片想いしている早川アキに飲み会で助けてもらう話


怪我人を乗せた救急車を送り出し現場へと戻る。昼下がりの住宅街で起きた魔人事件。しかし平日だった為か人も少なく通行人の男性が腰を抜かした程度で死者は出なかった。そしてこの事件が迅速に対処できたのは優秀なデビルハンターのおかげである。

「早川さん、お久しぶりです」

黒髪をチョンマゲのように結えた背の高い男性に声を掛ける。彼はちょうどヤニ休憩中だったのか私を見るとすぐに携帯灰皿を取り出した。私が非喫煙者であることを知っているのだ。

「悪りぃ」
「吸ってて大丈夫ですよ。魔人駆除お疲れ様でした」
「そっちもお疲れ」

現場では鑑識の人達が写真を撮っている。だから今の時間は私も少しだけ休憩できた。

「今日はバディの方お休みですか?」
「ああ、他の事件に駆り出されてな。魔人相手だから俺一人で来た」

フーッと吐き出されたメンソールの香りが鼻腔をくすぐる。タバコの臭いは苦手だが早川さんのメビウスは別だ。この匂いは早川さんを思い出させてくれるから、好き。

「公安の方をお呼び立てするような事件ではなかったですよね…すみません」
「それは結果論だろ。何もなかったならそれでいい」

その言葉を聞いて、ありがとうございますと言えば「なんでアンタが礼を言うんだ」と小さく笑われた。早川さんの貴重な笑顔だ。

「そういや弟さんは元気か?今年中学卒業したんだよな」

半年以上も前の飲み会でした話を覚えてくれていたらしい。思えばあの時から早川さんのことが気になり出したんだよね。
デビルハンターとの飲み会と言われ連れてかれ、しかしそこでなされる会話は些か物騒すぎて参っていたのだ。如何に悪魔を苦しめて殺すか、昨日死んだ仲間の最期、銃の悪魔の肉片について等々。酒が回っていたのもあり気持ち悪かった。

「はい、第一志望の高校にも受かって今は部活動を頑張ってるみたいです」
「これも弟思いのアンタのおかげだな」
「そんなことないですよ。弟が優秀なだけです」

席を外そうか迷っていた時、早川さんが水を持って来てくれた。そしてスーパーの特売情報やシャツに付いたシミの落とし方を教えてくれたりなんかして。それをキッカケにプライベートなことも多少話すようになった。

「じゃあ俺はそろそろ行く」
「はい。あんまり無茶しないようにしてくださいね」
「そんなやわじゃねぇよ。アンタも頑張りすぎんなよ」
「ありがとうございます」

彼はタバコを消し、刀を背負った後ろ姿をみせ帰っていく。その場の残り香を吸い込んで、私も仕事へと戻った。



警察官の仕事はシフト制。でも公安のデビルハンターは日曜休み。だから土曜の二十時に飲み会がセッティングされた。

「それでは親睦会ということで乾杯!!」

グラスが打つかる軽快な音を合図にワッとその場が賑やかになる。居酒屋の座敷席、今回はそれなりに人も集まり大所帯の飲み会だった。そして早川さんもいる。

「新人ちゃんは仕事慣れた?」
「なっ…私はもう二年目ですよ!」
「じゃあ二年目の飲みっぷり見せてやってよ!」

しかし残念ながら早川さんとは卓が離れてしまった。そして運の悪い事に目の前には飲ませ上手な男の人。あーあ、せっかくなら早川さんと話したかったのに。仕方なしに苦虫を噛み潰したようにビールを煽る。

「ぷはっ」
「おーいい飲みっぷりだね!」
「せっかくならベテランさんの飲みっぷりもみたいなぁなんて」
「おいご指名入ったぞ」
「しゃーねぇなぁ」

だが私はこの機会を逃さない。とっとと酔わせてすぐに早川さんのところに行ってやるんだから。そう思い店員さんを呼び追加のビールをお願いする。

「えー早川さんって料理されるんですか?」
「得意料理教えてくださいよぉ」

視界の端に女の子に囲まれた早川さんが映った。確かあれは生活安全課の……公安の人と出会いがあるからって参加しにきたな。その証拠に化粧も髪型も気合いが入っている。

「私、今日は飲みます!」

まぁ普通に考えたらモテるよね。背も高くてかっこよくて家事までできて、そして命を賭してデビルハンターという仕事をしている。そんな彼を好意に思うのは私だけじゃない。
ジョッキの取っ手に指をかけ泡の乗ったビールを煽った。

——一時間半後、私は完全に飲みすぎていた。それなりに自分の容量は分かっていたつもり。でもそんなことは考えずに目の前のグラスを空けていった。

「あのぉすみませ〜ん」

でも何度もグラスを空けては注文することを繰り返していたせいか、それ以外のことが考えられない。だからジョッキの中身が半分になった時点で店員さんを呼んだ。

「飲み過ぎだ」

しかし頭の上にあげた手が不意に掴まれた。ん?と焦点の合わぬ瞳を持ち上げていけば空を写したかのような水色と目が合う。

「早川さん?今日はいいお天気ですねぇ」
「大分まずいな。すみません、水一つ」

私の注文は聞かずして店員さんはカウンターへと下がってしまった。それを虚な目で見送りつつ、また機械的にジョッキへと手を伸ばす。

「おい!もうやめとけ」
「ダメです!お残しは厳禁です!」
「ったく……貸せ」
「へ?」

手元が軽くなったと思えばそのジョッキには早川さんの唇が付けられていた。そして喉仏が上下する様子に自分の心臓がドクドクと波打つ。それ、私の飲みかけだったのですが。しかし早川さんは気にする様子もなく飲み切ってジョッキを机に置いた。

「これでいいな。で、アンタはこっち」

そして店員さんから受け取ったグラスを私の唇に押し付けた。グラスに手を添えるが早川さんは離してくれない。私が溢すとでも思ったのだろうか。そのまま背中を支え水を飲ませてくれた。冷たい水が食道を下っていき、少し気分が良くなる。

「はぁ」
「落ち着いたか?」
「はい……すみませんでした」
「どうした?いつもはこんな無茶な飲み方しないだろ」

眉尻を下げた顔を見て、早川さんが本気で心配してくれてるのが分かる。それが少しだけ嬉しいような。でもきっと相手が私じゃなくても同じように心配してくれたのだろう。早川さんはそういう人だ。

「だいじょうぶ、です。なんでもないです」

呂律の回らぬ舌を動かして答えになっていない返事をする。馬鹿をやらかした自分がすごく惨めに思えた。

「もう帰るぞ」
「え?」
「すみません、二人分のお代置いとくんで会計お願いしてもいいですか?」

近くの人に声を掛けテーブルの上に一万円札が置かれた。状況が飲み込めず呆然と見ていれば「行くぞ」の言葉の後に腕を引っ張られた。脇の下に腕が通され、そのまま巻き付く形で腰に手が添えられる。

「え、は?早川さん…?」
「おーなんだなんだ?お持ち帰りかぁ?」
「違いますよ」

泥酔と言えるほど酔っているにも関わらず向かいの人が目敏く私達を見つけた。しかし無粋な質問にも早川さんはクールに返す。

「そういう子が好みなんて意外だな」
「大丈夫か?靴履けるか?」
「は、はい」
「まぁ初々しい感じが可愛げあるよなぁ」

こちらに言っているのかそれとも酔っ払いの戯言か。どちらにせよ気にも留めずに支えられるようにして座敷を後にする。

「つーかお前ら付き合ってんの?」

今日一番の大きな声にあちらこちらの談笑が止まり静まり返る。いつの間にか随分と注目を集めていたようだ。これ以上、早川さんに迷惑をかけるわけにはいかない。しかし私が声を発する前に腰が僅かに引き寄せられた。ジャケットに頬がくっ付いてメンソールの香りがする。

「好きに解釈してくれて構いませんよ」

後ろで湧いた叫び声に押されるようにして店を後にした。
ひんやりした夜風も相まって酔いは完全に吹き飛んでいた。でも夢を見ているかのように足元はふわふわとする。そして脳内では先ほどの台詞がリピートされていた。

「早川さん、今のは……」
「勢いで言ったことだから気にすんな」

勢いでも何でも私の耳にはっきりと残っている。
——好きに解釈しても、いいですか?