桜嫌いな女の子が好きな乾青宗の話
三月某日、卒業式———
一個上のサッカー部の先輩に二年間ずっと片想いをしていた。気持ちを伝えるつもりなんてなかったけれど、もう今日で最後なんだと思ったら居ても立っても居られなくて。気付いたら駆け出して、袖口掴んで引き留めていた。
「ごめん」
結果は玉砕。そんなことは分かってた。でもやっぱりフラれるってのは想像以上にキツい。先輩はもう一度私に謝ってその場を去っていった。春を感じさせる温かな陽気と青空と。そして先輩の後ろに舞う春の色が相まって尚更自分が惨めになった。
だから私は、桜が嫌いだ。
◇
雪見だいふくが柔らかくなるのを待っていれば、コタツの上の携帯が光る。それを片手にごろんと仰向けに寝転がり内容を確認する。学校の友人からだった。明日花見に行かないか、だって。そんなの答えは決まってる。だから申し訳ないと思いつつも友人に断りのメールを打とうとした時だった。
「っ、——どうしたの青宗?」
ディスプレイがパッと変わって見慣れた電話番号が表示された。反射的に通話ボタンを押し、寝転んだまま耳に当てる。
『今どこ?』
「家だけど」
『外出てきて』
「なんで?」
いつも通りの端的な会話。そしてその答えを聞く前にバイクのエンジン音が聞こえてきた。もうとっくに迎えに来ていたらしい。『待ってるから』と付け加えて青宗からの電話は切れてしまった。どうやら雪見だいふくはお預けのようである。
上着を羽織って外へと出ればひゅうっと夜風が頬を撫でた。日中との寒暖差はかなりあり、夜はまだまだコートが手放せない。はぁと白い息を吐き出して一歩二歩と歩き出す。そんな私を見た青宗はいつもと同じ様にバイクに寄りかかりながらヘルメットを渡してきた。
「桜、見に行くぞ」
「また?私嫌いだって言ったよね?」
今年で三年連続だ。その度に私は桜が嫌いだと言っているのにどうして分かってくれないのか。
「どうせ暇だろ」
「私にはコタツで雪見だいふくを食べる使命があるから」
「団子ならここにあるけど」
「え?」
「桜見ながら食おうと思って。オマエも好きだろ?」
「うっまぁそうだけど……」
「なら行くぞ。早くメット被れ」
「わっ?!」
お団子に釣られて心が傾いていれば同時に頭も傾いた。私の返事を待たずして青宗の手によりヘルメットが被せられる。やめてよ、と手を跳ね避けようとすればそれも掴まれあっという間にバイクの後ろに乗せられていた。
「落ちんなよ」
そう言って青宗は私の手に自分のジャケットを掴ませる。そしてバイクが動き出してしまえばもう逃げることはできなかった。私はようやく観念して青宗に抱きつくように腕を回した。
十五分ほど走り辿り着いたのは丘を上った先にある小さな公園だった。心許ない街灯がぼんやり照らす闇の中でピンクの花が咲いている。
「こんなところよく見つけたね」
公園内にはその一本しか桜はない。でも十分立派でその桜の為に公園が作られたのではないかと思うほどだった。
「探したんだ」
これは中々の穴場スポットかもしれない。学校からも住宅街からも離れてるから知ってる人は少ないんじゃないかな。
バイクから下りて桜の近くまで歩いていく。そして近くで見たら背もかなり高かった。樹齢百年とかいってそう。
「綺麗だろ」
「うん」
青宗からの言葉に素直に頷いた。枝先には零れ落ちそうなくらい豊かな花が咲いていて息を呑む。ちょうど満開か、でも一週間もすれば散っていく。"今"しか見れない美しさに私は思わず見入ってしまった。
いつまでぼぅっと見ていたかは分からない。でも私は重要な事を思い出して、あっお団子!と叫んだ。そうだ、元はと言えばその為に来たのだ。隣にいた青宗に視線を移せば「花より団子かよ」と呆れられた。いやいや団子で私を釣ったのはそっちだからね。
「どーぞ」
「やったぁ!って、これ三丁目の和菓子屋さんのお団子?」
「花見団子だからな」
「てっきりコンビニのかと」
「オマエが文句言うと思って和菓子屋のにしたんだよ」
そんなこと言わないよ。というか本当は青宗が食べたかったんでしょ。でもこんな豪華なお団子が食べられると思ってなかったからすごく嬉しい。
「青宗って本当に桜が好きだよね」
ベンチに座り二人でもぐもぐ食べながら再び桜を見上げる。
「別に」
「えぇ?毎年見に行ってるのに?」
一昨年は河川敷に連れて行かれ、去年はバイクに乗せられ桜トンネルを走った。そして今年は夜桜ときた。もう青宗と桜を見に行くことが定例行事になりつつあるんだけど。
「お陰様で今年は夜桜とお団子の思い出が出来ちゃったよ」
最後の一口を食べ切れば横から伸びてきた手が串を奪っていった。ありがとう、と横を向けば青宗がこちらを見ていて。その視線にドキリとして喉にお団子が詰まるところだった。
「それならもう桜嫌いじゃなくね?」
あれ?確かにそうかも。フラれた事を思い出すから桜が嫌いだったけどその記憶は薄れていた。そして真っ先に思い出されたのは青宗と見た景色。
「そうだね。桜、嫌いじゃなくなったかも」
「よかった」
「なんで青宗が喜んでるの?」
「アイツがようやく消えてくれたからさ」
真っ直ぐと見つめられて私は瞬きもできなかった。すっかり固まってしまった私に対し、青宗は緊張を緩めるように笑う。そしてもう一度桜を見上げた。
「来年はもう少し遠出すっかぁ」
「やっぱり桜好きなんじゃん」
「好きだよ」
こちらを向いたのが分かる。だから私はすぐに顔を伏せた。
「今も昔も、ずっと好き」
時が止まったかのような感覚だ。
「そ、そっか」
そう返すので精一杯だった。
「そろそろ帰っか」
歩き出した青宗の半歩後ろを着いていく。見慣れた金の髪には桜の花びらが乗っていた。それを見て胸の鼓動が早くなったのは、桜のせいかそれとも———