“愛の告白”うたってみた!

スマートフォンというものが普及し、気軽にどこでもネットに繋げることができるようになった。そして動画サイトやSNSの発達。そうした現代の産物のおかげで、私のような一般人でさえもネット上で少しだけ有名人となったのだ。

「財前、何見てんの?もしかしてエロ動画?」
「アホか。最近気に入っとる人の動画」

スマホからイヤホンのプラグを抜き取って、賑やかしい音楽が隣の席から聞こえてきた。軽快なピアノ音にドラムベース、この曲はまさに彼女の代表曲といっても差し支えない、緑髪の歌姫がうたったもの。
しかしそこから聞こえてくるのは電子音に近いような声ではなく、生身の女の声。
そう、それ私の声やわ。

「歌ってみたシリーズで動画上げてんねんけど、この人めっちゃ歌うまいねん」
「へーそうなんかぁ」

エロ動画ではないと分かった途端、興味を失った男子生徒は早々に話を切り上げて別の男子のおしゃべりの輪へと加わりに行った。特に気にも留めず、再びスマホのプラグにイヤホンを差し込もうとした彼と目が合った。
その言葉、マジですか財前光。

「煩かった?」
「別に、大丈夫やわ…」

誰がこんな身近にボカロ曲の歌ってみたシリーズを好き好んで動画サイトで再生する人間がいると思っただろうか。
しかもそれが“あの”財前君だとは。
彼は見ての通りのイケメンで、五色の派手なピアスを付けてるくせに髪は黒と落ち着いており、淡々とした口調と一匹狼っぽいところが女子に人気だ。日ごろから彼がスマホを弄ってるところはよく見るが、他の男子生徒と同じくゲームでもしているかと思っていた。が、彼はどうやら私側の人間であったようだ。

見られるのが嫌なら動画なんか上げるなよ、というのが当然の意見だと思う。
しかし同じ年代の女の子たちがアイドルの歌などが好きな中、自分だけそうでないというのも言い出せなかった。自分の好きなものなのならもっと自信を持てばいいと言うけれど、私たちの年頃では“個性”よりも“協調性”を大切にしなければ学校生活はとても生きにくい。かといってこの好きという気持ちを自分の中に収めておくことなどできなかった私は自分の好きなものをさらけ出せる場所として動画の世界を選んだ。投稿数が増えるうちに自然とフォロワーも増えていき、最近では定期的にコメントを書き込んでくれる人もいる。

動画と言えども、顔出しはしていないわけできっとバレるはずはない。
でも彼のスマホから漏れでた私の声は、やけにこそばゆくて、その日は胸のところがやけにむずむずした。





放課後、私は日誌を自分の机に叩きつけた。
もう一人の日直はというと、今日は彼氏とデートということで残りの仕事を全部押し付けてきた。「あんた彼氏もいないし、部活も入っとらんから暇やろ?ほな、よろしく!」こっちは帰ったら動画一本上げようと思っとったのに!

先週あげた動画に書かれたコメントのおかげで私のモチベーションはかなり上がっている。
「声キレイで何回もリピしてます!投稿をいつも楽しみにしているのですが次はぜひこの曲を歌ってほしいです!」だって。
さすがにその人にだけコメントを返すわけにはいかないが、今回はリクエストがあったその曲を歌ってみようと思っている。

机に叩きつけた日誌を開き、中を見る。うわ、マジで何にも書いてないやん。
イライラを押さえつけるため、自分の耳にイヤホンを突っ込んでスマホで今日収録予定の曲を流す。もちろんこれは原曲で、元の音楽の良さを大切にしどこまで自分のアレンジを入れて歌うか常に気を付けている。帰ったら何本か撮って一番いいのあげないとなぁ。

「アンタって歌うまいんやね」

ほぼ書き殴りに近い文字で日誌の欄を埋めきり、イヤホンを外した直後に頭上から降ってきた声。
え、嘘。もしかして私、歌とか口ずさんでました?
ノリノリでサビの声の裏返り部分を熱唱してました?

「ザ、ザイゼン、クン……」

スマホの音声認識機能の方がはるかに流暢に話せただろう。それくらいカピカピな声しか出なかった。
彼はというと片耳からイヤホンを外して私の前に立っていた。でもその目はいつものようにぼんやりと遠くを見つめているようなものではなく、ちょっとだけ見開いて興味深そうに私を見ていた。

「そういう歌、うたうんやね」
「え?えー……私の声じゃなくてスマホからの音じゃない?」
「イヤホン繋いでも聞こえるくらいバカでかい音量で音楽聞いてたん?」
「そんな大声で自分歌ってたん!?」
「やっぱりアンタやん」

これはハメられたのか!いや、それよりも私の声の大きさの方が重大だ。
放課後で校内に生徒は少ないと言えど、イヤホンで音楽を聴いていた人間が聞き取れる位には声が大きかったのか。とすると廊下まで聞こえていた可能性もある。
これでは公開処刑ではなく公開自殺やで。

「そ、そんなに声聞こえてましたかー…?」
「いや。アンタの口が動いてんの気付いて近寄ったらやっと聞き取れるくらい」
「全然大きくないやんか!」
「それはいいとして、俺が好きな曲うたっとったからびっくりしたわ」
「へぇー…そうなんかー…。財前君は何しに来てん?」
「あぁ、課題プリント忘れたから取りに来たん。で、さっきの曲のことやけど——」

日誌やらペンやらをいそいそと机の上から片付けて、彼への会話もそこそこに荷物をまとめる。
こちらが話題を変えようにも、普段物事に無関心な彼にしては珍しくなかなか食い下がらない。
どうかもう帰してください。私のためにも、そしてコメントをくれた人のためにも。

「俺、自分で曲作ったりもするからよく音楽聞くねん。でも歌は人間が歌っとる方が好きやから最近動画漁っとるんやけど、自分はそういうのに興味あらへんの?」
「まぁ、私もこういう感じの音楽好きだしよく聞くけど、さすがに自分で歌った動画までは撮らへんわ」
「誰もそこまで言うてへんわ」

あかん、墓穴掘った。気が動転している私ではこれ以上彼と話していてもボロがでるだけである。

「そうだ!用事あるんやったわ。ほな、また明日な財前君!」

鞄を持ち、時折机にぶつかりながらダッシュで教室を後にした。
財前君に曲を作るほどの才能があったなんて意外だ。その点に関してはぜひ彼の話を聞いてみたかった。でも身バレを覚悟してまで聞く勇気はない。

まぁ、きっと今日私に話しかけたのだって気まぐれだ。
明日になったらいつも通り耳にイヤホンを突っ込んで気だるそうにスマホを弄る彼が隣の席にいるのだろう。





結局、昨日は5本ほど動画を撮って一番出来がいいものを編集して上げたら寝たのは日付が変わってからになってしまった。

眠い目をこすりながら欠伸をして自分の席に着く。幸いテニス部である財前君は朝練が終わっていないのかまだ教室には来ていなかった
。そういえば昨日は動画を上げてすぐに寝たせいでコメントなどをチェックしていなかった。
スマホ内の動画アプリを立ち上げ、昨日の動画を確認する。コメントも数件書き込まれており、再生回数も伸びて高評価の割合からも反応は中々だった。

「やっぱアンタもその動画主好きなんやね」

まさに昨日と同じようなタイミング。君は私が油断している絶妙なタイミングで声を掛けてくるね。ほんまいけ好かないわぁ。

「オハヨウ。ザイゼンクン」
「それ昨日も思ったけどなんもおもんないわ」

彼が覗き込んだ私のスマホを瞬時に電源を落とし机に伏せた。
そんな私を特に気にする様子もなく、彼は私の隣である自分の席に荷物を置き、それを片付けるよりも早くポケットからスマホを取り出し私の前に突き付けた。それは私の動画チャンネルの画面で、見事に彼は私の事をフォローしてくれていた。
いや、でもそれよりも驚いたことがある。一瞬見えた画面の右端に表示されている“ぜんざい”さんの善哉のアイコン。それは紛れもなく私にコメントを残してくれた人の物だった。

「俺がリクエストしてくれた曲歌ってくれてなぁ。めっちゃ驚いたけん感動したねん。アンタも聞いたやろ?」

そりゃあ歌いましたからね!
でも私は喜々として見ていたコメント主が財前君だったことに驚いとるんですわ!

きっと彼に私が動画を上げてます、と言ってもそれを必要に周りに言いふらしたりはしないだろう。けれど彼は一応は私のファンなわけで、もしかしたら動画主をあの緑髪の歌姫並の美少女と夢見ているかもしれない。
それを隣の席の同級生でした!と笑ってぶち壊すのは気が引ける。

「せやね〜めっちゃ良かったわぁ〜…」

朝一で私に話しかけてくれた彼の行為を無下にもできず、自分で自分の動画を褒めた。
胸のところがむずむずする。
そんな私の様子を伺うよう、チラッと視線を投げかけられた。

昨日逃げるように帰ったことなら謝るからその目はやめてくれ。
いや、ちょっと待てよ。もしかしてこれはリスナーさんから生の声を聞くいい機会なのでは?
コメントは残るし不特定多数の人にも見られるのでなかなか本心での感想は書けないもの。だからこそ、disられるのも覚悟でそれを聞いてみたくもある。

「財前君はその人のどこがええの?」

先ほど彼がしたようにチラッと視線を投げかける。
手元のスマホから顔を上げせやね、と一度考えてから口を開いた。

「まぁまず声やな。あと、この人動画上げるたびに歌上手くなんねん。最初の頃はただ歌ってたかんじやけど、今は原曲大切にしながら自分の色を着けてる感じ」

なんやそれ。なんやそれ。なんやそれ!
急に真顔で褒めだすのやめてぇな!ってか最初の方の動画は割と黒歴史だから触れんといて!

私が一番大切にしてたこと、なんでそんなドストレートに理解してくれてんのや。
自己満足で動画を上げ、同じ趣味を持つ人たちと少しでもそれを共有出来たらなぁという思いはあった。再生回数が伸びることに喜びを感じるが、理解してほしいという図々しい気持ちまでは微塵もなかった。
それなのに、なんで財前君はそんな簡単に私の事分かってくれるんや。

「ありがとうなぁ!」
「は?なんでアンタがお礼言うん?」
「え、いや、私もそう思っとったから同じ意見を持つ者に出会えて嬉しくてなぁ。つい先走ってお礼をー……あはは」
「ほーん」

なんとも間の抜けた返事。しかし、重そうな瞼が乗っかった彼の眼付きの悪い視線は私の様子を探るように見ていた。
言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。
でもこれ以上動画主に関しての事はやめてください。
それ以上、言われようものなら顔から文字通りの火が出そうですもの。
心から頼みますわ。

「なぁ、これ聞いてくれへん」

彼は椅子ごと一歩私に近寄って自分のスマホを差し出した。
手を伸ばし彼のスマホを受け取ると画面にはシンプルにもでかでかと再生ボタンのマークが表示されていた。イヤホンつけてから再生してな、という彼の指示のもと自分のイヤホンを差し込んで再生ボタンを押す。

そこから流れ出てきた音楽は、私がいつも聞くジャンル調の音楽で、けれど初めて耳にしたものだった。
とても軽快で、でもそれと同時に不協和音が要所に入れられていて切なさを感じる一面もある。気付けば3分余りのそれを聞き入ってしまっていた。

「めっちゃええ曲やん!今までに聞いたことない音の組み合わせもあってすごいわ!私ファンになった!これ誰の曲なん?」
「ほんま?それ、俺が作ったんねん」

マジか!これが、昨日言っていたやつか!
自分のイヤホンを引きちぎるように外し、あまりにも大はしゃぎしすぎて、そしてべた褒めしたせいか視線を彷徨わせている財前君。
君でも照れることがあるんやね。

「財前君すごっ!このままにしとくのもなんか勿体ないわぁ。配信とかしたりせんの?」
「いや、せっかくやから歌とか付けよ思てる。で、アンタに頼みたいんやけど」
「は?」
「歌詞かいてうたって」
「ナニイッテルノ?」
「だからそれおもんない言うとるやろ」

彼は私の手から自分のスマホを取り上げた。
いやいや、私は歌うの専門で作詞とかできへんし。
というかそもそも財前君には鼻歌が上手い程度の女として認知されているはず。こんなド素人に頼んだら財前君の曲が台無しや。

「いや、歌詞とか書いたことないし歌うのも無理やって」
「物は試しでやってみん?歌付けれたら曲もアンタにあげるわ」

ピロリン、と机の上で伏せていた私のスマホが鳴る。
見ればメッセージアプリが新しい友達の承認を促していた。“財前光”と表示された画面。
私、いつID教えたっけ?あ、違う。前にクラスでグループを作ったからそこから飛んできたのか。

特に躊躇することもなく、彼を承認すればすぐに通知とともに音声データが送られてきた。

「さっきの音源送っといたから、まぁよろしく」

勢いよく教室のドアが開かれ、元気のいい担任の声と共に皆が自分の席へとがやがやと戻っていく。
彼は自分の話したいことが一通り済んだのか、鞄から荷物を取り出し整理している。

マジで私が作詞するん?
今まで全く興味がなかったわけではないが、あんなにも素敵な曲に一から歌詞を付けるとなると申し訳なくさえ思えてくる。
でもちょっとだけ、ちょーっとだけやけどやってみたい気持ちもある。

まぁ財前君が作った曲のファンとしてやったりますか!と図々しくも“ぜんざい”さんの横で思った私であった。





ここ最近は自分の動画投稿もそっちのけで財前君の曲を聞きまくって、ネットで歌詞の書き方などを調べ作詞に挑戦していた。

無理と思っていたものの凝りだすととことんやりこんでしまう私はいくつか断片的ではあるが詞を書きあげていった。
今日はそれを財前君に見てもらおうと放課後、視聴覚室で待ち合わせしている。
彼は図書委員の仕事が終わってから来るとのこと。待っている間、私はイヤホンで音源を聞きつつ、いくつか書いてきた詞を口ずさむ。

「ええ感じやん」

またも絶妙なタイミングで現れる君。もう慣れたんやからそんなことで驚かへんわ。

「委員の仕事お疲れ様。これ書いてきたよ」

私が先ほどまで見て口ずさんでいたプリントを渡す。
彼は一通り目を通してから、自分のスマホで音源を再生し口ずさむ。

意外と歌声は高めで澄んだ声してるんやね。

「ええな。ん?そっちは何や」

机の上に置かれたファイルからはみ出したもう一枚のプリント。そちらも書き下ろした詞なのだが途中で断念したもの。
作詞するときはテーマを決めた方がいいとどこかに書いてあったのだが、これはテーマランキング一位にあった“恋”を題材に書いてみたもの。でも書いてる途中でむず痒くなってやめてしまった。

「ボツのやつ」
「見せえや」

一瞬、抵抗してみたものの依頼主に歯向かうわけにもいかず、渋々それを渡す。
一通り目を通していたようだが、何故か彼の顔がだんだんと赤く染まっていく。
空調設定たかかったんかな?

「暑いんか?」
「アンタ、誰の事思い浮かべて書いたん?」
「それはー……」

まぁ好きな人なんかいないから適当に……あ、でもそれだと書きにくいからこの前の財前君に褒められた喜びとか財前君のファンとしての気持ちを綴ってー……ってあれ?財前君のことばっかり?

「五色のピアスとか、目つきが悪い男とか、隣の席の黒髪とか……」
「ちょっ!やっぱそれ返して!」
「は?嫌や。ってか暴れんな!」

私が財前君のことを?いやいや、ありえへんでしょ!
その後、取っ組み合いの喧嘩をするも男の彼に敵うはずもなく私のもう一枚の詞は奪われたのであった。





あんなにのめり込んだ作詞も、頭に靄がかかったようにすっきりしなくて進まない。

天気もいい週末の午後。絶好のテニス日和やなぁと普段なら思わないことが頭に浮かんだ。
自分の部屋のベッドに転がってスマホを弄る。もちろん耳に突っ込んだイヤホンからは財前君が作った曲が流れていた。
もう随分と前に投稿した動画コメントを見返すと、後から書き込まれたものがいくつかあった。そこに目に付いたアイコンがひとつ、「次は恋愛ソング聞きたいです」

「ぜんざいさん、やんな……」

久しぶりにPC横の機材も立ち上げる。親がいないことを確認し、歌なしの音源を探して、私はマイクを手に取った。



無事に収録を終え、日付が変わる前には編集まで終えることができた。
これをぜんざいさんが聞いたら、また財前君が私に話しかけてくれるんかな。それが喜ばしくもあるのだけれど、なんか頭がうわぁぁって熱くなって——

「溶けてしまいそうやわぁー……」

言葉がこぼれ落ちたと同時に、投稿ボタンを押した。





私が教室に来るも、いつも通り朝練のある彼はまだ席にはいなかった。
そういえばぜんざいさんからコメントがあったのかと確認するも書かれていない。

「おはよ」
「あ、おはよう」

スマホを伏せるも、きっと私の画面も見えたはずなのに今日はそれ以上会話を続けることなく財前君は自分の席へと着いた。
そして荷物を片付けるよりも早くスマホを取り出した彼を、本人に気付かれないように見ていたら自分のスマホが鳴った。

<放課後、視聴覚室きて>

え、なんで隣の席おるのにスマホでやり取りするん?

「なぁ、財前君」

彼の耳にはイヤホンが付いていて、私の言葉は彼には届かず机に落ちた。

≪ええよ。でも作詞は進んでへんよ≫
<そのことじゃない>
≪うん?≫
<絶対来てな>

直接言えばいいのに。
あとな、財前君。
そのイヤホン、スマホに繋がっとらんよ?

彼は相変わらず無表情のまま、その眼付きの悪い視線でスマホを見ていた。



視聴覚室は特別棟にあって、静かで居心地がいい場所だと思う。

扉を開けると、今日は私より先に財前君がそこにいた。気配に気づいてこちらを見た彼と目が合う。
なんだろう。なんかこそばゆい。
窓から差し込む日の光に当たる彼がやけに色っぽく見える。

「ごめん。待った?」
「別に」

彼の隣の席までいくとイヤホンが差し出される。

「ん」
「はい?」

意味が分からず硬直していれば身振りで耳に入れろという指示が。
私の物より高価そうなイヤホンがぴったりと耳に収められると、彼はそれと繋がっているスマホを操作して再生ボタンを押した。

いつもなら電子音が軽快なリズムを創り出すのに対し、今日はなかなか音が聞こえてこない。イヤホン壊れてるんじゃないの?と思った時、そこから低い男の声が聞こえた。機械を通しているもののその録音されている声の主が分かり、私は隣に座る人物を見た。
スマホを握る彼の顔は私とは正反対の方向に向けられていてその表情を読み取ることはできなかったが、耳だけがやけに赤く染まっていた。

「えーっと、ぜんざいです。いつもアンタの動画楽しみに見させてもろうてました。アンタの声めっちゃ好きで、んで、この前の恋愛ソングも最高やったわ。……ここからは財前としてやけど、俺アンタの事が好きです。付き合うてください」

とっくに再生時間は終わっていたのに私はイヤホンを外せずにいた。
“ぜんざい”さんは私が歌い手だと気付いていた。
しかしそれよりも財前君が私を好きなことが信じられなくて、さっきの録音を頭の中でリピートしていた。

今までそっぽ向いていた彼が私の方を向き、両耳からイヤホンを抜き取った。
彼の指がわずかに私の耳に触れ、髪をとかす。そのとき触れた彼の手は熱かった。
いや、もしかしたら私の耳の方が熱かったかもしれへんけど。

「最後まで聞いたか?」
「うん。私が動画主だって知ってたんや…」
「おん。声でなんとなくそう思てて、放課後歌ってた時に確信した。それにしてもアンタ挙動不審すぎてバレバレやったけど」
「そっか」

財前君らしい言い方と、自分の今までの態度を思い出し自然と笑いがでた。
でもこの緊張した空気は消えることなく、不意に財前君と目が合う。

「で、返事は?」
「は?」
「アホか。俺、アンタの事好き言うたやろ。んで、返事」

彼の曲をべた褒めしたときよりも照れくさそうに言った。
でもその視線は私だけを見ていて、胸がいつも以上に疼いた。
それはファンとして好きと言われた事よりも、私を好きと言ってくれた彼に、だ。

「私も財前君のこと好きみたいや。付き合うてくれますか?」

今まで私のファンでいてくれた彼。
そして私は彼が作る曲のファンだ。

きっとそうなった時点で私はとっくに彼に惚れていたのだ。

「ん。これからよろしゅう」
「こちらこそ。あ、さっきの録音ちょうだい」
「は!?渡すわけないやろ!ってかどうするつもりや!」
「私のチャンネルで上げる」
「アホちゃうか!」

あの曲にはやっぱり“恋”の詞をつけよう。
そして彼のセリフを頭に付ければ私ひとりでも100万回再生は余裕やわ。

タイトルは【“愛の告白” feat.ぜんざい】で決まりやな!



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