In The world of fantasy

茜色に染まった教室。
トルソーに着せられた紫に近いピンク色のワンピースが、さらに濃く染まった。
わずかに開かれた窓からの風でスカートの裾につけられた白色の繊細なレースが甘く揺れる。

きっとヒロインの子が着たら可愛いんだろうな。
これを着てあの名セリフを言う姿が想像できる。
「ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの。」ってね。

「手を休めないで。そこが終わったら次は袖口部分もお願いしますね」

そんな空想世界から一瞬にして現実に戻される。
別の衣装で同じくレース付けを行っていた男がぴしゃりと言ってのけた。
ちょっとくらい見とれさせてくれてもいいじゃない、観月はじめ。

「ねぇ、これ本当に手縫いじゃないとダメなの?ミシンの方が早いよ」
「これだからガサツな人は困ります。繊細なレースは手縫いでなければ形が崩れてしまいます。口より手を動かしなさい」

すでに寸法を測りおえていた袖口用のレースを手に取った。
11月の文化祭で私達クラスは出し物として演劇を選んだ。飲食店との意見も上がったが、演劇部員が多かったのと脚本を考えることができる観月君がいたことですんなりと決まった。

「ロミオとジュリエットかぁ。結構、定番だよね」
「そうですね。しかし、だからこそシナリオの作りがいがあります」

口より手を動かせと言った割には私のお喋りに付き合ってくれている。でも手を休めない辺りはさすがだ。

「だから私は“鏡の国のアリス”が良いって言ったのに」
「それは演劇向きではないでしょう」
「観月君が提案した“ティファニーで朝食を”も演劇向きじゃないよ」
「映画化はされています。貴方こそせめてそこは不思議の国の方でしょ」

パチンと右袖のレースを縫い終えて糸を切った。
彼も一度糸を切り、次は襟の部分に付ける用のレースを手に取った。

「私は鏡の国の方が好きなの。キャラクターも多いし、マザーグースの詩も出てくるから観月君の出番もあるよ」

去年のクリスマス礼拝を思い出す。
観月君の讃美歌独唱は本当にすごかった。きっと今年もその大役は彼に任されるであろう。

「僕が歌うのはそういう歌ではありません。原作を読んだことはありますが、あのようなナンセンスな笑いは僕には向いていませんでした」
「私はハンプティダンプティのアンバースデープレゼントの件が好きだった」
「それならまだジャバウォックの詩の方が理解はできますね」

観月君は中々の博識で、私が好き勝手話してもちゃんと会話を続けてくれる。
だからお構いなしに話を続けてしまうのだ。

「カラスと書き物机がなぜ似ているのか、観月君はこの答えを知ってる?」
「簡単ですね。なぜならどちらも非常にflatながらにnotesを生み出す。それに決して前後を取り違えたりしない。“決して”の綴りをnevarにしたのはカラスの綴りと逆にしたかったからです」
「そこは分からないって答えるところでしょ」
「アリスは貴方なのですから僕がそう答える必要はないでしょう」

パチンと隣で音がして、観月君が立ち上がった。
どうやら彼の方は完成したのか、ロミオ用のコートを揺らしレースの形を確認している。

「私がアリス?」
「好奇心が強く、いつウサギを追いかけてもおかしくない行動力があります」
「違うよ。鏡を通り抜けるんだよ」
「全く貴方という人は…。どちらも夢落ちでしょう」

私も余った糸を切り落とし、ワンピースを見た。
その様子を見た観月君が私の方へと近づいてきて、縫い付けたばかりのレースを確認する。

「これは驚きました。意外と丁寧にできるじゃないですか」
「本当?観月君に褒めてもらえれば大丈夫そうだね」

と、喜びつつもまだ数着この作業が残っている。
観月君が役者以外の生徒の仕事を割り振ったのだが、衣装係は私達ふたりだけだ。衣装係と言っても、元の服はあるのでレース付けと役者の丈直しくらいなのだが中々時間がかかる。

「今日はここまでにしましょうか」
「そうだね」

裁縫道具を片付けて、帰る支度をした。
家庭科室に鍵をかけ、それを職員室へと返しに行く。

「途中まで一緒に帰って差し上げましょう。貴方を一人にしておくのは心配ですから」
「いいよ。じゃあ謎々をしながら帰ろっか」
「謎々ですか?」
「犬から骨を引くと答えは何になるでしょうか?」

盛大なため息を付いた彼に次々に謎々を出していく。
この日、初めて観月君と一緒に帰った。
彼の困った顔が面白くて、でもしっかりと私の話に付き合ってくれるのが嬉しくて、やっぱり話は尽きなかった。





今日も変わらず放課後は家庭科室へ。
ふたりにしては広すぎるようにも感じるが、トルソーにかかった衣装のおかげで人口密度は高い。
しかし昨日よりも数ミリ、トルソーが動いている気がする。
夜中にお喋りでもしたのだろうか。
「貴方のレース綺麗ね」「もちろん。彼女が付けてくれたのよ」ってね。

「観月君、ここ破けてるかも」

そんな空想話を現実と裏付けるかのような証拠が発見された。
キュピレット夫人用の衣装が何かに引っ掛けたようなに破れている。繕えなくもないが布をより合わせればそこが不自然になるくらいには大きい。

「本当ですね。別の布を縫い合わせるしかなさそうですが…」

そう言って家庭科室に置かれている布の束を見るも同じような色の物はなかった。

「しょうがないですね。買いに行きますか」
「今から?」
「当然です。明後日には役者に再度確認をしてもらわなければいけないのですから時間は無駄にできません。ほら、行きますよ」



劇の練習や小道具を作っているクラスメイトを差し置いて、賑やかな街へと足を向ける。
本来ならば学校にいなければならない時間に抜け出すのは中々優越感に浸れる。

「ねぇねぇ、観月君」
「何ですか?」
「あそこの雑貨屋さんのヒツジのぬいぐるみ、ぬいぐるみだと思う?」
「日本語が矛盾していますよ」
「あれは赤の女王が成りすましていると思うの」
「あぁ、第五章の“毛糸と水”の話をしているのですね。では確かめてみたらいいじゃないですか。棚を見て空っぽになれば、あれはぬいぐるみではなく女王ということになるでしょう」

なるほど、と駆け出しそうになった腕を掴まれる。

「今はそこに寄っている時間はありませんよ」
「せめて卵だけでも……」
「ジャバウォックの詩なら僕が解読して上げます。ほら行きますよ」

ここで現実の話をしない辺り、彼は優しい。

しかし、彼という新キャラクターのおかげでハンプティ・ダンプティはお役御免となりそうだ。
第六章は“観月はじめ”に変えておこう。



寄り道をせずに着いた洋裁店で元の生地と同じ色の物を探す。幸いお目当ての色の布はお店にあり無事に購入できた。
すぐに学校に戻らないと、と空想から目覚めた私は思ったのだけれどそうはならなかった。

「おや、このデザインも素敵ですね」

先ほど私に言ったことをすっかり忘れてしまったらしい。
彼はレースやら端切れの布等を物色しては次々と手に取っていく。それは世間一般的な中学生意見として、決してセンスのいいものとは言えなかったが彼らしくもあった。
彼のキャラクター紹介に「忘れっぽい。センスが独特。」と書き足して声を掛ける。

「時間は無駄にできないんじゃなかったの?」
「少しくらい良いではありませんか。ほら、これとか綺麗でしょう?」

そういって手に取って広げたのは、なかなかに派手な花柄の生地。
地の色は濃い紫で、花の周りにはラメの入った糸で縁取りがなされている。この生地からいったい何が作られるのか、私には想像もつかなかった。

「随分と個性的な柄だね」
「貴方もそう思いますか?この色遣いがいいですよね」

褒めたわけでもないのだけれど、彼は満足そうに頷いている。
感性は人それぞれなのだから否定するつもりはない。
しかしその生地をロミオのジャボ(スカーフのようなネクタイ)に使うと言い出したため全力で阻止した。



洋裁店から出る頃には日が傾きかけ、電柱の影と茜色に染められたコンクリートの模様で歪んだチェス盤を創り上げていた。
赤と黒のチェス盤も中々にナンセンスだ。
「白の女王様、どうぞ安心してください。私が黒のクイーンとなり赤の女王をチェックメイトしてみせましょう。」なんて空想のネタにもなってしまうくらいに素敵な景色である。

「あの生地はロミオの衣装に使いたかったのですが残念です」
「もうその話はお終いにしようよ」

はぁ、とため息を付く観月君を見た。
博識なのでてっきり優等生の常識人かと思えば、なかなかに変わっている。
私も人の事をとやかく言える性格ではないけれど。

「観月君も面白い性格してるよね」
「おや?貴方に言われるとは思いませんでした」
「自由奔放なところもあるっていうか。ホリーみたいな感じ」
「“ティファニーで朝食を”を見たのですか?」
「観月君が言ってたから気になって見たよ。面白かったけどお蔭で寝不足です」
「どうりで今日の貴方はいつにもまして上の空だと思いました」

すっかりいつもの調子を取り戻した彼は、得意げに手の指に髪を巻き付けて話をしている。

「いつもじゃないよ」
「よく授業中、窓の外を見ているでしょう。アリスみたいに空想ごっこをしていたのではないですか?」

していない、とも言いきれず返す言葉が見つからない。
確かに授業中ぼーっとしていることもあるけど、何故それを彼が知っているのだ。

「あの映画の続きを考えてたの。猫になんて名前を付けたのか、気にならない?」
「そうですねぇ。貴方の中で答えは出ましたか?」
「“ティファニー”って名前を付けたと思う」
「なるほど、彼女はずっと憧れていましたからね。でもだからこそ僕はそれはないと思いますよ」
「どうして?」
「手に入れないからこそ、よりそれが尊く美しく思うものです。それに、それよりも価値あるものを見つけられたと思います」
「ポールってこと?」
「それもありますが、まだお子様な貴方は答えを知らなくていいでしょう」

何とも腑に落ちない。
ちょうどアリスの倍は年上であるのだ。この扱いはひどすぎる。

「それに正確な答えなどないのです。空想が得意の貴方なら答えを知らない方が楽しいでしょう」

彼のキャラクター紹介に「一枚上手」と書き足した。

歪んだチェス盤をそれでも真っすぐに進み学校へと駒を進めた。
しかし夕日がさらに傾いてチェス盤が姿を消したため、この勝負はお預けである。





「衣装間に合ったね」

トルソーにかかった衣装を見まわした。
明日金曜は二度目の衣装合わせだ。そこでサイズなどに問題がなければ次は小道具の方の仕事を手伝うことになる。

「僕が計画を立てたのだから当然でしょう。これも全て…」
「シナリオ通り?」
「……先に言われてしまいましたね」

面白くなさそうに私を睨んで鼻を鳴らした。
私は満面の笑みである。

「そういえば貴方にこれを貸してあげましょう」

彼が鞄から出したのは一枚のDVD。そこに書かれた文字を見ると“麗しのサブリナ”と書かれていた。

「これは?」
「オードリー・ヘプバーンの映画ですよ。そんなことも知らないんですか」

逆に何故私が知っていると思ったのだろうか。
でも彼は知らないと分かっていたからこそあえて言っているのである。だからこそ、人差し指に髪を巻き付けて自慢げに私を見ているのだ。

「ローマの休日しか知らないよ」
「“ティファニーで朝食を”が面白かったのならそれも見てください。きっと貴方も気に入るはずです」
「ではお借り致します」

彼に敬意を払うよう、大袈裟にそれを言ってのければ嬉しそうに口角を上げるのだ。
紹介文に「意外と扱いやすい」と追加する。

「あ、でも今夜見る必要はないですよ。明日の衣装合わせで空想ごっこをされても堪りませんから」
「そんなにいつもぼーっとしないよ!」
「週末にでも見てください。いいですね」

最後にもう一度念を押されて、二人で家庭科室を後にした。

チェスの続きをしようにも、11月の日暮れは早く再開はできなかった。
いつもは空想に浸りながら帰る家への道。
でも彼と一緒の帰り道は、空想以上の常識にとらわれないような話をしながら帰るのだ。





衣装合わせも問題なく終わり、自分の仕事は全うできたわけだ。
彼おすすめの映画は、純粋に面白かった。面白かったというと語弊があるかもしれないが、当時の時代背景ながら、男性と同じくらい女性が恋愛に積極的だった姿が印象に残っている。

私が自信満々に「月が私に手を伸ばしているのよ」とサブリナの真似をすれば、役者のセンスがあると観月君に褒められた。
パリに行った二人はその後どのように過ごしたのだろうか。そんな未来予想図が私の空想のネタになりそうだった。

だから、そんな素敵な作品を貸してくれた彼にお礼をしたくなった。

「観月君、ジャムとか食べる?」
「ジャムですか。休日の朝食は自分で用意するのでその時食べたりしますが」
「じゃあこれあげる。貸してくれたお礼ってことで」

透明の袋に入れられたジャム瓶を手渡した。ついでにラッピング用の可愛いリボン付きである。
朝がパン食である我が家ではジャムがご飯のお供だ。行きつけのパン屋さんのアプリコットジャムが美味しくて、先日買いに行ったときひとつ多めに買ってきていた。

「僕が好きで貸したのですからそこまでして頂かなくてもいいですよ」
「それ美味しいから食べてみて。紅茶に溶かすのもおすすめだよ」
「紅茶ですか?」

しばらくジャムを見つめていた観月君の目の色が変わる。
あ、めんどくさいことになりそうだと本能で分かった。

「ロシアンティーだよ。知らない?」
「それくらい知っています。しかしそれは質の悪い茶葉を美味しく飲むために考案されたものであって、僕からしてみれば邪道です。レモンティーも僕は認めませんよ」
「でも美味しいよ?」
「貴方は紅茶の本当の良さを分かっていないんです。茶葉で淹れた事ないでしょう?」

紹介文に「紅茶にうるさい」と追加する。
相変わらず痛いとこをついてくる。
紅茶の淹れ方とか分からないし、正直パックと大差はない気がする。
しかしそんなことを言えば彼のお説教にも似た長話が続きそうだ。

「茶葉で淹れた方が美味しいかもね」
「そうです!まずはティーポットを温めることが重要です。カップもお忘れないように。おおよそ100度くらいのお湯を茶葉を入れたポットに少し高めの位置から注いでください。この時に茶葉が揺れることをジャンピングと言って———」

どう転んでも彼の長話に付き合わされることになったのだ。
しかし、校長先生の長話も、授業中の先生のうんちく話も、普段なら空想ごっこをして過ごすのに今回はそれをしなかった。
何故なら、観月君の話に上げ足を取って彼のムッとした表情を見る方が空想ごっこの何倍も面白いからだ。

「ティーポットの中でネズミが眠っていたらどうするの?」

ムッとした表情で「全く貴方は…」と言葉を続ける。
そして一通り小言を言った後に、どこまで話したか分からなくなったとため息を付くのだ。
ほらね。空想より何倍も面白い。





リハーサルも無事に終わり、いよいよ明日が本番である。
手を加えた衣装が、ステージの上でライトの光を浴び役者と一緒になって動く様をみてやってよかったなと思った。あの名セリフが生で聞けるのも非常に楽しみである。

先ほどまで役者たちが着ていた衣装はステージ脇の控室に並べられている。
それを見ながら明日の本番を頭に思い描く。
あの名セリフから、ロレンスの助け、毒薬を飲むシーンから、短剣で自分の心臓を突き刺すシーンまで。

しかし、いつもなら鮮明に頭の中で映像化できるのに、今日はそれが上手くできなかった。
そういえば最近は空想することも減っていた気がする。
それは何故か。
そうか、観月君と話す時間が増えたからだ。



「おや、こんなところにいたのですね」
「観月君?明日のこと考えてたの。どんな劇になるのかなぁって」
「お得意の空想ごっこですか」

文化祭が終われば、観月君とのこんな会話も日常ではなくなる。
上から目線の話し方や、上げ足を取った時の彼の表情。キャラクター紹介を作ることもなくなる。
彼との思い出が頭の中をくるくると回った。

「貴方に渡したいものがありまして。これを差し上げます」
「え?」

小さな手提げの紙袋が差し出される。

「僕が一番気に入っている銘柄の茶葉です」
「本当?でもさすがに悪いよ…」

袋を見る限り、おそらく専門店で買ったような良い茶葉だ。さすがに前にあげたジャムとこれとでは釣り合わない。

「気にしないでください。貴方流に言えば、これはアンバースデープレゼントなのですから」
「アンバースデー?」
「何でもない日をお祝いするのでしょう?淹れ方のメモも一緒に入れておきましたから実践してみてくださいね」

鼻を鳴らし、押し付けるように渡されたそれを受け取る。
相変わらず指に髪を巻き付けて、得意げな表情。

今日で全てが終わるのなら、夢から覚めても忘れない思い出が欲しい。
そこであるものが目に付く。
ここに来てからずっと腕に大切に抱えられている一冊のノート。

「それ見せて!」
「あっ、それはダメです!返してください」

まだ帰りたくなくて、最後に驚いた表情が見たくて、好奇心を言い訳にしてノートを取り上げた。

そしたら想像以上に困ったような顔をするものだから、身を引いて彼と距離を取った。
その行動はいつもの観月君らしくなくて、彼にしては珍しく声を大きくした。
しかし、そんなことで私の好奇心が抑えられるわけはない。彼に捕まらないよう、縫うようにトルソーをよけながらノートを開いた。

「えーっと、「今日も彼女は窓の外を見ている。数学の授業では特に顕著である。」「仕事の割り振りも決まり彼女と二人きりの時間を作ることができた。やっと話ができる。」「どうやら僕の好きな映画を見てくれたらしい。あの時、素直に喜べばよかった。」——」
「ちょっと、声に出して読まないでください!」

彼の言葉など耳に入らずページをめくっていく。

「「彼女がくれたジャムは非常に美味しかった。僕と食の趣味が近いかもしれない。でも紅茶に関しての知識はしっかりと教えなければ。」「文化祭前日にプレゼントを渡そう。その時に明日の予定を聞くことを忘れないように。」——」
「次のページは見ないでください!」

一枚ページをめくって、声が出なくなった。
その一瞬の隙にノートが取り上げられて、目の前には真っ赤な顔になった観月君がいた。

「…見ましたか?」
「「告白シナリオ」って書いてあった」
「どこまで読みましたか?」
「公演が終わったら一緒に文化祭を回って、打ち上げが終わったら教会に呼び出して告白する」
「全部じゃないですか!僕のシナリオが台無しです」

目の前に頭を抱える観月君がいる。
しかしこれが夢ではないかと疑ってしまう。
自分でも分からなうちに空想の世界に行ったのではないかと錯覚してしまう。

それほどまでに実感ができなかった。
放心状態であった私に、コホンとひとつ大袈裟に咳払いをして視線を合わせる。

「でも、貴方相手にシナリオ通りに動かそうとした僕がいけませんでした。そこが貴方の魅力で、僕が惚れたところでもあるのですから」
「それって、つまり……」
「貴方の事が好きだという事です」
「本気で本当?」
「本気で本当です。夢ではないですよ」

そういって私の頬をつねった。
叫ぶほどではないけれど、じんわりとした痛さと彼の指の熱が感じられた。
私の顔が僅かに歪んだことに気付き、指が離される。

夢も空想も楽しいけれど、現実には到底かなわない。

「返事を聞かせてください」
「私も、観月君が好き、みたいです」
「そうですか。まぁ貴方の顔を見ればすぐに分かりましたけどね」

指を髪に巻き付けて、得意げな笑みを浮かべた。
相変わらず一言多い。でも彼にしては珍しく弾んだ声でそう言った。

「今度、お茶会をしませんか?僕が紅茶をいれて差し上げましょう」
「いいね。アンハッピーバースデーだ」
「それは何もない日を祝う言葉でしょう。貴方と過ごす日はいつだって特別です。好奇心旺盛で破天荒な貴方といれば毎日が普通でないのですから」

紹介文に「私の事が好き」と補足して、ペンを置いた。
現実はこんなにも刺激的で楽しい。

空想ごっこは、もうお終いだ。




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