い番組の録画忘れ取ったわ。今日は先帰らしてもろうてええか?」
「え?もちろんええけど、この生徒手帳……」
「また明日ね」

逃げるように教室から飛び出した。

覚えていないならお礼を言う必要もない。
私の中だけで、綺麗な思い出のまま収めておけばよかった。

でも、もう綺麗な思い出にはできないんだ。
だって私は気付いてしまったから。
白石君の事が好きだってことに。



家に帰ってもモヤモヤは晴れないまま、ぼんやりと見ていたテレビも気付いたら親にチャンネルを変えられていた。
自分の部屋に戻れば、過去の思い出を美しく保っていた自分がとても情けなく思えてきて悲しくなった。

久しぶりに本でも見返そうかと本棚に目を向ける。
一冊の本を抜き取ろうとした時、横に合った小箱を落としてしまった。
そこには栞が入れられていて、床には色とりどりの栞が散らばった。

今日はよく物を落とすなぁ、と思いながらそれを拾い集めるとおかしなことに気付く。
文庫本の数と栞の数が合わない。

本を買うといつも栞がついてくる。でも栞の数だけ一枚足りないではないか。
買った順に収められている本と栞を見比べると、去年の春に買った分の栞がない。そのときは二冊の本を買ったのに一枚しかなかった。
そう、オレンジ色の地に水玉模様の絵柄の栞。

そのとき、ぽっかりと空いた穴を埋めるようにだんだんと記憶が蘇っていった。

違う。
覚えていなかったのは、私の方だ。





朝、いつもより早く起きて家を出た。
目が覚めた、というよりは眠れなかった。
一分一秒も無駄にはしたくなくて、学校までの道のりも走った。
朝ならきっとテニスコートにいると思ったのに彼の姿は見つからない。

「自分、どうしたん?」

息を切らして顔を上げれば、金髪の男子生徒がいて、私にしては珍しく初めて出会ったその人に詰め寄った。

「あの、白石君はまだ来ていませんか?!」
「白石?あいつは自分のクラスに用があるとかで——」
「教室やね?おおきに!」

彼の言葉を最後まで聞き終わらないうちに、私はもう一度駆け出した。

どうやら神様はまだ私のそばに居るらしい。
でも、ここからはちゃんと自分で頑張るからほんの少しだけ勇気をお借しください。



勢いよく開けた教室には、金髪の彼が教えてくれた通り白石君がいて私の席の前で立っていた。私の机には生徒手帳が置かれている。

「白石君っ」
「え?自分、なんでこんな朝早く……」

酸素が足りなくなった頭を必死に回転させて、言葉を探す。

「私、白石君に言わきゃならんことある」
「俺も君に伝えなあかんことがある」

酸素を肺に取り込んで、頭をすっきりさせる。

「ごめん!」
「すまへんかった!」

二人の声が重なって、朝の陽ざしをいっぱいに取り込んだ教室に響いた。
視線が合って瞬きをして、気付けば互いに小さく笑ってしまっていた。

「俺の方から先にええか?」

白石君は顔を上げて私を見た。だから私はひとつ頷いて次の言葉を待った。
彼は私の机に置いた生徒手帳を開いて、中をこちらに向ける。そこには今日も変わらずに私のお守りが収められている。

「この絆創膏、去年俺が君にあげたものやろ?」
「…うん」
「君が帰ったときの泣きそうな顔見て、やっと思い出したんや。そういえば去年の春、泣きそうな女の子に絆創膏あげたってことに。だから、昨日は無神経なこと言って本当すまんかった」

白石君がその長身を折りたたんで謝るものだから、私は彼に急いで駆け寄った。

「白石君、そんな謝らんといて。それに、先に謝らなあかんのは私の方や」

顔を上げた白石君と目が合う。
私は部屋から持ってきた栞を胸ポケットから取り出した。

「これ…」
「去年、絆創膏をくれた男の子に代わりにこれと同じ栞をあげたんや。白石君の方が先に私に気付いてくれたのに、無神経なこと言った。本当にごめんなさい」

私が頭を下げようとすれば、両肩を優しく掴まれてそれを制された。

「もうやめようや。お互い様や」
「せやね」

彼が手に持っていた生徒手帳が私に渡された。一年越しに持ち主の彼に会えた絆創膏のウサギが笑ったような気がした。

「あと、もうひとつ伝えたいことがあんねん」

白石君は真っすぐに私を見た。
朝の日差しは眩しいくらいの白なのに、彼の頬は夕日に照らされたくらいの赤色に染まっている。

「保健委員に立候補した本当の理由、君が手を上げたからや」
「え?」
「栞もろうた日からずっと君の事気になってて、やっと同じクラスになれたのになんて話しかけていいか分からんくて…。でも君が保健委員に手を上げたから俺も立候補したんや」

心臓が波打つのを感じる。

「私も、絆創膏くれた日からずっと気になってた。でも話しかけるキッカケ見つけられんくて…。だから白石君が保健委員になってくれて嬉しかったし、たくさん話せるようになって毎日が楽しいんよ」
「本当か?」

神様、頑張るからちゃんと見ていてくださいね。
私は生徒手帳を握りしめて、息を吸い込んだ。

「あのね、私、白石君の事が好き。だから毎日が楽しいんよ」

彼の色白の肌がより一層赤く染まった。
その顔は今まで見た中で一番やさしい顔つきをしていた。

「俺も、君の事が好きなんやわ。もっと話したいし、一緒に居たい思てる。付き合ってくれますか?」



今まで私にチャンスをくれてありがとうございます。

でもな、神様。
私の記憶をもう少し早く蘇らせてくれてたら、こんなややこしくはならへんかったんよ。
まぁ、綺麗な花には毒があるように、神様も少し意地悪くらいがちょうどええんやね。

これからは神様ではなく白石君に見守ってもらうんで、しばらくは休んどってくださいね。




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