桜遥に助けられた女の子の話


昭和かここは?

「君かわうぃーね!オレらとお茶しない?」
「この辺のこと知らないかんじ?オレらが案内したげるよ」

街に足を踏み入れわずか三歩、野生の不良に絡まれた。一番道路の草むらよりも早い出現にこちらも動揺が隠せない。しかし怯んでいる場合ではない。私は先制でにらみつけるを繰り出した。

「急いでるので結構です!」

スクールバッグを持ち直し二人の脇を通り過ぎる。しかしそうも簡単に通してもらえるわけもなく後ろからバッグの持ち手を掴まれた。身体が後ろに引っ張られ足元がおぼつく。

「荷物重そうじゃん。オレが持ってやるよ」
「だから結構ですって!離してください!」
「可愛い顔して意外と気ぃ強いんね。オレ好きよ、そういう子」

柄シャツ、腰パン、サンダル姿の二人の防御力はかなりのペラさを感じるがやはり男だけあって力が強い。両手でバッグを取り返そうとするもびくともしない——が、急に手を離されたことでそのまま後ろに尻もちをつくことになった。

「いっ……?!」
「ほら非力な腕で引っ張るからそうなんだよ」
「あんまイジメちゃ可哀そうでしょー大丈夫?立てる?」

薄ら笑いを浮かべながら一人の男が手を差し伸べてくる。完全に遊ばれてる。残念ながら周囲に人の気配はないが五十メートルも走れば大通りに出られる。そしたら人に助けを求められるはず。逃げるためのコースを確認し目の前の手を叩き落として駆け出した。

「あ……っ?!」
「あははは!君ほんと単純だね!」
「目は口程に物を言うっての知らないの?」

進行方向に出された脚に躓きコンクリートの上に倒れ込む。撃ちつけた膝が痛くて熱い。確認しなくても血が出ていることはわかった。どうしよう。もう走って逃げることは難しいかもしれない。膝の痛みも相まってじんわりと涙が滲んでくる。

「あれー泣いちゃった?」
「大丈夫?ならお兄さんたちが……ッ?!」

ヒュッと風を切る音が聞こえ、影が落ちていた視界が一瞬にして晴れる。次いで見えたのは緑がかった学ランに黒と白の髪。彗星のごとく現れたその人は、ダンッと足の裏が痛くなるような盛大な着地を決めて前を見据えた。

「おいテメーら、なにクソダセーことしてんだよ」
「その制服……風鈴か?!」

風鈴、と言われて思い浮かぶのはこの辺りで有名な風鈴高校に通う『ボウフウリン』と呼ばれる人たちのこと。数年前まではチームやギャングのケンカや抗争で治安が悪いと言われていたこの街も、彼らのお陰で大分住みやすくなったのだとか。だからこそ私も最近になってこちらに引っ越してきたのだ。推薦で入った高校はここから近い場所にありこの地に住む祖父母の家から通わせてもらっている。

「知ってんなら話が早ぇなぁ!」
「いや、ちょっ、まっ……?!」

そこからは本当に一瞬の出来事だった。
彼はたった一人で目の前の二人を倒してみせた。それはもう綺麗な蹴り業だったし見事な吹っ飛ばしっぷりだった。その様にきっとどんちゃんかっちゃんもフルボッコだドン!と声を上げることであろう。ケンカというよりはパフォーマンスを見せられたような気分である。その証拠に一連の事を終えれば彼はピシッと学ランを整えるような仕草をした。

「見た目ばっかつくりやがってダセーことこの上ない。さっさと消えろ……って伸びてんのかよ」
「あ、あのっ」

なんとか上半身だけを起こしその背中に声を掛けた。彼は白と黒の髪を靡かせてこちらを振り返る。

「あ?」

すごい。この人、目の色が左右で違う。それに髪の色も分け目でちょうど白黒はっきり分かれている。ここまで綺麗に色が分かれているのは無免許の天才医師か彼くらいであろう。ただここは昭和からさらに文明が発展した時代であるのでカラコンとブリーチである可能性は大いにあるけれど。

「助けてくださりありがとうございました!」

彼も中々に派手な容姿で面喰ってしまったが助けてもらったのは事実。だからこそ数メートル先の彼にも聞こえるようにお礼を言った。

「〜〜〜〜っ!」
「え?あ……」

しかし彼は一瞬にして私の前から姿を消していた。来たときよりも速い速度で何も言わずに立ち去ってしまった。ちゃんと私の声は届いていたのだろうか。それに言葉だけじゃなくてお礼もしたかったんだけどな。

「また会えるかなぁブラックジャックくん」

立ち去った方向へと目を向けて、名前すら聞けなかった彼を思い浮かべながら独り言ちた。





なんだか大事になっちゃったな。

『本当に大丈夫か?じいちゃんが迎え行くぞ?』
「大丈夫だって。ちゃんと一人で帰れるよ」

昨日、あまりにも痛みが引かなかったため整骨院で診てもらったところ捻挫だと診断された。そこまではよかったのだが付き添いで来てくれた祖父があんまりにも心配するものだからギプスまで付けられてしまったのだ。

『そうは言ってもなぁ荷物だって……』
「あ、電車来たから切るね」

心配性の祖父からの電話を切り、松葉杖をついて電車に乗り込む。幸いにも車内は空いていて座席に座ることができた。バッグも隣に置けたので一安心である。
座って目に入るのは仰々しくはめられた白いギプス。そしてそれを見て思い出されるのは痛い目に合った恐怖ではなく助けてくれた彼の姿だった。

『お降りの際は足元にお気をつけて降車ください』

三十分ほど電車に揺られ降り立ったのはまこち町。学校へは電車通学で、学校から最寄り駅までは徒歩五分だが、まこち町の駅から家までは徒歩十五分かかる。というわけで、ここからもうひと踏ん張りしなければならない。松葉杖を使っての移動だと倍以上の時間が掛かり今朝だって危うく遅刻しかけたのだ。

「よっと」

気合を入れ一歩一歩前へと進んでいく。右手に持った松葉杖にそこまで体重を掛けているわけでもないが普段使っていない筋肉を使うせいかすでに疲労がたまっていた。この分だと足が治る前に腕が動かなくなりそう。

「あっ」

よたよたと歩いていれば左肩に掛けていたスクールバッグがずり落ちかける。今日は課題のために参考書も持ち帰って来たので普段より重量がある。だからかバッグに引きずられるように体が傾いた。

「っぶね!」

しかしバッグが地面に落ちることも、また私が転ぶこともなかった。それは後ろから伸びて来た手がバッグの持ち手を掴み、そして私の体までも肩を抱くようにして支えてくれたからだ。

「おぉ…?」
「おい、あんまフラフラ歩いてっとあぶ——」
「あ、ありが……」

声がした方へと振り返れば金色のオッドアイと目が合った。あっ昨日のブラックジャックくんだ。こんなところで会えるなんて運がいい。それにしてもこの瞳、カラコンって感じじゃなさ……

「〜〜〜〜ッ?!」
「え?ちょっ……いたぁ?!」

至近距離で見たその顏に見惚れていれば白い肌が火が点いたように赤くなる。そして彼が勢いよく顔を背けたと同時に支えてくれていた手も離された。その拍子に反射的にギプスを付けている方の足で踏ん張ってしまった。足首に鈍痛が走りその場で足を庇うように倒れ込む。

「悪りぃ!大丈夫か?!」

ギプスの上から足を擦り悶絶していれば視界の端にモノクロが映り込む。顔を上げればそこにはギプスを見つめながら慌てる彼の姿があった。先ほどの行為は不本意だったらしく彼の様子から本当に心配してくれていることが窺えた。

「背中乗れ!おぶってやるから病院行くぞ!」
「大丈夫だよ、ちょっと痛かっただけだから」
「無理すんじゃねぇ!骨折れてんだろ?!」
「え?骨は折れてないよ」
「はぁ?!」

そこで初めてこちらをまともに見てくれた彼と今度こそ目が合った。琥珀色の瞳は間違いなく本物でやさしい色をしていた。そして髪もブリーチなんかじゃなかった。風に遊ばれる度に柔らかく揺れ艶めくそれは痛み一つない。

「あのっ今少しお時間良いでしょうか?!」

そして彼は猫のように逃げ足が速い。だからこそ今日は逃がすまいと思考が停止していた彼に食い気味で詰め寄った。



「ほらよ」
「ありがとう」

とりあえず落ち着いて話せる場所に行こうということで私たちは公園に移動した。しかしそこに行く間も彼は口でこそ言わないがチラチラと私の脚を見てくる。だから私が先にベンチに座らせてもらったタイミングで彼にハンカチを濡らしてきて欲しいとお願いした。何かをお願いした方が彼の気が紛れると思ったからだ。

「本当に大丈夫なのかよ」

水分が含んだハンカチを受け取って膝の周りを拭いていく。昨日擦りむいたところには大きな絆創膏を貼っているが特に怪我は増えていなかった。

「うん、心配してくれてありがとう」

その様子を立って見ていた彼はそうぶっきらぼうに聞いてきた。人付き合いは苦手そうなのに面倒見はいいようだ。

「べべべ別に心配とかそんなんじゃねぇし!」

この人、面白いなぁと思わずにやけそうになった口を隠しバレないようにこっそり笑う。ってなごんでる場合じゃなかった。私は改めて背筋を伸ばして彼のことを見上げ、そして深く頭を下げた。

「昨日も助けていただきありがとうございました!」

頭上では僅かに息を呑む音が聞こえた。その様子になんとなくまだ顔は上げない方がいいと判断し、しばらくそのままでいる。すると彼は徐にベンチに座った。彼との間には私のスクールバッグが置かれていたからそこまで距離は近くなかった。

「あんたを助けたわけじゃねぇよ。あいつらがダセーことしってっからそれが気に食わなかっただけだ」

隣りを見れば口先をとがらせ明後日の方向を向きながらそんなことを言っていた。それは彼の本心かそれとも照れ隠しか。しかしどちらにせよ助けられたのは事実である。

「そっか。でもお陰で助かったよ」

何度目かも分からない感謝の言葉を述べれば相変わらず目を泳がせながら口を何とも言えない形に歪めていた。彼のキャパシティ的にももうこれ以上お礼を言うのはやめておいた方がよさそうだ。

「あし……」
「ん?」
「足、本当に折れてないんだな?」

でも会話は続けてくれそうである。それが私は嬉しくて思わず、うん!と元気よく答えてしまった。

「先生が大げさにしてくれただけ。捻挫だから大丈夫だよ」
「そうか」
「心配してくれてありがとう」
「はぁ?!心配じゃねぇし!つーかそもそもオレがもっと早く気付いていればあんたは怪我しなかったんだ、これはオレの責任だ!」

調子に乗ってまたお礼を言ってしまった。そしてまたも顔が赤くなったが彼の言葉には疑問が残る。うーん…これは優しいというか律儀って言った方がいいのかな。ここまでくると親切のパラメーターが振り切れているようにさえ思える。やはり風鈴高校の生徒は良い人らしい。

「そんなことないよ。転んだのは自業自得だし」
「あいつらはわざとあんたのことを引っ掛けたんだ。その時点であんたに非はねぇよ」

いや、これは男前だな。先ほどまでの慌てふためきようが嘘のように落ち着いてはっきりとした声でそう言ってみせる。自分の強さを鼻にかけることもなく、かと言って私を責めない。その上ではっきりと向こうが悪かったと言いきってくれる姿が清々しくてかっこよかった。

「うん、ありがとう」
「なっ…!い、一々礼を言ってくんじゃねぇ!」

そして可愛い。ころころと表情が変わる彼を見ていれば「ママきょうのごはんなにー?」と夕食の献立を聞く子どもの声がどこからか聞こえてきた。空を見上げれば太陽もだいぶ西に傾いており思いのほか時間が立っていたことに気付かされる。そろそろ帰らないと。この足ではかなり時間が掛かるのだから。

「じゃあ私はそろそろ行くね」

立てかけてあった松葉杖をついて立ち上がる。そしてバッグを持とうと思ったところでそれはベンチの上から消えていた。

「家どこだ?」

私より先に立ち上がった彼の肩には私のスクールバッグがある。まさか家まで送ろうとしてくれているのか。さすがにそこまで面倒を見てもらうわけにはいかない。

「大丈夫だよ、一人で帰れるよ」
「さっきあれだけフラついてたヤツが何言ってんだ。行くぞ」

しかし彼は頑として譲らずにそのまま歩きだしてしまう。でも私を置き去りにすることもなく数歩進んだだけで振り返った。そして私が追いついたのを確認して半歩前を歩きだす。その背を追いかけて公園を出た。



「送ってくれてありがとう」
「ああ」

おかげで朝よりも時間をかけることなく家に戻ってくることができた。そしてバッグを受け取れば彼は自分の仕事は済んだとばかりにさっさと立ち去ろうとしようとする。えっうそ、ちょっと待ってよ。もしかして彼とはもうこれっきりってこと?まだ言葉以外のお礼もできてない。

「待って!」
「……っ」
「あのさ、名前教えてもらっていい?」

そこで私はちょっとずるい作戦を思いついてしまった。今ここでお礼をしたらそれっきり。お礼ももちろんだけど私はもっと彼のことを知りたいと思うようになっていた。

「さ、桜……」
「桜くんね」

下の名前も教えて欲しいなぁなんて。さすがに図々しすぎるかな。でも名前を教えてもらえて桜くんにもちゃんと私を認知してもらえた。これなら今度また会ったときに私から声を掛けても怪しまれないはず。

「じゃあ今度こそちゃんとお礼させてね!」
「は……」
「またね桜くん!」
「またって……おい!」

今日はこれにて身を引こう。この続きは次会うときのお楽しみだ。