片想い中である北信介の誕生日を祝う話
いつもより十五分早く家を出た。だというのにこういう日に限って信号は全て赤。それに加えて散歩中の犬に吠えられ遠回りする羽目になり、その先では玄関先で水まきをしていた人に誤って水をぶっかけられた。今朝は見そびれてしまったが私の星座占いはビリだったに違いない。そして学校に辿り着くころには時計の長針はいつもと同じところを指していた。
「北さん!お誕生日おめでとうございます!」
「おおきに」
だから一番に好きな人の誕生日を祝うという私の小さな小さな夢は叶わなくなってしまった。体育館に足を踏み入れればすでに北君がいて、後輩に囲まれたその中心で彼はお祝いの言葉をもらっていた。
「なんや北さんが夏生まれなんは意外ですわ」
「ツムの言う通りや。色白やし苗字的にも冬な気ぃするもんな」
「夏は結構好きやねん。涼しい朝の空気とか日が長いとことか」
「俺も夏が一番好きやな!やる気が湧いてくる気いする!」
「なるほど、銀の熱血さはそこからきてるわけね」
「あっ先輩おはようございます!」
小さくため息をついてその輪へと近づいていけば一番に気が付いた侑君に声を掛けられる。それに続くようにして他の二年生たちも「はよーざいます」と運動部らしい挨拶を続けた。
「おはよう。そろそろ朝練始めるからストレッチして」
「「「「うぃーす」」」」
私がこんなことを言わなくても彼らもそろそろ準備しようとしていただろう。でも私はマネージャーという特権を使い後輩たちをその場から解散させた。そしてようやく二人きりになれたところで口を開こうとすれば新たな刺客がやってきた。
「北、誕生日おめでとう」
「おめでとさん。プレゼントは後で渡すわ」
「ほんまか?嬉しいわぁ」
「とっておきのやつ用意しとるさかい。ってマネージャー顔死んでけぇへん?」
続いてやってきた大耳君と赤木君、そして尾白君だった。彼らの登場により私の声は音になる前に消え、その苦虫を噛みしめた顔に尾白君には散々な言われ方をされてしまった。
「いつも通りだよ」
「ほらもう時間やけん準備しようか」
「せやな」
「今日もよろしゅうなマネージャー」
「あ、えっと……」
「どしたん?」
「ううん、なんでもない」
喉に痞えた言葉を飲み込んで私は首を横に振る。
待ちに待った北君の誕生日。しかし祝いの言葉の一つすらまだ彼に言えていない。
◇
その後も全くと言っていいほどタイミングがなかった。
そもそもクラスは違うので会えるのは部活の時くらいしかない。しかし今日に限って部長会があり北君が来たのは部活動が始まってからだった。そうなってしまえば個人的に話す時間もなく、そして何もできぬまま最終下校時刻を迎えてしまった。
「はぁ」
着替えを済ませて一人廊下を歩く。私のバッグの中には渡せなかった誕生日プレゼントが一つ。それは鉛のように重くて足を引きずりながら校門まで向かった。
「お疲れさん」
七月の日暮れは十九時過ぎ。だから部活後の空もまだ明るくて、西の空には水彩絵の具を溶かしたかのようなグラデーションが広がっていた。
「え、北君?なんで……」
「一緒に帰ろ思て。ええか?」
「もちろん…!」
待っていてくれたことが嬉しくて駆け足で距離を詰めれば小さく笑われる。その顔がやっぱり好きで、単純な私はそれだけの今日一日の不運などどうでもよくなった。
「日中は熱いけど日暮れは涼しゅうてええな」
「そうだね——あのね、北君。渡したいものがあるんだけど」
私が足を止めれば北君は二歩進んだ先で立ち止まる。バッグの中に手を入れて大切に持って来たそれを取り出した。そして潰れかけた包装の形を整えて両手で持って北君へと差し出す。
「お誕生日おめでとう」
朝からずっと言いたかった言葉。
北君は僅かに目を見開いて、そして「おおきに」と言って両手でそれを受け取ってくれた。
「今開けてもええ?」
「うん」
結ばれたリボンを解いて北君は丁寧に開けていく。といってもプレゼントは決して面白みのあるものではない。私が選んだのは普段使いが出来るようなシンプルなデザインのスポーツタオル。もっと洒落っ気のあるものでもよかったのだけど、部活の時にも使ってくれたらいいなぁという下心が正直なところであった。
「これめっちゃ肌触りええな。ありがとう」
「気に入ってもらってよかった」
北君の、というよりは私のためのプレゼントだったかなと思ったり。でも喜んでもらえたのなら何よりだ。
「北君?」
しかし、これはどういうことだろうか。北君はそれを持ったまま動かなくなってしまった。
「あ、すまへん。なんやすごく嬉しゅうて」
手元のタオルを固く握りしめて彼は言う。そしてフッと表情を緩めて息を吐きだした。
「実はな、君から誕生日祝われたくて待っとった」
「え?!」
「朝からなんやそわそわしとったし、もしかしたらプレゼント貰えるかもって期待しとった」
「ひぇ……」
そんなに私は分かりやすいだろうか。でも尾白君にも見透かされたからきっとそうなのだろう。するともしかしたら…——
「北君がそんなに期待してくれてたとは思わなかった」
「やって好きな子からは祝ってもらいたいもんやろ」
空のグラデーションが濃い色へと変わっていく。黄昏時というには深く、夜と呼ぶには澄んだ色。そのうつろいゆく世界の中で私たちだけ時間が止まったかのようだった。
「え、は……?」
でも続く彼の一言で、私の心臓はうるさいくらいに動き出した。
「君のことが好きやねんけど、俺と付き合うてもらえませんか?」
七月五日は北君の誕生日。
しかしどうやら私の方が大きなプレゼントを貰ってしまったようだ。