同棲しているミヒャエル・カイザーとおやつを食べる話


高タンパク低糖質の食事に適度な運動、規則正しい生活を送り0時前には布団に入る——とそれなりに健康と体型に気を遣って生きている。なぜかって?それは私の大好きで愛おしいパートナーが超絶かっこいいからだ。

生まれ持ってのブロンドヘアに芸術作品のような左右対称の整った顔立ち。身体を覆う青薔薇の刺青は彼の象徴とも言えるもので存在自体が彫刻のように美しく精強である。

そんな彼に釣り合うべくスキンケアとボディメイクには力を入れていた。でもさ、そんな毎日毎日カロリー計算ばっかりやっていたら疲れると言うわけで……

「大量!大量〜!」

モチベーション維持のためにもチートデーはきちんと設けている。私の場合は月に一度、自分の月経周期を鑑みてこの日だけは何を食べても許される日を作っている。それが今日であり、買い物を済ませた私は上機嫌で家の扉を開けた。

お菓子の入った袋はテーブルの上に置き、紙袋の方はキッチンへと持っていく。食事用のライ麦パンとバケットはカゴの中へ、そして袋の底から出てきたとっておき≠ヘ調理をするためにキッチンテーブルの上に置いた。

「もう少しかなぁでもここで焦ったらダメね。がまん大事!」
「随分と楽しそうだな」

そして盛大な独り言を溢しながら調理していたらガチャリと扉が開いた。

「ミヒおかえりなさい!今日は早いのね」
「ああ、オーバーワーク気味だとコーチに怒られ帰らされた」

火を使っているためコンロの前から動けずに声を掛ければ彼はこちらまで来てくれた。そしてただいまのキスを瞼に落とす。

「ここ最近の試合はスタメンフル出場だったもの、休息は大切にしないと」
「だな。どうやらお前も今日はその日らしい」

後ろから抱きつくようにして鍋を見下ろしたミヒは喉で笑う。どうやらチートデーであることを察したらしい。それがバレたことは正直恥ずかしいが別に隠すことでもない。

「ふふっミヒも一緒に食べる?」
「生憎、必要のないカロリーを摂取したくはないんでな。着替えをしてくる」

せっかくならとお誘いしてみたが見事にフラれてしまった。ミヒの場合は食への関心が極端に薄いのである意味想定内と言ったところ。だから特に気にもせず、私はようやく揚がったとっておき≠油の中から掬い上げた。



お菓子も開けて飲み物も用意してテーブルの上はちょっとしたパーティーのような雰囲気になっていた。こうなってくると何から手を付けようか迷ってしまう。しかしここはやはり揚げたてを食べるべくとっておき≠ゥら手をつけた。

「んー!やっぱり美味しい!」
「ようやくパーティーの始まりか?」

指先を砂糖まみれにしながらそれを口に運んでいく。さくさくと軽快な音を立てる私を見てミヒは眉を下げて笑っていた。しかし、私の手元へと視線を向けたとき驚いたように目を見開いた。

「それ、ラスクか?」

サンドイッチを作る過程で切り落とされるパンの耳。それを油で揚げ砂糖をこれでもかと塗したものを見てそう言った。市販で売られているような物とは似ても似つかぬラスクだがこれこそが私の大好きなとっておき≠セった。

「うん!偶に無性に食べたくなるんだよね」

小さい頃、祖母のうちに行くと決まってパンの耳のラスクを作ってくれたのだ。昔はパンの耳は廃棄するのが当たり前でタダでもらえたから近所のパン屋にもらいに行っては祖母に渡していた。まぁ近年ではすっかり有料になってしまったが。

「ほぅ」

着替えを済ませたミヒが私の正面のイスへと座った。そして左手で頬杖を突きながらラスクをじっと見つめている。きっと揚げているときはポメスと見違えたのだろう。パンの耳とは意外だったらしい。

「もらっていいか?」

この時の私は物珍しさからミヒが食べたがったのだと思った。だって見るからにカロリーの塊であり栄養素なんて微塵もなさそうな物をわざわざ口にしないと思ったからだ。

「どうぞどうぞ!」

私が勧めればミヒは真っ白な砂糖が被ったそれを一本指先で摘む。そして先ほどのようにじっと見つめたのち半分ほど齧った。

「うまい……が、クソ甘い」
「それがいいの!ちなみにこっちはアップルシナモン味よ」

分かりきった感想に、でもミヒが興味を持ってくれたことが嬉しくて味を変えたものも勧めてみる。しかし首を横に振り手に持った残り半分を口へと運んだ。

「こんなクソ甘いモンばかり食ってよく胃もたれしないな」
「女の子は砂糖にスパイス、それに素敵なものすべてで出来てるのよ」
「それが本当ならレープクーレンでも食べるんだな」

ミヒは鼻で笑ってもう一つ砂糖がかかったラスクを手に取った。なんとお砂糖の方はまだ食べるらしい。

「ガーリック味もクソうまいぞ」

そして口に運びながらそんなことを言った。確かにガーリック味なら甘くもなくお酒のアテにもいいのかもしれない。というかミヒが何かを「美味しい」と言うなんてかなり珍しい。

「なんか意外」
「あ?」
「ミヒがこんなラスクを美味しいって言うだなんて思わなかった」

自分はアップルシナモン味へと手を伸ばす。口に運ぼうとすればふわりとシナモンの香りが広がった。

「『こんなラスク』とは聞き捨てならないな。これもラスクであり食べ物だろう」
「そうなんだけど、私は小さい頃にこれが好きって言ったら馬鹿にされたことがあったから」

捨てるもの食うなんてビンボー人!と言ってきた子がいた。私としては大好きなお菓子なだけあって物凄く悔しくて、結局その子とは取っ組み合いの喧嘩までした。ただそれ以来、パンの耳のラスクが好きだと言うことはなくなった。

「ハッそんな奴、俺は蹴飛ばしてやった」

しかし当然ミヒは馬鹿にしてくるような人ではなかった。ただ、なんだろう……今の彼は私と会話してはいないようだった。

「持ってる奴らは持ってない奴の気持ちなんざ分からない。アイツらはアイツらの基準で優劣をつけ下の奴らを見下す」

左手で自らの首を絞める。鮮やかに咲いた青薔薇には爪が食い込んでいた。

「だから俺は地位も金も名誉も手に入れて証明した、己の価値を。そして己のアイデンティティの破壊と再構築を経てクソ物ではないことを証明し続けている」

自傷行為ともとれるそれは精神的な不安からかそれとも彼にかけられた呪いのせいか。時折、ミヒは呼吸ができなくなるほどの力で己の首を絞める癖があった。もちろん、見ていてあまりいい気はしない。

「もう誰も俺に……ガッ?!」
「やっぱりアップルシナモン味も食べてみてよ」

だからブラウンに染まったパンの耳をミヒの口へと突っ込んだ。アレルギーやトラウマがない限り食わず嫌いっていうのはもったいないと思うんだよね。何事も試した方がいいと思う。

「ゲホッ……っ、いきなり何しやがる!」
「ミヒのアイデンティティの破壊と構築の手助けをしようと思って」
「ハァ?これを食うコトに何の意味がある?」
「だって美味しいものは共有したいじゃない」

詳しいことは知らないけれどミヒの家庭環境がよくなかったことは何となく察してる。でも昔のことを聞き出すつもりはさらさらない。だけどこれからのことは二人で考えていきたいよ。

「知らなかったことを知るのは楽しいし、誰かと共有することで世界は広がるわ」
「世界?」
「ミヒはもうどこにだって行けて自分の存在を証明する方法を知ってる。例えこれから貴男を否定するような人に出会ったとしてもミヒャエル・カイザー≠ヘ汚されないし消失しない」

これから歩むミヒの世界に一緒にいたいと思う。だから私の好きなものでその世界を広げたい——この感情は優しさと言うよりはエゴに近かった。
残り半分のラスクをミヒに差し出す。すると今度は何の躊躇いもなくそれを口に入れた。咥えたまま食べ進め指先に唇が当たる。だからもう手を離そうかとしたとき不意に手首が掴まれた。

「え…………」

そのまま人差し指は口に含まれ生温かい舌先でキャンディのように転がされる。指先が甘く痺れ上手く力が入らない——チュ、というリップ音により解放される頃には私の顔は真っ赤に染まっていた。

「なるほど、確かにメートヒェン(女の子)は砂糖とスパイスでできてるらしい」
「なっ?!」

全世界が魅了されてしまうほどの笑みにお砂糖よりも甘い言葉。
世界のミヒャエル・カイザー≠前にした私はもう何も言えなかった。