美容室の帰りに同じクラスの吉田ヒロフミに会った話


ガラスに映る自分と目が合って、思わず足を止めた。反射した自身の姿をまじまじと見つめてみるがやはり違和感がある。横を向き髪を耳にかけてもするりと滑り落ち、おでこを隠す前髪はくすぐったい。

「何してるの?」
「うわっ?!」

自分自身とにらめっこを続けていれば後ろから声が掛けられた。ひょっこりと顔を出した彼と鏡越しに目が合い、驚いて後ずされば頭がぶつかる。そうか後ろにいるんだったと謝りつつ振り返れば同じクラスの吉田君がいた。

「びっくりした!」
「それはこっちの台詞かな。髪切ったの?」

私は自分の髪を撫でながらこくりと一つ頷いた。二時間前までは腰にかかるほどのロングヘアであったのに今や見る影もない。いつもお世話になっている美容師さんには「本当にいいの?!」と十回以上聞かれたが気持ちは揺るがずバッサリと切ってもらった。

「ちょっと気分を変えようと思って。吉田君は買い物?」

日曜夕方の駅前は買い物客で溢れかえっている。コートを着てマフラーを巻いた私服姿の彼もそうなのかもしれない。それかもしかしたらデートかも。吉田君はかっこいいから彼女の一人や二人いてもおかしくはない。

「まぁそんなところかな。で、キミが熱い視線を送ってきたから会いに来たってわけ」
「え?」

すっと伸びた長い指が示す方向を見れば私達を映すガラスが一枚。そしてよくよくその場所を確認すれば喫茶店だった。ということは……

「窓際の席に座ってたら急に近づいてきてびっくりしたよ」
「うそ?!うわぁ…恥ずかしい……」
「すごくいい顔してたよ。カメラがあれば撮れたんだけどな」
「もうやめて……」

せめて見られたのが同じクラスの人で良かったのか否か。しかし吉田君はそう周りに言い触らすような人でもないだろう。ただ一応念のために、他の人には言わないでねとお願いしておく。そしたらくすりと笑って「可愛かったよ」と返してきた。それも恥ずかしいからやめて。

「でも随分と思い切ったね」

小学生の時から伸ばし続けてきた髪。親も友人も、そして彼氏にも綺麗だと言われてずっと丁寧に手入れをしてきた。

「これが一番効果的かなって」

再び髪を撫でるも直ぐに途切れて自分の首に指先が触れる。

「実は彼氏に振られちゃったんだ」

私から好きになって告白して、それなりに上手くやれてたと思ったんだけどダメだった。二週間前に他に好きな人ができたと振られ、そして先日偶々彼が知らない女の子と手を繋いで歩いている姿を見た。これで寄りを戻せる可能性すらなくなったわけだ。

「失恋したら髪を切るってね。これで心機一転するの!」

こんな話を聞かされてもつまらないだろうと努めて明るく振舞う。正直、髪を切った程度でそう簡単に割り切れるものではないがこういうのは気の持ちようが大事。

「そっか。ショートヘアも似合ってるしいいんじゃないかな」
「ありがとう」

ひゅぅっ、と北からの風が首筋を撫で身震いをする。髪が絡まるからとマフラーを身に着けるのは避けていたが今年は買った方がいいかもしれない。

「話し込んじゃってごめんね。じゃあまた学校で」
「待って」

コートの襟元をぎゅっと握って気休め程度の寒さ対策。そんな私の首元に紺色のマフラーが掛けられた。それは先ほどまで吉田君がつけていたもので慣れた手つきでくるくると巻かれていく。そしてマフラーの端を整えながら「苦しくない?」と柔らかな声色で聞いた。

「あ、うん」
「これ貸してあげる」
「えっいいよ!吉田君が寒いでしょ?」
「俺は平気」

そういうわけにもいかず慌てて解こうとするも手を掴まれて止められる。そしてじっと無言でこちらを見下ろしてくる様に、どうにも私の方が根負けし「ありがとう」と言わざるを得なくなってしまった。

「マフラー買うまで使ってくれていいよ」
「ちゃんと明日学校で返すよ」
「何なら買いに行くのも付き合うし」
「それはさすがにいいって!」
「ごめん、そろそろ行くね。じゃあまた」
「えぇ?」

言うだけ言って彼はあっという間に人混みの中へと消えていった。
残された側の、この居た堪れない気持ちをどうすればいいのか分からずにマフラーに顔を埋める。そしたら柔軟剤とは違う匂いがして余計にダメージを受けただけだった。
なんだこれ。心機一転どころの騒ぎじゃない。