大型犬のナギと誠士郎
親戚が一週間の旅行に行くということで犬を預かることになった。
玄関先でご主人夫婦を見送って改めて隣の『彼』を見る。ふわふわの毛並みを持つゴールデンレトリバーの彼の名は『ナギ』だ。
「ナギ、待てだよ。……お手、おかわり、伏せ、…よし!」
ナギはとても賢く本来の飼い主ではない私の言うこともよく聞いた。そしてとても人懐っこい。ご飯を食べ終えれば尻尾を振りながらこちらに近づいて来る。促されるまま頭を撫でてやれば、こてんと倒れて甘えてきた。
「ただいまー」
「おかえり誠士郎」
「あっもう来てたんだ。ナギもただいま」
ナギは床に寝そべったまま誠士郎を見つめて尻尾を振る。ぶんぶん振ってる。きっと誠士郎にも甘えたいのだろう。しかし自分から行こうとは思わないらしい。
「えーお前が来なよ」
「くぅ……」
「しょうがないなぁ」
誠士郎がこちらまで来てしゃがんで頭を撫でてやればその手にじゃれついた。
ナギは確かに人懐っこいがあまり積極的に動くタイプではない。散歩は行くけど基本的には寝てる。ボール遊びをしたとて三回もやれば「え?自分もう動きませんけど?」という顔をしてその場で伏せってしまう。その姿はどこかの誰かさんに似ている。
「ナギは誠士郎にそっくりだね」
「どこが?」
「ふわふわの毛並みと必要以上に動かないとこ」
「俺でももう少し動くよ」
「そうかなぁ……うん?」
微笑ましく見ていれば私の膝にナギが手を置いていた。どうやらお前も撫でろとのことらしい。甘えん坊だなぁと思いつつ私もそのふわふわの毛に手を伸ばした。
ナギを預かって三日目——
「ナギ、ブラッシングしよ!」
日当たりのいいリビングで寝転がっていたナギに声を掛ければ飛び起きた。意外にもブラッシングは好きらしい。
「じっとしててね」
ピシッと背筋を伸ばしてお座りをしたナギの毛をブラシで梳かしていく。体がここまで大きいとやり甲斐もあるということで顔周り、胸、背中と順に整えていく。
「コイツ意外と綺麗好きだよね」
ソファに寝転がりゲームをしていたと思っていた誠士郎がいつの間にか私の隣にいた。胡座をかいてじっとナギを見つめている。
「だよね。トイレも失敗しないしブラッシングも好きだし散歩のときも茂みに入ったりしないし」
「それと甘え上手」
「え?……わっ」
誠士郎と話しているうちに手元が止まってしまっていたらしい。ナギは私の膝の上に乗り上げて、構えとばかりに擦り付いてきた。ごめんね〜、なんて言ってわしゃわしゃ撫でてやれば腹を出す。ブラッシングよりも今は撫でられたいらしい。
「ナギは甘えん坊だね」
「ワフッ」
「いい子いい子、世界一かわいいねぇ」
こんなかわいい生き物に甘えられるなんてそれこそ本望だ。そして私はナギを散々甘やかした。
しかしそんな日々もついに終わりがきた。
「これお土産ね。長いこと預かってくれてありがとう」
「いえいえ、ナギとってもいい子でしたよ」
ナギのご主人夫婦が旅行から帰ってきたのだ。名残惜しい気持ちはあるが最後は笑顔で送り出した。
「なんか部屋が広く感じるね」
「そうだね」
ナギがいなくなった部屋はやけに広く感じた。それを見てまた淋しさがじわじわと湧き出てくる。またあのもふもふを抱きしめたい。
「ん?」
と思っていたら何故か私が抱きしめられていた。背後に被さっているもふもふはナギではなく誠士郎。だけどナギのように甘える仕草で私の首元に顔を埋めていた。
「誠士郎?」
「俺のコトも甘やかしてよ」
「え?」
「ずーっとナギに構ってばっかだったじゃん」
確かにここ一週間はナギに構いっぱなしで誠士郎のことは放置していた気がしなくもない。その反動だろうか。くっつき虫のように離れなくなってしまった。
「ごめんね、今日からは誠士郎のこと甘やかすね」
「ン」
「ゲームでも一緒にする?それか何か食べたい物とかある?今日は誠士郎のお願いなんでも聞いてあげる!」
「なんでも……」
「なんでも!」
パッと顔を上げた誠士郎の表情はあどけない。それにはまたナギとは違った可愛らしさがあった。
しかしこの後の要求が可愛らしくなかったことは敢えてここに記しておく。