九井一とスタバに行く


やはり発売日というだけあって店の前には列ができていた。気を利かせた店員さんがわざわざメニューを持ってきてくれたが生憎それはノーセンキュー。だって私の心は既にあの子に決まっていたから。

「マジであれにすんのかよ」
「当たり前でしょ」

遊び心溢れる紫色のフラペチーノ、ずっと前から気になってたんだよね。だからお店を見つけた瞬間、一の腕を掴んで駆け出していた。 

「飯食う前に飲むか、普通」
「甘い物は別腹ですー」
「それ食後に言う台詞だろ」
「じゃあ食膳ドリンク」
「ああ言えばこう言う……」

面倒臭そうに言う割に結局付き合ってくれるのが一のいいところ。同じの頼む?と聞けばゲンナリした顔で首を横に振られる。まぁいつも無難な物しか口にしないしな。

「つーか飲みきれんのかよ」
「余裕余裕」
「去年の焼き芋のやつ甘いつって飲みきれなかったろ」
「そうだっけ?」

記憶にございません、と政治家の謳い文句を続けようとしたところで順が回ってくる。私が先に支払いを済ませ奥のカウンターで待っていれば一が遅れてやってきた。何にした?と聞けば「いつもの」と簡潔に答える。

「もっと冒険しようよ」
「こういうのは定番が安泰なんだよ」
「一って図鑑埋めとかモンスターのレベル上げとかやらなかったタイプでしょ?」
「オレはやってたわ。初期メンでクリアしようとしてたのはイヌピー」
「お待たせ致しました!」

雑談もそこそこに、長ったらしい商品名が呼ばれ受け取りに行く。そこには写真通りの毒々しい色合いのフラペチーノがあった。せっかくなので写真を撮り、それから待望の一口目を頂いた。

「美味しい!」

とろけるような蜜の味が口一杯に広がり芋の断片までも入っている。そしてバニラソースの風味が一層、独特の甘さと風味を引き立てていた。

「よかったな」

しかし、それを美味しいと感じれたのは三口目までだった。次第に甘さがくどく感じてくる。十代の頃はこんなことはなかったのだがこれが老い……いや、舌が大人になった証拠かもしれない。

「一……」
「なに?」

何も言わずとも私の言いたいことが分かったらしい。しかし、それでいてニヤニヤしながらこちらを見てくるのは如何なものか。それにムスッと睨みつけ、でも結局は諦めて救援要請を願い出た。

「バトンタッチ」
「だから言ったろ」

手に持っていたドリンクが攫われる。しかし代わりとばかりに直ぐに温かいカップが握らされた。それはまだ口を付けていない一が頼んだものだった。

「見た目の割に味はフツーな」
「ごめん……」
「別に飲めるからいいけど」

そして私も手元のカップに口を付ける。コーヒーの苦味とまろやかなミルクが合わさったそれが舌に溶ける。甘さ控えめで落ち着く味だ。しかしそこで一つ疑問が浮かぶ。

「もしかして私が飲みきれないの分かった?」
一がいつも頼むのはコーヒーだったってこと。
「いつものつったろ」
「ありがとう」

答えじゃない答えだけれどそれで十分だった。
二人並んで店を出る。人の流れに沿うように歩いていれば「飯どうすっか?」と聞かれた。そうだ、今日はお昼を食べてその後映画を見に行く予定だったのだ。

「どうしようかなぁ」

三口とはいえ糖分を摂取したから塩っぱいものが食べたい。それか辛い物。そうとなればあれがちょうどいいだろうか。

「「ラーメン」」

パッと顔を上げたらシタリ顔とご対面。まさか私の思考まで読まれているとは。エスパーかな? 

「すごっ!何で分かったの?」
「オマエの思考回路が単純すぎんだよ」

好き嫌いがない私の食の選択肢は無限大なんだけど。その中からただ一つの正解を導き出すなんてそっちの思考が凄すぎるんだよ。

「私以上に私の事分かってるね」
「当然」
「じゃあ今考えてることは分かる?」

君に届けと言わんばかりにじーっと見つめていればフイと顔を逸らされた。そして残りのフラペチーノを飲み切ってから答え合わせ。

「坦々麺にするか醤油にするかで迷ってる」

うーん、確かにあってなくもないけど今回は不正解かな。でもこれは口で言っても意味がないから実演することにした。右手を伸ばして指先に触れる。そしてするりと絡め、体温を感じながらきゅっと握った。

「手、繋ぎたいってこと」

ベコッ、と一の手の中でプラスチックの容器が潰れた。どうやらこれは完全な不意打ちだったらしい。お返しとばかりにシタリ顔を決めてやれば再びストローに口を付けていた。いや、もう中身ないからね。

「さすがの一でも当てられなかったかー」
「オマエはいつもいきなりなんだよ。あとその顔やめろ」
「まだまだだね!」
「ハイハイ。ほら、腹減ったから行くぞ」
「ちょっと早いってば!」

繋がれた手が引っ張られ小走りで付いていく。意外と力強いんだよね。ただ、絡んだ指先はやさしく握り返してくれた。