桐島秋斗とカフェに行った話
ふと目に飛び込んできた看板に、思わず足を止めた。
『本日は仲良しデー!二人組のご来店でパフェ一つプレゼント!』
仲良しデーが一体なんなのかはさておきパフェ一つプレゼントとはかなりの太っ腹である。現にそれ目当ての人が多いのか窓ガラス越しには二人組の客が多く見られた。
「へぇこのご時世に随分と太っ腹やな」
「っ?!」
熱心に看板を見ていれば先ほど自分が思っていたのと同じ感想が飛んできた。驚いて後ろを見ればそこには桐島が。つい一時間前まで部活で厳しい練習をしていたというのにその顔は微塵も感じさせないほど爽やかだった。
「びっくりした、急に現れないでよ」
「俺の進行方向に自分がいただけやろ。で、この店は今日パフェをプレゼントしてくれるん?」
「みたいよ。すごいよね」
看板に貼られたポスターを見るに二人で食べる用に作られたのかかなり大きいようだった。といってもフルーツがふんだんに使われているようなものではなく、ほぼアイスと生クリームで形成されている。単価自体そこまで高くもないから無料なのか、と思いつつも心惹かれる自分はいる。
「ほな行こかァ」
「はい?」
ポン、と背中を叩かれそのままぐいぐいと店の方へと誘導される。一体これは何事か?と問う前に店の扉は桐島の手によって開けられた。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「二人で」
「ではお席へご案内致します」
いや確かにパフェは食べたい。食べたいけどもこれはさすがにどうかと思う。だって訪れているのはほとんどカップルだと思われる二人組なのだ。
「へぇ二人組且つドリンク二杯の注文で貰えるんやな」
席に案内されても尚一人気まずい思いをしている中、向かいに座った桐島は物珍しそうにメニュー表を見ていた。桐島はこの状況を何も思わないのだろうか。
「桐島はよかったの?」
「何が?」
「この店に来て」
私は知っている、実のところ桐島はかなりモテるのだと。
身長は一般的な平均身長よりも高く野球で鍛え抜かれた身体は男らしい。かと思えば顔立ちは線が細くて色白。おまけに東京では珍しい関西弁は周囲の注目も集めノリのいい性格から交友関係も広かったりする。現に告白されている話もよく耳にした。
「なんやそれ。どういう意味や?」
桐島は手に持っていたメニュー表を置きテーブルの上で肘をついた。そしてどこぞのアイドルのように右掌に顔を乗せて小首を傾げる。なにそのポーズ、可愛いかよ。
「だって学校の人に見られたら色々と誤解されそうじゃない?」
「誤解?」
「付き合ってるとか思われそうってこと。桐島はモテるからそういうの困るでしょ?」
自分だけ意識しているだなんて思われたくなかったから最後の方は小声になってしまった。それに面と向かって桐島に「モテる」というワードを使うのも気恥ずかしかった。
「ブッ…あはは!」
一人緊張しながら膝の上で指を弄っていれば桐島が突然笑い出した。今の会話のどこに笑いの要素があったというのか。しかし桐島の笑いは一向に止まらない。というかこの人失礼だな。
「なに笑ってんの」
「いやぁすまへんすまへん。自分でもそういうこと気にすんねんな」
「普通気にするでしょ」
「そうか。まぁ俺のことは気にせんといて、寧ろ役得だと思っとるから。あっ注文ええですか?」
結局、桐島の真意は分からぬまま飲み物とパフェを注文した。
その後も聞き返してみたがいつも通りのらりくらりと逃げられる。あまりこちらが固執しすぎるのも変に思われそうだったから私もそれ以上の追及はやめた。そしてほどなくしてトレーを持った店員さんが戻ってきた。
「お待たせ致しました。まずこちらホットコーヒーのお客様」
「俺やな」
桐島の前にはコーヒーを、そして私の前にも飲み物を置く。そしてテーブルの中央にパフェとパフェスプーンを並べて立ち去った。いざ目の前にしてみると結構大きいかも。確かにこれは二人分だ。
「意外とボリュームあるね」
「せやな」
「桐島は何味食べたいとかある?」
「俺は何でもええよ。好きに食べ」
「そう?では遠慮なく」
今さら桐島に遠慮する気もないため一番上のアイスに生クリームを付けて口に運ぶ。王道のバニラ味はくちどけもよくて美味しい。しかし割と乳成分が強いのか生クリームにも負けない濃厚な味でもあった。意外と本格派だ。
「美味しい!このバニラアイスめっちゃ美味しいよ!」
「よかったなぁ」
「この下のやつは抹茶かな?ナッツみたいなのも入ってるっぽい」
半分ほどなくなったバニラアイスの隙間からスプーンを差し込み緑色のアイスをすくう。しかしいざ口に運んでびっくりした。これ抹茶じゃなくてピスタチオだ。私の中でいま最もおしゃれなフレーバーとして名を上げているピスタチオ。割と高級品なイメージがあったがまさかこんなところで食べられるなんて。
「えっ桐島これピスタチオだよ!」
「ピスタチオ?」
「この前、期間限定のアルフォートあげたでしょ。それと同じピスタチオ味!」
「あー自分がアホみたいにコンビニで買い占め取ったあれか」
「桐島だって美味しいって言ってたじゃん。しかもこれちゃんとピスタチオそのものも入ってるよ、桐島も食べ……えっもしかして撮ってる?」
「おん」
夢中になっていた目の前のアイスから顔を上げればスマホをこちらに向けた桐島と目が合った。その瞬間に奪い取ろうと手を伸ばしたがひょいと避けられ失敗に終わる。さすが動体視力がいい。じゃなくて、
「ちょっと消してよ!絶対まぬけな顔してた!」
「そんなことあらへんよ。愛嬌のあるハムスターみたいな顔しとったで」
「それ馬鹿にしてるでしょ。他の人にも見られたくないから今すぐ消して」
「はぁ?誰がこんなモン他人見せるか」
それほどまでに私はひどい顔をしていたのか。なら、なおさらその動画を抹消しなければ。しかしここは店内のため大乱闘スマッシュブラザーズを繰り広げるわけにもいかない。だから一先ず動画を撮られることは諦めた。その代わりまだ使っていなかった桐島のスプーンを手に取った。
「なんや二刀流で食うつもりか?氷河の大谷がまさか自分だとは思わへんかったわ」
「そんなわけないでしょ。はい」
「は…………?」
新しいスプーンでピスタチオアイスをすくい取る。そして桐島の前に差し出した。さすがにこの量を一人で食べるのは不可能だ。それに本当に美味しかったから桐島にも食べて欲しかった。
「これ食べたら桐島もきっと感動すると思う」
「いや、え、ちょっ、ほんまに……ガッ」
よく回る口に無言でスプーンを突っ込んだ。その拍子にスマホがカメラの向きを下にしてテーブルの上に落ちたのはラッキーだ。だから私は桐島にドヤ顔を決め、笑みを深めた。
「ね?美味しいでしょ?」
「ケホッゲホッ……っ、自分ほんま何なん?!殺す気か?」
「いやそんな強くいったつもりはなかったんだけど」
「唐突過ぎんねん!」
突如笑い出す桐島に言われたくないんだけど。というか気付けばアイスが溶けかけてるじゃないか。下の方のアイスに別の味が混ざりかけている。ピスタチオの下はチョコかな。この混ざった部分は桐島に食べさせよ。
「はい、どうぞ」
「なっ……はぁ?!」
「さっき怒られたから分かりやすく声掛けたんだけど。早く口開けて」
スプーンの上ではチョコアイスの上に溶けかけたピスタチオアイスが乗っている。さっきは味が混ざって嫌だなぁって思ったけどよくよく考えればこれってまさにアルフォートなのでは?結構いい組み合わせなのかもしれない。だからようやくスプーンを口の中へと迎え入れた桐島に味の感想を聞いてみた。
「チョコピスタチオアイスの味はどうだった?」
「…………甘すぎるわアホ」
「そうなの?チョコアイスも甘めなのかな」
「胸焼けしとる」
「ならコーヒー飲めば?」
「そういう問題じゃないねん」
「ふぅん」
自分のスプーンで同様に二種類のアイスをすくい取る。ついでに言うなら一番上のバニラアイスはすっかり溶けていたので正確には三種の味が混ざっていた。それを口に運べばそれぞれの味が舌の上に広がる。しかし互いが邪魔するわけでもなくより美味しさが増していた。さらに言えばチョコアイスがビター寄りだったのでくどくもなかった。
「甘さもちょうど良くない?桐島、甘いの苦手だっけ?」
「普通に食えるわ。それより自分、俺以外の男と絶対カフェ行ったらあかんよ」
「なんで?」
「なんでもや」
そう言って私の手からスプーンを奪い取っていく。そして胸焼け宣言していたことが嘘かのようにアイスを食べ進めていた。めっちゃわんぱくに食べるじゃん。この桐島面白いかも。
「今日はありがとう」
「別にかまへんよ」
二人でパフェを完食し店を出る。そして二人分のお会計をしてくれた桐島に改めてお礼を言った。
「今度は私が出すからね」
「ドリンク一杯も二杯も変わらんよ」とは言ってくれたが貸し借りは嫌なのでそう宣言しておく。するといたずらな笑みを浮かべて桐島が私のことを見てきた。
「なに?また俺とデートしてくれるん?」
食べているときは様子がおかしかった桐島だがようやく調子を取り戻してきたらしい。だからこちらも揶揄ってくる桐島に笑みを浮かべて応えてあげた。
「いいよ。桐島といるのは楽しいからね」
部員とマネージャーという関係だが桐島とはそれなりに仲がいい方だと思ってる。いけ好かない所もあるがその分こちらが気を使わなくて済むから楽なのだ。だから一緒にいるのは苦ではないし寧ろ楽しい。
「……さよか」
「っていうかもうこんな時間じゃん!じゃあね桐島、また明日!」
「気ぃつけて帰りー」
母親からのメッセージが来ていたことを思い出し帰路を急ぐ。あっそういえば動画消させるの忘れてた。あとで連絡しとこ。
◇ ◇ ◇
『ドウガ ケセ』
ホラー映画に出てきそうなカタカナだけのメッセージに「もうとっくに消したわ」と返しておく。それから改めてスマホのデータフォルダを開き今日の動画を再生した。
なんやねんこの顔。アホみたいに幸せそうな顔しとって。挙句こちらの気も知らんでアイス食わせにくる。ほんまに嫌な女や。でもそこが——
「……好きやねんなぁ」
しかしこの気持ちを伝えるのはまだ先の話である。