九井一とTDLで食い倒れデートする


髪はコテを使っていつもの倍以上の時間をかけ入念にセットし、瞼には新色のアイシャドウを乗せる。そして今日の為に買った服に袖を通し姿見の前で全身をチェック。よし、これは魔女も嫉妬するほどの美女だな、と自画自賛して家を出た。

「こうゆうのって開園と同時に人気アトラクションに並ぶモンじゃねぇの?」
「いや、それ素人の回り方だから」

夢と魔法の国へ足を踏み入れ、いの一番にカフェへと飛び込んだ私に本日の付き人は眉をひそめていた。大きな一つ目が描かれたメロンパンを食べながら、ココくんも食べる?と聞けば「それ気色悪ぃな」とバッサリ断られた。ひどっ夜寝るときはベッド下に気を付けな。

「そんなにここ来てんのかよ」
「んー五回目くらいかな」
「年単位?」
「人生単位」
「ハッ五回で玄人になれんなら世話ねぇな。オレは帰る」
「待って待って待って!」

滞在時間十五分、パークの中央にそびえる城も見ずに背を向けた男の腕を掴んで引き留める。こんなにも贅沢なワンデーパスポートの使い方をする人間がかつて存在しただろうか。いくら私が押しつけたものだったとしてもそれは泣く。

「昨日連絡した時は一日暇って言ったじゃん!」
「それはオマエがどうしても付き合ってほしい用事があるって言ったからだ!こんなとこに連れて来られるって知ってたら断った!」
「どうせ休みの日は家から出ずに為替レートの変動シミュレーションくらいしかしてないでしょ?偶には外出て遊んだほうがいいって!」
「余計なお世話だ!」

ココくんがFXでも収入を得ていることは知っている。でもそれは多分、お金を稼ぐというよりは趣味って感じ。じゃなきゃ今や急成長中のTK&KOグループ会長ともあろう人間がちまちま副業なんかしない。故にココくんは暇人。

「つーかオマエ彼氏いたろ。オレじゃなくてソイツ誘えよ」
「それは……」

力が緩めばココくんの腕はすっぽりと私の手の中から消えていった。しかし、そのまま逃げ出すことはせずに続きを待ってくれている。でもそのやさしさが痛くて、上手く言葉が出なかった。

「はぁ」

歓迎のアナウンスに風船をもらってはしゃぐ子供、近くには自撮りをしながら騒ぐ女子高生たちもいるのにココくんのため息はやたらとはっきり聞こえた。やっぱり迷惑だったか……と視線を足元へと落としかけた時、自身のスニーカーの上に影が落ちた。

「次は?」
「え?」
「このまま人の流れに逆流して帰んのもダルいし、しょうがねぇから付き合ってやるよ」
「神!」

やっぱりココくんを誘って正解だった!と手を叩いて喜ぶ。そうすれば笑ってるとも困ってるとも言えない不思議な顔をされた。もしかしてヤングなオイスターのモノマネかな?しかし残念ながらシーじゃないからいないんだわ。

「ハイハイ。ただあんま激しいアトラクションは乗らねぇからな」
「それは大丈夫!今日は食べる為に来たから!」
「食べる……?」
「とりあえずこっち側からぐるっと一周ね。目指せ全制覇!」

地図でいうところの左回りでパーク内を進んでいく。そして早速見つけたワゴンに走っていけばアイスバーが売られていた。後からついてきたココくんも興味があるようだったのでお姉さんにピンクとオレンジのバーを一本ずつ注文する。そしてバッグの中からお財布を取り出そうとすればそれよりも先に横から紙幣が現れた。

「これで」
「えっなんで? 付き合わせてるんだし私が出すって」
「チケット代はオマエが出したろ」

まぁそうだけどそれは余ってたからというかなんというか……少なくとも付き合ってもらってる立場だから奢られる義理はない。だから一度道の端に除けてから千円札をココくんの前に突き出した。

「本当にいいって」
「後が怖ぇからパーク内のモンはオレがもつ」
「いくらココくんが金持ちだからって友達相手に集らな……もがっ?!」
「オマエはこっちでいいよな」

袋から取り出されたアイスが容赦なく口に突っ込まれる。そうすれば甘酸っぱい果実の味が広がった。私がこっちを食べたいってよく分かったな。

「じゃあお言葉に甘えます」
「今日だけな。じゃあ食いながら移動すっか」

それからは目に付いたワゴンに片っ端から駆け寄っていった。三つ目の付いた緑の饅頭にチュロス、次にしょっぱいものが食べたくなったのでスプリングロールを買った。しかし悲しきかな、ひと口食べたところで急にお腹が苦しくなった。

「やば……限界きたかも」
「明らかに食い過ぎだな」

近くの柵に背中を預け小休止をとっていればどこからか『あなたの夢はきっと叶うわ』と素敵な声が聞こえて来た。ピンク色の可愛らしい家の庭先からだろうか。そちらを見れば一組のカップルが手を繋ぎながら井戸の中を覗き込んでいた。

「おい!」
「え?」

それをぼぅっと見ていたら唐突に手を掴まれた。びっくりして手元を確認すれば食べかけのスナックが落ちかけていた。危な……ココくんが気付かなかったら落下してたかも。

「食わねぇならもらうぞ」
「あ、うん。そうしてもらえると助かる」

ひと口しか食べれなかったそれはあっという間にココくんの胃袋の中に消えていった。それにしても見た目の割によく食べる。それでいて太らないんだから実に羨ましい限りだ。

「やっぱり一日食い倒れツアーはさすがに無理があったか……」
「今頃気付いたのかよ」
「よし、腹ごなしになんか乗ろう」
「オレは良いけどオマエは大丈夫なのかよ」

さすがにこの状態でジェットコースターに乗るほど考えなしではない。あれならいけるだろうと一番奥にある黄色い車が飛び出た家に入っていく。割と子供向けのアトラクションだしこれならきっと大丈夫なはず。

「うっ…きもちわる……」
「だから言ったろ」

スピードはそこまで出ていなかったものの思いのほか乗り物のスピンが多く完全に目を回した。このアトラクションこんなに激しかったっけ?そんな私を支えながらココくんはトランプ兵が出迎えるレストランまで連れてきてくれた。

「だいぶ良くなったかも」
「そんだけ食えてればな」

そして学習能力のない私はここでもプリンとケーキを注文していた。だってスーベニアが欲しかったから……
もそもそと食べ続ける私をココくんはコーヒー片手に眺めていた。でもその顔は何か言いたそうである。というかここまで来ればさすがに察するよね。

「今日は付き合わせてごめんね」
「今さらかよ……なんかあったか?」
「…………彼氏にフラれました」

今日がちょうど三周年記念日だった。だから初めてのデートで来たこのパークのペアチケットを内緒で取っていたのだ。しかし驚かせようとした矢先に別れ話をされたのが昨日の話。チケットは買っちゃったし家に一人でいても気が滅入るだけだし、だから憂さ晴らしと言う名の食い倒れツアーを決行した。

「そうか」

でも実際には惨めな思いをしただけだった。幸せそうなカップルを見るだけで妬ましい気持ちになってくる。こうなってしまえば海の魔女よろしく閉め切った暗い部屋で失恋映画でも見ていた方が立ち直りは早いかもしれない。

「もう満足した!これ食べたら帰ろう!」

皿の上に残ったスポンジケーキにフォークを突き刺す。さらば夢の国、と大口開けて迎え入れようとすればそれは一瞬にして私の目の前からいなくなった。自分の手首は掴まれておりフォークはあらぬ方向へ向いている。そしてその先端はココくんの口の中に収まっていた。

「意外と美味いなこれ」

ぺろりと口の端に付いたクリームを舐めとって手が離される。そして自分のコーヒーを飲み干して席を立った。

「そういやポップコーンはまだ食ってなかったな」
「は……?」

エリアにより販売される味が違うポップコーンはこのパークならではだ。

「さっき見てたろ、買い行くか」

確かにここに来るまでの間にはちみつの香りに誘われて一つのワゴンに目が留まった。ハニー味なんて映画館でも売っていないからどんなものか気になったのだ。
来た道を辿り、ワゴンで買い物を済ませたココくんが戻ってくる。そしてバケットに入れられたポップコーンを渡された。はちみつの壺を模しているのだろうか、可愛い。

「これならもう落とさねぇだろ」
「うん」
「ついでだしこれにも乗るか」

そう言って目の前にある大きな絵本に向かって歩いていく。待ち時間は四十分、人気アトラクションの割には短い方だけどパーク慣れしてない人には苦痛なんじゃないかな。しかし「乗らねぇの?」と聞かれた問いかけに、気付けば二つ返事で応えていた。

「意外と跳ねたな」
「だね」

放心状態になりながらショップを抜けて再び外へ。日はまだ高く、少し先ではちょうどパレードを行っているのか賑やかな音楽が聞こえてくる。フロートの頭がここからでも僅かに見えた。

「見に行くか?」

顔を上げればココくんがそのフロートを指差していた。人が多い所苦手なのにそう言ってくるのは珍しい。きっと気を使ってくれているのだろう。だからこの最終確認が済んだら思いっきりそのやさしさに甘えてやろうと思った。

「まだ付き合ってくれるの?」
「今日一日暇だつったろ」

せっかくここまで来たのに沈んだ気持ちで帰るのは勿体ない。なら全力で楽しんだほうが絶対に言いに決まってる。

「ありがと!」

ここは時間を忘れて夢のように過ごせる場所らしい。ならば、夢から覚めるにはまだ早い。