追う千切豹馬と捕まらない女の子の話
十一月ともなれば街は一気にクリスマスカラーとなる。街路樹は電飾に彩られ駅前や百貨店には大きなツリーが一夜にして建てられる。そして早い人たちなんかはクリスマスのプレゼント選びに精を出す。もちろんそれは一年間頑張った自分へのプレゼントだ。
「じゃあ限定のクリスマスコレクションと今試させてもらったアイパレットも一緒に下さい」
つまりクリスマスコフレの販売が開始されたこの週末は大忙しだった。
有名ブランドが犇めくデパート一階は多くの人で賑わい、その人たちの手にはショップバッグが握られている。
「かしこまりました」
うちのブランドも盛況でタッチアップ用の席も常に埋まっている状態。店員としてもノルマに加え個人売上のインセンティブがあるからスタッフもクリスマスコフレに加えて追加で何か買ってもらおうと必死なのである。
「試供品のリキッドファンデーションも入れさせていただきますのでもしよろしければお使いください」
「はい」
「ありがとうございました」
一人の女性客を見送り一息つく。
日曜の十八時を回る頃になると徐々に客足が減ってきた。でも今日はラストまでだからもうひと踏ん張り頑張らないと。
「お姉さん、ちょっといいですか?」
「はい」
気を引き締め直していたところで後ろから声を掛けられ背筋を正す。振り返れば相手の身長が思いのほか高くて驚いた。
黒のパンツにケーブル編みの白ニット、ダークブラウンのロングコートを羽織ったその人は男の人のようだった。
「ポーチ付きの限定品ってまだありますか?」
「限定のクリスマスコレクションならまだこちらにご用意がございます」
よう≠ニ表現したのはその人が帽子とグラデーションのかかったサングラスを掛けていて顔がよく見えなかったからだ。帽子から零れ落ちた赤髪は美しく、また肌の白さや顎の細さなどどこか中性的な印象を受ける。ただ声のトーン的にも男性であろう。女性客が多い場所ではあるが恋人へのプレゼントを購入しに来る男性やはたまた自分用にと買って帰る男性もこのご時世ではいたりする。
「じゃあそれ一つと、あとリップも見たいんだケドいい?」
「はい。リップですとスティックタイプとリキッドタイプがございますが定番はこちらで、こちらの二色が新色になります」
確約された売上に続きお客様自らリップも見たいということでこちらも接客に熱が入る。特に彼女さんへのプレゼントである場合はこちらが主導権を握りやすく購入にまでも持っていきやすいのだ。
「やっぱ結構種類あんだな」
「そうですね。ちなみに彼女さんへのプレゼントですか?」
「彼女ではないんですケド俺的にはそうゆう関係になりたい人ですね」
ひゅー熱い一言いただきました!私の中で彼の恋を応援したい気持ちがふつふつと込み上げてくる。そしてあわよくばリップ下地やリップマスクあたりもまとめて買ってくれないだろうか。私の売上のために。しかし初手からがっつくのも失礼なのでまずはお客様との信頼関係を作るのが大事。
「でしたらその方はどういった雰囲気の方になりますか?また普段着られる服の系統などが分かれば似合うものをおすすめできるかもしれません」
そう伝えるとその人は並んだリップに視線を落とす。そのときにサングラスの隙間から見えたまつ毛の長さに驚いた。つけまか?と疑いたくなるくらいのフサフサ感と長さ。芸能関係の人かな。やはりオーラがあるし先ほどから周囲の客がチラチラと彼のことを見ているのが気配で分かった。
「んー美人よりは可愛い系かな。でも本人はそれ気にして大人っぽいメイクしたりヒールある靴履いて黒っぽい服着るコトが多いっすね」
「なるほど」
「でも本当は可愛いモノ好きでポーチや財布系はピンク系統だしオフの日はワンピース着てますね。前に偶然一人で買い物してる彼女に会ったんですケドあのときの恰好可愛かったなぁ」
おぉ…唐突にのろけるじゃん。彼にも落とせないお相手がどんな人なのかますます気になってくる。しかしまずは接客だ。そして同じ童顔族としてその彼女さんの気持ちはよくわかる。こういう仕事をしている手前、私も少しでも大人っぽく見られたくて努力してるし、どんどん美人になっていく友人に追いつきたくて可愛いよりは綺麗を目指すようになった。
「そうなんですね。そうしますと、その方が普段使いできるような色味はこのあたりでオフの時に使えそうなものがこちらかと」
でも本当は可愛いものがものすごく好き。部屋の家具は白とピンクとベージュで揃えてるし食器はすべてFrancfrancで買った。一人で過ごすオフは髪も巻いてひざ下丈の淡い色のワンピースを着て出かける。
「へぇ〜これって今お姉さんが付けてるものですか?」
実際に色味を彼に見せれば初めに紹介したスティックタイプのルージュを指さした。確かにそれは今私が付けている発色がいいマットタイプのもの。
「はい」
そう答えればその人がじっとこちらを見た。サングラス越しでも分かる美貌と熱い視線にくらくらしてくる。いやでもこれはリップの色味を見ているだけだから。
「普段から結構使ってます?」
「そうですね。仕事の時に毎回使っていますが色落ちもしづらくおすすめですよ」
「逆にこっち系の色は?」
次に彼が指したのはリキッドタイプのピンクルージュ。今私の付けているものよりも艶感があり購入層も比較的若い人が多い。そしてこの冬の新作だった。
「ほどよい透け感もあって人気の高い商品ですね。可愛らしい雰囲気なのでクリスマスプレゼントに彼女さんに買われるお客様も多いですよ」
「お姉さん的にはどう?」
「そうですね……私は他の色を持っているのですが均一に塗れるので使いやすくて気に入っています。この色も次のお給料日の時に買おうかと思っています」
「じゃあそっちください」
恥ずかしながら本音を話せばその人は可愛らしい色味のリップを即決してくれた。ついでに寝るときにも使える保湿用のリップもありますよ、と軽く勧めてみたらそれも買ってくれた。そしてさらに追加してラメ系のアイシャドウも。アイシャドウは自分で選んでいてリップと似た色合いのものだった。
「お包みはひとまとめになさいますか?」
「いや、クリスマス仕様のものと今選んだものでそれぞれ分けてラッピングしてもらっていいですか?」
「かしこまりました」
中々に羽振りのいいお客様だったな。しかしそのおかげで私の売上も上々。来月の給料は期待できそうである。
「お待たせいたしました、こちらお品物になります」
プレゼント仕様にした二つの商品を一つのショップバックにまとめ差し出す。
このお客様を見送ったら在庫チェックだ。今日だけでも相当色々なものが売れたから発注掛けて月曜に納品してもらえるように手配しとかないと。
「ありがとう」
しかし送り出そうとしたところでその人が徐にショップバックの中に手を伸ばす。そして中から小さなショップバックを取り出した。そっちにはクリスマスコフレとは別にラッピングしたリップ二本とアイシャドウが入っている。
「じゃあこれはお姉さんに」
「は……い、いえっお客様からは受け取れません!」
「お客様って……なら俺からだって言えば受け取ってもらえる?」
グラデーションのかかったサングラスを取り外せば真っ赤な果実のような瞳が現れた。長いまつげに筋の通った鼻。そして帽子を取れば肩まで届く赤髪が靡き周囲にいた女性客からは悲鳴にも似た歓声が上がった。
「豹馬くん?!なんでいるの?!今はイングランドにいるんじゃ……」
「ちょっと足痛めてクラブチームに休暇もらったんだ。それで一時的に日本に帰ってきた」
今やイングランドのクラブチームでプロサッカー選手として活躍している千切豹馬。フィールドを立て一直線に駆け上がりディフェンスをぶち抜く姿に皆が魅了される。加えてこの美貌だ。女性ファンも多く最近ではモデルのような仕事もいくつか引き受けていた。
「えっ足は大丈夫なの?」
「へーきへーき!つーか気づかなすぎだろ!
ムッとした顔すら見惚れてしまう。が、残念ながら少女漫画のような胸のときめきはなかった。なぜなら彼は私にとっては学生時代の友人の弟さんだからである。ある日、彼女に誘われ千切家に遊びに行った時に紹介されたのが豹馬くんだった。
「ごめん……でもなんでここにいるの?」
その当時の豹馬くんはそれはもう、男の子?嘘でしょ?!と言いたくなるくらいにはめちゃくちゃ可愛かった。友人も大概美人で可愛いが豹馬くんも確実にその遺伝子を継いでいた。
「実家帰ったら姉ちゃんにクリスマスプレゼントほしいって言われてさ。何がいいかって聞いたら化粧品っつーから買いに来たってワケ」
彼女にとっても自慢の弟なのか「見て!弟の豹馬!めちゃくちゃ可愛いでしょ?」なんて私の前に彼を引っ張ってきてはベタ褒めした。
豹馬くんは「引っ張んな!」と怒りつつも「どーも」と短く私に挨拶をしてくれた。しかしその表情は複雑そうだった。それもそうだ、相手は思春期真っ盛りの男の子。異性の目が気になりだす年頃で「可愛い」なんて言葉は御法度。そのことに、実の兄のそのような姿を見てきた私は気付いてしまった。
『学ラン似合ってるね、かっこいい』
だからその場でかっこいい≠ニいう単語を無理やり引っ張りだして彼に告げた。その言葉は豹馬くんにとっては意外だったらしくちょっと驚かれた。というよりはバレバレのお世辞にリアクションを困らせたのかもしれない。ただそれから豹馬くんとはなんとなく仲良くなっていった。
「私がここで働いてるって言ったっけ?」
千切家に遊びに行けば一緒におやつを食べることもあったり友人と恋愛トークをしていればしれっと輪に入ってきて「そんな男やめちまえよ」と顔に似合わずサラッと男前なことを言われたりもした。
「インスタで調べた」
うちで猫を飼っていると言えば豹馬くんが私の家に遊びに来ることもあった。そして私の知らぬうちに兄とも仲良くなり「実は俺、弟が欲しかったから豹馬が来てくれると弟ができたみたいで嬉しいわ」「俺も姉しかいないんで兄貴ができたみたいで嬉しいっす!」なんて会話もしていたほどだ。
「そんな調べるほどでも……」
そしてこれは後から知ったことだが豹馬くんは高校一年の秋頃に大きな足の怪我をして長いことサッカーをできない期間があったらしい。でも私たちと過ごす時間が少なからず心の支えになっていたとのこと——これは彼の姉から聞いた話だ。
「店舗までは教えてくんなかったじゃん」
そして豹馬くんは青い監獄≠ニいう場所でサッカー選手という夢を取り戻し今や世界的に活躍している。
「だって豹馬くん店に来ちゃうから……」
完全に別世界の人になったかと思っていたがそんなことはなかった。寧ろどんどんと距離は近づいていった。ヨーロッパ圏でしか手に入らないような可愛らしいぬいぐるみや置物なんかをプレゼントしてくれることもあれば「俺がプロデュースしたアロマオイル」といって試作品と特典のブロマイド(千切豹馬のサイン入り)が贈られてきたこともあった。ちなみにこのサイン入りブロマイドを後日オークション検索したら一枚一五〇万ほどのお値段まで跳ね上がっていたので怖くなって通帳と共にクローゼットの奥に仕舞い込んだ。
そして豹馬くんとは彼が帰国の度に会っていた。というか私が行く場所に毎度出現するのだ。
現に一人で出掛けてた時に街で会った。話を聞けば私がSNSで呟いた『この映画見に行きたい!』という情報を見て自分も来たという。千切豹馬との遭遇率は序盤の草むらで虫ポケモンに会うくらい高いのだ。
「フツーに客として行っただけだし」
更に遡ればバイト先のカフェにも以前勤めていた服屋にも顔を出された。もちろん彼は冷やかしなどではなく客として来ている。今日だってそうだ。でもこの顔の良さが周囲からの注目を集めない訳もなく、そしてその状態でいつも通りの距離感で話しかけてくるからちょっと困るのだ。
「まぁそうなんだけど……」
一度このことを指摘したことはあったのだがあからさまにショックを受けた美丈夫の姿に私が折れて強く言えなくなってしまった。
「仕事の邪魔をする気はねぇよ。ただこれは受け取って」
「あ……」
豹馬くんが『彼女ではないんですケド俺的にはそうゆう関係になりたい人』に向けて買ったもの。それを私に送るということはつまり——
「今度それ付けて、んでナマエの一番好きな格好で俺とデートしてよ」
ここまで言われてしまえばもう受け取るしかない。
それと同時に私は決意する。
「また連絡するな!」
「ありがとうございましたー……」
家に帰ったら就活アプリをインストールしようと。