本命は自分色に染めたい吉田ヒロフミの話


職場の同僚にどうにもいけ好かない男がいる。

「ねぇ吉田君、新しい香水付けてみたんだけどどうかな?」
「うん、いいと思う」
「このネックレス、ティファニーの新作なんだけど可愛いでしょ?」
「そうだね」
「髪の毛切ってみたんだ!似合う?」
「似合ってるよ」

デビルハンターとしての腕と生まれ持ってのツラの良さで常に女に言い寄られているこの男。そして彼女らのアプローチにものらりくらりと応えてみんなに良い顔をする。それは別にいい。だって私には関係ないことだし。だけど、

「それ新しい口紅?似合ってないね」

私には一々ウザ絡みをしてくるのが気に食わない。そもそもあんたの意見なんか聞いてないんだよ。似合う似合わないじゃなくて好きな色を選んで付けてるわけ。

「別に私は吉田のためにおしゃれしてないからどうでもいいかな」
「もう少し濃い色の方が映えると思うんだ」
「へぇー」

適当な返事をして逃げるようにその場を後にする。
私は同僚の吉田ヒロフミという男が嫌いだ。





デビルハンターの仕事は言葉通り悪魔の駆除であるが公安のデビルハンターともなれば他の仕事も任されたりする。例えばご要人の警備とか。

「二人には内閣官房長官の護衛を任せたい。くれぐれも失礼のないよう任務を全うするように」
「「はい」」

そんなことは警備会社にでも頼んでおけと言いたいところではあるが内閣政府相手では強く言い返せなかったのだろう。公安と言えども所詮はお偉いさん方の犬なのだ。

「俺たちがバディを組むのって初めてじゃない?」
「そうだね」
「緊張する?」
「今さらしないけど」
「俺は緊張するなぁだって当日はキミをエスコートしないといけないからさ」

そして今回、光栄にもその任務を任されたのが吉田と私である。政界の著名人が集まる場での護衛ということで、悪目立ちしないようドレスコードが必須となっていた。つまりは黒スーツではないドレスを着ての参加だ。

「初めだけ一緒に入ってあとは別行動でよくない?」
「そういうわけにはいかないよ。俺たちはバディなんだから」

と言っても悪魔の討伐でもないわけだし二人でいる必要もない気がする。それに吉田からこんなこと言うのは珍しい。いつも最低限の仕事だけして切り上げるのに。

「吉田の実力さえあればなんとかなるでしょ。じゃあ私、今日はもう上がりだから。お疲れ〜」

公安のビルを出て駅方面へと歩いていく。今日は二週間ぶりのネイルの日。次はどんなデザインにしようかなぁ。

「俺も今日はもう上がりなんだ」

仕事とはいえ久しぶりにドレスを着ることになるから赤とか青とか派手な色にしてもいいかもしれない。でも品も問われそうだし淡い色が無難かなぁと考えていたところで黒い影が隣に並んだ。

「そうなんだ、よかったね」
「ちょうどいい時間だし食事でもしながら打ち合わせでもしない?」
「生憎いまから別の用事があるんだ。じゃあまた一週間後に」

吉田とは一切目を合わせず足早に逃げる。人混みに紛れてしまえばもう追ってくることはなかった。





そして護衛当日——
お偉いさん方主催のパーティーとはどんなものかと思っていたが蓋を開けてみればただの飲み会であった。豪勢な料理や酒が振舞われ芸能事務所の俳優やモデルまでもが参加する交流会という名の職権乱用パーティー。その現状を見て、だから警備会社に護衛を任せなかったのだと合点がいった。こんな税金の使い方をしているとメディアにリークされでもしたら大問題だ。

「そっちの守備はどう?」

現場を見た私はそれはもう呆れた。それは吉田も同じであろう。しかし仕事は仕事。公安の名前で引き受けたからにはちゃんとやり遂げなければ後で何を言われるか分かったものではない。

「今のところ異常はないかな」

そして私と吉田が抜擢されたのは索敵能力に長けていたからであろう。吉田が使役している蛸は広範囲で敵にばれずに偵察することが可能だし、私が契約している烏の悪魔も視野が広く情報伝達の早さに優れている。つまり多くの人員を割かずとも私たちがいれば事足りてしまうのだ。

「このパーティーが終わるまであと三時間か……何もないといいけど」
「ちょっと変なフラグ立てるのやめてよ。どうせ何も起こりっこないって」

とんだ貧乏くじを引かされたものである。集中力がいるとはいえ悪魔に見張らせているから基本的には暇だ。酔っぱらったおじさんたちを眺めながらあと三時間壁際に突っ立ったままとか暇すぎる。仕事で来てるから料理も食べられないしこの時間が無駄すぎる。

「そうだね」

見回りがてらグラス一つ持ちながら会場内を一周してこようかな。でもさっきそれやったらおっさんに絡まれたからなぁ。とはいえ吉田の隣に立ってるのも嫌なんだよね。先ほどからチラチラと吉田のことを盗み見している女性陣の視線が痛いから。そしてまた痛いくらいの視線が横から飛んできた。

「……なに?」
「そのドレス、ちょっと地味じゃない?」

今日も今日とて吉田ヒロフミはブレない。つまり私にだけダメ出ししてくるってこと。

「仕事で来てるんだからこれくらいでいいでしょ」
「色は悪くないんだけどデザインがなぁ。キミ、せっかくスタイル良いんだからもう少し身体のラインが分かるドレスの方が似合うと思うよ」
「それ以上言ったらセクハラで訴えるよ」
「あははっ怖いなぁ」

冷めきった乾いた笑いに思わずため息が出る。
別に今さらどうでもいいがなぜ私はこんなにも吉田に嫌われているのだろうか。デビルハンターとしての歴は吉田の方が上だが公安で働きだしたのはほぼ同時期。当たり障りのない関係性を築いてきたと思っていたのにいつの間にか絡まれるようになってしまった。

「吉田はさ、なんで一々私の身なりについて口出ししてくるの?」

ついに私はかねてから感じていた疑問を口にする。どうせ暇だしやることもないし。手元のノンアルコールがなくなるまでの間は吉田と話してみてもいいと思ったのだ。
チラリと隣を窺えば深淵を見てきたかのような真っ黒な瞳が私を見下ろしていた。

「キミって化粧とか爪とか髪の手入れを怠らないでしょ?だから俺もアドバイスの一つくらいしたいと思ってね」
「は……?」

予想外の言葉に開いた口が塞がらない。それをみた吉田は口元だけで笑って見せた。

「昔、飲み会の時に言ってたろ。デビルハンターだからこそいつも綺麗でいたいんですって」

そういえば新人歓迎会での飲みの席で女の先輩に言われたっけな。「悪魔との戦いで汗かいたり泥被ったりするから化粧しても意味ないよ」って。確かにそうだけど私は納得ができなかった。化粧をすれば自分に自信がつくしスイッチが入る気がする。それはネイルも髪型も同じこと。それにデビルハンターなんてのはいつ死ぬか分からない仕事だ。でも、だからこそ私は最期の時まで綺麗でいたいと思うのだ。

「そんなことよく覚えてるね」
「だってあの時キミ、隣にいた男の先輩に『ならキャバ嬢に転職しろよ』って言われてジョッキの中身を顔面に投げつけてたでしょ。忘れるわけないって」

くっ…余計なところまで記憶してやがって。だがこれで吉田の言動には合点がいった。私にとっては嫌味にしか聞こえないが本人は親切心で言っていたというわけか。しかしそうなるとまた一つ疑問が生まれてくる。私は咳払い一つして再び吉田を見た。

「さっきアドバイスって言ってたけど、それならなんで他の子にはしてあげないの?」
「他の子?」
「よく聞かれてんじゃん。この香水どう?とか髪型似合ってるかなぁとか」
「ああ。だって彼女らには全く興味がないからね」

なんだそれ。じゃあ真剣に聞いていた彼女たちのことはあしらっていたってこと?確かに思い返してみれば適当な相槌だったな。でもちょっと待って。今の言葉を逆説的な意味で私に当てはめたら……

「そうだ。キミに渡したいものがあったんだ」

一人フリーズしていれば吉田がポケットに手を突っ込んであるものを取り出した。手のひらサイズの長方形の箱だ。それを開けると中からスティックタイプの口紅が出てきた。しかもブランド名が彫られたかなりいい代物のやつ。

「これキミにあげる」
「なっ……え、なんで?」
「これ見た時に絶対にこの色はキミに似合うと思ったんだよね」

音を立てて蓋を外せばそこには色鮮やかなルージュが眠っていた。パッと見る感じかなり濃い目の赤だ。自分ではまず絶対には選ばないであろう。しかしその赤に、不覚にも一瞬で魅了されてしまった。だがやはり素直に受け取る気にはなれなかった。

「いや、いいよ。私には派手すぎる」
「そんなことないと思うけどな。とりあえず一度付けてみようよ」

そう言って無遠慮に私の顎を掴んだ。いつもなら簡単に叩き落としてやるその手にいとも簡単に翻弄されてしまう。そして彼の手により私の唇にはルージュが引かれた。

「うん、よく似合ってる」

顎から手が離されようやく地に足がついた感覚さえ覚える。この色が似合っているかいないかなんて鏡がない状況では確認しようがない。だから両手でグラスの柄を弄りながら何とも言えない表情で吉田を睨んでいればそれが彼にも伝わったらしい。

「ああ、そっか」

何を思ったのか再び顎を掴まれる。両手でグラスを持っていたせいかそのまま倒れこむような形で前のめりになる。しかしそれも逞しい腕で支えられた。さらに言えば唇と唇がぴったりとくっついたおかげで吉田のスーツを化粧で汚すこともなかった。

「……っ、は」

唇同士の生温かい感触に、ようやく我に返る。そして片腕で吉田の身体を押し返し距離を取った。片や吉田はといえば動揺するそぶりもなく薄ら笑いで私のことを見ていた。先ほどまで触れ合っていた唇は赤に染まっている。

「ほら、いい色でしょ?」

なんなんだこの男は。本当に気に食わない。女の敵だ。
私は持っていたグラスを握る手に力を籠める。

「もう私に関わるな!」

そして中身を思いっきり吉田に投げつけた。
しかし——

「すごく可愛いよ。俺好みかも」

ひらりと交わして勝ち誇ったように笑われた。
この人、マジで嫌い。