同じクラスの吉田ヒロフミにピアスを開けてもらう話


放課後の空き教室、一つの机を挟み私は吉田君と向かい合っていた。

「本当にいいの?」
「大丈夫、覚悟はできてる」
「その割にはものすごく震えてるんだけど」

机の上にはコットン、消毒液、ティッシュにビニール袋が置かれている。そして吉田君の右手にはピアッサー。

「大丈夫だし!さぁ来い!」

そう、今まさに吉田君にピアスホールを開けてもらおうとしていた。鏡の前で何度も自分で開けようと試みたのだが怖くてできなかったのだ。そこで同じクラスで唯一ピアスを付けている吉田君に頼んだ次第である。

「分かった」

ギッ、と椅子の軋む音が聞こえ目を閉じる。吉田君の指先が撫でるように頬を掠め髪が払われた。そして縁をなぞり耳朶をふにふにと触られる。少しくすぐったい。そして場所を確かめピアッサーを持ち直したようだった。「じゃあいくよ」の一言で膝の上に置いた掌をぎゅっと握りしめる。

「バチン」
「ぎゃーー?!」

思わず叫び耳にかかっていた手を払いのけた。無理無理!やっぱり怖すぎる!私の耳生きてるか?!

「ブッ…!あはははは」

自身の耳朶に触るが穴どころか痛さもない。そして目の前には声を出して笑う学ラン姿の男子生徒。吉田君が笑ったところ初めて見たな。あと「バチン」という効果音を声帯から発した人も初めて見たなぁ!

「吉田君、私のことはめたでしょ!」
「だってあんなに怯えられたら可哀そうに思えてきて……ふふっ」

という割に笑い続ける彼はサディストのきらいでもあるのだろうか。ピアスホールを開けるのだって本当は友達に頼んだってよかったのだ。でも女を殴ってそうな顔をしている吉田君なら女に穴の一つや二つ開けた経験もあると踏んでお願いした。おっとこれはあくまでピアスホールの話であって決して下品なことを言っているわけではない。

「はぁ笑った」
「もういいから早くやってよ!」
「そうは言うけどさ、普通にやったらものすごく痛いよ。キミなら失神すると思う」
「え……」

怖さを煽るようなことを言わないでほしい。
思わず俯けば、ピトリと冷たい何かが頬に触れた。

「ヒッ…?!」
「とりあえずこれで冷やして」

それは購買でも売っているソーダ味のアイスだった。吉田君曰く、ピアスホールを開けるときは開けるヵ所を冷やして感覚を麻痺させるのだそう。学校では氷が売られていないので代わりにアイスを買ってきてくれたらしい。

「痛い?」
「い、たくない……」

爪先で摘ままれても何も感じない。これならいけそうである。よし、今度こそ!と吉田君に声を掛けようとする。しかし私の口から出たのは声にならない悲鳴だった。

「いっ…〜〜!!」

気付いた時には耳朶に針が貫通していた。確かにその瞬間に痛みはなかった。しかし徐々に熱を持ち始め痛みがじわじわと広がってくる。

「上手く開けれた気がする」

さて、不意打ちをかましてきた吉田君だが、彼は悶絶した私を前に実に満足そうである。耳を抑えて涙ぐむ私を見てはその口角は釣り上がっていた。伸びてきた手に再度髪の毛を払いのけられヒィヒィ言っている私を余所にファーストピアスを通す。そして今日一番の笑みを見せた。

「その調子でもう片方もいってみようか」
「悪魔か?!」

その態度に思わずキレ気味にツッコミを入れてしまった。しかし吉田君は気を悪くする様子もなく「寧ろ狩る方だけど」とさらりと言ってのける。そして机に置いたままのアイスを手に取って私の前に差し出した。

「溶ける前に冷やしたら?」
「溶ける前に食べてやる!」

だがしかし私は既に限界を超えていた。もう無理。痛いのもそうだが吉田君に頼んだ私がバカだった。こんな人に任せられない。

「そんなにアイスが食べたかったの?」

この寒い日に誰がアイスを食べたがるか。現に頭がキーンってなってるからね。おまけに歯の神経にもダメージきてるから。こら、そこの吉田ヒロフミ笑うんじゃない。

「そういえばどうしてピアスを開けたいの?女性ものならイヤリングだってあるだろう」
「だってピアスの方がデザイン豊富でしょ。せっかくなら可愛いもの付けたいじゃん」
「そっか。でもキミは今のままでも十分可愛いよ」

もうこの人は信用できん。たかが同じクラスの女子によくもまぁそんな甘い言葉を囁けるものだ。今の言葉で何人の女の子が失神するのかカウントしたいくらいだ。

「アリガトウゴザイマス」

袋を割き商品名の如くガリガリとアイスを食べ進める。その様子を吉田君は机に頬杖をつきながら首を傾けて見ていた。彼の身長ではその体勢もそこまで楽ではないだろうに、背中を丸め、そして上目遣いでじっと見てくる。この吉田ヒロフミという男は自分の顔の良さを十二分に理解しているようだ。

「あっ」
「へ……?」

そんな彼がノーモーションで上半身を持ち上げ私の手首を掴んだ。その瞬間、殴られる?!と思った私は相当吉田君に毒されていたのだと思う。

「アタリだ」

しかしそんなことはなく、吉田君は手首を掴んだまま薄く笑っていた。指先を動かし食べ終わったアイスの棒を回転させる。その木には『一本当り』の四文字が印字されていた。

「ほんとだ」
「じゃあちょっと行ってくるね」

手首から指先までを滑るように撫でアイスの棒を抜き去った。そして音を立てて椅子から立ち上がり迷いなく教室の扉へと向かっていく。少しの間フリーズして、そして慌ててその背中に声を掛けた。
振り返った吉田君はその黒目がちな大きな瞳を僅かに弓なりにし、私が食べたアイスの棒を顔の前で小さく振る。そしてほくろ近くにある唇が開けられれば、彼は楽しそうな声で言った。

「これでもう一回できるでしょ」

もう一回……?

「いや、もういいから!」

それがピアスのことだと気付いた時には既に吉田君はいなかった。