初詣で同じクラスの吉田ヒロフミに会った話


目の前に広がる人々の頭を見て、もう無理だと諦めた。

「こんなところで何してるの?」

年初めともなれば神社は多くの参拝客で賑わっている。特に拝殿へと続く参道はひどい込みようで、きゅうきゅうに人が詰まっていた。しかしゆっくりと前進はしており、その様子はさながらベルトコンベアーで運ばれるぬいぐるみのようだった。

「吉田君?」

どれもこれも大量生産品の人形にしか見えなくなってきたところで肩を叩かれた。それは同じクラスの吉田君で、慌ててあけましておめでとうと付け加えれば「あけましておめでとう」と緩やかに返された。

「吉田君も初詣に来たの?」
「まぁそんなところかな。キミは一人?」
「ううん。友達と来てたんだけどはぐれちゃって」

複数ある社頭の鈴に各々並んだのだがそこから掃けるときには友達の姿が見当たらなかった。どうやら私のお祈り時間が長かったらしい。

「それは災難だったね。じゃあここがはぐれた時の集合場所?」
「そういうわけじゃないよ。とりあえず人混みから逃げて来たって感じ」

鳥居の脚が埋まる砂利道は人の通りがない。私のように足を止めて休んでいる人や甘酒を啜って温まっている人がいるくらいだ。

「そっか。この人だと見つけるのは難しいだろうね」
「うん、だから諦めて一人で回ることにする」

ここで十五分ほど待ってもみたが見つけられなかったのでもしかしたら既に帰ってしまったのかもしれない。それに携帯電話という高価な代物も持ってないし連絡手段もなかった。

「まだ用事があるの?」
「お守りが欲しいんだ。お兄ちゃんに渡したいの」

今年に大学受験を控える兄は追い込みの真っただ中だ。年末だって毎年見ている正月番組を見ずにずっと机に齧りついている。だから合格祈願のお守りを渡したいのだ。

「キミは優しいね」
「ふふっここで媚を売っておけば今年の私の誕生日プレゼントが豪華になるからね」
「おや、随分と見当違いだったみたい」

冗談半分で笑ってみせるが渡したいという気持ちは本物だ。この人混みの中に潜るのは億劫だが授与所に行ってみようと思う。

「じゃあ私はそろそろ行こうかな。また学校でね」
「待って。俺も一緒に行っていい?」

砂利を鳴らし一歩踏み出したところで呼び止められる。

「私は良いけど誰かと一緒に来てないの?」
「実は俺も友達とはぐれちゃったんだよね。お守りも欲しかったし、でもこの神社のことあまりよく知らないから案内してもらえると助かるな」

そういえば吉田君は転校生だったっけ。私は小さい頃からここに来ているから人が多くても迷わず行けるが意外にも中は入り組んでいたりする。それに理由はどうあれこの人混みの中を一人で行動するのも心細かったのでその申し出は嬉しかった。

「分かった。じゃあ一緒に行こうか」
「お願いします」



案内して、と言ったわりに吉田君の足取りは確かなものだった。初めは私が前を歩いていたものの人の波に攫われそうになれば場所を変わって道を作ってくれた。そして時折、振り返っては着いてきていることを確認し授与所まで導いてくれた。

「ここだね」
「よかったぁ吉田君がいてくれたから無事に辿り着けたよ」
「俺は何もしてないよ」

さっそくお守りを見に行こうとしたとき視界の端に紐に括り付けられた白い紙が写った。そういえば今年はまだ引けていなかったな。

「どうしたの?」
「せっかくならおみくじも引いてみようかなって」
「あぁじゃあ俺も引こうかな」

簡易的に建てられたテントの下まで行き、百円を渡して巫女さんから筒を受け取る。それをガラガラとよく振り棒に書かれた番号を告げた。受け取った紙の中身を見ないように気を付けて吉田君と合流する。

「もう中は確認した?」
「まだだよ」
「じゃあせーので見よう。せーの!」

パッと開けばそこには『吉大』の文字。すごい、初めて引いたかもしれない。今年はいい年になりそう。

「吉田君はどうだった?」

書かれている内容にざっと目を通し黙り込んでいる吉田君に声を掛ける。彼は目にかかるほどの前髪を揺らし息を抜くように小さく笑ったあと、私の前におみくじを広げて見せた。

「凶、だったんだ」
「うん。キミは?」
「大吉……」
「よかったね」

気まずい……でも一番下の凶ってことはある意味それ以上、運が下降することもないわけで。見方を変えればここから先は上がっていくことしかない。

「なるほど、そういう考え方もできるね」
「だから書かれていることに気を付けて一年間過ごせばいいんじゃないかな」
「そうすることにするよ」

悲しむでもなく怒るでもなく淡々と言ってのける。そんな彼は感情の起伏を見せずに紐におみくじを結んでいた。
さて、寄り道をしてしまったがここでの目的は合格祈願のお守りを手に入れることだ。しかし幸いにもそれはすぐに見つかった。せっかくなので他にも何かないかと見ていれば一つのお守りが目に留まる。ちょうどいいかもしれないと、それも迷わず手に取った。

「お目当てのものはあった?」
「うん。吉田君は?」
「俺の方は大丈夫」

そしてこれからどうするかと聞かれたので、帰るために駅に向かうと答えれば吉田君もそうすると言う。だからまた二人で人混みの中へと足を踏み出した。



「ここまで来れば大丈夫かな」

参拝客の足は絶えないが鳥居の外まで出てしまえば道の幅にも大分ゆとりがあった。

「そうだね」
「ごめん、本当は駅まで送ってあげたいんだけどこのあと用事があるんだ」
「いやいや、ここで十分だよ!あの、もしよかったらこれ貰ってくれる?」

コートのポケットに入れておいた紙袋を差し出す。吉田君は不思議そうに受け取りその中身を確認した。

「健康祈願のお守り?」
「うん。さっきのおみくじで健康運がよくないみたいだったから」

何においても体が資本である。だから数ある中でこのお守りを選んだ。

「わざわざよかったのに」
「あっもしかしてもう自分で買ってた?!」
「いや、そうじゃなくて逆に気を使わせちゃったかなって思ったんだ。これは嬉しいよ、ありがとう」

気を使うというよりも今日のお礼のつもりで渡したんだけどな。結局、私が振り回してしまったようなものだったから。

「おせっかいかもだけど病気や怪我には気を付けてね」
「キミに心配される日が来るとは思わなかったよ」
「えっ私って薄情な人間だと思われてた?」
「優しい人だと思ってるよ」
「でも実は媚び売ってるだけかもよ?なんて——」
「そっか。じゃあ今度これのお礼するね」

私の言葉を遮って吉田君は不敵な笑みを見せた。いやいや、冗談だって。

「うそうそ、何もいらないよ」
「とりあえず来週の日曜日空けといて」
「吉田君、だから……」
「じゃあまたね」

言い逃げされた私はその場に呆然と立ち尽くす。しかし、ふと思い出したように財布にしまったおみくじを取り出した。そして目を走らせもう一度読み解いたその内容に、見えなくなった彼の背中を二度見した。