本人とは気づかずにキャバ嬢に好きな女の子の話をする閃堂秋人の話
*名前変換では「ミョウジ」に下の名前を「ナマエ」に源氏名を入力していただくことでよりお楽しみいただけます
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そろそろ仕事を切り上げようかとしたところで事務所の扉が開かれた。
「お疲れ様でーす。ユニフォームの予備もらいに来たんすケド俺の分ありますか?」
突如として現れた日本を代表する若きストライカーに周囲は色めき立つ。サーモンピンクの髪を右に長し端正な顔立ちながらもあどけなさが残る彼に事務所内にいた女性スタッフは軒並み釘付けになった。
「すんません、ユニフォームの予備ってどこにあるか分かります?」
そんな彼から声を掛けられたいスタッフは山ほどいるはずなのに、なんで私に声を掛けて来るかな。確かに扉に一番近い席なのは私だけど今まさにパソコンをシャットダウンした人間に聞かないでほしい。もう私の業務は終了したんだって。
「それならたぶん隣の備品室にあるかと……少し待っててください」
しかし周囲の目に晒されながら彼のことを一蹴できるわけもなくしょうがなく備品室へと足を向ける。他の選手へはコーチを通じて渡したらしいがその日渡せなかった選手のものに関しては事務所で預かっていたのだ。……いや、なんで着いて来てんの?
「すぐ戻ってくるので待っててくださって構いませんよ」
「俺のものだし自分で取り行くよ。それに普段事務所なんて来ないから中がどうなってんのか気になってさぁ」
と言ってはいるが、選手の中で一番事務所に顔を出しているのが彼である。
遠征先のお土産だとかいつもお世話になってる皆さんにとか言って差し入れをくれたりする。そんなに周囲からいい人に思われたいのだろうか。最近ではメディアでの露出も増え自身のSNSもマメに更新していることからも、どうしたってそんな下心を想像してしまう。この閃堂秋人という人物は周囲からの評価をかなり気にするのだ。
「そんなに面白いところでもないですよ」
備品室は今いる部屋から扉一枚隔てた先にある。その部屋の大半はコピー用紙や台車などが仕舞われており文字通り備品置き場と言ったところ。その部屋の中央に置かれた机の上にお目当てのものはあった。
「これですね」
段ボール箱の中から彼の名前と背番号の書かれたものを取り出した。やっぱり探すのに一分も掛からなかったな。
「おーありがとうございます!」
お礼を言う彼にユニフォームを渡し今度こそ業務終了だ。この後も予定が詰まっているため早々に上がりたいところ。しかしこのタイミングでどういうわけか彼の方から話を振ってきた。
「ずっと気になってたんすケドミョウジさんはコンタクトにしないんですか?」
ものすごく意味のない会話だな。もしや彼は眼鏡アンチ派の人間なのだろうか。それすらもどうでもいいが常にパソコン画面を見ているような仕事なので眼鏡の方が都合がいいのだ。
「この眼鏡ブルーライトカットでもあるんです。目が疲れずに済むので仕事の時はずっと眼鏡ですね」
まぁ他にも理由はあるのだけど……さてこれで話は終わりだ。今度こそ帰ろう。しかし扉の前にいる彼が一向に動こうとしない。挙句、この意味のない会話をさらに続けようとしてきた。
「へぇ〜じゃあ休みの日は眼鏡掛けないんすか?」
なんだ寧ろ眼鏡フェチなのか?そういや自身のSNSに伊達メガネを掛けた自撮り上げてたっけ。変装用のための眼鏡姿であろうにこんな風に上げていいのかなぁなんて思いながら見た記憶がある。
「掛けたり掛けなかったり……そういえば先月発売された特集記事の載った雑誌の売上かなりよかったみたいですね」
これ以上私の話はしないでくれ、その一心で自ら話題提供をする。こういう場合は相手の話題にすり替えた方がいい。しかも彼みたいなタイプは自分の話をするのが好きな傾向にあるのであとは勝手に喋ってくれるであろう。
「そうなんすよ!おかげでSNSのフォロワーもまた増えたしクラブチームにもファンレター届いて!そんでバラエティ番組の出演オファーまで来てるんすよね!」
「さすがですね。また女性ファンが増えちゃうんじゃないですか?」
「どうかなぁ」
適当な相槌を打ちながら彼の横を通りすぎドアノブに手を掛ける。すると待ってましたとばかりに扉の外には出待ちしている女性スタッフたちがいた。
「ほら、噂をすればですよ」
「え?」
サッと部屋から出て彼女たちに道を譲る。すると餌に群がる鯉のごとく一目散に彼の下に行き周囲を囲んだ。
「閃堂さん!サイン頂いてもいいですか?」
「私も!この前の特集記事の写真がものすごく素敵でぜひ雑誌にサインが欲しくて!」
「もしよければこれ受け取ってください!いつも差し入れいただいているのでそのお礼で…!」
「もちろんいいぜ!」
女性たちの黄色い悲鳴を聞きながら自分の荷物をもって事務所を出る。
さてと、この後の仕事も頑張りますか。
◇
どうにも私には男運がないらしく今まで散々な目に合ってきた。
高校時代、初めてできた彼氏には浮気をされ、次に付き合ったバイト先の先輩には初めから二股を掛けられていた。付き合う云々の前にセフレ関係を持ちかけられたこともあったしようやくまともな人に出会えたと思ったらとんだモラハラ野郎だったこともある。しかこれはどうやら私に原因があるらしい。
「友人としてこの際はっきり言わせてもらうけどミョウジは派手顔だから変な男に目付けられやすいんじゃない?」
昔からの友人はそう笑いながら酒を煽った。なんだそれ。好きでこの顔に生まれたわけじゃないんだが。でも顔が原因というならばこの派手顔を隠して生きようと決めたのだ。
職場では基本的にナチュラルメイクを通り越してわざと血色が悪くなるようなメイクをしている。髪と眼鏡で顔の輪郭を隠し服も白と黒でまとめて極力目立たないように。
もう男は信用しない。一生独り身で生きていく。
だから今のうちに稼ぎまくって老後の貯金二千万を貯めておくのだ。
「ナマエさんレッドからご指名入りました」
故に私は副業としてキャバクラで働いていた。
もう恋愛はしないと心に決めたが別に男性不信というわけでもない。自分を飾り立てるのも好きだし顔を褒められ口説かれたとて、金のためだと思えば全力で対応できる。そんな私にとってこの仕事はある意味天職だった。
「はい」
「え〜ナマエちゃんもう行っちゃうの?」
「ごめんね、私ももっとお話ししたかったな。だからまた会えるの楽しみにしてるね」
地声と想像もつかないような甘ったるい声色で別れを告げる。この店は会員制でかなり敷居が高いお店なのでしつこい客がいないことも助かっている。現に先ほどまで着いてた客も「次はなんでも好きなお酒入れてあげるね」と言ってくれた。
「レッドルームからのご指名なんてやりましたね!」
ホールを出てから廊下に出たタイミングで私を呼びに来た黒服が小声でそう言ってきた。客の前だから伏せてはいたがこの店では個室からの指名は色で呼び分けている。その中でもレッドと呼ばれる部屋は一番広くグレードも高い。所謂、VIPルーム。
「有難いことだけどそんなに女の子足りてないの?」
私が足を踏み入れたのは二回程度。この部屋を使う客は大物政治家や上場企業の社長、またテレビに出ているような人気アイドルや俳優までもが来るため毎回卓に付く女の子はオーナーが決めているのだ。
「まぁ五人で来てらっしゃるので女の子は何人いても足りないんですけどね。ただ今回はマジのご指名です!」
オーナーはかなりの目利きで相手を事前に調べてその客に合いそうな女の子を卓に着かせている。いつもはそれで満足してもらえて女の子を追加指名することなんて稀なのだがまさか自分が選ばれたなんて。
「なんでまた……」
「キャスト一覧を見てぜひ話したいと言ってましたよ」
よくある顔指名か。それはいいとして完全に出来上がってる空気の中に飛び込んでくの嫌なんだよなぁ。しかも個室の場合はトーク以外にも王様ゲームとかやらされるから苦手。
「では頑張ってきてくださいね——ナマエさん入られます」
黒服に扉を開けてもらい部屋へと足を踏み入れる。ご指名とはいえあからさまにはしゃげば他の嬢に目を付けられかねないので控えめな笑みを浮かべて室内を見回す——しかし私の顔はすぐに強張った。何故ならそこには数時間前に言葉を交わした閃堂秋人がいたからだった。
「……っ、初めましてナマエになります。今宵はお声がけ頂きありがとうございます」
「おーきたきた!」
「なになにまた可愛い子ちゃん増えたじゃん。ほら、おにーさんのとこおいで〜」
「愛空ウゼー」
しかも閃堂と同じ日本代表選手にも選ばれたオリヴァ・愛空と仁王和真までもいる。他の二人は確か専属のスポーツトレーナーだったはずだ。
「ざけんな愛空!その子は俺が指名したんだっつーの!」
そしてまさかの閃堂が私をご指名とは。なんでよりによってあんたなのよ。勘弁してくれ。
「ではお隣失礼致します」
しかしここで私からNGを出すわけにもいかず表情筋に力を込めて閃堂の隣に座った。もしや私を指名したのはナマエがミョウジであると気付いたからだろうか。
「どーぞ!それにしてもナマエちゃん写真よりもめちゃくちゃ可愛いね!」
「本当ですか?ならここに来る前にお化粧を直した甲斐がありました」
う゛ーそんなまじまじと顔を見ないでくれ。職場とは印象を変えているとはいえ地は私だからパーツまではさすがに変えれないんだよ。
「謙虚なとこもいいわ。あっ飲み物なにする?好きなの頼んでよ」
「ではカシスオレンジで」
「えーもっと好きなの頼んでいいよ?ボトルとか……」
「酔ってお話できなくなっちゃうの嫌だから初めは軽めにしようかなって。だってまさか閃堂選手から指名をもらえるなんて思ってなかったから」
探りを入れる意味でこちらが閃堂のことを知っている体で話を振ってみる。墓穴を掘る可能性もあったが私の不安に反して閃堂は顔をほころばせた。
「えっ俺のコト知ってんの?!」
「ええ。試合でのご活躍はもちろん先日発売された雑誌も買わせていただきました」
「なら俺らの出会いに乾杯しないとじゃね?!ドンペリとか飲める?」
そしてボトルまでも入れようとしてくれた。中々に羽振りがいいな。ただ、閃堂みたいな人は女の子相手に見栄張りそうだしこのくらいは言ってくるか。しかしそれならばと売上のためにも好意は受け取っておくことにした。
「嬉しい。ドンペリは特にロゼが好きですね」
「じゃあドンペリのロゼひとつ!」
「かしこまりました」
「ひゅー太っ腹じゃねぇか閃堂!」
「酔っ払いは水飲んどけ!」
オリヴァ・愛空への当たりの強さは健在か。それにしてもオリヴァの方すごいな、どこぞの石油王並みに女の子侍らせてるじゃん。閃堂についてた女の子を軒並み自分の近くに座らせたのか。しかしそのせいで閃堂を相手できるのは私しかいなくなった。
「じゃあ改めて俺らの出会いにカンパーイ!」
「乾杯」
平成の世でも言わなかったであろうクサイセリフと共にグラスを合わせる。
どうやら閃堂は私がミョウジであることに気付いてないっぽいしこのまま普通に接客すれば問題なさそうだな。そしてせっかくならお金も落としていってくれ。私の老後貯金のために。
「ナマエちゃんほんといいわぁ俺チョータイプかもー」
そして売上のために酒を飲ませた結果、先に潰れたのは閃堂の方だった。吐かれたら困るので水を合間に飲ませていたのだが顔は赤く、呂律もだいぶ怪しかった。
「ありがとうございます。閃堂さん少しお水飲みましょうか、冷えてて美味しいですよ」
「じゃあナマエちゃんが飲ませてくれる?」
「特別に、ですよ?」
「えへへ〜」
しかも酔うと甘えてくるタイプか。そういや閃堂って三人兄弟の末っ子なんだっけ。さぞ可愛がられて育てられたんだろうなぁと思いながら花壇に水を撒く感覚で水を飲ませていく。
「けほっ……」
「大丈夫ですか?」
「ん〜」
フラワーロックのようにゆらゆらと揺れていた体がトン、と肩に寄りかかってきた。その様子はマジで寝落ちする五秒前といったところ。しかし私たち以外のメンバーは何やらゲームで盛り上がっているらしくまだ帰る気配はなかった。
「閃堂さん、辛ければ休憩室も……」
「実はさぁナマエちゃんを指名したの、確かに可愛いからってのもあるんだケド俺の好きな人にチョー似てんだよね」
別室にでも転がしておくかと思った矢先、閃堂が何やらむにゃむにゃと喋りだした。
「その人はぁあんま愛想もなくて化粧っ気もない人なんだケド……おそらくかなりの美人なんだよなぁ宝石の原石的な?」
おいおいおいおい、ちょっと待て。もしや閃堂、その好きな人って……
「そ、そうなんですね」
「ナマエちゃんにも負けないくらい可愛いの。服とかコスメ用品贈ったら使ってくれるかなぁ」
それはやめて差し上げろ。というかやめろ。だって閃堂が言ってる相手ってたぶん私。
「閃堂さんはその方のお顔が好きなんですか?」
そう確信し私が一番気にしていることを聞く。
私はもう恋愛ごとをしたくはない。しかも閃堂みたいなタイプは断固としてお断りだ。何故ならこの手の女の見た目しか見ていない男は大抵ろくでもないからだ。女を自らのステータスを上げる装飾品程度にしか思っていない。
「んーまぁ確かに俺は可愛い子好きだし顔キッカケではあったケドその人めっちゃ優しいの」
あれ、その好きな相手は私じゃないのか?だって閃堂に優しくした記憶なんて一切ないもの。
じゃあ誰だ?と思っていたところで閃堂が続きを話し出す。
「俺こう見えてもメンタル弱くてさぁ試合でゴール外した日にめちゃくちゃSNSで叩かれたコトあったんだケドその時その人が励ましてくれたんだよなぁ」
末っ子気質なのか確かに閃堂はメンタルが弱い。試合で追い込まれると上手く立て直せなかったり二枚以上のマークに着かれると実力の半分も出せなかったりする。そして日常生活でもそれは言えること。
「自販機んとこで項垂れてたら『邪魔なんで退いてください』って言われてさぁ見てわかるくらい落ち込んでる相手に、んなコト言うなよってムカついたんだケド……」
そういやあったなそんなこと。飲み物買いたいのに閃堂が一向に自販機の前から退かないからキレ気味に言った記憶がある。でも誰が見ても邪魔だったから私以外の人間が言った可能性もあるだろう。
「でもその後、自販機で買った飲み物くれてよ『他人の意見に振り回されてメンブレ起こすな』って言われてさ普段怒られねぇからそれが心に沁みたっつーか」
ほな私かー……ってやばい、それマジで私だわ。ずっとぐずぐずメソメソ隣で突っ立ってたからそんなことを言い放った記憶がある。その日は確か予期せぬ仕事が回ってきてかなりイラついてたし。あと渡した飲み物は押し間違えたからあげただけ。
「ソウナンデスネ」
「だから俺はぁいつか告白を……」
「えっちょっと……!」
肩に乗っていた頭がずり落ちたと思ったらそれは膝の上に転がり落ちた。どうやら完全に寝落ちしてしまったようだ。
「あのー閃堂さーん」
「んー……ミョウジさんすき」
完全に言霊取れたな。
うわぁマジかぁ……もう恋愛なんてめんどくさいことしたくないし好意を向けられるのすらごめんだ。でも私はダメ男ホイホイであるのと同時に惚れやすいのもまた事実。特に甘えられたり頼られたりすると母性本能がくすぐられる。
「閃堂も寝ちまったしそろそろお開きにすっかぁ」
ほどなくして彼らは会計をして店を出た。
多くのキャスト陣が見送る中、オリヴァ・愛空に支えられていた閃堂が目を覚ます。そして私を視界に入れたかと思うとあどけない笑顔を向けて口を開いた。
「ナマエちゃん!また恋愛相談乗ってね〜!」
別に今日も相談になったつもりはないんだけど。あと本人にそれ話してどうすんの。っていうか……
これからどんな顔して閃堂に会えばいいんだ?