高校時代の恋を拗らせている乙夜影汰の話


今はスペインに住んでいるけれどやっぱり日本は落ち着く。海外特有の洗練された街並みとかクラシカルな雰囲気もいいが母国のごちゃついた街の方が性に合っていると思う。それにやっぱり日本の女の子の方が自分的には可愛い。

「ふぅ……つーかれた」

固く締めていたネクタイを緩め夜の街に息を吐き出す。
先ほどまでサッカー関連のお偉いさん方と食事をしていたのだ。しかし振る舞われたものがどんなに高級な料理であろうと目の前にいるのはオッサンばかりで実に味気なかった。これなら可愛い女の子に囲まれて食べる冷めたフライドポテトの方がまだ美味く感じる。

スマホを見やればまだ二十二時すぎ。明日の予定もないしこのまま一人宿泊先のホテルに帰るなんて虚し過ぎる。この辺りには夜の店も多いしどこか遊んで帰ろうか。

「えーいいじゃん。一軒くらい付き合ってよ」
「帰って課題をやらないといけないので……」
「真面目ちゃんか!大学生ならもっと遊んどいた方がいーよ」

道の端に避けスマホを弄っていれば近くからそのようなやり取りが聞こえてきた。
そういや俺もむかし街中で出会った可愛い子に声掛けてたっけ。今やプロ選手になった手前、迂闊にそんなことはできなくなったがノリで遊べる相手を探すにはナンパが一番効率がよかった。

「私はそういうタイプでもないので帰ります」
「ならおにーさんたちが色々と教えてあげるって」

それにしてもしつこいな。彼らのナンパが成功しようがしまいがどうでもいいが、ここまでしつこいと女の子の方に興味が湧いてくる。そこまで可愛い子なのだろうか。どうにも気になってチラリとそちらの方を盗み見た。

「大丈夫ですって……!」

その子は特段派手なメイクをしているわけでも露出の高い服を着ているわけでもなかった。日本人特有の黒目と顔立ち。どこにでもいるようなフツーの子。だけど俺にとっては唯一≠フ女の子だった。

「ちゅーす」
「うぉっ?!びっくりした!」

抜き足差し足忍び足。そうして三人の間に割って入ったら思いのほか驚かせてしまったらしい。先ほどまで言い寄っていた男二人は目を丸くしていた。その隙に彼女を背中に隠し彼らを観察した。なるほど、そーゆー感じね。

「おにーさんたちイカした格好してんね。そのベルトフェンディっしょ?んで、そっちおにーさんのネックレスはグッチの限定品だ」
「お、おう」
「スゲーよく分かったな」

厄介事は御免だ。こーゆーコトもノリで解決できたらいいなって思ってる。だから他に気を逸らすことにした。

「俺さここのクラブの人間なんだケド今男性客足りなくて困ってんだよね」

先ほどまで見ていたとあるクラブのSNSアカウントを画面に表示させる。それを彼らに向ければ二人分の視線が同時に注がれた。

「おにーさんたちレベル高いし今なら女の子側から声掛けられるかも。今夜時間あるならどお?」

因みにこの裏ラブホ街なんで勝率高いっすよ、と下世話な一言も耳打ちしておく。それはもちろん後ろの彼女に聞かせたくなかったからだ。

「へぇせっかくだし行ってみっか!」
「ありがとな兄ちゃん!」
「どーぞ楽しんで」

ヒラヒラと手を振って彼らを見送る。やはりノリとはこの世で楽して生きるには都合のいい手段だ。

「あ、あのっ」

俺の後ろで気配を消していた彼女が声を上げる。そして振り返れば彼女が深々と頭を下げていた。

「助けて頂きありがとうございました!」
「別に大したコトしてねぇよ」
「大したコトです!私ああいうの断るの苦手で……あれ?乙夜くん……?」
「あ、うん」

俺のコト覚えてんだ。その事実に安心して肩の力が抜ける。思いのほか自分は彼女と話すことに緊張していたらしい。だからかせっかく認知されていたというのに随分と素っ気ない反応になってしまった。

「久しぶりだね!高校卒業ぶりかな?あ、でも乙夜くん最後の方はほとんど学校に来てなかったからもっと懐かしく感じるかも」
「そだね。ってか卒業してからクラスの奴に会うのミョウジサンが初めてかも」

昔のことを話すうちに少しずつ緊張が解けていくのが分かる。なんだこれ。俺って人と話すのに緊張するタチだっけ?

「日本に帰ってきてたんだ」
「今オフシーズンだから」

そうなんだ、と言って笑う彼女を見て高校時代を思い出した。
クラスでも目立つタイプじゃなかったけれど誰とでも仲が良かった印象がある。スクールカースト上位とも言える派手なギャルに勉強を教えていた姿を見たことあれば、自分とは正反対にいるような俺みたいな男にも朝のあいさつをしてくれた。

「そっちはなんでこんな時間に一人で歩いてんの?」
「私はバイト帰り。そこのビルのレストランで働いてるんだ」
「へぇ」

せっかく会えたからもっと話したいのにいい言葉が見つからない。他の奴になら「この後飲み行かない?」とか「久しぶりに語ろーぜ」なんて言ってこの場から連れ出せるのにそれができない。こんなことで悩むなんて自分らしくもない。

「乙夜くんも今帰り?」
「ああ、まぁ。そんな感じ」
「じゃあさ、この後少し時間ある?」

しかし意外にも呼び止めたのは彼女の方だった。





ミョウジサンとは高校で三年間同じクラスだった。でも正直あまり喋ったことはない。見ての通り俺と彼女は正反対の人種だ。ノリで生きてる俺とは違って相手は何事にも真面目でコツコツ取り組むような優等生タイプ。だけど、そんな彼女と一度だけ交わるような出来事があった。



「今ね期間限定で露店のコーヒー屋さんが出てるんだけどそこが美味しいんだ」

お礼をさせて欲しいと言い張る彼女に案内されるまま街の真ん中に作られた公園へと足を踏み入れる。規則正しく並ぶ街灯の先に一台のキッチンカーがあった。こんな夜でもそれなりに盛況なのか三組ほどが並んでいた。

「よく来んの?」
「偶にね。バイト帰りに眠気覚ましに買って帰ったりしてる」

そういえば課題がどうとかって言ってたっけ。そのことに気付いたけれどまだ一緒にいたかったから触れないでおいた。

「メニューあるけど乙夜くんは何する?コーヒー以外もあるから好きなの選んでよ」

店の前に建てられた看板には確かにコーヒー以外にもチャイやソーダ系のジュースもメニューとして書かれていた。

「ミョウジサンは何すんの?」
「私はブレンドかな」
「じゃあ俺もそれで」
「いいの?もっと高いの頼んでくれていいのに」
「だってそれがオススメみたいだし」

普段はコーヒーなんて絶対飲まない。フラペチーノ一択。でも格好つけたかったから彼女と同じコーヒーを頼んだ。

「はい、どうぞ」
「ありがと」

少し移動して公園のベンチに腰掛ける。近くには繁華街もあるというのにこの場だけは俗世から切り取られたかのように静かだった——だからあの時のことを思い出した。



あれは高二のときだったか。同じ部活の奴らと一緒に帰ってて、でも部室に忘れ物をしたから俺だけまた学校に戻った日のこと。

「ずっと先輩のことが好きでした……!」

一人で帰るなら裏庭のフェンス乗り越えた方が早いよなぁなんて思いながら校舎裏を歩いていた時にそんな甘酸っぱいセリフが耳に飛び込んできた。相手に気付かれないように身を低くして様子を窺えばその人物は同じクラスのミョウジサンで二度驚いた。

好きな人なんていたんだ。つーか告白なんてできるような子だったんだ。
そんな失礼な感想を思い浮かべながら彼女を見守った。でも結果は玉砕。彼女の恋は実らなかった。

俺としては男が彼女を振った意味がわからなかった。他に好きな奴がいるわけでもないなら付き合えばいいのに。だって女の子から好かれた方がアガんじゃん?

「あ……」
「あっ」

その場に立ち尽くしていれば戻ってきた彼女と鉢合わせてしまった。俺のしまった≠ニいう顔に彼女は全てを察したらしい。赤くなった目を細めヘタに笑って、変なとこ見せちゃったねと言った。

「ごめん、見るつもりはなくって」
「わかってるよ。いやぁ人生初の告白だったんだけどね、ダメでした」

なんでこんないい人に彼氏ができないんだろ。俺みたいな奴には今までに何人も彼女ができたのに。だけどそれは一途だからなんだろうな。今までの彼女にそんな子いっけ?こーゆー子と付き合ったら俺も考え方とか性癖とか変わんのかな。

「じゃあ俺と付き合う?」

言った瞬間、ヤベッて思った。今のは完全に興味本位で出たセリフだった。
恐る恐る彼女を見ればびっくりした顔をしていて。でも次の瞬間には声を出して笑った。

「あははっありがとね、励ましてくれて」

安堵半分、虚しさ半分。幸か不幸か俺がふざけて言っただけだと思われたっぽい。

その日は彼女とはそこで別れた。
次の日、いつも通りに教室に現れた彼女はいつも通りの様子だった。

あの時のことがあったからそれから彼女のことを無意識的に目で追う機会が増えたように思える。



「んっ美味い」
「でしょ?」

受け取ったコーヒーを飲んで一口。苦い。ぶっちゃけ苦さが先に来て美味いも不味いもない。でも精一杯、大人ぶってそう口にした。
それからポツポツと思い出話に花を咲かせる。そしてカップのコーヒーが半分ほど減ったタイミングで気になったことを聞いてみた。

「今、彼氏とかいんの?」

ただの世間話を装って聞いてみる。目を合わせずにコーヒーを啜りながら。自分でもクソダサいとは思う。

「んーん、今はいないよ」

今は、ってコトはいたことあるんだ。まぁ性格はいいしよく笑うし話しやすいし。そんでメイクもファッションも覚えりゃモテんだろうな。高校の時の雰囲気はそのままに垢抜けた印象はある。再会して真っ先に浮かんだ感想は「キレイになったな」だった。

「モテそーなのに」
「全然だよ。それより乙夜くんこそ今が最大のモテ期なんじゃない?高校の時の比じゃないでしょ」

青い監獄<vロジェクトを経て世界へと羽ばたいた今、確かに今が最大のモテ期であろう。エゴサしてアイコンの可愛い女の子が俺のことを「カッコいい!」と呟いてるのを見るとテンションアガるし、スタジアムで俺のユニ着てる子にはファンサするようにしてる。スポンサー主催のパーティーに行けば女の子から声を掛けてくれるし、今や連絡先は男よりも女の方が多かった。

「モテるというかファンってかんじだケド」
「それでもそこから進展することもありそうじゃない?ほら乙夜くんってファンサも多いしSNSでリプが返しすることもあるしガチ恋の子多そう」
「それ遠回しに軽い男ってディスってる?」
「そんなことないよ!」

まぁ高校の時の俺を知ってたらその反応になるよな。毎月彼女が変わっていた時期もあったし基本的に女の子との距離も近いし。そういや当時の彼女に「二股かけてるでしょ!」とビンタ食らってフラれたこともあったっけ。事実、浮気はしてたけど。

「別にいーよ。ミョウジサンの言ってるコト否定するつもりもないし」
「本当にそう思ってないから!ただ、乙夜くんってどんな子がタイプなのかなぁとは思ったことある」
「タイプ?」
「うん。明るい感じの子が好きなのかなって思ってたけどあんまりその……長続きしてなかったみたいだからさ」

気まずそうにコーヒーをすする彼女を横目で見る。俺に興味があったことに驚いた。と言っても俺が先に恋愛方面に話題を振ったからその延長に過ぎないのかもしれない。

「そーゆー子もいいと思うケド一番は明るくて素直な子」
「えっ意外と普通だ!」
「ってか好きになった子がタイプ」
「よくある受け答えだね」
「ならそっちこそどうなの?」

苦いと思っていたコーヒーも残り一口になっていた。結局一度も美味いとは感じなかったな。
彼女は視線を上にし数秒考えるそぶりを見せ「優しい人かな」とよくある答えを口にした。

「自分だって人のコト言えねーじゃん」
「だっていざ聞かれると難しいから……あとは一緒にいて楽しい人とか?」
「じゃあ俺は?」
「えっ?」

決して興味本位で言ったわけじゃない。割と真面目にガチで聞いた。
プロサッカー選手と一般人だとか、海外暮らしと日本住みだとか、そーゆー現実的なもの全部すっ飛ばして彼女と付き合いたいと思った。
恋愛においては基本的に付き合うまでの過程が好きで、実際に彼女は作りたくないタイプ。だって義務的にマメに連絡取ったりだとか気ぃつかったりとか面倒くさいじゃん。でも高校時代の彼女の面影を心のどこかで引きずってる今の俺のが面倒くさい。だからそれを払しょくさせたくて告白をした。

「ミョウジサンの希望に添えてると思うんだケド。それに俺のタイプもミョウジサンみたいな子だし」

彼女は大きな目をぱちくりさせた。なんかヒマワリの種取られたハムスターみたいな顔してんな。それが癒されると言うか、無性に可愛らしく見えた。

「確かに」
「でしょ?」
「でも私に乙夜くんはもったいないかな」

しかしその可愛らしさも一瞬で憎くなってしまった。どうやらまた本気にされなかったらしい。そして俺も俺で、フラれちったーなんてバカみたいなセリフしか出なかった。本当に自分が情けなくて面倒くさい。

「長々と話し込んじゃってごめんね。そろそろ帰ろっか」

彼女が俺の分のコップも手に取ってゴミ箱へと走っていく。どうやらこの時間はもう終わりらしい。
公園を出ると彼女は地下鉄に向かうと言った。そして思い出したように「そうだ」と声を上げて俺の顔を見た。

「そういえば今度、高三のときのクラスメンツで同窓会やろうって話が出てたよ」
「へぇーいいね。ミサキあたりが声掛けてんの?」
「そうそう、ミサキちゃん主催!乙夜くんも来てくれたらみんな喜ぶと思う」
「日本にいたら参加するわ」

そういや他の子は下の名前で呼べるのに彼女だけは三年間「ミョウジサン」としか呼べなかったな。なんか俺、クソダセェな。

「じゃあね乙夜くん!」
「うん。気をつけて」

地下へと降りる彼女を見送り顔を上げる。繁華街の看板は眩しくてまだまだ人々を眠らせないつもりらしい。でもどうにもそちらへと足を延ばす気にはなれなかった。
同窓会も参加できる確証はないしまた彼女と会う機会はあるのだろうか。ただせめて次会う時までにはブラックコーヒーをもっと美味く飲めるようになろうと思った。