全力で励ましてくれるデンジの話


頭上には嫌になるくらい澄み切った青空が広がっている。四月にもかかわらず夏日の気温を観測した今日は太陽の日差しも強くアスファルトを照りつける。せっかく買ったアイスクリームも既に半分ほど溶けていた。

「ワンッ」
「え?あっ……!」

公園のベンチで首を垂れていたところで一匹の犬に吠えられた。その拍子に手からコーンが滑り落ちる。シベリアンハスキーだろうか、白地に黒色の毛が混ざった大型犬がワフワフ言いながら地面に落ちたアイスを食べていた。

「おい!何やってんだ!」

顔を上げればくすんだ金髪の男の子が一人、こちらに走ってくる。そして彼と一緒にいたのは足元にいる子と同じ種類の大型犬。その数、いち、にい、さん……いや、何匹いるの?

「ワンッアフ!バウ!」
「お、おぉ?」
「あーもー!すんません!」

思わず脚を浮かしベンチの上で膝を抱える。もこもこの集団は我先にと一つのアイスを食べあっていた。

「元気な子達だね」
「コイツらいつもは大人しいんすけど……すんません」
「別にいいよ、もうお腹いっぱいだったし」

ワフッ、とアイス戦争に負けた犬が集団から顔を出した。つぶらな瞳でこちらをじっと見てくるので、触っても平気?と彼に確認をとってから触ってみた。するともっと撫でろとばかりにじゃれついてくる。可愛い。

「よかったなシュークリーム。キレイなおねーさんに可愛がってもらえて」

男の子は私の隣へと腰を下ろす。そうすればシュークリームと呼ばれた犬はすぐにその子の方へと行ってしまった。やはりご主人様の方がいいらしい。でもアイスを食べ終えた子達がわらわらと私の周りに集まった。どうやらかなり人懐っこいようだ。

「この子の名前はなんて言うの?」
「ティラミス」
「随分と可愛らしい名前だね」
「そりゃあ付けたのがめちゃくちゃ可愛い人だったからな!」

へへっと誇らしげに言う彼に、彼の好きな人が付けてくれたのかなと勝手な想像をした。
犬達の頭を撫でれば目を細めたり、小さく鳴いたり、耳の下を押し付けてきたりと反応は様々だ。でもその姿はどの子も幸せそうに見える。

「君達は悩みがなさそうでいいね」

散歩をしてアイスを食べて、たくさん撫でてもらって。そしてまたご飯をもらって丸くなってみんなで寝るのだろう。仕事で理不尽に怒られることだってない。

「おねーさん、なんかあった?」

無意識に言葉として発していたらしい。隣に座っていた男の子が心配そうに顔を覗き込んできた。初対面の、しかも年下相手に話す内容じゃない。でも誰かに聞いて欲しくてつい甘えてしまった。

「実は営業先でクレームもらっちゃって。向こうのミスなのに責められてさぁ……」

指定された納期に間に合うよう商品は手配していた。それなのに一週間前になって商品を倍の数で用意しろと言い出して。何度も説明したのに納得してもらえず会社にクレームを入れられた。

「クレープって美味いモンじゃね?」
「いや、クレームだから。つまり怒られたってこと」

彼なりのボケなのか、少し笑って弱々しく答える。結局それは上司が対応してくれることになって周りからも気にするなと言ってもらえた。でも沈み込んだ気持ちは持ち直せずに「今日は早く上がりなさい」と言われなのが一時間前のことだった。

「フレンチドック!フレンチドック食べたい!」

ひとしきり満足したのか犬達は足元で眠っている。その眠りを妨害するかのように歌い出した彼を思わず二度見した。歌詞を覚えていないのか時折「フランス」と言い間違えている。

「な、なに?!」
「フレンチドック!おねーさんも美味しいと思わねぇ?」
「フレンチ……それってアメリカンドックの間違いじゃない?」
「あ?ソーセージが甘ぇふわふわの生地に巻かれてるヤツだぜ」
「そう、それアメリカンドック」

彼の動きが止まり、う〜んと唸りながらその目が空に向けられる。澄み切った青空が広がっているはずなのに彼の瞳にはそれが灰色に映っていた。一体どこを見ているのだろうか。

「ふーん……でも俺はフレンチドックって教えてもらったからな!」
「そっか」

彼があまりに楽しそうに言うものだからそういうことにしておいた。

「気分が落ちた時は楽しい事考えようぜ!犬!猫!アイスクリーム!」
「ふふっそうだね」
「毎日毎日、前にあった悪い事ず〜っと思い出してっと人生が糞ハンバーガーみてえに積み重なってくしな」

何故だろう。彼は自分に言い聞かせるようにそう言っていた。

「君はさ、どうやってその嫌な事を乗り越えたの?」

だから聞いてみた。そしたら彼は首を横に振り、ギザギザの歯を見せて笑った。

「乗り越えてねーよ!ただ俺は糞ハンバーガー食ってもいいくらい楽しみなことあっから生きてんの!」

胸を張って答えた彼に、それは何かと聞いてみる。

「おねーさんみたいな面のいい美人とセックスすること!」
「最低だね」
「うぇえ?!」

今まで上げた好感度が爆下がりだよ。ただおかげで立ち直れたかな。

「まずは彼女ができるように頑張って!」

ベンチから降りて大きく伸びをする。頭上には走り出したくなるくらいの澄み切った青空が広がっていた。

「おねーさんも下ばっかり見てんじゃねぇぞ!」
「ありがとう」

見ず知らずの男の子に救われた。明日からまた頑張ろうっと。
すり減ったパンプスの踵を鳴らし歩き出した。