ゲーセンで須郷ミリに声を掛けられた女の子の話


投資額千五百円、十八回目の挑戦——心を無にして目の前のボタンをスパァンッとかるた取りの勢いで思いっきり叩いた。

「おお!……あーっまたダメかぁ」

三つ脚のアームは垂直降下、そして狙い通りに獲物を鷲掴みにする。しかし、僅かに持ち上がるも取り出し口へと続く穴に辿り着く前にアームから滑り落ちた。ガラス越しに転がるのは二頭身サイズのチェンソーマンぬいぐるみ。どうやら今日もこの子をうちに持ち帰ることは難しいようだ。

「ヘッタクソだな」

なごり惜しくもぬいぐるみを見つめていた時だった。後ろから聞こえてきた不躾な台詞、ゲームセンター特有の賑やかな電子音が鳴り響く中でもそれははっきりと私の耳に届く。だからこそその声の主はすぐ傍にいて、そして私に言い放ったのだとすぐに分かった。

「今のは運が悪かっただけだし」

振り返りながら言い返せば斜め後ろに男の子が立っていた。学ランの下にパーカーを着ていて黒髪で襟足は長め。顔はわりとかっこいい。

「十八回やっといて言い訳がそれかよ。ひでぇノーコンだな」

だが性格は可愛くないようだ。この人はアームを動かす度に一喜一憂していた私の姿をずっと見ていたらしい。

「ノーコン?ちゃんとぬいぐるみは掴めてたよ」
「取れるように動かさねぇ時点でノーコンなんだよ」

こちらへ歩いてきたかと思うと彼はポケットから取り出した百円玉を迷いなくゲーム機に投入した。ピコン、と何度目かも分からない安っぽい音が発せられる。私が場所を譲れば彼は真正面から横の距離と奥行きとを測り、降下ボタンと押した。

「ちょっと左に寄り過ぎなんじゃない?」
「黙って見てろ」

三つ脚アームの内の一つがぬいぐるみの頭に引っ掛かるもバランス的に持ち上がるようには思えない。現にぬいぐるみは浮くこともなく、ひっくり返るような形で僅かに向きを変えただけだった。

「ほらダメだった」
「一回で取れるだなんて誰も言ってねぇだろうが」

もう一枚硬貨が投入される。それを見ながら、あーこの人も深みにハマったなと思った。このクレーンゲームは一回百円、しかし五百円分一度に入れれば六回チャレンジすることができる。運営上、簡単に取れるはずがないのだから数撃ちゃ当たるの精神で五百円を投入すべきなのだ。

「また変なところ狙ってる」
「るせぇ黙って見てろ」

きっと取れないだろうから大笑いしてやろって思った。ヘタクソだねって嫌みの一つでも言ってやるつもりだった。しかし、その言葉は私の口から飛び出ることなく一瞬にして消化された。

「えっうそ?!」

的外れなアームはぬいぐるみの首に突き刺さる。どうせ滑るだろうと思ったその先端はチェンソーマンのシャツの隙間に引っ掛かり、不安定ながらも取り出し口の真上まで運ばれた。パッと三つ脚が開かれれば穴の中へと真っ逆さま。電子音のファンファーレに称えられながら彼が取り出せば、ガラス越しに見ていたそれが握られていた。

「ほら取れたろ」
「すごいすごい!よく取れたね!そっかぁ掴むんじゃなくて引っかけるんだね。でも分かってても簡単にできるものじゃないし、ほんとにすごいよ!」
「そ、そうか?」
「うん!」

バカにされたことなど一瞬で吹き飛んで彼のことを手放しで褒めた。私の千五百円は水に消えたわけだけれど実にいい物を見せてもらった。

「……ほらよ」
「え?」

目の前に差し出されたのは私が十八回挑戦しても取れなかった二頭身のチェンソーマンぬいぐるみ。彼は左手を首の後ろを抑えながら右手に持ったそれを私へと差し出した。

「もらっていいの?」
「欲しかったんだろ」
「えっと……実はそうでもなかったり」
「はあ?!」

いや、うん。確かに今流行のチェンソーマンだし可愛いし欲しいなぁなんて思ってた。そして引くに引けなくなり今日だけでも千五百円投資してしまったが本当に欲しいかと問われればちょっと首を傾げてしまう。

「まぁ欲しいと言えば欲しいんだけどゲームをすることが楽しいみたいな……」
「その割に一昨日も昨日もここ来て取ろうとしてたじゃねぇか!」
「なっ……なんでそのこと知ってるの?!」
「ゲーセンには毎日来てんだよ!」
「えっどれだけヒマなの?!しかも一人で?友達いないの?」
「うっせー!これから作る予定だっつーの!つーかアンタこそ毎日一人で来てんじゃねぇか!イジメられてんのか?」
「そうじゃないし!友達はいたけどみんな引っ越しちゃったの!」

ここ最近の悪魔の出現率、及び被害規模は尋常じゃない。少し前まで東京都の全区域では停電が続いていたし、落下の悪魔の出現により死者行方不明者は二千人を超えた。その異常事態に県外へと逃げて行った人は多い。

「ふーん。マ、俺には知ったこっちゃねぇけど」
「貴方こそ友達作る予定ってどういうこと?」
「神奈川から転校してきたばっかなんだよ」
「そうだったんだ」
「だが友達の候補はいる」
「そ、そう……」

暗に私とは違うと言いたいのだろうか。その証拠にチェンソーマンぬいぐるみを押し付けられた。

「邪魔だしアンタが持って帰りな」
「うん、ありがとう」
「じゃあな」
「ちょっと待って!」
「あ?」

この人にとってはただの気まぐれだったかもしれない。でも、

「声掛けてくれてありがとう。久しぶりに友達と遊べた気がして楽しかった」

そう考えれば、確かに私はこのぬいぐるみが欲しかったのかもしれない。
とはいえこれ以上彼を呼び止めるのは失礼だろう。だからもう長居はせずに家へと帰ろうと思った。しかし「おい」という短い呼び掛けに、私の足はその場に踏み止まる。

「どうせヒマなら少し付き合え」

彼は上唇を突き出して『へ』の形にしながら少しだけ早口になって言った。
私はパチパチと二度ほど瞬きをして彼を見つめ返す。すると彼は返事を聞かぬうちに踵を返した。その背中を慌てて追いかける。

「遊んでくれるの?」
「ゲームヘタクソに視界の端ウロチョロされンのも目障りなんだよ」
「なら貴方の友達にしてくれる?」
「そこまで馴れ合うつもりはねぇ」
「…………ケチ」

腕の中にあるぬいぐるみに視線を落とす。そのまま項垂れていれば、不意に視界の端に映っていたスニーカーが歩みを止めた。

「ミリ」
「え?」

唐突に単位を述べてきた彼に、これは一体何のなぞなぞなのだろうと首を傾げれば「あ゛ー」と唸る。そして先ほどよりも速度を上げて歩きだした。当然、私は追いかける。

「ミリ?」
「須郷ミリ、俺の名前だ。友達になりてぇんなら名前で呼べ」

そうぶっきらぼうに言い放ち、「これやんぞ」とエアホッケーの台を指差す。そういえばこれも友達と遊び倒したなぁ……じゃなくて。

「じゃあやろっかミリ君」

つまり、これからも私は友達と遊べるらしい。

「手加減しねぇかんな」

因みに初試合は五対〇でストレート勝ちしました。