糸師兄弟はほっとけない


今週末のイベントを調べていれば『肉フェス』が検索で引っ掛かった。そのワードをタップして目を通しながら画面をスクロールする。うん、ここなら電車で行けるし会場の自然公園近くにはショッピングモールもあるから話題にも事欠かなそう。初デートの場としては打ってつけじゃない?

「アホ面が外から丸見えだぞ」
「っ?!」

大通りが見えるガラス張りの席にてスマホと睨めっこしていれば後ろから声を掛けられた。慌ててスマホを机に伏せて振り向けばそこには冴と凛の姿が。うわっさいあく。

「びっくりした……なんでいるの?」
「俺は買い物帰り」
「俺は映画観に行った帰り。兄ちゃんとは駅で会った」

いや君らの予定は聞いてないから。なんでこのカフェに二人揃って入ってきたを聞いてるんだよ。ってゆうか私を挟むように左右に座るな。他にも席空いてるんだからそっち行きなよ。

「お前こそなんでいんだよ」
「特に理由なんかないよ」
「新作飲まねぇの?」

左隣に座った冴の質問を適当にいなしていれば右隣に座った凛が目敏く私の目の前のカップを見た。外の看板には先週から始まった新商品のドリンクがおすすめとして書かれている。

「今日は気分じゃないの」
「大方カロリー気にしてんだろ」
「別に太ってねぇのに」

余計なお世話だわ、と思いつつカロリーを気にしてるのは事実であるので手元のカップを口に運んで素知らぬ顔をする。すると両サイドから痛いくらいの視線が突き刺さってきた。同じターコイズブルーの目力の凄まじさやたるや、顔に穴が開きそうだ。

「…………なに?」
「お前、男できたろ」
「どいつだ?」

この二人の感の良さ一体なんなのだろうか。そしてなんでこうもすぐバレるのかな。

「二人には関係ないでしょ」
「「あるだろ」」

めんどくさくなることを察した私は席を立とうとして……立てなかった。何故なら両サイドから伸びてきた手が私の腕を掴んだので。

「掴むな!離せ!」
「大学の奴か?この前ゼミの飲み会あったよな?」
「はぁ?!」
「バイト中に声掛けてきた男がいたって言ってたよな、ソイツ?」
「は?凛、どうゆうコトだ?」
「オーダー取り行ったときに声掛けられたんだと。ンで会計のときに連絡先渡されたらしい」
「マジかよ。おい、ソイツに連絡してねぇよな?」

はい、もうめんどくさい。毎度毎度なんでこうも突っかかってくるかなぁ。君らには関係ないでしょ。でもここで逃げればさらにややこしい事になるのは目に見えているので大人しく白状した。

「合コンで出会った人だよ」
「は?合コン?」
「いつ行ってきたんだよ」
「一週間前」
「それでもう付き合ってんのか?」
「うん」
「ゼッテェ遊びだろ」
「凛の言う通りだ。それで昔二股掛けられてたコトあったろ」
「いつの話してんの?」
「大学で初めてできた年上の彼氏がそうだったよな」

凛に言われ、ああそういえばそんなこともあったなぁと昔の記憶が思い出される。ってゆうか冴もよく私が二股掛けられてたこと覚えてたな。私すら忘れてたっていうのに。

「今回は大丈夫だし」
「根拠は?」
「女の感」
「凛、どう思う?」
「全く当てになんねぇ」
「同感だ」

心が通じ合った二人ほどめんどくさいものはない。
その後は説得というか説教というか脅しというかよく分からない話をずっと聞かされた。

「その男と会うんじゃねぇぞ」
「連絡も取るな」

全くもう自分たちに彼女がいないからって私に八つ当たりしないでほしい。

「はいはい、分かったって」

さて、初デートには何着てこうかなぁ。



——そしてついにきたデート当日。

「この世は総じてクソ」

肉フェス会場の入口にて私は天を仰いでいた。頭上には雲ひとつない快晴が広がっていて実にお出かけ日和。周囲からは食欲をそそる香りが立ち込め会場は大いに賑わっていた。

「ほら言った通りだったろ」
「やっぱりロクな男じゃなかったな」

お呼びでない二人組が視界の端から登場したが特に驚きもない。そしていつもなら秒で追い返すところではあるが今このときに限っては救われたような気持ちになった。

「今回は二股じゃなかったよ」
「前の女とは切れてなかったろ」

そう、冴の言う通り元カノと彼は切れていなかったのだ。待ち合わせ場所に着き、さぁ回ろうかってなったときにその元カノが姿を現したのが五分前の話。

「こんなこと誰が想像できたっていうの……」

その元カノが「別れて改めて貴方の良さが分かったの…!」と復縁を求めてきてあっさり寄りを戻したのだ。「ほんとごめん!君も早くいい人見つけろよ!」じゃないんだわ。その場で顔面に一発かましたいところではあったが、余裕のない女だと思われるのも癪なのでそこは我慢しておいた。

「代わりに俺が殴ってくるか?」
「凛やめて」

血の気の多い凛を宥め、はぁとその場にクソデカため息を落とす。なぜ私はこうも男運がないのか。一回お祓いにでも行ってこようかな。でもとりあえず今はやけ食いするしかない。

「食べ物買ってくる。二人は?」

ただやっぱり今一人になるのは虚しすぎてチラリと横目で二人を見る。そしたら兄弟揃って顔を見合わせて。そして、やれやれというオノマトペ付きでこちらを見た。

「このまま一人にしとくワケねぇだろ。今日は姉貴に付き合ってやる」
「姉ちゃんの欲しい物なんでも買ってくるよ」

呆れ顔の冴と意気込む凛。図体はデカくなり口の悪さには磨きがかかったが、なんだかんだ姉想いなところは変わらない。

「よし、ならとりあえず端から全部回る!」
「走るな、転ぶぞ」
「姉ちゃんそっちゴミ捨て場!」

迷子になるなと言わんばかり冴と凛に左右から挟まれる。ちょっとあんたら身長高いんだから、これだと囚われた宇宙人みたくなっちゃうじゃん。ってゆうか過保護すぎでしょ。言っとくけど私のが年上だからな。もう少し姉のことを信用してよね。

——糸師兄弟は実の姉をほっとけない。