凪の初デートを見守る御影玲王の話


鬱陶しい梅雨が明け空には雲一つない青空が広がっている。だからか週末の渋谷は多くの人で賑わっており駅前には待ち合わせをしている人も多くいた。

「守備はどうだ、ばぁや」
『抜かりはありませんよ、玲王坊ちゃま』

そんなお出掛け日和且つ部活休みの日曜に俺は渋谷に来ていた。残念ながら待ち合わせをしている相手などはいない。しかし待っている人はいる。

「待ち合わせの十分前ってとこか。対象は……」

今日、俺は重大な使命をもってここに来た。しかしターゲットに俺の存在を知られてはいけない。故に帽子と伊達メガネ、さらにはプロに顎髭込みのメイクをしてもらってここに来た。きっと学校の奴らとてまさか俺が御影玲王だとは思うまい。

『ミョウジナマエさまのご到着が確認できました』
「マジか!クソッやっぱナマエちゃんのが早かったかぁ」
『フリルをあしらった白のブラウスにハイウェストの黒スカート、改札の脇に逸れた女性になります』

少し離れた場所で待機しているばぁやの情報をインカムで拾いながら電話をするフリをして改札の脇へと移動していく。すると聞いていた通りの服装に身を包んだナマエちゃんを発見した。

彼女の服装は如何にも≠ネデート服だった。襟と袖には上品なフリルがあしらわれており、黒のスカートはアシンメトリーのデザインらしく動くたびに真っ白な太ももがちらりと覗く。足元は厚底のローファーにフリル付きの白ソックスが覗いており高さの割には歩きやすそうだった。きっと相手のことを考慮しての靴なのだろう。そして髪を巻き、うっすらと化粧をしたナマエちゃんは控えめに言ってもかなり可愛かった。

「スゲー……女の子ってメイクと服でマジで印象変わるよな」

感嘆という名の感想が思わず零れ落ちる。学校の制服は第一ボタンまで留めスカートも折らずにいるからそのギャップも相まってくらりときた。

『ホッホッホ……確かにお化粧とお洋服で女性は変わるものではございますがナマエさまの場合それだけではございませんよ』
「どうゆう意味だ?」
『好きな殿方との初デート、その事実こそが今日のナマエさまをより一層美しく飾り立てるのです』
「なるほど」

恋をすると人は変わると言う。その結果がこれというわけか。ナマエちゃんの片思いをずっと応援してきた身としては何とも感慨深い気持ちになる。つーかもしかしてこれが娘を嫁に出す父親の心境ってやつ?同い年の奴らよりも大人びている自信はあるがまさか十代のうちにこのような気持ちを味わうことになるとは……

『坊ちゃま、誠士郎さまが御出でです』

ばぁやからの声に我に返りそっと改札口へと目を向ける。背が高いおかげでソイツはすぐに見つけられた。
いつも通りの寝ぐせなのか地毛なのか分からない髪型に、俺と出掛けるときにいつも着ている白のパーカーに白のボトムス。男友達とならまだしも初デートとも思えないその服装に、先にアドバイスしておくべきだったと俺は心の底から後悔した。

「まぁ遅刻しなかっただけ良しとするか……」

白いノッポは周囲を見回しナマエちゃんを探しているようだった。しかし見つけられなかったのか早々にポケットからスマホを取り出していた。それもそうだ。俺だってばぁやからの情報がなければ見つけられた自信がない。

「あっ凪くん!」

声は聞こえなかったがナマエちゃんがそう言ったのは見て取れた。現に彼女は小走りで駆け寄り待ちわびた相手に笑顔を向けている。それを真に受けた本人はびっくりしてフリーズしてた。いや、まず先に待たせたことへの詫びをしろよ。あとどこでもいいから今日の服装褒めとけ……って何も言わずに行くのかよ!

「こりゃ前途多難だな」
『お二人が移動されます』

まぁいい。フォローはこっちで任せておけ。

「じゃあプラン通り始めんぞ——『御影玲王プロデュース 凪誠士郎初デート大作戦』を!」
『承知いたしました、玲王坊ちゃま』

待ってろよ、凪。今日はお前らにとって最高の一日にしてやるからな!





「あのっ玲王くん!ちょっといいかな」

高一のときから引き続き二年でも同じクラスになったミョウジナマエちゃん。女子の中でも大人しめのグループにいて一年以上同じ教室で授業を受けてはいるが話した回数は数えるほどしかない。そんな彼女がある日の授業終わりに俺に声を掛けてきた。

「なに?どうかした?」
「玲王くんって凪誠士郎くんと仲良いよね?」
「仲良いっつーか一緒にサッカーでW杯を獲るって約束はしてっケド。それがどうかした?」

ナマエちゃんは右手できゅっとスカートの端を握りしめ顔はもう茹蛸のように真っ赤だった。その様子に彼女が何と言わなくてもその心境はすぐに察せた。

「あのさ、凪くんって彼女とかいるのかな?」

まさかこの世に凪のことを好きになる女の子がいるとは。正直アイツの魅力に気付いている奴なんて少なくとも学校内では俺だけだと思っていた。
話を聞けばナマエちゃんは凪に助けられたことがあるらしい。

なんでも彼女が購買で飲み物を買おうとしたところ十円足りなくてレジで困り果てたことがあったのだとか。その時、偶然後ろに並んでいた凪が自分の分と合わせて会計をしてくれたんだと。

「彼女はいないと思うケド。つーかもしかしてナマエちゃんって凪のコト……」
「うん。ちょっと気になってて……」

おそらく凪としてはさっさと会計を済ませてすぐにでもスマホゲームをしたかっただけなのだろう。だから凪の中では別に彼女を助けたわけじゃない。現に後日お金を返しに行った時も「あーそうだった。あんがと」と半分忘れていたらしい。

「そっか。あのさ、凪って結構だらしないとことかあるケドそーゆーとこはナマエちゃん的に大丈夫?」

別に俺はナマエちゃんの恋路を邪魔したいわけではない。しかしようやく凪がサッカー部の練習に参加し結果も出てきた今、余計なノイズを凪の与えたくはなかった。

「寧ろそこが可愛いっていうか…!」

しかし俺の心配は杞憂だった。

「お?」
「キッカケはお金を貸してくれたことなんだけど凪くんのふわっとした空気とか怒らないとことか他人の目を気にしないところとかいいなって思って……それと凪くんって実は勉強できるのにそれを自慢したりしないでしょう?そういうところが良いというか好きというか……」

一時の気の迷いでもなくナマエちゃんの気持ちは本物だった。現に語尾が窄まると共にみるみる顔が赤くなっていく。意外と彼女は凪のことを分かっていた。そしてそんな姿に心打たれた俺は彼女の恋を応援することにしたのだ。

「みんな聞いてくれ!今日からマネージャーが一人増えるぞ!」

文芸部だった彼女をマネージャーへと斡旋した。

「凪、次の対戦相手の試合データナマエちゃんから貰ってきてくれ」

なるべく二人の話すキッカケも作った。
そして俺のアシストとナマエちゃんの努力により、晴れて二人は恋人同志になったのだ。

もうここまでくればあとは勝手に二人で仲良くやるだろう。しかし乗りかかった船だし、告白成功後にナマエちゃんから泣きながらお礼を言われたこともあり、初デートもいいものにしてあげたいと思ってしまったのだ。



「あと十分で映画が終わる。配置はどうだ?」

映画館向かいにあるカフェで待機していた俺は腕時計で時間を確認しつつインカムに声を掛けた。ザザ、という僅かなノイズ後に『A班、配置完了』『B班同上』『C班同上』と簡潔な答えが返ってくる。よし、抜かりはなさそうだな。

『映画終了。扉開きました』
「よし、一番近くにいる奴がターゲットに接触しろ」
『了』

遠くから見守るだけではこちらがフォローするにも限界がある。だからここらで盗聴器を仕掛けるつもりでいた。

『こちらB班ターゲット接近』
「手筈通り二人にはバレねぇように頼む」
『了』

ここからでは実際の様子は分からない。しかし彼らは皆ばぁやが手配したエージェントのため腕の良さは信用している。

『B班、ターゲットへの装着完了しました』
「ご苦労」

スマホを操作しインカムが受信する電波回線に切り替える。これで二人の声が聞こえればいいのだが。

『映画面白かったね!アクションシーンはすごかったし最後の展開も意外だったし!』
『ね。予想外の展開が続いて最後まで面白かった』

よしよし、電波状況は悪くない。凪の声の方が少し大きく聞こえることから盗聴器は凪のパーカーのフード部分に付けられたのだろう。

『もうお昼だしどこかお店入る?』
『そうだね。お腹空いたかも』
『凪くんは何か食べたいものある?』
『食べるのがめんどくさくないものならなんでもいい』
『なるほど、じゃあハンバーガーとかお好み焼きとかはやめた方がいいよね』

うわっ早速口出してやりてぇー!!
何食いたいかでなんでもいいって一番最低な受け答えじゃねぇか!せめて洋食とか中華とかジャンルを指定しろよ!そもそも女の子側に店考えさせんじゃねぇ!!

「A班、例の店へ誘導を頼む」
『了』

一定の距離を保ちつつ二人の後を付ける。そんな俺の後ろを足早に一組みのカップルが通り過ぎた——A班の二人だ。

『私あそこの洋食屋さん行ってみたい!』
『あーオムライスとハンバーグが有名なお店っしょ?』
『そうそう!しかも今日はスペシャルデーでかなり安く食べられるんだって!』
『……オムライス』

インカムからぽつりとナマエちゃんの声が聞こえた。そう、ナマエちゃんの好きな食べ物はオムライスだ。
A班の二人組は通り沿いの洋食店へと入って行く。そこはもちろん御影コーポレーションが出資している店である。

『凪くん、あそこのお店ちょっと見てみてもいい?』
『いいケド』

よし、食い付いた!あとは一気に畳み込むまで。
二人は店の看板の前で足を止める。しかし割引を利かせているといっても元がそれなりに値の張る店だ。学生にしてはハードルが高かろう。

「今だ!」

俺が合図を送れば踏み止まっていた二人の前に女性店員が現れる。

『こんにちは、お待ちのお客様ですか?』
『いえ、少し見てただけで……』
『そうでしたか。実はいま新店舗オープンに向けて学生さん達の意見を求めておりまして、学生証の提示とアンケートへのご記入でお一人様千円でランチプレートを提供しております。もしよければご参加頂けませんか?』

無料提供だと胡散臭さが出そうだったのでばぁやからの助言でお代は頂くことにした。それが功を奏したのか二人は店内へと入っていく。あとはウチのスタッフが上手くやってくれるだろうから大丈夫だろう。



『すっごく美味しかったね!』

約一時間後、二人は店から出てきた。自分も昼食を取りつつ二人の会話に耳を傾けていたがそれなりに話も弾んでいたようだった。

『うん。それにしても俺たちすごくついてたね』
『さすが歩くパワースポットの凪くんだね!』
『なにそれ』

うんうん、中々に関係性は上々。今のところ初デートも上手くいっているように思える。しかしここからどうするのだろうか。ナマエちゃんから事前に聞いたのは凪と映画を見にいくということだけだったのでこれ以降の行動は知らない。

『人増えてきたね』
『休日だしね』

数メートルの距離を保ちながら見守っていれば俺はある事に気が付いた。
ナマエちゃんが自分の右手を強く握ったり開いたりしている。

『そうだね……』

これ、ナマエちゃん手繋ぎたいんじゃね…?あ、今指先が凪の手に伸び掛けた!絶対そうじゃん!おい!気づけよ凪!!回りくどいように見せかけて割とストレートに手ぇ繋ぎたいっつってんぞ!!

『こうゆう時、背高くてよかったって思うなぁ』

違ぇから!確かに背高くて白くて目立つから待合せするとき便利だけど今求めてんのはそーゆーんじゃねぇから!クソッこうなりゃ俺が動くしかねぇ。

『玲王坊ちゃま?』
「俺が行く、他の奴らは待機だ!」

早歩きから駆け足へ。そして心の中で謝りながら俺はナマエちゃんの左腕に軽く体をぶつけた。

「わっ……?!」
「っ、すんません!」

声も裏声使ったしきっと俺だとは分かるまい。そして姿をよく見られる前に人混みへ身を紛れ込ませた。

『大丈夫?』
『うん、ちょっとぶつかっちゃっただけ……あ、あのさ凪くん!』
『ん?』

角を曲がり二人の視界から完全に消えたところで足を止める。インカムに注意を払いながらその後の動向を窺った。

『手繋いでもいいかな?ほら、はぐれちゃうかもしれないから……』
『あっうん。どうぞ』

っしゃあ!!俺の作戦大成功!!我ながら実にいい働きをした。ばぁやからもインカム越しに『さすがです坊ちゃま』と称賛の声が届く。よしよしこの調子この調子。

『こちらC班、ターゲットのゲームセンターへの入店を確認』

走ってきた道を戻る形で二人を追いゲーセンへ。それはよくあるチェーン店で一階スペースは主にクレーンゲームが、二階には音ゲーやスロットゲームがある店だった。

『あっこれ最近よく見るキャラだ』
『なにこれ』
『カキ……かな?』
『確かに周りのひらひらしてるのがぽいね』

やはり休日とあってか店内は混み合っている。だからこそ近づく二人の距離。おまけに店内はゲーム音でうるさいから互いの声を聞き取るために顔も近くなる。自分であれば絶対にデートのときに入ったりはしないが案外ゲーセンもアリなんだな。

『ここ上にもあるんだ』
『みたいね。行ってみる?』
『うん』

凪が上のフロアの存在に気づき二人は階段を登っていく。ここまで来ればもう俺の出番もなさそうだな。ゲーセンでの尾行を終えたら引き上げてもいいかもしれない——しかしその考えは十五分後には崩れ去った。

『すごい!また順位上がった!』
『こうゆうのは割とパターン化されてるからね。覚えれば余裕だよ』

凪の奴、なにナマエちゃん放置して遊んでんだよ!
二階に上がってきたと思ったら凪は格闘ゲームに夢中になってしまった。そしてかれこれナマエちゃんを横に立たせたまま十五分以上やり込んでいる。

『凪くんはまだこのゲームやる?』
『うん。ここまで来たら百位以内目指す』
『そっか。じゃあ一階のクレーンゲームコーナー見て来ていい?』
『りょーかい』

俺が一人イラついている間にナマエちゃんは下のフロアへと降りていく。この隙に凪の元へと走っていって口を挟もうかとも思ったがそうなってしまえば今までの行動にも違和感を持たれると思い踏みとどまる。代わりにその足を階段へと向け自分も一階へと降りた。

ナマエちゃんは一人で再び店内を見て回っている。すると一台のクレーンゲーム機の前で足を止めた。中には大きめの犬のぬいぐるみが景品として寝転んでいる。そのふわふわ感と脱力した姿にはどことなく凪を思わせた。

「ねぇあの子可愛くね?」
「は?どの子?」
「あそこで犬のぬいぐるみ見てる子」

不穏な声が聞こえ店内を見渡すフリをして後ろを見る。すると自分と同じくらいの年齢の男二人組がいた。

「マジで可愛いじゃん。一人かな?」
「さすがに友達と来てるっしょ。でも声掛けてみんのはアリかも」
「だよな、行ってみようぜ」

クソって凪の奴、肝心なときに何やってんだよ!

「ばぁや!」
『はい、玲王坊ちゃま』

言うが早いが物陰からばぁやが現れる。そして神隠しかの如く一瞬で男二人を担いで消えた。防犯カメラの死角をついたから側から見ても本当に消えたかに思われるだろう。悪いようにはしないが今回ばかりは大人しく眠ってもらうしかない。

「こうなりゃとりあえず凪に連絡を……」
『ナマエ、何見てんの?』

もう四の五の言ってらんねぇ!とスマホを取り出そうとしたところでインカム越しに凪の声が聞こえた。慌てて身を隠しつつナマエちゃんの方を確認すればいつの間にかそこに凪もいた。

『あっ凪くん。もうゲームはいいの?』
『うん、百位まで順位上げれたからいいかなって。これは犬?』
『そうだよ。可愛いなぁって思って見てた』
『ふぅん。ちょっとそこいい?』

凪は財布の中から小銭を取り出してそれを機械へと投入した。軽快な電子音と共にコントローラーを動かしてアームを移動させていく。そして狙いを定めて降下ボタンを叩く——するとどうだろうか。そのぬいぐるみは途中アームから滑り落ちそうになりながらも見事穴のところまで運ばれた。

『すごいすごい!なんで取れるの?!』
『引っ掛けるとこさえ分かれば簡単だよ』
『そんなことないよ!ほんとすごい!天才!神業!』
『どーも。んじゃこれナマエにあげるね』
『えっいいの?!』
『ナマエが欲しそうだったから取ったんだケド』

コイツ、たった一回のゲームで今までの愚行を相殺しやがった。マジスゲーな。でも俺も女だったら今の行動一つで何もかも許せちまうわ。そんぐらいスマートな出来事だった。

『ありがとう!一生大切にするね!』

ナマエちゃんも喜んでるし凪もどことなく嬉しそうだ。その表情は相変わらず凪いでいるが背後に花が飛んでるのが見える。

『取ったはいいケドそれ邪魔だよね』

ゲーセンを後にした二人の後を引き続き付けていく。どこか目的があるわけでもなくただ通りに沿って歩いているようだった。

『そんなことないよ』
『でも両手で抱えてんじゃん。俺持つよ』
『重くはないし抱き心地もいいから平気』

なんだ?揉めてんのか?そう思いながら本日何度目かも分からない焦燥感に苛まれながら見守っていれば凪がスッとナマエちゃんの前に手を差し出した。

『それじゃあナマエと手ぇ繋げないじゃん。だから俺に持たせてよ』

お、おい凪……お前この数分の間に何があったんだよ。めちゃくちゃカッコよくて気の利く男じゃねぇか。しかも自分の行動を鼻に掛けていないところがまたいい。

つーか、よくよく見てみると凪ってイケメンだよな。背は高ぇし目も大きくて鼻筋も通ってる。猫背と緩み切った表情筋のせいで分かりづらいが筋力も実はあるし見た目は申し分ない。そして授業をまともに聞いていないクセにテストではいつも上位に入るくらい勉強もできる。改めて考えて見てもかなりのハイスペックだ。

『う、うん…!』
『わんちゃんカモーン』

受け取ったぬいぐるみを小脇に抱えるようにして、もう片方の手でナマエちゃんと手を繋ぐ。そしてその繋ぎ方は恋人繋ぎときた。これはもう「凪さん」と呼びたくなるくらいのしごでき具合だ。

『こ、この後どうする?凪くんは行きたいとこある?』

照れと動揺を隠せないナマエちゃんがまた可愛い。じゃなくて……そうだこれからこの二人はどこ行くんだ?
時刻は十六時すぎといったところ。解散の流れでも不自然ではないが少し早い気がしなくもない。

『まぁあると言えばある』
『そうなの?私はまだ時間大丈夫だし付き合えるよ』
『そう?じゃあ俺ん家来ない?』

凪さん?!マジで?!この流れで家?!いや、フツーか?寧ろ今このタイミングでこそ誘うべきなのか?!
散々凪に心の中で文句を言ったりもしてきたが俺自身、恋愛の知識があるだけで経験が豊富なわけではない。だからここにきて正解が何か分からなくなってしまった。

『凪くんの家?』
『うん。外で遊ぶのも楽しかったケドもっとナマエと一緒にいたいかなって』
『私も…!ぜひ凪くんの家にお邪魔したいです!』
『んじゃ行こっか』

なんか、スゲーな凪は。俺が知らないうちに大人になってた。というよりも俺が気付かなかっただけなのかな。

『B班、盗聴器の回収を頼む』

もう俺から言えることは何もねぇ。
凪はきっとこれからもナマエちゃんと上手くやってけるはずだ。





「そういや凪、ナマエちゃんとのデートどうだった?」

翌日の昼休み。俺たちの溜まり場である屋上でいつも通りスマホゲーをしていた凪にそう聞いた。

「んー別にフツー」
「フツーって何だよ!どこ行ったかくらい言えっての!」

制服が汚れることも厭わずに凪はうつ伏せに寝転がりながらゲームをしている。その様子を見ながら俺は胡座をかいた膝の上に肘を立て、頬杖をしながら凪をせっついた。

「映画観に行ってーご飯食べてーゲーセン行ってー俺ん家行ったぁ」

俺にそう語りながらも指先と目線はスマホに釘付けである。おりゃーと奇声を発している辺り一番いいところなのだろう。

「家まで連れてったんだ?俺以外行ったの初めてじゃね?」
「そうだね」
「なんで連れてったの?」
「なんでってナマエと二人きりになりたかったからに決まってんじゃん」

脳内が一瞬フリーズする。しかしそんなことは露知らず隣の白い塊は「いぇーい、クリア」とお気楽に勝利を喜んでいた。

「凪、」
「どうしたの?レオ」

ゲームにも区切りがついたのか凪はようやく上体を起こして俺と同じように座った。
やさしく吹く風が凪の髪を撫でふわふわと空に靡いている。

「お前って意外とナマエちゃんのコト好きなのな」
「付き合ってるんだから当然でしょ」

そりゃそうか。このめんどくさがり屋が自分から交友関係を広げるだなんてよっぽどのことだ。だけど、ナマエちゃんには悪いけど断ることがめんどくさいから付き合うことを選んだのだと思ってた。

「凪はナマエちゃんのどんなとこが好きなんだよ」
「んーいっぱいあるケド表情とかかな。俺はあんま喋んないケドナマエが一生懸命喋ってんの見るのは楽しいんだよね」

そんな珍獣みたいな言い方を……でも確かに二人はお似合いに見えた。正反対な性格のように見えてちゃんと互いが互いを見ているそんな関係。

「それと俺がこんなでも怒らないし面倒見いいし。なんかレオと一緒にいるときと似てるかも」

なんでそこで俺の名前が出てくんだよ。でも悪い気はしなかった。

「そっか。いい人に出会えてよかったな」
「うん。だからねレオ、もう尾行しなくても大丈夫だから」
「えっ?!」

思わぬ不意打ちに簡単にボロが出た。
俺が目を泳がせていれば凪はその大きな目を平らにしてじっとこちらを見る。

「やっぱしてたんだ」
「な、なんだよ凪!いきなりそんなコト…!」
「鎌かけてみただけだケドほんとにしてたんだ。抜け目ないなぁ」

やはり怒るわけでもなく独り言のようにそう呟いた。となれば俺も白状するしかなくなって。盗聴器のことは言わなかったが尾行してきたことはバラした。そしてこちらが言わなくてもレストランのことは知られていた。そこの関連会社に御影の名前があったことですぐに気付いたらしい。

「勝手に付けてごめん……」
「もういいよ。だって俺とナマエのコトを思っての行動でしょ?」
「うん」
「ならいいよ。レオの世話焼きは今に始まったコトじゃないし怒るのもめんどいし」

くわぁっと凪は欠伸を一つして空を仰ぎ見た。頭上には初夏を待ち侘びる青空が広がっている。
そしてまた独り言のように凪は口を開いた。

「ナマエとはこれからもずっと一緒にいたいケドそれはレオにも言えるコトだからね」
「なんだよ急に」
「これからも一緒にいよーね、レオ」
「……おう」

コイツ、マジでイケメンだな。
頭上に広がる青空が目に染みて少しだけ瞳が潤んだ。