腰まで伸ばした長い黒髪に陶器のように白い肌
ワインレッドを施してスクエア型に整えたネイル
レッドソールの12cmのピンヒールがよく似合うまっすぐに伸びた足
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花
昼は淑女に、夜は娼婦に
いつだって周囲の求める『いい女』を演じて生きてきた。
でも本当は、趣味が悪いくらいベタな『いい女』像を押し付けられるのは窮屈で息がつまる。
でも、そうやって生きていくことしか、私は知らないのだ。
*****
「社長、お加減いかがですか」
「苗字、あぁ、私はなんて情けない姿を見せてしまって…」
「そんな、とんでもございません。社長がご無事でなによりですよ」
「はぁ…」
目の前で目尻に涙をためてうなだれるこの男につい先日までの強気だった面影は一切なく、まるで別人のように弱気でその辺のどこにでもいる自信をなくした中年男性と変わりなくなってしまった。
彼がデトラネット社の社長という、国を代表するライフスタイルサポートメーカー大手企業の重鎮であるという事実を除いては。
本日何度目かわからないため息をこぼす四ツ橋の後ろで、さきほどからしつこいほど繰り返し流されている彼の出演する自社のCM。
モニターの中で軽快な足取りを見せる彼の2本の足は、今はもうない。
「あぁ、苗字…いや、サキュバス」
「社長、ここでその呼び方は、」
「大丈夫だ。今は僕たち以外に誰もいない」
「社長が構わないなら、構いませんが…」
「サキュバス、こっちにきておくれ」
社長室のデスクを挟んで向かい側に立つ私を猫なで声で呼び寄せる。
こんな時に、こんなところで、この男は本当に仕様のない男である。
大体、私は介護士になった記憶はないのだけれど。
ハゲは性欲が強いとかなんとか、下世話な俗説で耳にした事があるけれど、確かにそうかもな、と頭の奥でぼんやりと思った。
*****
物心ついた時には、父はいなかった。
そもそも、私の父が誰なのかすら母はわかっていなかったみたい。
私の母は、そんな女だったから。
夜中になると帰ってくる母は大体いつも男連れで、曜日によってころころ変わる男たちは、季節が巡ると消えていく。
ずーっとそれの繰り返し。
そして、私が中学を卒業した春、母も消えた。
おそらく母親譲りのこの個性は、気に入っていない。
名前をつけるなら『色欲』とでも言うのだろうか。
関わる相手の色欲を引き出す個性。
異形型なわけでもなく、火を吹いたりすることができるわけでもないこの個性に気がついたのはだいぶ成長してからのことだった。
今思えば、幼少時に変質者に出くわすことも多かったし、小・中学生の頃からませた男子に好きだなんて一丁前の告白をされることも日常茶飯事で、あの頃からきっと個性が作用していたんだろうなと思うのだけれど、一切無自覚だった私は母のだらしない男関係を見て育ったこともあり、あまり男という生き物が好きではなかった。
自分でこの個性を自覚したのは中学を卒業して母が私の前からいなくなってからのことだ。
15歳、周りはみんな新しい制服に身を包んで女子高生になったけれど、私は生きるために1人繁華街に繰り出した。
母が残していった化粧品とけばけばしい服に身を包んで、精一杯背伸びして。
体質的にアルコールを受け付けないタチだったから水商売の道は諦めて、私は風俗嬢になった。
男はあんまり好きではなかったけれど、だからこそ心を無にして仕事に徹して、とにかく毎日必死に働いた。
未成年を雇うような店にロクな店はないから劣悪な環境ではあったけれど、それでもあっという間に1番になって、3ヶ月くらい経つと1ヶ月先まで予約が取れないほどになっていた。
扉をあけて、にこりと微笑んで、瞬きせずにじっと相手の目を見つめると、わかるのだ。
その瞬間に相手が自分に落ちるのが。
それから何度か季節が巡って、その間に何度か店を転々とした。
引き抜きの声がかかるたびに交渉に交渉を重ねてどんどん身入りを増やしていく。
何度か騙されたこともあったけど、そこはもう夜の世界に長く身を置いていたらいつの間にか慣れてしまって、ただ黙ってそこを後にしてまた次の店に移動する。
そんなことを繰り返すたびに、地元の小さな繁華街では稼ぐのに限界があることに気がついて、18になった私は日本でも有数の大きな繁華街に拠点をうつした。
そこでもやっぱり、あっという間に1番になった。
その街に出てから私を取り巻く環境は大きく変化した。
地元にいた時はせいぜいその辺り一帯の地主や小金を持った中小企業の社長だとかが顧客だったけれど、やはり名の知れた繁華街は訪れる客層も一味違って、いわゆるVIPと呼ばれる顧客達の存在があった。
政治家だとかテレビで見るような芸能人だとか、誰とは言わないけれどビルボードチャート上位のヒーローのお相手をするようなことも日常茶飯事。
そんな中で、ある日私は四ツ橋と出会ったのだ。
世間と遮断された夜の人間である私だって、彼の存在はテレビやニュースで存じ上げていたし、顔を見た瞬間彼が誰なのかはすぐに気がついた。
けれど、だからといって何か特別なことをするでもないし、私は淡々と自分のするべきことに徹するだけ。
だって、お客様はお客様で私は所詮夜の人間なのだから。
扉をあけて、にこりと微笑んで、瞬きせずにじっと相手の目を見つめる。
そうしたら、やっぱり彼も簡単に私に落ちた。
でも四ツ橋が決定的に他の客と違ったのは、彼が私の個性に気がついた事だ。
四ツ橋がなぜ私のアレが『個性』であると気がついたのかまではわからないけれど、彼に何度目かの予約をされていつものシティホテルのスイートルームに訪れた時、「今日は話がしたいだけだから」と言った彼は、いつも通り目をみて微笑む私に「素晴らしい異能だ」と言葉を続けた。
そして、こう打診されたのだ。
「私の側近にならないか」と。
住居は住みたい部屋を用意する
他に男を作っても構わない
そしてもちろん、潤沢な報酬に自由に利用できるクレジットカードも添えて
断る理由がどこにも見つからなかった。
国を代表する企業の重役がいい歳こいて自分の半分程度の歳の女に入れ込んで、ご丁寧にこんな地位まであたえてしまうだなんて馬鹿馬鹿しいことこの上ない話だが、四ツ橋は私の個性の強さを誰より実感していたからこその提案だったのだろう。
政治家も、社長も。
ヒーローも、ヴィラン。
この国で地位を持つものは大抵が男だ。
「そんな…よろしいんでしょうか?私でお役に立てることがあればさせていただきますが、」
あくまでも、謙虚に、慎ましく。
視線を泳がせて戸惑ってるかのように演じながら。
差し出された四ツ橋の手を握る手には、思わず少しだけ力がこもった。
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