元同僚の吉田ヒロフミに再会した話


悪魔と戦うデビルハンターの仕事は常に危険を伴う。それが公安所属ともなれば任務の危険度も増し、入って数週間で死ぬこともザラだという。

「まだ生きてたんだ」
「三ヵ月ぶりに会ってそれは酷くない?」

だから道のど真ん中で偶然、元同僚に再会した時の第一声がこれであっても許してほしい。
目の前の吉田ヒロフミは思ったことをそのまま口にした私を見て小さく笑った。

「だって公安に行ったって聞いたからさ。とっくにお空の上に異動になったのかと思ってた」
「生憎、対象を観察しつつ有意義な学校生活を送らせてもらってるよ。キミこそまだデビルハンターなんて仕事してるの?」
「当たり前でしょ。この仕事が一番稼げるんだから」
「はははっキミはそういう子だったね」

髪も真っ黒、瞳も真っ黒。そして口元だけ綺麗な弧を描いて笑う姿は人の往来がある白昼では際立って異様だった。
この喰えないかんじ、どうにも苦手なんだよなぁ。ただ彼がまだ民間にいた頃、年が同じで学生が故に入れる時間にも限りがあったものだからよく同じ任務に割り当てられていた。そんな経緯もありそれなりに交流もある間柄だ。

「吉田君も稼ぐためにデビルハンターやってるんじゃなかったの?公安じゃあ危険な仕事も多いし給料と釣り合わなくない?」
「それには色々と事情があってね。まあホラ、積もる話もあるしそこのカフェで話さない?」
「このあと用事あるんだけど」
「奢るよ」
「まぁせっかくの再会だしね、お茶くらいしようか」

これは決して万年金欠である私が吉田ヒロフミに屈したというわけではない。数少ない同業者の知り合いだし情報交換くらいしといてもいいかなぁみたいな。斜め上からチクチクとした視線を感じなくもないが己の欲には敵わない。だからさ、吉田君はそろそろ笑うのやめようか。

このあと用事があるのは嘘ではない。だからカフェに入る時間もなさそうだったので自販機でジュースを奢って貰った。吉田君は缶コーヒーを買い、近くにあったベンチに二人腰掛ける。

「さっき対象の観察って言ってたけどさ、それが今の仕事なの?」

先に話題を振ったのは私の方だった。行きたくはないが公安の仕事には多少なりとも興味はある。

「まぁね」
「対象ってなに?護衛的な?それとも悪魔や魔人を見張ってるの?」
「それはさすがに言えないなぁ」
「ケチ」

元より何も教える気はなかったのだろう。
吉田君が花壇を見つめながらスチール缶を傾けたので自分もそれに倣いジュースをひと口飲む。暑くもなく寒くもない温度にやわらかな日差しも相まって実に過ごしやす陽気だった。

「キミこそ民間の仕事の方はどうなの?」
「まあぼちぼち。あっでも最近うちらの仕事をチェンソーマンに横取りされるんだよね。おかげで収入が減った」

悪魔と戦う悪魔人間チェンソーマン。確かに世間ではヒーロー扱いをされ褒め称えられているが同業者からしてみれば死活問題なのだ。

「へぇ」
「公安の方でチェンソーマンのこと把握できてないの?」
「さぁどうだろう」
「絶対何か知ってるじゃん!昔のよしみで教え……」
「携帯鳴ってるよ」

青空に響く電子音。二つ折り携帯を開けばそこには依頼主の名前が表示されている。このあと悪魔絡みの仕事が一件入っているのできっとその連絡だろう。

「はい、もしもし」

電話に出れば場所を告げられた。だから大慌てでペンとメモ帳を引っ張り出して住所を記していく。ただ俯いているせいで髪が垂れてきて邪魔——と思っていたところでひと房が掬い上げられる。視線だけを横に動かせば吉田君の指先が髪を絡めとっていた。

「はい。一時間後には現場に行け、……ます」

気が利くじゃないか、と思っていたのも一瞬で彼は手に取った髪で三つ編みを作り出した。私はリカちゃん人形じゃないんだけど。

「では失礼します。……ねぇちょっと」
「結構うまくできたと思わない?」
「はいはい。でも痕つくからやめてください」

解く次いでに未だに髪に触れたままの手も同時に払う。しかし、吉田君は特に気分を害したわけでもなく再び缶コーヒーに口を付けていた。

「キミはどうしてお金が欲しいの?」

そして独り言のようにそんなことを聞いてきた。

「老後の貯金」
「デビルハンターが余生を楽しめるとでも思ってるの?」
「じゃあ遊ぶ金欲しさってことにしておいて」

ベンチに背中を預け仰反るように伸びをする。視界に広がる空は目に痛いくらいの青に染まっていた。弟にこの空を見せてあげるにはまだまだお金が必要だ。

「今日もサクッと殺してガッツリ稼いできますかぁ…ふぁ」

欠伸を噛み殺し自身を奮い立たせる。中間テストのために昨日は夜遅くまで勉強していたのだ。勉強という名の一銭にもならない労働はしたくもないが高校は出ておかないと何かあった時の就職先に困りそうなので通ってはいる。

「ガム食べる?」
「いる」

眠そうな私を見兼ねてか気の利いたことを言ってくる。ポケットの中を探る吉田君の姿を見ながら、しかしこの気候も相まって瞼が下がってくる。今から仕事なのに大丈夫か自分。

「……、っ」

首が傾きかけた時、唇に何かが触れた。その感触に一瞬で覚醒し目を開ければそこにはドアップの顔。こいつマジか。

「は?えっ何してんの?」
「てっきりキス待ちかと」
「違うけど」
「誘ってたよね?」
「馬鹿言わないで」

ひったくる様に手に持っていた板ガムを奪い取り口の中に放り込む。それが奇しくもレモン味で居た堪れなくなった。こっちは初めてだったんだから。

「誰でも彼でもちょっかいかけてるといつか背中刺されるよ」
「俺が気にかけるのは好きな子だけだよ」
「その台詞で何人の女を引っ掛けてきたんだか」
「心外だなぁ」

向こうのペースに飲まれそうになったので急いで立ち上がる。どちらにせよそろそろ移動しなければ時間に遅れてしまう。

「次やったら罰金一万ね」
「随分と安くない?それなら余裕で払えるんだけど」
「やっぱり十万」
「払えなくもないかな」

大きな瞳をじっと向けられ脚がすくんだ。デビルハンターの自分が唯一怖いと思うものといえば今や目の前の人物しかいない。取り繕っているメッキを見透かしてくるその瞳が、私は怖い。

「じゃあもう行くから。吉田君は学校生活楽しんでね」

ジュースありがと、と付け加えて歩き出す。そうすれば低く響くテノールに呼び止められる。振り返れば彼は相変わらずの視線を私に向けていた。

「死ぬなよ」
「吉田君こそ」

まるで死相でも見えてるかのような言い方。縁起でもないのでやめてほしい。

「女遊びもほどほどにね!」

だから全てを笑い飛ばして吉田君に大きく手を振った。