同窓会で九井一と再会する


友人から連絡が来たと思ったら同窓会のお誘いだった。どうやら中学の同級生が自分のお店を持つことになったらしく、その開店祝いも兼ねて皆で集まろうということになったらしい。正直、仕事に追われていてその暇すら惜しいのだが気分転換にはちょうどいいかもしれない。ギリギリまで迷った挙句、参加の旨を連絡した。

「じゃあ店のオープンと我らの再会を祝して乾杯!!」

創作フレンチの店で行われた立食形式の同窓会。今でも連絡を取り続けている友人から卒業ぶりに顔を合わせるクラスメイトまで。懐かしい気持ちに駆られながら会話を楽しんでいく。

「なぁこの前オマエのインタビュー記事見たぞ!」
「げっ」
「んだよその顏!今やTK&KOグループの会長なんだっけ?立派になったよなぁ」
「その話はやめろ」
「よっ会長!ゴチになります!」
「奢らねぇからやめろ」

おおよそ皆が三杯目を飲み終えた頃、ひと際盛り上がっている輪が一つ。そこには四人の男性の姿があり、一番目を引く髪型の人物が面倒くさそうな顔をしていた。どうにも見覚えのある顔だ。しかし名前が思い出せない。

「ねぇ、あの人誰だっけ?」
「どの人?」
「目つき悪くて黒髪にメッシュ入れてる人」
「あぁ九井でしょ。アンタ仲良かったのに忘れたの?」
「あー!ココくんか!」

ひどっ、と友人から冷たい視線を向けられつつも記憶の底から思い出を引っ張り出す。中三の時に同じクラスで確か席が隣だったこともあった。お昼までの時間が待ち切れず合間の休み時間にカレーパンを食べていれば「もっと匂わねぇもんにしろよ」と言われたことはよく覚えている。

「ちょっと行ってくる」

ココくんが皆の輪から外れたタイミングで席を立つ。半分に減ったグラスと共に彼の背中を追いかけた。

「会長、飲んでますかー?」
「あ?」
「うわっそんなに睨まれるとは思わなかった、ごめん」
「え……あぁ、なんだオマエかよ。久しぶりだな」
「久しぶり」

すっかり名前を忘れていた私とは違い、ココくんは私の事を覚えていた。もれなくカレーパンのエピソード付きで。だからこちらも悔しくなって、ココくんのメロンパンも十分匂いきつかったよと言ってやれば「オレはスイートブールしか食ってねぇよ」と鼻で笑われた。あーあ、直ぐにばれる嘘なんか付くんじゃなかった。

「そんなココくんが今や会長とはね」
「偶々周りに恵まれて成り行きでそうなっただけだわ。オマエは今何してんの?」
「家具用品のマーケティング部にいる」

仕事の事を思い出し少しだけ声のトーンが下がる。大手と呼ばれるその会社に就職が決まった時は家族も喜んでくれた。給料は申し分ないし福利厚生も手厚い。でも少しだけ、続けることがきついと感じていた。

「へぇオマエに向いてそうな仕事だな」
「そう?」
「あぁ、ノートまとめんのも上手かったしな。昔は世話になった」

そういえば時たま授業をサボるココくんにその分のノートを貸して上げたこともあったな。そしたらお礼にと菓子パンやお菓子を奢ってもらったっけ。懐かしいな。

「ん?電話か?」
「ごめん私だ。ちょっと出てくる、じゃあね」

しかしその場に響いた電子音が私を現実へと引き戻す。ディスプレイに表示された『上司』の二文字に溜息をつき、通話ボタンをタップした。



同級生の店にいたのはおおよそ二時間程、しかし友人たちはこの後別の店で二次会を行うらしい。私も誘われたが断わりを入れ、ひとり店を後にした。

「何やってんだよ」
「び……っくりした」

二十四時間営業のファミレス、そのボックス席を一人で占領していた私の前にココくんが座った。何故彼が……元より二次会なんていかなそうな性格だからさっさと帰ったと思ったのに。

「それはこっちの台詞。仕事か?」

目の前のパソコンを見てそう聞いてくる。

「まぁそんなとこ」

ノートパソコンは同窓会の前に職場で仕事をしてきたから持っていた。その甲斐あって週明けに必要な資料も全て出来上がっている。しかし先ほど上司から別の仕事を任された為、またパソコンを立ち上げる羽目になった。

「へぇ」

机の下で脚を組みこちらをじっと見つめてくる。その様子はまるで圧迫面接の様だ。それを無視して再び資料の作成に取り掛かるもやはり集中は出来なかった。

「……新人の子が仕事がきついって上司に相談したみたいで」

電話の内容を思い出しながらぽつりぽつりと言葉を落す。

「この前作ったプレゼン資料の出来が良くてさ。だから代わりやってもらえないかって言われちゃって」

後輩の面倒をみるのも仕事の内。私だって新人の頃は先輩にたくさんお世話になった。

「頼られたら断れないって言うか……期待されたら応えたくなるんだよね」

やりがいではなく責任として仕事をするようになったのはいつからだっけ。月に数回の休日出勤も二時間以上の残業も、しているのは私だけじゃない。私が甘えたら他の人に皺寄せが行く。同期には出産を控えてる子もいるんだから私が頑張らないと。

「くだらね」

来たときと同じようにふらりと立ち去っていく。そりゃあ自分の会社を持っている人からしたら私のやっている仕事はさぞくだらないのだろう。……そんなの私が一番よく分かってる。

「ン、わかんねぇから適当に持って来た」
「え?」
「飲み物なくなってたから」

ウーロン茶が入っていた空のグラス、その隣に湯気が立ったティーカップが置かれた。深みのあるブラウンからきっとそれは紅茶なのだろう。お礼を言って一口飲む。安いティーバッグのそれがやけに美味しく感じた。

「オマエも何か食うか?」

ココくんは当たり前のようにまた席についてメニュー表のタブレットを手に取った。そうして私に差し出してくる。

「さっき食べたでしょ」
「色んな奴に捕まって飯食うどころじゃなかったんだよ」

私が断ればココくんは気を悪くした様子もなく、スッスッと指先を動かしていくらか注文してからタブレットを元の場所に戻した。そして次は自分のバッグからタブレットを取り出しそれを操作している。え、この人何してんの?でもこちらから話をする気力もなく再び自分のディスクトップへと視線を戻した。



「お待たせしました」

シーフードサラダにハンバーグ、それに山盛りポテトとトマトパスタにドリアまでもが並び、今から大食い選手権でも始まるのかと思った。見た目よりも食べる事は知っていたが今この時間に食べる量とはとても思えない。

「食べたかったら食っていいぞ」

取り分け用の皿がパソコンの横に置かれた。別にお腹は特に空いていない。しかし、食欲をそそる香りとココくんの食べっぷりに触発されて気付けばポテトを摘み上げていた。

「美味しい。久しぶりに食べた」
「偶に食べたくなるよな」
「うん。ねぇパスタもらっていい?」
「おう、好きなだけ食え」

久しぶりに会った子には痩せたねって言われた。学生時代なら嬉しかった言葉だけれどそれには曖昧にしか頷けなかった。

「仕事辞めようかな」

お腹が満たされ、不意に何の脈絡もなく出た言葉。

「いいんじゃね」

ココくんは最後の一口を飲み込んで私の目を見てそう言った。

「迷いがあんなら早めに見切りつけんのも大事だろうよ」

経営者としての助言だろうか。

「自分の身削ってまでやりてぇんならいいけどよ、そうじゃないならいる意味なくね」

でも少し怒っているようだった。

「それにオマエならどこ行っても上手くやれんだろ」

その言葉になんと返せばいいか分からなくなって、見つめ返してしまった。

「まぁ行くとこなかったらうちで拾ってやるよ」

口角を上げて笑ったその顔に、少しだけ泣きそうになる。でも、これでも立派な社会人なのでぐっと堪えて手元にパソコンを引き寄せた。

「ありがと。でもこれは最後までやる」
「じゃあ寝落ちしねぇように見張っててやるよ」

スリープ状態を解除し改めて作業を再開させた。

◇ ◇ ◇

来月で仕事を辞めると報告すればすぐに返事がきた。そこには「よかったな」の一文と共に添付ファイルが添えられていて、不思議に思いつつもすぐに中身を確認する。PDFの文章には仕事内容と給与と手当て、その他諸々が記載されていた。
文句のつけどころのない会長直々のオファー。私はすぐさまココくんに電話をした——来月からよろしくお願いします、と。