同棲したい九井一の話


DAY:20XX年1月3日

あと一時間で今日が終わる。そしたらまた社畜という名のOLに逆戻りだ。

「短い正月休みだった…」

六時間にも及ぶ正月特番が終わるところで私は明日からの現実を見据え始めていた。テレビの中の芸人さんは「やっとオレらは休めますわ!」と最後の笑いを取りにいっていたが私は何も笑えない。

「そうか?」

ぼーっとテレビを見ていた隣で既に一くんは仕事始めをしていた。お風呂上がりの今は眼鏡をかけていて、膝の上に乗せたノートパソコンを叩いている。どうやら反社には盆も正月もないようで外も中も真っ黒らしい。

「そうだよ」
「オマエは三十日から休みだったじゃねぇか」
「でも一くんと過ごせたのは昨日と今日だけだったでしょ?短いよ」

せっかくの連休だというのに二日だけって。まぁ今夜も泊まるから実質三日かな?でも私の仕事も始まれば次にいつ会えるか分からないし。

「あのさ、」

無駄にチャンネルを弄っていたところで声を掛けられる。
一くんが眼鏡を外してノーパソを閉じたので何かあるのかと私もソファに座り直した。

「どうしたの?」
「この家に住む気ない?」
「えー…」

最近では会う度に言われるようになったその言葉に、私はお決まりとばかりに顔を歪める。そしたら一くんもいつも通りに不機嫌になって今年初の喧嘩のゴングが鳴り響いた。

「オマエの部屋もあるし服や化粧品だって置いてってるだろ。職場からも近いし別によくね?」
「でもなぁ」
「なに?間取りが気に入らないわけ?」
「違うよ」
「引越し費用も出すけど」
「そういう問題じゃないから」
「じゃあなんでダメなんだよ」

タワマンの綺麗な家に不満なんて一つもない。でもここに住んだら私は一くんに甘えちゃうと思う。一くんのことだからきっと家賃とか生活費はいらないって言うだろうし、下手したら毎朝職場まで送ってくれそう。そうしたら私は一くんに頼りっきりになってしまう。それは嫌だ。

「私が一くんに相応しい女性でいるために、かな」
「は?」
「だって一くんは仕事もできるし家事もできるでしょ?だから私も同じくらい出来てないといけないの。それには今まで通りの一人暮らしが一番いいんだよ」
「オレは気にしねぇけど」
「私は気にするの」

これでこの話は終わりとばかりに再びリモコンへと手を伸ばす。そしたら私が手に取る前に奪われてテレビの電源を消されてしまった。

「じゃあオレが働くからオマエが家の事やるっていうのは?」

どうやら今夜は引くつもりはないらしい。
私だって一くんの気持ちが分からないわけじゃないし本気で将来の事とかを考えたら一緒に暮らす事もありだとは思う。でもやっぱり今の私では自信が持てなくて、待って欲しいというのが本音。

「いつかね」
「いつかが今でもよくね?」
「うーん…」
「そしたら仕事も行かなくたっていいし」
「まぁ…」
「Net◯lixも好きなだけ見てられるし」
「うっ…」
「オレに毎日会える」
「それは言わないでよ!」

横からの甘い誘惑に頭を抱える。悪魔の囁きだと叫べば「交渉してるだけだけど」と半笑いで返された。でもこうなってしまえば私も腹を括るときが来たのかもしれない。
一つ大きく深呼吸し、改めて一くんと向き合う。そしてパッと広げた手を目の前に突き出した。

「あと五ヶ月待って」
「なんで五ヶ月?」
「実は少し前から料理教室に通ってて一年でカリキュラムが終わるの。だからそれまで待って」
「そんなとこ行ってたのかよ」

だって一くんってすごく食べるじゃない。私が作った物は何でも美味しいって言ってくれるけどそれなりのバリエーションがないと私としても申し訳なくて。だから一くんが一緒に住まないか?と初めて聞いてきた日に即入会した。

「だから私の料理の腕が立つまでもう少し待ってほしい」

恥ずかしかったから今まで隠してたけど腹を括った私は洗い浚い話をした。そして呆れられたかなぁなんて様子を窺えば今度は一くんが頭を抱えていた。

「えっ…もしかして引いた?」
「違う」
「幻滅した?」
「違う」
「じゃあなんでアルマジロみたいになってるの?」
「うん」
「いや、『うん』じゃなくて…」

結局、頭を抱えた理由は分からなかったが今すぐの同棲はなしになった。
でもその代わりに———


「これキッチン周りのリフォーム資料な。高さ変えるだけなら簡単にできるがアイランドキッチンにすんならやっぱここじゃ狭いよな。新居の内覧も行くか?」

壮大な同棲生活のフラグが立ってしまったことが後に発覚した。