小悪魔な幼馴染を落としたい士道龍聖の話
平日のど真ん中、水曜午後の時間帯であっても池袋駅は賑わっている。サラリーマンやOLはもちろんのこと、学校はどうした?と問いたくなる女子高生の集団に地方から出てきたであろうリュックとスニーカー姿の若者。それから私のように平日休みの社会人もこの世には多くいるわけで、つまり駅前でスマホを弄っている人間は多かった。
「ごめん、待った?」
視界の端に映ったナイキのエアジョーダン。待ち人来たりか、と思いスマホから視線を外し顔を上げる。そして私と目が合えばその人物は微笑んだ——いや、どちら様ですか?
「は?」
「キミ三十分以上前からここにいるっしょ?だから俺のコト待ってたのかなーって」
やばいなこの人。地球上の生物が自分だけとでも思ってんのかな。
ガルフィーのジャージに金色の短髪。しかし首にはゴールドの二連ネックレスと手にはヴィトンのクラッチバッグをもっているというアンバランスさ。これが最新のおしゃれなのかな。知らんけど。
「待ってないですね」
「でもこれだけ待っても来ないならすっぽかされたんじゃない?俺と遊ぼーよ!」
「嫌ですね」
これってあれじゃん、いわゆるDQNっていうやつ?もうその言葉自体が死語だからこの人ももはや生きた化石なのでは?シーラカンスじゃん。どうぞ博物館の標本になってください。
「あははっキミめっちゃいーね!俺好きよ、そーゆー気の強い子」
私に並ぶようにして壁に背を付け距離を詰められる。ってか香水くっさ!どんだけ身体に振り撒いてんだよ。一度にこんなバカみたいな量使うなんて絶対ドンキで売ってるやつでしょ。そりゃそうか。あんたらの生息地だしな。
「私は嫌いですね、あなたみたいな人」
「あーマジ惚れた。カラオケ行く?それかボーリングかビリヤード。俺の知り合いがやってる店も近くにあるからさぁそこで飲んでもいいんだけど——」
待ち合わせ場所変えてもらおうかなぁ。でも『ワリィ遅れる!』の後に送った『わかった』のメッセージに既読が付いていないから連絡しても気づかなそう。もうそろそろ来る気がしなくもないしYouTubeでも見ながら待つか。
「ねぇ聞いてる?」
「今コントチャンネル見るのに忙しいんで黙っててください」
「もしかしてお笑い好き?俺、実は芸能関係にもツテあるか……、ブッ?!」
「なぁにやってんのー?」
友達になり過ぎてるから別れることになったカップルの雰囲気、わかりみが深いわ〜と感心していたら横から風圧と共に鈍い音が飛んできた。
隣を見れば男の頭が背後の壁にめり込んでいてワックスで固められていた金髪もぐちゃぐちゃになっていた。ついに地上との水圧差に耐えきれなくなったのか……
「イ゛ッ……な、なにすんだテメェ?!」
「ハァ?それはこっちのセリフなんだ、よぉ!!」
ガンッ——と再び男の頭が壁に打ち付けられた。その頭部を鷲掴んでいるのは日焼けにより小麦色となった大きな手。タイトな黒シャツからはその体格の良さがよくわかり、同じく黒のサルエルパンツを履きこなせるスタイルの良さ。編み上げブーツによりさらに身長は底上げされ足の長さが際立っている。首に掛けられた三つのリングが反射で光り金色の毛先をショッキングピンクに染めたその人物こそが私の待ち人だった。
「…ぁ、……ぅッ」
「彼女が嫌がってんの分かんねぇの?つーかさぁテメーみてぇなゴミカスが話しかけていい相手じゃねぇんだよぉ!」
「もういいから、それ以上はやめて」
さらにガンガンと掴んだ頭部を壁に打ち付け周りには血が飛び散っている。挙句に周囲には人だかりまでもできておりこちらにカメラを向けようとしている人もいた。これはまずい。
「ご……ッゆる、……て」
「あ?なんだってぇ?!」
「あ、……ぁぁ」
「やめなって」
「死ねよオラァ!!」
「龍ちゃん」
「……っ」
彼の手首を掴めばピタリと動きを止める。そして蝶の羽ばたきを思わせるような瞬き後に大きな瞳を私に向けた。そして諭すようにもう一度、「龍ちゃん」と名前を呼べば先ほどまでの悪魔のような顔とは一転して『ニコッ』と効果音付きで顔を綻ばせた。
「ナマエ久しぶりー!チョー会いたかった!遅れちゃってごめんねぇ?」
「いいよ、一時間までなら許容範囲だから」
「さっすがナマエ!でも俺のせいで嫌な目にあったよな、ゴメン……今すぐコイツ殺して——」
「そんなことよりもこれ以上待たせてほしくはないかな。私ね、今日は龍ちゃんと出掛けるの楽しみにしてたんだよ?」
私の力では彼の腕を掴んでこの場から離脱するのは到底無理な話。だからこそ別のことに関心を向けることで気を逸らそうとした。
身長は一八〇センチを優に超え今や世界的なサッカー選手。そのプレースタイルに時折非難を浴びたりもするけれど、彼の取り扱いは小学生の時から変わっていない。
「そっかぁそうだな!OKOK♪じゃあ早速行こうぜ!」
彼は飽きたおもちゃをポイと捨て代わりに私の手を取って歩き出した。なんだか小学校の時の登下校を思い出す。といっても手を引く立場はあのときとすっかり逆になってしまったが。
「どこ行く?どこ行きたい??俺の行きたいとこでもいいケドナマエの行きたいとこ優先な♪」
昔うちの隣に住んでいた士道龍聖こと龍ちゃんは、ご機嫌にそう言った。
◇
隣の家の龍聖くんはそれはもう探求心の強い子どもだった。春に桜を見れば、一番ブッ飛べる¥齒鰍ナ花見をすると言い出し木のてっぺんまで登ろうとしたり、夏になれば近所の山に遊びに行って一週間家に戻らないなんてこともあった。秋になればトンボを追いかけ隣町まで走ったり、冬になれば家の屋根に上って一晩中星を眺めているような子どもだった。
『お隣の子かなりやんちゃみたいで苦労しているそうよ。ナマエはあの子より二歳お姉さんでしょ?だから一緒に登下校してあげたらどうかしら』
うちの親は教育関連の仕事をしており他所の家のお子さんのことにまで口を出すような人だった。当時、小学三年生だった私はそのことの善悪もよくわからずに母の言うとおり龍聖くんの手を引き学校に行くようになった。今思えばかなりのお節介だったと思う。
「相変わらず東京はごちゃついてんね」
「フランスに比べたら日本はどこもそうでしょ」
しかし当の本人としてはそんなことはなかったらしい。彼はやはり同級生の中でも浮いていてその奇行ゆえに友人もいなかった。だから私はいい遊び相手だったんだと思う。
「いやぁあそこは表向きはキレイだケド一本裏入るとヤベーよ?」
「そうなの?一度フランス旅行してみたいなって思ってたんだけど危ないかな」
彼の言動には度々驚かされたし正直引いたりもした。でもそれと同時に士道龍聖≠ニいう人間の生態を知るのが面白かった。私とは違う世界が彼の目には映っているのだ。そして彼の言うことには基本イエスマンでいた結果、どうにも懐かれてしまい今に至るという。
「ナマエフランスに来んの?!いついつ?なら俺の試合も生で見てくれる?ナマエのためなら十ゴールだって決めてやるぜ!」
龍聖くんだと長いからいつしか龍ちゃん呼びになった。もう互いにいい大人だし昔の呼び方に直した方がいいかなぁと思い、一度「龍聖くん」と呼んだら「は?なに?なんで??俺なんかした??」と異様な反応を見せられたので今も「龍ちゃん」呼びである。
「いや、まだ具体的には決めてないんだけど……あっちょっと待って」
「ん?」
通りをぶらついていたところで目に付いた店先で足を止める。店頭にはキャラクター雑貨やらリュックなどが掛けられており外国人観光客が興味深そうに見ていた。その集団をかき分け店内へと滑り込みとりあえず目についた物を二つ、そしてレジ横に売られていたものも一緒に会計しすぐに龍ちゃんのところに戻った。
「ごめん、お待たせ」
「なんか欲しいモンでもあった?」
「うん。龍ちゃんちょっと屈んでもらっていい?」
長い脚を折り畳むように膝を曲げ私と同じ目線になる。龍ちゃんも香水をつけているのか僅かに花の香りが鼻を掠めた。甘いプルメリアの中に潜むピンクペッパーのこの香りは割と好き。
「なになに?もしかしてチューとかしてくれちゃう感じ?!」
「しないよ。はい、これ被ろうね」
店で買ってきた黒のキャップをぽすっと彼の頭に乗せる。あらかじめタグを切ってもらったそれを私も被った。それとさらに五枚入りの黒のマスクを袋から取り出してその一枚を渡した。
「これも付けようね」
「ハァ?!なんで?!」
「だって龍ちゃん有名人じゃん」
士道龍聖といえば今や糸師凛、ジュリアン・ロキと並ぶP・X・Gのエースストライカーだ。先ほどの騒動によりもはや手遅れな気がしなくもないが一応変装は必要だと思う。
「ヤ〜ダ〜!別に他人の目なんてどうでもいいし!」
「そうはいかないでしょ。ほら私も付けるからさ」
「暑いしダセェしゼッテェー付けねぇ!」
受け取ってくれなかった黒のマスクをつけてみせる。しかし龍ちゃんは納得せずにイヤイヤ期真っ只中だった。私の被せた帽子も片手で握り潰すほどだ。
「龍ちゃんは私とのお揃い、いや?」
「ウッ……」
埒が開かないので最後の押し。これで嫌だと言われたら諦めるつもりでいた。でも龍ちゃんは帽子と私の顔を交互に見て、結局は帽子を被ってくれた。
よしよし、とばかりにマスクの下でほくそ笑んでいたところでそのマスクが奪われる。
「あーもーなんで奪るの?」
「これ付ける」
「ばっちいから新しいのにして」
「ばっちくないし、これにする。んでナマエはそのままな」
「なんでよ」
マスクはまだ四枚も残っている。しかし龍ちゃんは首を横に振ってマスクの下でもごもごと口を動かした。
「ナマエの顔見たいからマスク付けないで」
なんだそれ。ちょっと可愛いとこあるじゃん。
わかったよ、と言って背中のあたりをぽんぽんしてやればマスクの下で笑っていた。彼の場合、目が大きくてオーバーリアクションだからマスクをしていても表情は読みやすい。
「んで、どこ行きたいのー?」
「水族館」
しばらく通りを歩きエスカレーターに乗る。私の後ろに立った龍ちゃんは天井から垂れ下がった広告を見ながら「水族館♪チョー久しぶり!」とはしゃいだ。
「でも俺、魚より肉派だ!」
「食べられないからね」
「でもただ鑑賞されてるだけなのも可哀想くね?存在意味ねぇしいっそ胃袋に収まった方が俺の細胞となり活力となる!その方がアイツらも幸せだ!」
子どもっぽいことを言ったと思えば唐突に自分の哲学を語りだす。龍ちゃんのこういうところは本当に面白いと思う。
「マグロやカニはまだしもサメとかエイは食べられないのでは?」
「んなもん揚げちまえば大抵のモンは——あっナマエバンザーイ!」
「は?……っ」
不意に両手で腰を掴まれたと思ったら体が浮いた。私はクレーンゲームの景品か。そしてそのまま運ばれエスカレーターの先で降ろされた。どうやら後ろを向いて話していたためエスカレーターの切り目が分からず転びそうだったらしい。
「ありがとう」
「ヒュー♪俺ナイス!でもナマエ軽すぎ!ならやっぱ魚じゃなくて肉だな!夕飯は肉な!!」
「はいはい」
自己完結したらしい彼と一緒にビル内の水族館を目指す。しかしエスカレーターの一件があったからかやたらと龍ちゃんが引っ付いてきた。
「転びそうになっても俺が支えてあげまちゅね」と小馬鹿にしてきながら左腕を腰に巻き付けている。お次は何の遊びが始まったのか。でも龍ちゃんに対しては基本イエスマンでいる私は「頼みまちゅねー」と赤ちゃん言葉であしらっておいた。
「ヤベェ……今のキたかも」
「えっうそ。ってまだエレベーターきてないじゃん、紛らわしいこと言わないでよ」
「えへへ好きぃ」
「はいはい」
「マジだって」
水族館に行くためのエレベーターが降りてきて巨大な赤ちゃんを背負ったまま乗り込んだ。
都内住みにも関わらずこの水族館に来るのは初めてのことだった。てっきり小さな水槽が並んでいるだけかと思いきや天井まで届くほど巨大な水槽もあり驚いた。魚だけでなくカワウソやアザラシ、クラゲやチンアナゴなんかもいて意外とちゃんとしている。
「空飛んでねぇじゃん!」
私の中での満足度は高かったが龍ちゃんはそうではなかったらしい。
一番期待していたペンギンがいる水槽を眺めながら盛大なツッコミを入れていた。
「飛んでるよ。ほら、水槽の先の青空と一緒に見ればペンギンが空を飛んでるように見える」
「違ぇよ!俺はさぁもっとビューン!バサァ!ひゅぃーって飛んでるのを期待してたワケよ!こんなんただ水ん中泳いでるだけじゃねぇか!!」
だってペンギンだもの。み○を
龍ちゃんが不満げに睨みつける水槽の中では今も優雅にペンギンは泳いでる。でも泳ぎ疲れたペンギンは水面にぷかぷかと浮いていた。
「ハァ〜〜マジショック……ガン萎え」
「そんなに空飛ぶペンギン見たかったの?」
「まぁ……つーかこんなん詐欺だろ」
パンフレットを握りつぶしその場で胡坐をかき座り込んでしまった。その姿を見るに本気で期待していたらしい。可哀そうに、龍ちゃんの目はすっかりモノクロになってしまった。自由に生きることに全力を注いでいる彼にとって目の前の檻の中の生物はさぞつまらない生き物に見えたのだろう。
「龍ちゃん」
「あ?」
並ぶようにして隣にしゃがみ龍ちゃんの帽子とマスクを奪い取る。今この場には数組のお客さんしかおらず皆、水槽に夢中なので問題ないだろう。そして龍ちゃんと肩を並べてスマホをインカメにしたら準備万端だ。
「目線は上ね」
「えっなに?今から面白いコト始まる感じ?!」
「それは運次第だけど……撮るよ!」
背後を二匹のペンギンが横切った瞬間にシャッターを切る。ペンギンの泳ぐ速度がそこまで速くもなかったのでブレずに撮ることができた。
「それどうすんの?」
「今から魔法をかけます」
しゃがんだままスマホを操作する私に龍ちゃんがもたれ掛かってくる。そして興味深そうに私の手元を見ていた。
「おおっ!おーー!」
「はい、空飛ぶペンギン」
余計な背景は消しゴムマジックで消して加工アプリを使い空の青と雲を足し、効果フィルターで光の柱も出現させた。そしてその手前には飛んでいる彼らを見上げる私たちがいる。
「スゲー!俺にも送って!」
「はいはい」
相当お気に召したらしい。龍ちゃんは上機嫌だった。
「この写真SNSに上げていい?」
「ダメに決まってるでしょ」
「えー…じゃあLINEのアイコン」
「ダメ」
「待ち受け」
「ダメ」
「ホーム画面は?」
「うーん……人に見られそうだからダメ」
「トーク画面の背景」
「それならいいよ」
「やった!」
それからはまた館内を周り、最後にカフェで飲み物を買った。どうやらそこではココアの表面に絵を描いてもらえるらしい。それぞれ頼んだら私はカワウソで龍ちゃんはペンギンだった。
「意外とリアルだ!でも可愛い〜」
「な、マジ可愛い」
「いや、私じゃなくてココア撮りなよ」
「今俺はこの世の可愛いをカメラに収めてんだよ」
「背景壁だけどいいの?」
「ナマエだけいればいい」
それなら展示エリアでもっと撮ればよかったのに。
しょうがない、ここは一つカメラマンごっこを始めた龍ちゃんのために人肌脱ぎますか。
「じゃあ可愛く撮ってね」
「お?」
「きゅんですっ」
「ハゥッッ…!」
渾身のキメ顔と指でハートマークを作ってみたら龍ちゃんがその場に倒れた。そんな急にヤムチャのモノマネをされても……もうツッコミが追いつかない。
◇
夕飯は龍ちゃんの「肉食うぞ!」宣言通りにより焼肉を食べに行った。といっても龍ちゃんと出かける時は大抵焼肉だ。
「ごちそうさまでした」
六本木のお店を出れば日は疾うの昔に暮れていた。空には星が瞬いているが正直ビル群の明かりの方が眩しくてただの点にしか見えなかった。
「どお?美味かったっしょ?」
「うん。お肉においては龍ちゃんのお店選びは完璧だね」
「なんだよその言い方〜ナマエも肉好きっしょ?」
「好きだよ」
「ンフフ♪だよなぁ!」
周りも暗いしもう大丈夫だろうってことで龍ちゃんは帽子もマスクも外していた。そんな彼は上機嫌で、お酒を飲んでもいないのに赤く染めた頬を膨らませてくふくふ笑っていた。そしてタックルの勢いでぶつかってきたかと思ったらそのまま腕を首に巻き付けてきた。
「わっ?!もーびっくりさせないでよ」
「なぁこれからどこ行く?食ったし身体動かしてぇよなぁこの辺りならクラブとか——」
「私はもう帰るけど」
「ハァ?!なんで?!」
「だって明日仕事だし」
時刻はまだ二十一時も回っていない。でもここから帰るのは少し時間がかかるし私ももう若くはないわけで、良質な睡眠時間は確保したかった。
「帰りも送るしまだよくね?!」
「私もそうしたいんだけどごめんね」
「仕事と俺どっちが大事なワケ?!」
めんどくさい彼女か。
久しぶりに会った龍ちゃんとは確かにもう少し遊びたい気持ちもあるが彼は今オフシーズン。まだ当分日本にはいるみたいだしこの分ならもう一回くらい会う機会はあるだろう。そうじゃなくてもほぼ毎日彼とはLINEをしているのだ。
「その質問には答えられないよ。龍ちゃんだって『私とサッカーどっちが大事?』って聞かれたら困るでしょ」
「そんなんどっちも取るに決まってんだろ。俺なら余裕だし」
「はいはい」
肩にデカめのピカチュウを乗せたまま大通りを目指して歩く。龍ちゃんが連れて行ってくれたお店は看板もない紹介制の店だったから路地裏の目立たない場所にあったのだ。
「なぁマジで帰んの?」
「帰るよ。龍ちゃんも久しぶりの日本だからってはしゃぎすぎないで早めに帰りなよ」
あと五十メートルも歩けば大通りに出られる。そこは駅へと続く道でもあるので遠目でも人が多く賑わっているのが分かった。ならば龍ちゃんとはこの辺りで別れた方がいいだろう。しかしそう声を掛ける前に龍ちゃんが足を止めたことで私もその場で踏み留まる形となってしまった。
「龍ちゃん?」
「……これ、ナマエにあげる」
右腕は私の首に巻き付いたまま。その状態で龍ちゃんは左手でポケットの中から箱を取り出して目の前に差し出した。なんだかデジャヴを感じる。その証拠に受け取って蓋を開けたら中には指輪が入っていた。
「これナマエに似合いそうだなって思って買ってたら待ち合わせに遅れた」
実に龍ちゃんらしい理由である。しかもこの指輪、私が今好きなブランドの新作じゃん。こういう話はしたことないのに的確に私のストライクゾーンのものくれるんだよなぁ。
「そうだったんだ。でも特別な日でもないのに受け取れないよ」
「そーゆーのは関係ねぇ。俺がナマエのコト好きで付けてほしいと思ったから買ったんだし」
「それならますます受け取れないよ。だってこれ受け取ったら私は龍ちゃんと付き合うことになるから」
私がそう言い切れば急に肩が軽くなった。それはピカチュウがモンスターボールに戻った——からではなく龍ちゃんが地面にしゃがみ込んだからだった。しかも盛大な溜息付きで。
「ハァ〜…マジなんでだよぉ」
そのまましばらく見守っていたが一向に立ち上がる気配は見せない。そのため私もその場に膝を折り龍ちゃんと並んだ。すると気配でそれが分かったらしい。龍ちゃんは立てた膝の上で腕を組みそこに頬を乗せ、上目遣いで私を見た。
「俺じゃダメなワケ…?」
正直私の中では有り寄りの有り。おそらく流れでホテル行ったとしても後悔しない自信はあるしそれでなんだかんだ付き合ってもいいと思う私はいる。でも龍ちゃんは私に対してそんなことをしたり言ったりはしてこない。意外とこういうところは紳士なのだ。
「私よりも良い人はいっぱいいるから龍ちゃんはそういう人と一緒になった方がいいよ」
だからこれは謙遜ではなく本心。ノリで関係を持ってもいいと思う私なんかよりもっとピュアで誠実な女の子の方が龍ちゃんに合ってると思う。それに意外とロマンティストだし。
「そんな奴いねぇよ」
「少し前にフランス人のアナウンサーと写真撮られてたじゃん。その人とかは?」
「あんなクソビッチ鼻から眼中にねぇし」
「日本のアイドルで『士道くん推し♡』ってSNS投稿してる子は?」
「どうせブスだろ。キョーミねー」
「かなり可愛くて世間からの評判もいい子だよ」
「俺に取っちゃナマエ以外の女は全員ブス」
龍ちゃんは徐に自分が付けていたネックレスを外した。シルバーチェーンのそれには三つのリングが通されている。ブランドが違うからデザインも異なり装飾の宝石も違う。ただ一つ共通点を上げるとするならすべて私の指のサイズピッタリであるという点だ。
「ナマエにフラれた記録更新しちまったなぁ」
「会った時にも思ったけどそれまだ取っておいてくれてたんだね」
「当たり前っしょ」
私みたいな女、本当にやめておいた方がいいと思う。龍ちゃんには言ってないけど今までに彼氏はいたことあるしもう純粋潔白な私はいない。それに——
「じゃあその指輪の数が今の龍ちゃんの背番号数を超えたら付き合ってあげる」
こういうこと言えちゃう女だからさ。
「えっマジ?!」
「マジマジ」
「ひゃっほー♪なら今から店行って指輪買い占めて来る!!」
「なに言ってんの。今まで通り会う度に一つだよ」
「え〜……でももう俺の勝ち確だしいっか♪」
でも、今の言葉に嘘はない。