酔った彼女とそれを介抱する烏旅人の話


今夜の同窓会は本当に楽しかった。数年ぶりに顔を合わせた友人たちと思い出話に花を咲かせ、二次会にまで参加した。

「ただいまー…っ、いだ?!」

そして時刻は0時過ぎ。見事に飲みすぎた私は靴箱に体をぶつけながら帰宅した。そして体勢を立て直すことも叶わずにそのまま玄関に倒れ込む。膝ぶつけた、痛い。

「ようやく帰ってきたか酔っ払い」

リビングへと続く扉が開き大きな影が姿を現す。いつもは蘭ねーちゃんをも凌駕するトサカをワックスでガチガチに固めているが風呂上がりの今はそうではなかった。

「まだ起きてたの?」
「明日は休みやしな」

男性にしては長めの前髪を掻き上げながら呆れた目を向けられる。同棲を始めて早一年、初めこそそれなりに気を使ってはいたが今となっては醜態を晒すことを恥だとも思っていない。だから私は玄関に座り込んだまま右手をちょいちょい動かして手招きした。

「ちょうどよかった。ねぇ私のこと介抱して、はーと」
「うわっサブイボ立ったわ。ほんまに自分で『はーと』とか言う奴おるんか」
「ねー旅人、お・ね・が・い!」
「キッショ!誰がするかボケェ」

しかしそれはお互い様というわけで。泥酔して帰ってきた彼女を介抱するという神イベントはことごとく一蹴されてしまった。そこに愛はあるんか?

「ひどっ」
「ちゅうかお前酒強いやろ。前に氷織と二人で一升瓶開けたコト覚えとるからな」

ユースクラブ時代から旅人と付き合いがある氷織くん。以前、うちに氷織くんが遊びにきたときに、お土産にと持ってきてくれたお酒を二人で開けてしまったことがある。翌日の二日酔いによる頭痛は酷かったが潰れた記憶はなかった。

「あーあったねぇそんなことも」

介抱されることは諦めて床に手を付き自力で起き上がる。そして靴を脱ごうと手を掛けたとき、自分がソックスブーツを履いていたことに気がついた。これって動きやすいし履きやすいんだけど脱ぐのがちょっとめんどくさいんだよね。

「くっ…脱げない……!」

そして案の定、ニット生地のところに指を入れてみたが酒の入った状態では指先に力が入らず思うようにいかない。誰だ、今日この靴を選んだ人間は。酒飲みは黙って下駄履いとけ。

「あーもういいや」

というかここで寝ればよくないか?だって家だしこの時期なら風邪はたぶん引かないし。それに玄関マットだってあるから意外と寝れそう。まぁ体は絶対に痛くなるだろうけど。

「こないなとこで寝るなアホ!」

しかし身体が脱力しきる前に腕を掴まれ支えられる。なんだ、まだいたんだ。

「だって靴脱ぐのめんどくさいからさぁ」
「ったく……」

その場に盛大なため息一つ落とし、旅人は私のふくらはぎを掴んだ。そしていとも簡単にブーツを脱がせてくる。その余りのスムーズさに、さすが脱がし慣れてますなぁと感想を述べれば「どつくぞ」と洒落にならない声色で言われたので口をつぐんだ。

「ほれ両方脱げたで」
「旅人やさしー!ありがと!」

靴が脱げたことで足を床に乗せることができる。だから少しだけ体を浮かせそのまま旅人に抱きついた。なんだかんだ言いつつ私に甘いところが好き。

「……おい、この状態のままおったら寝室まで運んでくれるとでも思っとるんか?」

くっバレたか。

「違う、化粧落としたいから脱衣所まで」

勘のいい男は嫌いだよ。あーあ今日の旅人ならいけると思ったんだけどなぁ。だがしかし怠惰を極めたい私はまだこここから粘るつもりでいた。

「靴脱げたんなら歩けるやろ。自分で行きや」
「もう疲れちゃって全然動けなくってェ…」
「ロケットくっ付けて飛ばすぞ」
「さっき膝ぶつけちゃって痛いからもっと優しく接してくれないかナ…」
「はぁ〜今日だけやからな」

そして軍配は私に上がった。旅人の首に腕を回してしがみつけば横抱きにされそのまま持ち上げられた。おおっすごい、立つ時もよろめかないあたりさすがは体幹が鍛えられてると言ったところ。

「ついたで」
「ありがとう。あっお風呂場から洗顔とって!」
「へいへい」

洗面台の前で下ろしてもらい鏡を見れば目が半分ほど閉じ掛けている自分の顔が映っていた。うわっめっちゃブサイクじゃん。それと同時に改めて今日は飲み過ぎたのだと自覚した。

「ほれ」
「ありがと」

雑な説明にも関わらずクレンジングと洗顔の二つを持ってきてくれたの流石すぎる。その二つを使ってしっかりと化粧を落としてからスキンケアで肌を整えた。これでもういつ寝落ちしても大丈夫だろう——そう思うとどっと肩の力が抜けた。

「もう終わったか?」
「うん……あっ」

我が家のエアロバイク……ではなくうちの彼氏サマが壁に寄りかかりながらそう聞いてきた。どうやらちゃんと寝室まで運んでくれるらしい。だからこそ私は自分の支度が完璧でないことに気がついた。

「は……おい、なに急に脱いどんねん?!」

まだ寝巻きに着替えていなかった。同窓会ってこともあって今日はお気に入りの服着てったんだよね。だからこそ皴にしたくないし寝てる時にどこかに引っ掛けることもしたくなかった。

「寝るから着替える」
「俺がここにおるんやけど」
「服……」
「マイペースすぎるやろ。テキトーに持ってくんで……ん?」

下着になるまで服を脱ぎ捨てたはいいが着替えを持ってきていなかった。しかし顔を上げると目の前には肌触りの良さそうなシャツが一枚。気付けば反射でそれを掴んでいた。

「これ」
「は?」
「ふく」
「……マジか」

離すように言われたので大人しく手を退ければそれは目の前から一瞬にしてなくなった。そして瞬きの間にバサッと服が頭から被せられる。ほんのり熱を持ったそれは旅人の手により着せられた。実はこの匂いが割と好きだったりする。

「おおきいねぇ」
「我慢しろ」
「あれ?なんでふくきてないの?」
「たった今、追い剥ぎに会うたからな」

物騒な世の中になったものだ。ならば早々に帰るに限る……あれ? ここ家だっけ。なんかよく分からなくなってきた。まぁ旅人がいるからなんとかなるか。

「だっこ」
「ハイハイ」

しがみつけば先ほどと同じように横向きに抱えられた。旅人が歩く度にわずかに揺れてその振動が心地いい。

「あんま外で飲み過ぎるんやないで」

それに釣られるように瞼が段々と重くなる。

「えー?」
「聞けや酔っ払い。こないな姿、他の野郎に見せんな言うとんねん」
「そとではちゃんとしてるよ」

旅人は束縛されるのが嫌いだ。付き合っているといえども干渉されるのを嫌うし自分を振り回すような面倒くさい人間も嫌い。だからこそ私にもそうしないように接する。

「あと日付超えんなら連絡しろや」

でも偶にみせてくる独占欲とか、見るからに面倒くさい私のワガママに付き合ってくれるとことか。そういうところに特別を感じて喜んでいる私はいる。

「だいじょうぶだよ」
「何がや?」

寝室のベッドに下ろされれば夢の世界へ待ったなし。しかし意識が途切れる前にどうしても伝えたいことがあった。

「わたしがすきなのは、たびとだから……」

果たして呂律が回っていたかは怪しいが小さな笑い声が聞こえたので伝わったのだと信じたい。
そして首筋に落とされた唇の熱と共に深い眠りに落ちていった。