素直じゃない烏旅人の話


確かこの辺りに仕舞ったはず……とクローゼットの中を漁っていると見覚えのないダンボール箱が置かれていることに気が付いた。なんだこれ?と疑問に思いながら開けてみると中からトロフィーやら賞状、写真立てなどが出てくる。そこには涙ぼくろと鶏冠頭が特徴的な男が映っていて賞状には烏旅人≠ニ名前が印字されていた。ああそうだ。同棲するってなって引っ越しをしたときに「昔のやつは仕舞っとくわ」と言って旅人が箱に詰めて押し込んでたっけ。

同い年であるにも関わらず烏旅人はすごい人だ。幼少期から地元のサッカークラブに所属し、高校生の時に日本フットボール連合からお声が掛り青い監獄≠ヨ。そこでさらにサッカー技術と己のエゴを磨きついにはU-20W杯に出場した。それから海外のクラブチームからのオファーもあったが日本の大学に通いたいという本人の意思で今は私と同じ大学に一年遅れで進学している。

昔から生意気そうな顔してるなと思いながら箱の中身を漁っているとこれまた面白いものを見つけた。どうしてこんなものが……と思いつつもそういえば実家の母親が整理のために送り付けてきたとぼやいていたことを思い出す。

「何やっとん?」

クローゼットの前に居座っていると後ろから旅人に声を掛けられた。どうやら練習から帰ってきたらしい。
おかえりー、と返すも当然、旅人の視線は私の手元へと注がれる。すると見るからに嫌そうに顔を歪めて見せた。

「人の卒アル勝手に見んなや」
「だってここに卒アルがあったんだもん。それより小学生の時の旅人めっちゃ可愛いね!」

運動会で全力疾走している姿や修学旅行でのひと時など、クラス写真のほかにも旅人は色んなシーンに映り込んでいた。その姿はカメラマンが思わずシャッターを切りたくなるほどいい顔をしていた。

「懐いなぁ」

ペラペラとアルバムを捲っていると後ろから旅人が覗き込んでくる。
その時、私の中にとある興味が湧き上がってきた。

「ねぇ誰が好きだった?」

クラスページへと戻り大きく開いて見せる。そこには生徒一人一人の顔写真が収められていた。小学生の頃なら好きな子の一人や二人いたであろう。私の知らない小学生時代の旅人のことが知りたくて興味本位で聞いてみたくなったのだ。

「なんやねん急に」
「初恋の子とかいるんじゃないの?ほらほら教えてよ!」
「近所の喧しいおばはんか」

アルバムを持ち上げ旅人にも見やすいようにしてやる。そうすればペラペラと捲って「この子」と指さした。大きな瞳に左右対称のきれいな顔つき。こう言っては失礼だがその子は他の子と比べて軍を抜いて可愛かった。

「えっ可愛い!」
「マリサ言うて俺の初恋やったわ」
「ふぅん」

十年ほど経った今、この子がどんな女の子になっているかは分からないが私とは雰囲気が違いそう。少なくともこんなに目は大きくないしふわっとした女の子らしさもない。旅人ってこんな子がタイプだったんだ。

「ほんで卒業式の時にマリサから告られたわ」
「えっマジで?!」
「でも俺、中学からサッカーで私立やから遠距離になるし振ったわ」
「へぇ〜……」

幼少期からちゃっかりモテてたんかい。確かに私も自分から旅人に告白したもんな。
旅人って良くも悪くも人に対してフラットな態度を取りがちだからそれなりに仲良くなってもイマイチ好かれているかどうか分からなくて。それで向こうに意識させるために自分から好きと言ったのだ。その結果付き合えてるし、今は自分のことを好きでいてくれてるって自覚はあるけどいざ初恋≠フ相手を知らされるとどうにも胸にくるものがある。

「おーい」
「え?……むっ」

アルバムを凝視していれば隣から不躾に頬を摘ままれた。そしてその顔はニヤついている。

「安心しい。今はお前一筋やから」
「うわぁなんかそれ如何にも浮気男が言いそうなセリフ」
「拗ねんなや」
「拗ねてないですー」

一気に興味が消え失せたのでアルバムを閉じ再びダンボール中へと押し込んだ。そもそもこんなことをしている場合ではないのだ。本来の目的である品を見つけなければ。

「ほんでお前は何探しとんのや」
「水着。来週ナイトプール行くから」

あっあった。去年買ったやつだが体重も増えていないから着れるであろう。それにここ最近では見よう見まねで旅人のやってる筋トレをやっていたから寧ろ昔より良く着こなせるかもしれない。

「ほぉ……まぁ変な奴に引っかからんよう楽しんでき」
「うん」

それだけを言い残し部屋を出ていく。私も水着だけを手に取ってクローゼットの扉を閉めた。





日中の気温が三十五度以上は当たり前、そして四十度を観測する日も珍しくなくなった今となっては昼間に太陽の下に出るなどナンセンスだ。鬼じゃなくとも日の光で焼け死ぬ自信がある。だからこそナイトプールに来たわけで共に来た友人と一緒にプールサイドに置かれたソファでくつろいでいた。

「ねぇ写真撮ろうよ!」
「そうだね」

そして早速記念にインカメで連写。夜とあって光の加減が大事になるから複数枚撮るのが大事。撮れたものを友人と見て写りのいいものをチェックする。そしてその後、動画も撮った。

「これいい感じじゃない?ストーリーに上げてもいい?」
「いいよー私も写真上げていい?」
「もちろん!」

自分のSNSアカウントを立ち上げハッシュタグを付けて投稿する。こういうのは日記感覚で割とマメに更新している。

「ってか誘っといてあれだけどよく着いてきてくれたよね」
「え?」
「だって彼氏に反対されると思ったからさ。自分の彼女がこういうとこ行くの嫌がりそうじゃない?」

そういうもんなのかな。今日とは逆に、前に旅人が「サッカー関連の集まりで出掛けて来る。なんかスポンサーの娘とかも来るらしいわ」と言われても私は特に何も思わなかった。だって事前に言ってくれるってことは疚しいことは考えてないってことだし。

「まぁうちは放任主義だから」
「どこの親だよ」
「あっちが干渉されるの嫌いなんだよね。だから私にも干渉してこないってかんじ」

そもそも旅人は束縛されるのが嫌いだ。その日の予定を逐一報告するわけでもないし、メッセージのやり取りも基本的には用があるとき以外しない。一緒に暮らしてても朝起きたら旅人がいなくて買い物に行ってたなんてことも普通にある。

「それってなんか淋しくない?たまにはヤキモチ焼いてほしいとか束縛してほしいとか思わないわけ?」
「えっめんど……」
「ドライだなー」
「ねぇキミたち二人で来てんの?」

ときめきも何もない自身のカップル事情を話していれば見知らぬ男二人が会話に割り込んできた。言わずもがなナンパである。そしてその二人組を見て友人の目の色が変わった。それもそうだ。今日の目的は水遊びを楽しむのではなく友人の彼氏候補を探すために来たのだから。

「そうです〜!お兄さんたちも二人ですか?」
「そうそう。実は遠目でキミたちのコト見てて気になってたんだよね。飲み物も奢るしよかったら話さない?」
「ぜひ!」

もちろん私はその付き添いで来たわけであるので出会いは求めていない。しかしここは友人の体裁を守るためにも愛想を振りまいておいた。





ついに今年も来たか、と思いつつ私はスマホと睨めっこしていた。そんなところに旅人がお風呂から戻ってきたのでこちらへと呼び寄せる。旅人は水滴が滴るボリュームのなくなった髪をタオルで拭きながら私の隣へと腰を下ろした。

「どした?」
「今年の誕生日プレゼントなんだけどほしいものある?」

サプライズを嫌う旅人には毎年プレゼントの要望を聞いている。これに関しても友人には「結婚三十年目の夫婦かよ」と呆れられたが自己満のプレゼントを渡すより本当に喜んでもらえるものを贈った方がいいと思っているので積極的に旅人の意見を聞いていた。

「あー……今んとこ思いつかへんな」
「じゃあさBluetoothイヤホンとかどう?」
「もう持っとるんやけど」
「今使ってるの三年くらい前に買ったやつでしょ。性能とか結構変わってるよ」

とはいえ、一応自分でも考えてたりはする。
先ほどまで検索していたページを見せて旅人の興味を促す。それだけでなく他のタブに別のメーカーの物やまた違ったプレゼント候補を表示してあるので適当に見ていいよ、と伝えた。

「おい、」

旅人にスマホを預けている間、ぼーっとバラエティ番組を見ていると横から肘で突かれた。というかド突かれた。ちょっと地味に痛いんですけど。私の細腕が折れたらどうすんだ。

「なに?」
「なんかメッセージ来とるで」

スマホを返され確認すれば確かに新着のメッセージが届いていた。そしてその相手は先日のナイトプールで出会った一人だった。……たぶんこの内容、旅人も見たよね。

「『ナマエちゃんこの前はありがと!今度は二人きりで出掛けない?』」

そしてそれは旅人が一字一句間違えずに読み上げたことで確かな事実となった。
私は気まずい思いをしながらも、でもここで変に動揺したり取り繕ったりでもしたら余計に疑われることは目に見えていたので平然とした態度で答えた。

「この前ナイトプール行ったときに成り行きで連絡先交換した人。会わないから安心して」
「当たり前やろ」

割と笑えないドスの効いた声で釘を刺される。それに加えて隣からめちゃくちゃ睨んでくる。さすがは殺し屋。殺気が本物のそれである。

「ほら、もうブロックしたよ。これでいいでしょ」

こちらとしても金輪際関わるつもりはないので返事も返さず関係を断つ。
その画面を旅人に見せつけて信用を勝ち取ったつもりだったが尚も眉は顰められたままだった。

「変な奴に引っかからんよう言うたやろ」
「だから成り行きでしょうがなく連絡先交換しただけだって。もう切ったしいいじゃん」
「そもそもお前には危機感ゆうもんがあらへん」
「でもちゃんと自衛はしてるし」
「それ以前に対処せい言うとんねん」

なんか長い説教始まったな。こうなってしまったらもう誕プレの話なんてできそうにない。
その後、結局小一時間ほど粛々とした旅人の説教に付き合った。





さて、旅人の誕プレが決まらないまま八月十五日を迎えてしまった。結局、本人の要望は聞けていないため今年はこちらの独断で決めるしかないと覚悟を決め朝早くから家を出る。ちなみに本日が誕生日の男は昨夜の飲み会で飲みすぎたらしく珍しく寝ていたため声を掛けなかった。

街をふらふらと歩きながら目ぼしい物を探す。その結果、実用性のあるものの詰め合わせになってしまった。まぁこれだけ買えば一つくらいはお眼鏡に適うものがあるだろう。

「ナマエちゃん?」
「え?……あっ氷織くん!」

ケーキでも買って帰るかと思ったところで不意に声が掛けられる。そちらを見れば旅人の友人である氷織くんの姿が。氷織くんとは旅人のように昔から交流があるわけではないが前にうちに遊びにきてくれたこともあり面識があった。

「久しゅう。元気やった?」
「元気元気!というかなんでこんなところにいるの?」
「昨日青い監獄<<塔oーと飲み会があってこっちに来とったんよ」

ああ、旅人も参加した飲み会のことか。そして話を聞くかぎりかなり盛り上がった様子。そのことを笑いながら聞いているとふと氷織くんの視線が私の荷物へと落ちた。

「それにしてもえらい大荷物やな」
「あーこれね。旅人への誕生日プレゼント選んでたら気付けばこんなことになってた」

一つ一つラッピングしてもらったため無駄にかさばってしまったのだ。そのことを苦笑しながら説明するとなぜか氷織くんが口に綺麗な弧を描いた。

「ならちょうどええな」
「なにが?」
「荷物持ちが来とるみたいやから」

そう言って後方を指差される。振り返ってみるが特に知り合いは……いた。
建物の影に隠れるようにしてこちらに背を向けている人物。しかし特徴的な髪型がそれが誰かを示していた。頭隠してトサカ隠さずとはこのことか。

「ほんとだ!」
「キミのコトが心配で付けてきたんとちゃう?昨日も散々ぼやいとったわ」
「それってどういう意味?」
「本人に聞いてみたらええよ。ほな僕はもう行くわ」

足早に去っていった氷織くんを見送って再び後方を見る。するとタイミングよく目が合ったしまった。そうなればいよいよ向こうも観念したらしい。姿を現してこちらまでやって来た。

「なんで一人かくれんぼしてたの?」

その様子があまりにバツが悪そうだったので開口一番に揶揄ってやる。

「かくれんぼちゃうわ。出てくタイミング伺ってただけやし」

珍しく言い訳をする旅人に目を丸くする。それと同時に今なら押し勝てるって思った。だから氷織くんが濁したことを直球で聞いてみた。

「旅人は私に何にか言いたいことがあるんじゃない?」
「別に……」
「昨日の飲み会で私のこと話してたらしいじゃん」
「あの凡……!」

あからさまに顔を顰めた様子をじっとで見つめる。それはもう穴が空くほどに。そしたら目の前を大きな手で覆い隠された。そしてポツリと「あんま可愛い顔で見んなや」と呟かれる。

「いや今揶揄うのはナシだから」
「揶揄ってへんわ。本気でそう思っとる」
「へぇー」

目元を覆っていた手を払い除けようとすればそのまま掴まれた。そして改めて旅人を見ればその顔は確かに真剣そのものだった。その様子に思わず言葉に詰まる。

「ナマエに言いたいコトな。それはぎょうさんあんねん」

もしやガチ説教なのかと身をこわばらせる。しかしここで引くこともできないため、どうぞと促した。

「SNSに自撮り上げんのやめろ」
「え?」

だが指摘されたことは自分の想像とはやや外れていた。

「男からのいいねやコメントが目に付くねん」
「はぁ」
「それに乙夜が彼女紹介せい鬱陶しいし」
「お、おお……」
「あと知らん男と連絡先交換すな。出掛けるときは場所とメンツ報告して日付超える前に帰って来い」
「旅人は私のお母さんかな?」
「ちゃうわボケ。お前の彼氏サマや」

これはまぁ何というか……思いのほか私の行動は旅人に気苦労をかけていたらしい。というかこれって、

「もしかしてヤキモチ焼いてくれた?」

今まで一度もそんな気配見せなかったくせにちょっと嬉しいじゃん。
思わずニヤけてしまえば揶揄われたと思ったのか旅人は私の手を引いて歩き出した。慣れないことを言ったせいかその誤魔化し方もヘタである。しかしそんなところもまた愛おしかった。

「私が好きなのはこれからも旅人だけだから安心してよね」

旅人がちょっとだけ素直になったので私も日頃言えていないことを言ってみる。
自信満々にそう伝えれば「俺も」と言った。ちょっと声小さいよ。

「ほら荷物貸し」
「私が持つよ。だってこれ全部旅人へのプレゼントだし」
「ええねん。それより今日は丸一日俺に付き合うて。年に一度の誕生日なんやからどんなワガママでも聞いてくれるんやろ?」
「急に図々しいじゃん」
「エゴいって言えや」

手を繋ぎ直して寄り添い合う。

「あっそうだ」
「ん?」
「旅人、誕生日おめでとう!」
「おおきに」

今日だけじゃなくてこれから先もそうありたいと願う。そして毎年この日におめでとうの言葉を伝えたい。