嫉妬する彼女と回りくどい烏旅人の話
すっかり有名になって、はしゃいじゃってさ。
「お前マジでスゲー奴やったんやな!」
「まさか日本代表に勝つなんてね!」
「ほんますごいわ!」
「おーおーもっと褒めてくれてもええねんで」
窓際前列三番目の席には人だかりができている。その真ん中にいるのは先日のU-20日本代表戦で青い監獄≠フレギュラーメンバーとして出場した烏旅人だった。
「あのカラス頭はすぐ調子乗る!」
「彼氏が有名になったんにめっちゃ辛辣やん」
「だってずーっと連絡寄こさない思ったら急に日本代表と戦うって言い出すんだよ?!」
廊下の窓枠に背中を預けながら友人に愚痴る。隣の彼女は最早慣れたもので笑いながら私の肩を叩いた。
「でもチケット送られてきたんやろ?生で活躍見れてよかったやん」
「交通費と宿泊代で先月のバイト代全部吹っ飛んだけどな!」
まぁお金自体は別にいい。旅人もフルで試合に出てたしチームは勝ったし、もちろん私だって嬉しかった。でもせっかく行ったのに直接会うことは叶わずに。そして久しぶりに登校してきた今日が数十日ぶりの再会だったというのに彼の眼中に私はないらしい。
「またすぐに戻るんやっけ?」
開け放たれた窓からはひんやりとした風が吹き込む。攫われた髪を耳に掛けながら外を見た。未だに教室の中からは旅人を中心とした賑やかな声が聞こえる。
「みたいやね」
サッカーが好きで努力家で、そして上手いことは誰よりも知っているつもり。だからいつかは大きな舞台に立つ日が来るとは思っていた。でもそのスピードが想像よりも早くて、そして彼自身もそれを当たり前のように受け入れている。
「本当にワールドカップに出たりして」
その現実に、私は未だついていけないでいる。
「気ぃ早すぎやろ。ほらもう授業始まるし戻ろ」
「会わんでええの?」
「おん」
最後に教室内へと視線を送る。そこにいる旅人は私の知らない顔をしていた。
◇
もやもやとした気持を抱えながら放課後になってしまった。しかもすでに日は暮れかけている。というのも、旅人との接し方が分からず教室で頭を垂れていたところ担任に冊子作製の仕事を押し付けられたからだ。因みに一緒にいた友人は上手いこと逃げて帰った。
「はぁ」
「ンなデカいため息ついてっと幸せ逃げんで」
「……っ?!」
下駄箱から靴を取り出したところで声を掛けられる。視線を昇降口へと向ければ、カラス頭の男が左の口角を上げて意地の悪そうに笑っていた。帰ってなかったんか……という疑問より先に自分の眉間に皺が寄ったことに気付き反射的に顔を背けた。
「元より逃げるほどの幸せは持ち合わせてへんわ」
「なんや寂しいやっちゃな」
靴を地面に置いてつま先から押し込める。そして一歩踏み出し足早に旅人の横を通り過ぎた。
「おーおー久しぶりに会うた彼氏サマを無視かいな」
「そちらこそ他の皆サマのところに行かなくてよろしいんですか?」
「標準語きしょくわる」
「うっさい!」
せっかく向こうから話しかけてくれたというのに冷たい態度を取ってしまう。今まで旅人とどんな風に話してたっけ。それすらもう思い出せない。
昔の記憶から逃げるように足を速める。きっと旅人も呆れて愛想を尽かしているだろう。こういう女子特有の感情的な行動取られるの嫌いな人だし。
「おい、ちょい待ち」
一人競歩大会に挑んでいればフッと横に影が現れる。意外や意外。旅人が追いかけて来たらしい。この手の流れになると大抵は「めんどくさ」とばかりに顔を歪めて関わってこないのに。そして今日ばかりは顔を歪めたのは私の方だった。
「エクスペクト・パトローナム!」
「ウギャァア!ってディメンターやあらへんわ!」
「今の私にとってはそれぐらいの脅威やねん!さようなら!」
「なんやヤキモチか?」
悪ノリから一転、核心を突かれたその一言に押し黙る。そうすれば旅人はこちらを見下ろながら「昼休み来てたこと知っとるからな」と付け加えた。それなら声を掛けてくれても良かったのに。でもそうしてくれたとして、私はきっと不貞腐れた態度しかとれなかっただろう。
「…………」
沈黙が答え、とクルタ族の彼は言ったがまさにその通りで、私のだんまりは肯定の意を示していた。その様子に確信を得た旅人は大きく口角を上げ図星を言い当てた。
「ほんま俺のコト好きやな」
その言葉で張り詰めていた糸がプツリと切れた。
「そうだよ!」
そしてここまで言われてしまえばもう意地を張るのも馬鹿らしくなってきた。
「今まではサッカー上手くて顔もそこそこの陽キャポジションにおった彼氏が一夜にしてスターになっとんねんで?ネットには切り抜き動画上がっとるわSNSでファンクラブ立ち上げようとする女もおるし、その割に本人に自覚はのうてフラフラしておったらおもろないやろ!彼氏ならちゃんと私のところに帰ってこんかい!!」
——以上をノンブレスで言いきり肩で息をする。
告白したのは私の方だった。だから旅人は自分がフラれることはないと高を括っているし常に余裕があるのだ。でもそれは事実。ムカつくけど事実だからこそ、私は焦っていたのだと思う。
「はぁ〜〜〜……」
そしたら魂が抜け出たんじゃないかってぐらい盛大なため息をつかれた。そして旅人は目元をその大きな手で覆いながら固まってしまった。
「なぁ、聞いとんの?」
「はぁ……ちょお黙っとれ」
「ため息つくと幸せ逃げるんやなかったんか」
ちょっともう、笑うか弄るかしてくれないと恥ずかしいんだけど。おーい、と背伸びをしてぶんぶんと腕を振ればようやく顔を見せてくれた。
「もういくらでも手に入るからええねん」
「はぁ?」
振っていた手を無遠慮に掴まれる。と思ったらそのまま歩き出されたので転けそうになった。なんやねん、と文句を言えばコンビニに行くと言う。会える時間が少ない私たちにとって、そこは数少ない二人だけで出掛けられる場所だった。
「なんか奢ってくれるなら付き合ってもええよ」
旅人の様子を窺うよう意地悪く応えてみせる。
「わかった、なら好きなモンなんでも買うたるわ」
「……なんや今日は気前ええな」
「試合のために向こうまで来させてもうたからな」
そのえらく謙遜した態度に旅人なりの誠意を感じた。ちょっと言い過ぎたかも。それに蓋をしていた自分の感情を吐き出したことで私の怒りはとっくに鎮静化していた。
「じゃあ肉まんで」
「やっすい女やな」
繋がれた手を握り返す。そしたら半歩先を行く旅人の速度が落ち、歩幅が揃えば自然と隣に並ぶことができた。
「それがウリやからな。手間かからん方が楽やろ」
「悲観すんなや、らしゅうない。俺の彼女やねんから堂々としとき」
「旅人の彼女ってだけでそんな自信つかへんわ」
「自信持ってもらわな困んねん」
意味が分からず反射的に隣を見上げた。その瞬間に目が合って。しかし、すぐに逸らされて彼は真っ直ぐに西の空へと顔を向けた。
「俺にこんなにもかわええ彼女がおるって周りの奴らに自慢すんねんから」
黄昏時のコントラストが頬を染める。その横側に心臓がうるさく音を立てたから、誤魔化すように髪を触って顔を隠した。
「やっぱプレミアム肉まんにする」
「ったく、ウチのお姫サンはほんま現金で困るわー」
そう言いつつも旅人は本当に奢ってくれた。だから私は自分の想像よりも旅人に愛されているのだと、そう自惚れておくことにした。