糸師凛が恋を自覚する話


自販機からブリックパックを取り出した時だった。

「急に呼び出してごめんね」

鈴の音のような愛らしい声に、一瞬動きが止まる。しかしすぐさま状況を理解し、身を低くしながら声のした方へと足を進めた。
体育館横の倉庫から顔を出せば予想通り告白現場とご対面。おっとこれは手元のいちごオレよりも甘い展開待ったなしか? と思い、野次馬精神の名の下に固唾を飲んで見守った。 

「あのっずっと凛くんのこといいなって思ってて……私と付き合っ」
「そうゆうの興味ねぇから」

しかしその展開はブラックコーヒーよりも苦味溢れるものだった。バッサリと彼女を振ったその男は「もういいか?」と口先だけの確認をして彼女の横を通り過ぎる。ほんと相変わらずだな、糸師凛。私は幼少期からの記憶を辿りながらブリックパックにストローを差し込んだ。

凛が告白を受けるのはもう何度目になるだろうか。小・中でもそのルックスからモテにモテていたが、高校に進学して半年の間にも私が知る限りすでに五回は告白を受けている。そして一人RTAに挑戦しているのかも分からないが、回数を追うごとに断るまでの時間が短くなっていた。

「なに覗き見してんだよ」
「ん゛ッ……?!げほっ!」

かわいい子だったのにもったいないなぁなんて思っていれば斜め上から鋭い声が落ちてきた。予期せぬ事態に一口目のいちごオレが気道に入り咽せる。

「びっくりした!いきなり話しかけないでよ!」
「つーかそれで隠れてたつもりか?気配がまるで隠せてねぇ」

それは私の"絶"の精度ではなく凛の"円"の範囲が広いからなのでは? という念能力の概念はおいといて、彼の空間認識能力が高いだけだと思うんだけど。

「なんで告白断っちゃったの?」

覗き見がバレたので潔く白状し二人並んで校舎へと向かう。凛とは別のクラスではあるが五限目は互いに教室での授業だった。

「時間の無駄だから」

サッカー一筋の実に彼らしい理由である。でも彼氏いない歴=年齢であり、告白されたこともない私からしたらもったいないなって思っちゃう。

「でもさ、試合の時とかに彼女に応援されたくない?」
「別に。そもそも応援のあるなしで試合の勝ち負けが決まるワケねぇだろ。フィールドは戦場だ」
「違うよ。人工芝だよ」
「あ?」

面倒くさい流れになりそうになったのでいちごオレを飲み会話を濁す。そうすれば「お前だって彼氏つくらねーじゃねぇか」と無自覚な嫌味を言ってきた。

「まだいないだけでつくりたい気持ちはありますー」
「つくってどうすんだよ」
「そりゃあカレカノらしいことするよ!昼休みに屋上でお弁当食べたりとか自転車でニケツしたりとか。あとは違う味のアイスを半分こしたりとか!」
「フン」

反応が今ひとつなので、凛はそういうことしたくないの?と聞けば「興味ねぇ」とこれまたバッサリ切り捨てられた。あーヤダヤダ。こんな人、絶対彼氏にしたくないや。



歴代アニメオープニング縛りのカラオケ大会は実に楽しかった。友達がドイツ語の歌詞まで歌いきった時には思わずスタンディングオベーションをしてしまうほどだった。この胸の熱いうちにぜひともアニメ一期を見返したい。

「ん?」

友達とも別れ一人駅へと向かっていれば周囲から頭ひとつ分抜きんでた凛の姿を見つけた。ジャージにスポーツバッグを斜め掛けしているところを見るに練習終わりか。この近くにはスポーツ用品店もあるためそこに行っていたのかもしれない。

「この前の試合すごくかっこよかったです!」

せっかくだから声くらいは掛けとくか、と進行方向を変えれば凛のすぐ側には女の子二人組みがいた。

「……どうも」
「うちの学校も結構強いのにハットトリック決めててびっくりしました!」
「今度ゆっくりお話ししたいんで連絡先教えてくれませんか?」

よくもまぁあの仏頂面にそこまで迫れるものだ。様子を見るに他校の子のよう。すごい行動力ではあるが凛のことだからいつもみたいにバッサリ言い捨てて立ち去るんだろうな。

「特に話すことはない」
「私たちは話したいんです!」
「それかこのあと時間あります?」
「だから……」
「その辺にスタバあったよね?」
「タリーズじゃなかった?」

しかし彼女たちの勢いがすごすぎて逃げ出すタイミングがないらしい。モテる男は大変ですねぇ!と揶揄いつつも凛にしては珍しく困っているようでちょっと可哀想。しょうがない、ここで一つ貸しでも作っておくか。

「じゃあ行きま……」
「お待たせー!!」
「っ?!」

彼女たちの死角から距離を詰め凛の脇腹にタックルをかます。割と勢いがついてしまったのだが、さすが普段から体幹を鍛えているだけあってよろけることもなかった。

「急になに?!」
「えっだれ?」
「電車遅延して着くの遅くなっちゃってごめんね?お詫びにアイス奢るから許してくれる?」

女の子たちの視線は痛いがそれをガン無視して凛を見上げ、そのターコイズブルーに訴えかける。ここは私がなんとかするから適当に合わせてよ。

「なんか期間限定でスイートポテト味とかあるみたいよ。夏のレモネード味は食べられなかったけどこれなら食べられるね。それと今ならダブルで頼むと……」
「ちょっと!いきなり何なんですか?!」

このまま凛にだけ話しかけながら連れ出すつもりが肉食系女子の食い意地がすごくて阻まれてしまった。こうなったらプランBに移るしかない。あとで怒られないことを祈りつつ、凛の手を取り指先を絡ませ、おまけに腕にもしがみついておいた。

「あっごめんなさい!彼のことしか見えてなくって……この人の彼女です。ね?」

信憑性を増すため凛の方を見上げればどういうわけかもう片方の手で顔半分を覆っていた。というか口元抑えてる?吐き気を催す邪悪(私)ってか?貴方のためにやってるんですけど。こうなったらさっさと終わらせてやる。

「もーそんなに照れないでよ!私たち中学の頃から付き合ってるんですけど未だに倦怠期も来ないんですよね!今でも毎日寝る前には電話しててこの前なんて私が先に寝落ちしちゃった時にはそれはもう」
「あのっ私たち急いでるんで失礼します!」

私のマシンガントークにいよいよヤベェ女だと分かったのか脱兎の如く逃げていった。とんだ汚名を背負った気がしなくもないが、まぁ他校なら今後会うことはないだろう。
そして最初から最後までカカシのように突っ立っていた凛を見上げた。

「困ってたみたいだから助けたけど迷惑だった?」
「いや、助かった」

ぽつりとそう言って小さく頭を下げた。なんだか凛らしくない。

「どうしたの?本当に熱でもあったりする?」

さすがに心配になり下から顔を覗き込む。そしたらガッと頭を鷲掴まれた。えっちょ、痛い痛い痛い!頭潰れるがな!

「こ、殺す気か?!」
「お前が見てくるからだろーが!」

パッと手が離されて足元がふらつく。お陰で髪もボサボサだ。せっかく人が助けてあげたというのに何という仕打ち。

「マジでなんなん?!」

これには私の中のノブも怒り心頭なわけで思わず声を荒立てる。そうすればまた手が迫ってきた。えっもしかして殴られる?!——なんてことはもちろん杞憂に終わったのだが、その手が髪を梳いたので驚いた。どうやら直してくれるらしい。いや、なにこの温度差……こわぁ。

「行くぞ」
「えっどこに?」

そして何を思い立ったのか方向変換し足早に歩き出す。
こちらからでは凛の顔が見えない。

「アイス食うんだろ」
「えぇ?あれはその場の勢いで言っただけだよ」
「お前に奢らせねーよ。俺が買ってやる」
「ほんと?!でも今日はもう帰りた……」
「半分は俺が食うからな」
「はい?」

それなら一個奢ってよケチンボさん。あーあ、私は早く帰って巨人のアニメ見たいんだけどなぁ。それとさっきからずっと言いたかったんだけど、いい加減手を離してもらっていいですか?