元旦も仕事になってしまった彼女を迎えに来た九井一の話


DAY:20XX年1月1日

いつも通り朝早くに家を出て、いつも通り定時後三十分の残業をした。でもそれが"元日"と名のつく日というだけでどうしてこんなにも惨めな気持ちになるのだろう。
職業柄、年末年始もうちの会社は通常営業。それでも今年こそは年始に連休を勝ち取るためクリスマス返上で十二月最後の日まで働いた。だというのに身体を壊した社員に代わりに明日も出勤してほしいと言われたのが昨日の話。そんなのもちろん断りたかったけど疲れ切った店長の顔を見たら二つ返事で頷いていた。

「はぁ…寒い」

白い息を吐き出して星も見えない夜空へ独り言つ。そういえば北の方では雪の影響で飛行機も欠航になってるんだっけ。東京でも近いうちにまた雪が降るかも。

「寒い」

ずっ、と鼻を啜ってマフラーに首を埋める。愚痴ったところで気温は上がらないし体は冷えるばかりだ。重く浮腫んだ足を踏み出し帰路につく。

「うわぁ?!」

数歩進んだところで暗闇に銀の糸が光り、声を上げる。疲れ切った頭では幽霊?!なんて柄にもない想像をしてしまったがそれはもちろん生きた人間だった。

「びっくりした…」
「それはこっちのセリフだわ」

そこには白い息を吐き出して笑う一くんの姿があった。約二週間ぶりの彼氏の姿に、嬉しさよりも驚きが勝って私は口を半開きにして固まった。

「なんでいるの?」
「迎えに来たに決まってんだろ」

本当は一くんの家で年越しをする予定だった。でも私が仕事になって昨日断りの連絡を入れたのだ。一くんも年末まで仕事だったからゆっくり休んでって言ってあったのに。

「嬉しすぎる」

ありがとうの言葉をすっ飛ばして本音が落ちる。だって今すごく寂しい気持ちになってたから。

「ずっと待っててくれたの?」
「いや、今来たとこ。仕事お疲れ」
「ありがとう」

ホットティーのペットボトルが差し出され反射的に受け取る。でもそれはすっかり冷めていて、一くんのやさしい嘘にまた嬉しくなった。

「車は向こうに停めてあっから少し歩くぞ」
「そうなの?」
「オマエが会社の近くに停めるなつったからだよ」

あー…確かに言ったかも。だって一くんが乗ってるの高級車ですごく目立つから。それを見たうちの女性社員が誰の彼氏だって言って大騒ぎになったこともある。

「でも今日は社員も少ないからあんまり気にしなくていいよ」

社員どころか夜道には人っ子一人いなかった。日中は賑わっていたけれど日が暮れれば皆温かな家で過ごすらしい。

「そっか」

一くんの隣を並んで歩く。するとペットボトルで僅かに温かくなった指先が絡め取られた。目線を上げたら鼻を赤くしている一くんと目が合って「ンだよ」とガンつけられる。でもそれは目つきが悪いだけで怒っているわけじゃないことは知ってるよ。というか一くんの照れ隠しかな。
私は絡めた指を握り返す。だって外では恋人らしいことなんてほとんどしないから。しかもそれが一くんからだなんて想像も予想もしていなくって。だから自然とにやけてしまったのもどうか許してほしい。

「なんだよ」
「ふふっ。一くんの手冷たすぎ」
「うるせー」
「まぁ私が温めてあげるから任せなさいって」

そう自信満々に言ってやれば「生意気」だなんて笑われて。だから私も一くんには及ばないかな、と生意気に返してやった。

「へぇ。じゃあオレが用意した飯もいらねぇか」
「えっ」
「サラダもスープも肉もグラタンも用意してあんだけど」
「えっ」
「でもオレが作った物をオマエに食わせるのもわりぃよなぁ?」
「いや、ちょっと待って」
「"生意気"に出しゃばって悪かったわ」

迎えに来てくれただけでも十分なのにご飯まで用意してくれたの?
意地悪く笑う一くんの腕にしがみついて私は秒で掌を返した。

「ごめんなさい、私が生意気でした!」
「無理しなくていいぞ」
「一くんの料理が食べたいです!」

だって一くんが作るものはすっごく美味しいから。でも二人で食事というと外食がほとんどだから滅多に頂けない。だから私は一くんの料理の美味しさを持てる言葉の全てを使い絶賛し、食べたいアピールをしまくった。そして駐車場に辿り着く頃には「わーったよ」と大笑いする一くんから了承をもらうことに成功した。

「楽しみだなぁ」
「そうか?オレはオマエが作る物の方が好きだけど」
「ほんと?じゃあ次は私が作るね」
「なら明日の夕飯は頼む」

あれ?私明日も泊まる感じ?まぁ三日まで休みだからいいんだけどね。でもあんまり一くんらしくない誘い方だ。

「あのー…」
「そういやケーキも買ってあるから」
「えっ好き」
「知ってる」

それでいて、やっぱり生意気だね。まぁ知ってるけど。

そんなやり取りも愛おしくって私は笑った。
年始の静かな夜の道、二人で同じ家に帰った。