もっと君を知りたくなる

なぜ今日に限って……
そんな絶望を感じた朝7時50分校門前。
やけに人集りが出来ているなぁと思えば、複数人の生徒が登校してきた生徒を呼び止めていた。
そう、不定期に行われる持ち物検査だ。

風紀委員会が執り行うもので、生徒が学校に必要のないものを持ってきていないか確認を行う。漫画、ゲーム機、化粧品、香水などは没収され、反省文を書き終えた後に厳重注意の上返却される。
基本、校則にそこまでうるさくない学校ではあるが月に一度のこの行事に我々は"模範的な生徒"にさせられる。

普段なら鞄の中身を見せ、すぐに校門を通してもらえるが今日はそうはいかない。
何故なら友達の誕生日プレゼントが鞄の中に入っているからだ。もちろん中身は学校に必要のないものだから、没収されるだろう。

家に戻りプレゼントを置いてくる時間もなく、朝の時間では裏門は閉まっている。
もう残された選択は前に進むしかないのだ。

ひとつ深呼吸し、登校中の生徒に混ざり私も手荷物検査の列に並ぶ。さっそく不要物が見つかったのか、生徒を怒る低い男の声が聞こえた。自分の事ではないけれど、その声に思わず身震いをする。
それでも、同じクラスの委員ならもしかしたら見逃してくれるかもしれない。

「次の者、鞄の中身を見せろ」

そんな期待も男の低い声により一瞬にして崩れ去った。
目の前に現れたのは先ほど生徒を怒っていた高身長で低い声が特徴的な男だった。
風紀委員長の真田弦一郎に当たるとは、実に最悪である。

「えっと……」
「なんだ?早くしろ」

尻込みしていれば、鋭い声が頭上から降ってくる。
彼とは同じクラスになったことも、また話したこともないが噂はよく聞く。
全国大会に出場するほどの実力がある男子テニス部の副部長で、彼がいるテニスコートからはよく怒鳴り声が聞こえるという。そして部員を殴ることも人づてに聞いた。
見て分かる通り、風紀委員長を務める彼は校則にとても厳しい。

だから彼とは関わりたくなかったし、これからも関わることはないものだと思っていた。
しかし、今日は中学校生活で一番運が悪い日だったようだ。

私は鞄の中身を見せる前に覚悟してラッピングされた袋を取り出す。それはもちろん友達へのプレゼントで、リボンの所には短いメッセージ文も添えてあった。

「学校に不要な物を持ってきてて……すみません」
「え?あぁ……」

没収されるのが分かっているなら先手必勝である。
さすがに驚いたのか曖昧な返事をしてそれを受け取った。

こちらから申し出たのが功を奏したのか、特に怒られることなく真田弦一郎との会話は終了し、反省文を提出すれば没収されたものは返してくれるとのこと。
それはいいとしても、誕生日であるこの日に友達にプレゼントを渡せないのは悔やまれる。

プレゼントと共に、ため息もついでに置いてきて私は教室へと向かった。



休み時間に友達に事情を話し謝れば、笑って楽しみに待ってるねと言ってくれた。
たが、すぐにでもプレゼントは返してもらいたい。
そう思い、放課後は教室に居残って反省文を仕上げることにした。

四百字詰めの原稿用紙を埋めようと、とりあえず謝罪の言葉を連ねていく。
テスト期間中でもない今は特に居残りする生徒も居らず、静かな教室で私がペンを動かす音だけが聞こえる。

「おい、少しいいか?」

今朝聞いたばかりの低い声。
顔を上げる前にシャープペンの芯が折れて、それと同時に一気に汗で手が湿った。

「はい。大丈夫ですが……」

もちろんそれは真田君で、同学年にも関わらず自然と言葉が敬語になる。
彼が教室に入って来たものだから、慌てて私も椅子から立ち上がった。

「これは返却する。それに、反省文は不要だ」
「え?」

怒られるのではないかと身構えていた私は、今朝の真田君のごとく曖昧な言葉しか出てこなかった。
目の前にはプレゼント。そしてそれを持っている真田君は真っ直ぐに私を見ていた。

「これは友人への誕生日プレゼントだろう?確かに学校には不要なものだが、それを没収するほど我々風紀委員会も鬼ではない」
「いいの?」
「あぁ。というか、自分から不要な物だと差し出してくる奴は初めてで面食らったぞ」

彼の今まで厳しかった顔が緩んだ。
その時、初めて真田君が笑ったのだと分かった。

当然のことながら、あぁこの人笑うんだなという感想が浮かんだ。“優しそう”とまでは言いがたいが、"怖そう"という私のイメージは薄れた気がした。

「中身は学校には関係ないものだからダメかと思って…。でもこれで誕生日当日に友達に渡せるよ。ありがとう」

真田君からプレゼントを受け取る。
もしかしたら潰れてしまってるかもと心配していたが、袋には皺一つなくメッセージカードもそのまま付いていた。

「悪い事をした。友人にも謝っておいてくれ」


頭を軽くさげて教室を出て行った真田君は制服の着方も出で立ちも実に"模範的な生徒"であった。
でもそこに堅苦しさも怖さもなくなっていて、取っ付きやすい生徒にはなっていた。





先日の手荷物検査もそうだったが、最近ついていないことが続いている気がする。
清掃後にまとめたゴミ袋を持って、十分以上は経過したのではないだろうか。
ゴミ置き場のところに男子生徒達がたむろしていて捨てに行けずにいる。
箒で遊んでいるし本当に邪魔。でもあの人数相手に注意する勇気もないし、横を通り過ぎる度胸もない。

「そんなところで何をしている?」

聞き覚えがありすぎる声に振り返れば真田君がいて、ちょうど目が合った。

「ゴミを捨てたいんだけど人がいて…」

彼は背が高いから見下ろすように私を見ていたけれど、もうそれを怖いとは感じなかった。
真田君はゴミ置き場を見るとグッと眉間に皺を寄せ、そして躊躇する暇もなく歩いていき男子生徒に声を掛ける。先ほどまで騒いでいたのが嘘のように静かになった彼らは足早にその場を去っていった。

風紀委員長として当然の好意と言ってしまえばそれまでであるが、自然とすぐに動いた真田君の行動力はすごいと思った。口先ばかり、見掛け倒しという人は教師の中にもいるが真田君は全く違った。

「もう大丈夫だぞ」

声を掛けられ、一部始終を見入っていた私は急いでゴミ置き場へと向かう。

「ありがとう。助かったよ」
「気にするな。そういえば、無事にプレゼントは渡せたのか?」

ゴミ袋を所定のところへと置く。
まさか真田君がそんなことまで覚えているとは思わなくて少し驚いた。もっと近寄りがたくて、他人のことに興味などない人だと思っていた。

「ちゃんとその日に渡せたよ。友達も喜んでくれた」
「それは良かった。少しばかり気がかりだったからな」

眉間の皺はなくなって、安心したような顔つきになった。
なんだ、そんな顔もできるのか。
さらにこの時、真田君が意外と人当たりが良さそうなことに気付いてしまった。

「真田君って優しいよね。自分の中の正義も貫いてて、なんかヒーローみたい」
「優しい?ヒーローだと?」
「言われたことない?」

もう少し彼と話してみたくて、一歩踏み込んでみる。

「はじめて言われたぞ。部活では大声で叫んだり手を上げたりするからな…」
「そっかぁ。でも手を上げるのはあんまりよくないよ。殴られた方も殴った方も怪我しちゃうかもしれない」
「うむ。しかしだなぁ…」

そうすると彼は言い訳のような愚痴のような、部活での出来事を聞かせてくれた。
ゲーム機を持ってくる後輩、お菓子をロッカーにため込む者にまともに返事をしない部員。
なるほど、副部長も色々と苦労が絶えないらしい。
でもその苦労話と同じくらい、楽しいことも話してくれた。先日の試合で良かったプレーの話とか、新技を披露した部員の事など。

真田君はよく人を見ている。そしてよく喋る。

「じゃあ今度テニスの試合、見に行ってみようかな」

テニス部員を見たくなったというのもあったけれど、なにより部活中の彼を見てみたかった。

私の言葉を聞いた真田君は「試合を見に来るなら…」と、熱中症対策と観戦中のマナーについて力説してくれた。
もはや“模範的な生徒”を通り越して生徒指導の先生だ。


新たな彼の一面が知れた今日。
少しだけ君を知れた今日。

試合の日が楽しみになった。





怒涛の一週間が終わり、晴れて今日は花金である。
当然未成年であるからお父さんたちの様に飲みに出歩くわけではないが、私も週に一度くらい自分を労う。


少し話は変わるが、私の家は学校からかなり距離がある。

家から歩いて十五分の最寄駅に行き、そこから三十分電車に揺られる。そして下車した駅から二十分ほど歩いて学校に着くのだから片道一時間はかかるわけだ。

ここで私が言いたい事は通学時間に対しての不満ではなく、近所に同じ学校の生徒がいないという事だ。

住宅街のど真ん中にあるうちからでは休日に友達と遊ぶとなっても電車で街まで出る。そして下校の際も学校から駅までは友達と帰れるがそれから先は一人で話し相手もいない。

でもだからこそ良いこともあって、今日みたいな金曜の夜に短パンにパーカーという姿でコンビニまで行ける。
同級生に会う心配もないから、だらし無い格好で出歩こうが気にならない。


自動ドアを馴染みの音楽と共に潜れば、少しおぼつかない日本語で「いらっしゃいませ」と迎えられる。

レジにはよく見る外国人の定員が、そして雑誌コーナーには二人ほど男の人が立ち読みをしている。お弁当の棚では仕事帰りのOLさんが夕食になるものを探していた。

私はアイスの冷凍庫を覗き込み、商品を物色していく。その中から新作のハーゲンダッツを取り出す。せっかくだから飲み物も買おうかと一番奥のドリンクコーナーに向かおうとして足が止まった。

見慣れた制服。
それはこんな所で決して見るはずのない我が校の制服で、それを着た人物は冷蔵庫の扉を開けて同じペットボトルを二本取り出していた。

「真田君だ」
「な、なんで君がここに!?」

私が声を掛ければ、彼はペットボトルを落としそうになるくらい動揺した声を上げた。
“模範的な生徒”を通り越すほどの真面目な彼が夜にコンビニに来るとは意外であった。

「近所だからだよ。真田君こそどうしてここにいるの?」
「そ、それはだなぁ……」

真田君はものすごい勢いで扉を閉め、手に持っていたペットボトルを後ろに隠した。
それは明らかに不自然な行為で、気になった私は真田君に近づいて冷蔵庫の棚を見た。

彼が取り出したであろうペットボトルはオレンジジュースで、甘いものを飲むんだなということよりもそのパッケージに驚くことになった。

「うさいぬだ」
「っ……!」

ちらりと見れば、真田君は居心地が悪そうに視線を彷徨わせていた。
さらによく見ればキャップのところに小さな袋が付いていて、今このジュースを買うとうさいぬのストラップが貰えるようだった。

「真田君、うさいぬ好きなの?」
「あ、あぁ……」

真っ赤になって頷いた彼を見て、思わず笑いが溢れてしまった。
まさか真田君にこんな可愛らしい一面があったとは。

「笑うな!似合わないことくらい自覚している!」
「確かに意外。でもうさいぬ可愛いから、気持ちは分かるよ」
「だから知り合いがいないであろうこのコンビニまで来たんだ」
「そうだったんだね」

あまり笑いすぎては失礼だと思いつつ、なんとか真田君との会話を続ける。でもやっぱり堪えきれなくて肩を揺らしていた私を見てまた顔を真っ赤に染めていた。

「ごめんね、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。真田君も可愛いとこあるなって思って」
「それを馬鹿にしてると言うのだ」
「そうじゃないって」

落ち着きを取り戻した私は、冷蔵庫の扉を開き例のジュースを取り出した。

「君も買うのか?」
「うん。真田君見てたらうさいぬストラップ欲しくなっちゃった」

彼はペットボトルを二本、私はそれとアイスを持ってお会計を済ませ外に出た。
中身が気になるのか、さっそくそわそわしながらペットボトルを袋から取り外していた。どうやらストラップの種類は五種類+シークレットで、開けてみないとどのストラップが入っているか分からないらしい。

「またダブりだ!」

そう叫んだ彼の手には二つの違うポーズのうさいぬがいたけれど、お目当てのものではなかったらしい。

「真田君はどれが欲しいの?」
「シークレットのうさいぬだ。噂だとお昼寝姿のうさいぬらしい」
「へぇ〜」

あまりに大真面目に話すものだからまた笑いそうになった。でもそれをなんとかかみ殺して私は自分の分を開封した。

「それだぁ!」

中身を見た瞬間、私が声を掛けよりも先に真田君は先ほどよりも大きな声で叫んだ。地域の風紀を乱しているとも思える声、風紀委員長の肩書きは今の彼から外れていた。

「シークレットだね」
「あぁ…。手前から三番目の物を選んでいれば……一生の不覚」
「真田君、これあげるよ」
「いいのか!?」

うなだれていたのも一瞬、素早く顔を上げた彼の目は子供のようにキラキラしていた。それを見てしまえば、益々あげたくなってしまうではないか。

「いいよ。真田君が持ってた方がうさいぬも幸せだよ」
「ありがとう!」

私から丁寧に受け取ったうさいぬを見てまた瞳を輝かせていた。
これはとんだ収穫だ。もう少しこの面白い真田君を見ていたいところだが、袋に入ったままのアイスも気がかりである。溶けてしまう前にそろそろ帰った方がよさそうだ。

「じゃあ私は帰るね。また学校で」
「ちょっと待て!」

彼に背を向けたところで呼び止められる。

「ずっと言おうと思っていたが、その恰好は露出が多いんじゃないか?しかも女性が夜道で一人は危ない」

真田君の一言で、自分の格好が短パン、パーカーであったことが思い出される。露出と言えどもたかが短パンであるけれど、そこを気にするところが彼らしい。

「普通だって。家までは近いし大丈夫だよ」
「いや、家まで送ろう。俺に付き合わせて遅くなったのだからな」

そう言って私よりも先に駐車場を突っ切って道路へと歩き出した。

照れたり、怒ったり、可愛かったり、子供になったり、そして急に男らしくなったり―――
真田弦一郎を一言で表すには足りないほどに、私は彼の事を知ってしまったようだ。

次はどんな彼が見れるのか。

それが楽しみであり、その姿を傍で見てみたいと思う。

「どうした?帰らないのか」
「今いく」


そういえば、LINEにうさいぬのスタンプがあった気がする。
今まで大して興味がなかったそのスタンプをその日のうちにダウンロードした。





約束通りに見に行った試合でも、やはり真田君は“真田君”であった。
集合時間に遅れた者には鉄拳をお見舞し、試合前には部員たちに檄を飛ばしていた。

以前聞いた真田君との話と照らし合わせ、部員の顔と名前を一致させるのも私の試合中の楽しみであった。
そして大したルールも分からなかったけれど、真田君の試合は「すごい」の一言に尽きた。でもそれと同時にうさいぬ好きというギャップを思い出してしまい、笑いが込み上げてきた私を隣にいた友達は変な目で見ていた。

試合後に声を掛けようと思っていたけれど、副部長として忙しそうな彼に遠慮してそのままテニスコートを後にした。
学校から帰るわけではなかったけれど、やはり駅で友達とは別れることになった。



「やっと追いついたぞ!」

鞄から定期を取り出した時、荒い息遣いと共に呼び止められた。大きなテニスバックを肩にかけたまま走って来た彼は額に汗をにじませていた。

「真田君!どうしたの?」
「どうしたの?ではない!試合後に声を掛けようとしたらいなくなっていたものだから急いで追いかけてきたのだぞ」

やはり挨拶くらいはしたほうが良かったのか。しかし、彼が走って追いかけてくるほどの事があったのだろうか。

「忙しそうにしてたから声かけずらくて…試合お疲れ様。私に何か用だった?」

さすがはテニス部というべきか、数十秒の間に息を整えた彼はテニスバックから紙袋を取り出し、その中身を自分の掌の上に置いた。
それは例のうさいぬストラップで、シークレット以外の五種類が様々なポージングをとっていた。

「君から貰ったものにお礼をしていなかったと思ってな。ダブりで申し訳ないが、もしよかったら受け取ってくれないか?」
「本当?ありがとう!」

彼は紙袋にストラップを戻しそのまま私に渡した。
特にお礼が欲しかったわけではないし、彼ほどうさいぬ好きというわけではなかったが、嬉しかった。

「わざわざそのために追いかけてきてくれたの?」
「まぁな…それと、帰りは危ないだろうと思ってな」
「危ない?」
「あのコンビニの近くは外灯が少ないだろう。女性一人で歩くには危ない」

確かに外灯は少ないがまだ夕暮れ時である。最寄り駅に着く頃でもさすがに真っ暗にはなっていないはずだ。

「まだ大丈夫だよ。それに遠回りになっちゃうでしょ?試合で疲れてるし悪いって」
「あのくらいで疲れるなどという軟な鍛え方はしてない」
「じゃあ…お願いします」


いつもは退屈な電車の時間が楽しかった。
私が「うさいぬが今度はお菓子会社とコラボするんだって」と言えばまた瞳を輝かせていた。


私しか知らない彼の顔。
少しだけ、自分が特別な存在になれていると思うと嬉しかった。





うさいぬのお菓子やグッズを見つけると自然と手に取るようになった。

私自身もうさいぬが好きになったというのもあるけれど、もう一つの理由は彼に差し入れするためだ。

初めて真田君のテニスを見に行って以来、テニス部の練習試合にもよく顔を出すようになった。
もちろん応援したい気持ちもあったけれど、時間が合えば彼が家まで送ってくれたからそれが嬉しかった。

でも最近気になっていることが一つある。
元々うちのテニス部は有名で練習試合であっても多くの人が見に来るのだけれど、その中には女の子がかなり多い。そして真田君はよく差し入れを彼女たちから貰っているのだ。

今でこそ私は真田君と関われるのだけれど、普通に生活をしているだけでは彼の良さは分からないのではないのだろうか。



「確かに怖そうなイメージはあるけど、今時珍しいくらい真面目だし堂々と不良に説教できるのもかっこよくない?」


隣で試合を見ていた友達はあっさりと私の質問に答えてみせた。
私よりもはるかに先に周りの子たちは彼の良さに気付いていたわけだ。そう思うと少しだけ悔しくなった。

「だからね、真田君に差し入れしてる子は意外と本気で好きになってる子が多いんだって」
「え〜それ本当?」

無理やり笑った口角が少しだけ引きつる。

「らしいよ。でも奥手の子が多いらしくて、みんな告白はしないみたいだけどね」

彼女の話を聞いてしまえば、試合を集中してみることなんかできなくて、気付けば選手たちは整列して挨拶をしていた。
なんかもやもやする。真田君が嫌われているよりはみんなに好かれていた方がいいに決まってる。そのはずなのに、素直に喜べない自分がいる。

「ねぇ、差し入れ持って行こうよ」

友達に腕を引かれて我に返る。
今日は普通のスポーツドリンクとうさいぬがパッケージになっているお菓子を持ってきていた。先日、真田君と話していたコラボのお菓子が今日発売だったからだ。
テニス部員の、特にレギュラー陣の周りには多くの女の子たちがすでに集まっていた。

頭一つ分高い身長に黒色のキャップの彼の周りにももちろん女の子たちはいる。受け取っていたものは綺麗なラッピングがされていて私のビニール袋とはえらい違いだ。

「私、今日はやめとくよ」
「せっかく持ってきたのに?」
「これは自分用」
「なにそれ。とりあえず私は行ってくるからね」

少し出遅れた彼女も急いでお目当ての人のところへと走っていった。

真田君は律義に一人一人にお礼を言っている。
真面目で正義感が強くて誰にでも優しいなんて本当のヒーローみたいだね。
特別扱いなど、勘違い甚だしい。


どんなに彼の事を知って仲良くなっても、私はその他大勢にすぎないのだから。





頻繁に足を運んでいたテニスコートにも行かなくなった。
真田君に話したいことがたくさんあった。でもそれ以上に彼が他の女の子と一緒にいるのを見るのがつらかった。

それはつまり、私が真田君のことが好きなんだ。
でもあの人数の女の子の中から自分が選ばれる自身もない。

中途半端に仲良くなるくらいなら、何も知らなかった頃に戻った方が幸せだ。



「久しぶりだな」
「久しぶりだね」

だから掃除当番でゴミ置き場でちょうど鉢合わせたときのセリフもそんなものになった。
同じ学校に通っているのに何とも奇妙な会話。それほどまでに私は彼と距離を取っていたらしい。

「そういえば聞いてくれ、またうさいぬのオマケ付きペットボトルが発売されるらしい。次は七種類あるそうだ」
「そうなんだ。楽しみだね」
「あぁ。次も全部集めるつもりだ」
「皆にも手伝ってもらったら?」

自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。

「どういう意味だ?」
「試合の時、差し入れ貰うでしょ?真田君がうさいぬ好きって言えばくれる女の子はたくさんいるよ。話だってその子たちとしたほうが盛り上がるんじゃないかな」
「たわけ!」

驚いて顔を上げれば、ぐっと眉間に皺を寄せた彼と目が合った。
怒られるとは違う緊張感がその場を包み込んだ。

「俺は、君と話すから楽しいし君だから話したいと思うんだ。バレたのだって君で良かったと思っている」
「そんなの偶然だよ。もしそれが他の子だったら…」
「確かにそうかもしれん。でも正直者で、明るい君だからこそ俺は君と仲良くなれたのだと思っている。今では、君との会話が楽しみでしかたがない」

段々と彼の表情が緩んでいった。
きっと私は彼のこの表情を知ってから、欲張りになっていったんだと思う。

「それは君が好きだからだ。俺と付き合ってほしい」

真っすぐで彼らしい言葉。
その言葉を欲しがるほど、私の方がもっと前から好きになっていたんだ。

「私、他の女の子に嫉妬してた。ごめんね。でもそれは私も真田君が好きだからで、だからこれからよろしくお願いします」


彼は今までで一番優しい顔を私に向けた。
これはきっと私しか知らない。私しか知らないでいてほしい。


一つ知れば、もっと知りたくなる。
それが尽きることはないだろうし、そんな日々が飽きることもないだろう。

これからは貴方の隣で色々な貴方を教えてください。




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